学位論文要旨



No 212272
著者(漢字) 田中,直人
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ナオト
標題(和) ニュータウンの計画理念の実践とその評価に関する研究 : 西神ニュータウンを事例として
標題(洋)
報告番号 212272
報告番号 乙12272
学位授与日 1995.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12272号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,鷹志
 東京大学 教授 原,広司
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 岡部,篤行
 東京大学 助教授 藤井,明
内容要旨

 本論文は,ニュータウンの計画理念がどのように実践され,当初の計画理念と現実の都市環境のもつ状況の差異に着目し,"これからの人間の居住環境はどうあるべきか"という課題を整理する重要性を認識することから出発している。

 本論文は,ニュータウン計画のもつ効果と限界について考察するため,今後の魅力ある居住空間を実現する手掛かりを得ることを目的としている。そのために,まず魅力的な居住環境計画のための要素を抽出するため,住民へのアンケート調査を行い,計画された地域およびその周辺地域の住民の意識の経年変化およびそれらの地域差の比較分析を行った。次いで,ニュータウンの「計画」が「実践」されてできあがったニュータウンの居住環境の「評価」を行った。

 研究の対象としては,筆者が神戸市開発局においてその計画に直接携わり,また-住民として生活している西神ニュータウンを選定した。

 本論文は,以下に示すように7章で構成されている。

 第1章「序論」では,研究の背景・目的・方法についての特徴を述べ,ついで,本論文と関連した従来の研究についてふれ,本論文の位置づけを明らかにしている。

 第2章「西神ニュータウン計画の考え方」では,ニュータウン建設において導入された「計画」の概念を分析し,考察することにより,西神ニュータウンの計画理念を明らかにした。その計画理念は,

 1)自立的都市の形成,2)周辺地域との調和,3)魅力ある都市機能,4)環境の重視,5)将来の変化に対応,6)市民を主体,7)公共と民間の役割分担 等である。

 第3章「西神ニュータウンの地域施設の整備とその利用実態」では,ニュータウン開発の実施過程や地域施設の「実態」について考察し,施設の計画段階と実際の整備状況を比較・分析した。その結果,施設には「計画」よりも早い段階で整備されたもの(保育所や幼稚園等の教育施設や診療所等)と,「計画」よりも遅い段階で整備されたもの(行政施設や商業施設)があること,商業施設については当初の人口定着状況に合わせた仮設対応から,本設施設を先行させる「計画」に変化していることがわかった。

 第4章「西神ニュータウンの地域施設利用および計画に対する住民の意識」では,ニュータウンの地域施設や「計画」に対する住民の意識の「実態」について考察し,次の点が確認できた。

 1.住民の施設要求の実態から,3地区の機能分担は,必ずしも当初の計画どおりにはかられていない。

 2.3地区での施設要求は,施設の充実度に対応して要求施設の数が異なる。

 3.まちの成熟とともに,既成市街地にある風俗施設的なものの範囲まで許容する傾向がある。

 4.ニュータウンの施設要求と要求位置から,1)要求近接型,2)要求隔離型,3)拒否近接型,4)拒否隔離型,等に分類できる。

 5.職住近接の実態は主婦のパートが主体であり,計画理念の一つである職住近接は図られていない。

 6.先行して計画された須磨ニュータウンと比較して,住宅の質や交通・安全性,外部空間の質等の評価が高い。

 7.西神南ニュータウンおよび神戸研究学園都市は都心・三宮への依存度が高く,計画理念のいう「自立的都市」になっていない。

 8.ニュータウン計画で自立的都市や魅力ある機能の導入を計画理念としているが,実態としては計画外の周辺地域での自然発生的な施設に依存している。

 第5章「住民の意識調査に基づく西神ニュータウンの住環境評価」では,ニュータウンにおける施設利用・施設要求から地域施設の特性を分析し,既成市街地や先行ニュータウンにおける居住環境「評価」との対比をふまえて,ニュータウンの住み心地に影響を与える要因について考察した。住環境評価の分析結果から次の点が確認できた。

 1.本研究で設定した住環境評価指標は「外部空間の質」「騒音・安全性」「住戸の質」「施設の利便性」「下町性」「交通の利便性」の6つの因子に集約できる。

 2.ニュータウンの住み心地に影響を与える要因の分析から,全地区でみると,

 1)「騒音・安全性」や「下町性」という因子は,満足度が低いにもかかわらずニュータウンの住み心地に大きく影響をあたえている。

 2)「施設の利便性」は食料品に関して唯一高い影響を示しているが,それ以外に関しては低く,施設計画中心の現在のニュータウン計画を見直す必要がある。

 3.重回帰分析の結果,ニュータウンの住み心地を示す因子として,「町並みの美しさ」「治安の良さ」「住宅の広さ・間取り」「食料品店の便利さ」「住民の気風」「交通の便の良さ」の6つが得られたが,このうち寄与率から,「住民の気風」「町並みの美しさ」「治安の良さ」が大きな影響力をもっている。

 第6章「計画理念に基づく計画の実践と住民意識との適合性」では,前章までの「計画」から「実践」,「評価」に関わる考察にもとづいて計画理念で示された「計画目標」と「住民の意識」の適合性について考察し,ニュータウン計画に適用される計画の原理と問題点を整理したうえで,その方法論とその限界について考察している。

