学位論文要旨



No 212273
著者(漢字) 佐田,幸一
著者(英字)
著者(カナ) サダ,コウイチ
標題(和) 中立・不安定条件下の平地および尾根周辺の流れと拡散に関する研究
標題(洋)
報告番号 212273
報告番号 乙12273
学位授与日 1995.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12273号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 村上,周三
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 助教授 荒川,忠一
 東京大学 助教授 谷口,伸行
内容要旨

 現在,発電所から排出される煙の大気拡散予測を行う際に,周辺地形の影響の程度を明らかにするための風洞実験が行われている。この風洞実験では,日射などの熱的な影響がない中立時に実験対象が制限されている。一方,最近の数値計算手法の進歩や計算機性能の向上により,大気拡散への数値計算手法の適用が検討されるようになってきた。以上の背景のもと,まず始めに,風洞実験手法の適用範囲の拡大のために,不安定な大気境界層を模擬するための風洞実験を行った。また,地形と流れ・拡散の関係を検討するために,二次元尾根を対象に風洞実験を行った。次いで,2方程式タイプの乱流モデルおよびラグランジュ型粒子拡散モデルを選定し,流れおよび点煙源から放出されたトレーサガスの拡散数値計算を行い,風洞実験結果と比較した。

 風洞床面を加熱することにより,不安定な大気境界層を模擬した場を風洞内に形成した。流れ場の測定を行うとともにトレーサガス拡散実験を行い,やや不安定より中程度に不安定な大気の観測結果などと比較した。その結果,速度の乱流強度などは,対流速度スケールで無次元化した場合,観測結果などと一致させることができた(図1)。トレーサガスの地表濃度なども,対流速度スケールで無次元化した風下距離で整理することにより,観測結果や水槽実験結果と一致した(図2)。そのため,風洞実験と実大気との対応を考える上で,対流速度スケールの活用が考えられる。

図表図1 鉛直方向の乱流強度 (○△□は本研究,は水槽実験,は観測) / 図2 地表面の積分濃度 (○は本研究,・とは観測,は数値計算,は水槽実験)

 三角形断面を有する二次元尾根模型を用いた風洞実験を行い,地形と流れ・拡散の関係,特に尾根背後に循環域が形成された場合の変化を中心に検討した。地形および循環域の形成によって増加した速度乱れなどは,循環域が形成されない場合には地形頂上付近より,循環域が形成された場合には流れの再付着点付近より,風下距離の-1乗に従って減少した。また,平均速度分布などに基づき,二次元尾根周辺の流れ場の領域分類を行った。その結果,レイノルズ応力の生成に着目すると,「尾根頂上の風上側上空」と「流れの再付着点の地表面近傍」では乱れが減少する傾向を,「循環域の上空」では乱れが増加する傾向を有する。地表濃度は循環域で極小値を示した。この現象は,循環域内へトレーサガス拡散が行われ難くなくなるためであり,この原因として,地形頂上では(1)平均速度や鉛直上向き速度成分が増加すること,(2)時間スケールが増加すること,循環域内では(3)循環域に沿った流れが得られること,(4)水平方向の拡散が見られること,循環域の上部では(5)時間スケールが現象すること,(5)乱れの増加により水平方向の拡散が見られることを指摘した。

 次いで,(1)中立の平地,(2)不安定の平地および(3)中立の二次元尾根を対象に,流れおよび拡散計算を行った。「中立の平地」の流れ計算では,k-モデルを用いるとともに,拡散計算時に使用する乱流強度を適切に与えるために,レイノルズ応力の輸送方程式を簡略化した代数式も用いた。その結果,代数式により乱流強度を与えた場合,乱流強度や拡散の計算結果は風洞実験結果と一致した。ラグランジュ型粒子拡散モデルを使用する際には,時間スケールを与える必要がある。そこで,風洞実験により測定された自己相関係数より積分時間スケールを求め,次いで時間スケールに推定する方法を用いた。さらに,乱流拡散理論やフラックスの輸送方程式に基づいて,流れの計算より得られる乱流エネルギー(k)とその散逸()より,時間スケールをTL=(k/)/で推定する方法を提案した。モデル定数を変化させた拡散計算より,=2が最適な値であることを示した(図3)。

 「不安定の平地」の流れ計算では,k-モデルの他に非等方k-モデルも用いた。また,k-モデル使用時には,浮力項を考慮した乱流強度を与える代数式を用いた。等方的なk-モデルに比べて,代数式により乱流強度を与えた場合,乱流強度や拡散の計算結果は風洞実験結果と一致した。また,普遍関数を考慮した速度などの壁関数を用いることにより,風洞実験結果により近い計算結果を得ることができ,この予測精度の向上はk-モデルと非等方k-モデルともに見られた。中立時の拡散計算において使用した時間スケールの推定方法(TL=(k/)/)を不安定時においても使用し,不安定時の計算においても=2が最適な値であった(図4)。使用した時間スケールは,乱流エネルギーの輸送方程式を簡略化するとともに速度の普遍関数を用いる方法(方法(1)),レイノルズ応力の測定結果を用いる方法(方法(2))により得られた分布と比較した。その結果,使用した時間スケールは,他の方法による分布とほぼ一致した(図5)。

 「中立の二次元尾根」の流れ計算ではk-モデルを用い,尾根背後の領域において時間スケールが減少し,尾根頂上では時間スケールが増加する結果が得られた。この時間スケールの変化は,風洞実験結果と定性的に一致した。また,地形影響を考慮するために,拡散計算時には平均速度の空間的な変化を考慮したラグランジュ型粒子拡散モデルを用いた。地形条件下の拡散計算において,平均速度の空間的変化を考慮した場合,風洞実験結果と一致した濃度分布が得られた(図6)。地形条件下においても,時間スケールを推定する際のモデル定数=2が最適な値であった。

図表図3 濃度分布の水平方向拡散幅 (○は風洞実験,はTL=0.33sの一定値) / 図4 地表濃度 (非等法k-モデルによる流れ計算結果を使用,○は風洞実験) / 図5 時間スケール (はTL=(k/)/,△は方法(1),○は方法(2)) / 図6 鉛直方向の濃度分布(は平均温度の空間変化を考慮した場合,は考慮しない場合,○は風洞実験)
審査要旨

 本論文は「中立・不安定条件下の平地および尾根周辺の流れと拡散に関する研究」と題し,大気拡散現象を風洞実験で模擬する方法および熱流体数値計算によって解析する手法の提案を行ったものである。

 第1章では,大気拡散を対象とした風洞実験手法や,流れおよび点煙源からのトレーサガス拡散の数値計算手法の研究動向調査が行われている。風洞実験手法の調査の結果,相似パラメータや実験手法が確立されていないため,現状の風洞実験手法では日射などの熱的な影響がない中立時に実験対象が制限されていること,不安定大気を対象とした風洞実験手法の構築が必要であることが指摘されている。数値計算手法の調査の結果,実用性や予測精度の観点より,大気拡散予測への適用性が高い手法として,2方程式タイプの乱流モデル(k-モデルなど)とラグランジュ型粒子拡散モデルとを組み合わせる手法が提案されている。

 第2章では,風洞床面を加熱することにより,不安定な大気境界層を模擬した風洞実験が行われ,不安定時の大気の観測結果と比較されている。その結果,不安定な大気境界層を模擬した風洞実験においては,実大気との対応を考える上で,対流速度スケールの導入が提案されている。すなわち,対流速度スケールで無次元化することにより,風洞内の速度の乱流強度などは観測結果と一致することが示されている。また,対流速度スケールで無次元化した風下距離で整理すると,風洞内の地表濃度などは観測結果と一致することが示されている。

 第3章では,流れと拡散との関係を明らかにするために,三角形断面を有する二次元尾根を対象とした風洞実験が行われている。その結果,尾根頂上の風上側および風下側では,乱れがそれぞれ減少および増加する傾向を有することなど,地形によって生じる流れの変化が指摘されている。また,拡散に関連する時間スケールは,地形頂上と地形背後でそれぞれ増加および減少することなど,地形によって生じた流れの変化が拡散に与える影響が明らかにされている。

 第4章,第5章および第6章では,点煙源からのトレーサガス拡散の数値計算手法およびその結果が述べられている。流れの計算結果を用いて拡散計算を行うためには,本研究で選択した二つの計算手法,すなわち2方程式タイプの乱流モデルとラグランジュ型粒子拡散モデルを結合する必要がある。そこで,乱流拡散理論やフラックスの輸送方程式に立脚した考察に基づき,拡散に関係する時間スケールを流れの計算結果より求める方法が提案されている。この時間スケールの導入によって二つの計算手法を結合して,地形や熱的な条件が異なる場を対象に数値計算が行われている。

 第4章では,「流れ場内に温度変化がない中立の平地」を対象に数値計算が行われている。すなわち,乱流計算結果から新たな時間スケールを与える手法を提案し,それを用いて風洞内のトレーサガスの濃度分布を予測できることが確認されている。

 第5章では,「地表面温度が高い不安定の平地」を対象に数値計算が行われている。その結果,不安定な熱的な影響を考慮するためには,温度変化を考慮した壁関数を活用することが有効であることが示されている。また,不安定時においても,提案した時間スケールを与える方法が効果的であることが明らかにされている。

 第6章では,「中立の二次元尾根」を対象に数値計算が行われている。地形周辺の拡散計算時には,地形によって生じた平均速度の空間的な変化を考慮することが必要であることが明らかにされている。また,第4章,第5章および第6章においては,提案した時間スケールを与える手法でのモデル定数の最適化が行われている。

 第7章では,本研究の結論を述べている。

 以上を要約するに,対流速度スケールを用いて乱流強度や地表濃度などを整理することで,大気拡散現象を風洞実験により模擬できることを示し,地形によって生じた流れの変化とトレーサガス拡散の関係を解明している。さらに,時間スケールを導入することにより,流れと拡散の数値計算手法を結合し,濃度分布を再現することに成功している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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