 第7章「本研究のまとめ(結論)」では,本論文の結論として,西神ニュータウンでの分析結果をふまえて,今後のニュータウン計画において,住み心地を高めていくための計画手法を提案している。最後に,これらの計画要素を含んだ,これからの魅力あるニュータウン計画の仕掛けのチャートを提案した。

審査要旨

 本論文は、神戸市において1971年から開発事業が着手され、1994年に事業完了を予定していた「西神ニュータウン」を対象とした住民の利用実態、意識、住環境評価など多角的な調査に基づいて、ニュータウン計画の効果と限界について論じたものである。魅力ある居住環境創出の計画条件のあり方に光を当てた研究として、全国に建設されているニュータウンの更新あるいは今後新しく立案される計画に対して、計画理念として影響力を持ち得る論考である。

 論文は、7章からなる。

 第1章では、西神ニュータウンの計画・建設・入居の経過、並びに、1977年から1991年にかけて実施された本論文の骨組となる諸調査の内容を述べている。更にわが国のニュータウン計画に関する既往研究のレビューを行い、本論文が計画担当者かつ住民の一人でもある研究者の長年に亘る、幅広い実証的研究であることを指摘している。

 第2章では、ニュータウン計画において援用された計画理念の背景や内容を述べ、計画理念の主要項目が、1)自立的都市の形成、2)周辺地域との調和、3)魅力ある都市機能、4)環境の重視、5)将来の変化への対応の配慮、6)市民主体のまち、7)公共と民間との役割分担の仕組、などを特色として設定されたことを明らかにしている。更に、全国の既存ニュータウン39事例との定量的・定性的比較分析から,過去の計画理念であった土地利用の計画的区分、住戸から町への階層的構成(近隣住区理論)に対して批判を加えている。

 第3章では、1983年当時の入居者の70%にあたる1000名の住民に対するアンケートにより、ニュータウンの地域施設(教育・医療・福祉などの公共施設や商店・運動場などの利便施設)やまち全体の計画に対する住民の適応状況についての意識調査を行い、その結果を述べている。得られた知見の主要な事項は、1)住民の施設要求には年代・性別等の属性によって、成人・婦人・老人・青少年・全住民などそれぞれに異なった型の施設要求がみられること、2)職住近接については、主婦のパート以外実現していないこと。また都心・三宮、周辺地域の自然発生的施設への依存度が強く、自立的都市という計画概念が達成されていないこと、3)一方、ニュータウン内の住宅の質、通行の安全性、外部空間の質などの評価が、先行して建設された他のニュータウンよりも高いこと、などを示し、計画と実際との「ずれ」を明らかにしている。

 第5章では、ニュータウンにおける住みやすさに関わる住環境評価を実施し、既成市街地や先行ニュータウンにおける同様の評価調査との対比の上で、西神ニュータウンの住環境特性を考察している。具体的には各地域住民に対して、住宅、利便性、環境、社会など33項目の質問紙調査を行っている。その結果、住環境評価を規定する因子として6つを導いている。そのうち「騒音・安全性」、「下町性」については満足度が低いにもかかわらず住み心地に大きく影響すること、「施設の利便性」について施設計画中心の現行の計画方法を見直す必要があることを明らかにしている。さらに調査結果の重回帰分析によって「住民の気風」、「街並みの美しさ]、「治安の良さ」、「住宅の広さ・間取り」、「食料品店の便利さ」、「交通の便の良さ」を得ているが、寄与率の点から初めの三つの因子が特に大きな影響力があることを指摘している。

 先行ニュータウン(須磨ニュータウン)と既成市街地(灘区水道筋地区)との比較においては、近所づき合いや文化活動の活発さなどの「下町性」の点で、新しく建設された西神ニュータウンにおいて評価が低いことを示している。

 第6章では、第2章で考察したニュータウン構想時の計画理念である6つの目標が、住民にどのように受け入れられ、達成できたかを論じている。「自立的都市の形成」、「周辺地域との調和」、「魅力ある都市機能」、「環境の重視」、「将来の変化への対応」、「市民主体のまちづくり」の何れの理念やその具体化の方法論においても、過去のニュータウン計画からの改良は散見されるものの、限界を抱えていることを詳細な住民への調査から指摘している。

 第7章では、本研究の諸調査から得られた結果を整理して述べている。そして、ニュータウンの計画に、既成市街地の分析から学ぶべき点が多いことを指摘し、それを計画条件に取り入れた魅力あるニュータウン計画に必要な因子として、「うるおい」、「やすらぎ」、「すまい」、「にぎわい」、「ふれあい」「ゆきかい」の6つに要約し、それを具体的な計画手法としていくための、ハード・ソフト両面からの方策の提案をまとめている。

 以上、要するに本研究は、西神ニュータウンの企画・計画・建設・居住の一連のプロセスに携わった当事者の一人として、住民に対する継時的、広範な調査に基づいてニュータウン計画の評価を行ったものであり、住宅計画研究に新しい途を拓いたものである。この成果は、わが国の今後の住宅地計画に対して貴重な指針を与えるものであり、建築計画学のなかで主要な役割をもつ住居計画の発展に貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク