学位論文要旨



No 212274
著者(漢字) 富永,敏文
著者(英字)
著者(カナ) トミナガ,トシブミ
標題(和) 鋼の高温硬さに関する研究
標題(洋)
報告番号 212274
報告番号 乙12274
学位授与日 1995.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12274号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 加藤,孝久
 東京大学 教授 朝田,泰英
 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 助教授 酒井,信介
 東京大学 助教授 相澤,龍彦
内容要旨

 J.H.Westbrookは、純金属の高温における硬さについて報告している。その報告によると、純金属の高温における硬さは指数関数の式で表される。通常、純金属の高温における硬さは、縦軸を硬さの対数logH、横軸を絶対温度Tとするグラフにプロットすると、融点の約1/2の温度を変曲点の温度とする2つの勾配の異なる直線となる。

 しかし、鋼の高温における硬さは、融点の約1/2の温度より低温度側で純金属より複雑な挙動を示す。鋼は、炭素その他の合金成分とその量を変えることにより、また熱処理条件により、マルテンサイト、フェライト、オーステナイト等のマトリックスと炭化物から構成された性質の異なる多種類の常温組織が得られる。その常温組織は、加熱により複雑に変化し、その結果、高温における硬さも複雑な変化を示す。

 本研究では、鋼が実用される温度域(A1変態点より低い温度域)で高温硬さ変化を観察しやすい直線グラフにデータをプロットし、焼もどし処理した鋼の任意温度における高温硬さを常温硬さから求める実験式を導く。また、焼もどし処理した鋼の耐熱限温度を正確に決定する方法も確立する。

第1章緒論

 高温硬さの起源と定義、従来提案された高温硬さ試験法ならびに試作・開発されてきた高温硬さ試験機等の特徴、そして高温硬さに関する非常に多岐にわたる従来の研究について調査した。最後に、本研究の目的と構成を明らかにした。

第2章高温硬さ試験方法の標準化

 種々の材料の高温硬さ曲線を厳密に比較検討するには、高温硬さ試験方法を標準化しデータの信頼性を高め、また高温硬さ曲線が数式で表されることが必要である。しかし、高温硬さ試験方法の標準化は、わが国でもまた国際的にも、まだ確立されていなかった。そこで、信頼性の高い高温硬さデータを効率よく採取できる工業的高温硬さ試験方法の確立を行った。

 まず、実験によって高温硬さ試験機の精度の問題点を明らかにした。次に、高温硬さ試験機の検査に用いるため、部分安定化ジルコニア焼結体を焼成して種々検討し、部分安定化ジルコニア製基準片の実用化に明確な指針を示した。更に、高温硬さを信頼できる工業的計測量として利用できるようにするため、信頼性の高い高温硬さデータが得られる高温硬さ試験条件について詳細に検討し、試験方法の標準化を図った。

第3章鋼の高温硬さ曲線

 一つの鋼種における高温硬さと温度との関係の全体像を把握するために、その焼なまし処理材、焼入れ処理材及び焼入れ焼もどし処理材ごとに、鋼の常温からA1変態点を超える温度域までの加熱過程で標準化した高温硬さ試験方法による高温硬さを測定し、それらすべての処理材の高温硬さデータを同一直線グラフ上にプロットした。各処理材の高温硬さデータを、いくつかの温度域ごとに直線となるようデータを層別し、折れ線で表した。この折れ線を観察し、鋼の高温硬さ曲線に関する規則性を調べた。

 炭素含有量が0.35〜1.15%の範囲にある、5種類の炭素鋼の焼なまし処理材、焼入れ処理材及び数種類の焼入れ焼もどし処理材の高温硬さを測定した。鋼種ごとの各処理材の高温硬さ曲線群は、同一グラフ上で一定の順番で並んでいた。焼入れ処理材の曲線は曲線群の上限を形成し、焼なまし処理材の曲線は下限を形成する。焼なまし処理材と焼入れ処理材の2つの曲線で囲まれた領域はすべて、種々の条件で焼もどした焼入れ焼もどし処理材の領域である。焼入れ焼もどし処理材の曲線は、常温から加熱するにしたがい直線的に一定の硬さ変化率で軟化した後、焼入れ処理材の曲線付近で屈折する。常温からの軟化直線は、常温硬さが大きいものほど勾配が大きい。また、この軟化直線域は温度による硬さの可逆的変化域である。屈折点より高温度側では、新たな焼もどしに基づく軟化が起こる。この焼もどしに基づく軟化域は、温度による硬さの非可逆的変化域である。

 続いて、炭素鋼でのこのような規則性を合金鋼にも拡張できるかを検討した。機械構造用合金鋼、合金工具鋼、高速度工具鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼及び高合金耐熱鋼など合金鋼11種類の高温硬さ曲線群を求めた。鋼種ごとの種々の熱処理材の高温硬さ曲線群は、いずれも炭素鋼とよく似た一定の順番で並んでいた。しかし、炭化物形成元素を多量に合金した高合金鋼の焼入れ処理材の高温硬さ曲線は、200〜600℃の温度帯に軟化が抑止される領域が存在した。このような高合金鋼の焼入れ処理材の曲線が炭素鋼と比べ複雑な形状である点を除けば、合金鋼にも炭素鋼とほぼ同様の規則性が認められた。

 また、フェライト鋼の高温硬さ曲線の一般形は、連続する3本の直線で構成される平坦-傾斜-平坦状の特徴を持った折れ線状であった。

 さらに、オーステナイト鋼の高温硬さ曲線の一般形は、連続する3本の直線で構成される傾斜-平坦-傾斜状の特徴を持った折れ線状であった。

第4章鋼の加熱軟化の規則性及び耐熱限温度

 焼入れ焼もどし処理した鋼が常温から加熱される時の高温硬さは、温度に対し直線的に減少するから、常温硬さと硬さ変化率を定数とし温度を変数とする関数である。常温硬さは容易に実測可能であるので、硬さ変化率を確定できれば、高温硬さは計算で求めることができる。

 そこでまず、焼入れ焼もどし処理材における硬さの可逆的変化域での硬さ変化率と常温硬さとの関係を、炭素鋼5種類と合金鋼11種類について調べた。その関係はどの鋼でも同じであることが分かり、その実験式を導いた。ただし、この式が成立するのは硬さの可逆的変化域に限られるので、つぎにこの有効上限温度算出式について検討した。有効上限温度は、炭素鋼では炭素含有量を定数とし常温硬さを変数とする1次関数の式で表せる。また合金鋼では鋼種別に常温硬さを変数とする1次関数の式で表せることが分かり、その実験式を導いた。

 つぎに、硬さの可逆的変化域における鋼の高温硬さを、硬さ変化率を定数とし温度(℃)を変数とする1次関数の実験式を導いた。この実験式は、鋼種に関係なく適用できる一般式である。

 最後に、焼入れ焼もどし処理した鋼の耐熱限温度について検討した。焼もどし処理した鋼を硬さの可逆的変化域で昇温していくと、硬さ変化率算出式の有効上限温度に到達したとき新たな焼もどしが始まり、急激な軟化を起こす。焼入れ焼もどし処理した炭素鋼の耐熱限温度は、硬さ変化率算出式の有効上限温度算出式で計算できる。また焼入れ焼もどし処理した合金鋼の耐熱限温度は、その鋼の焼入れ処理材と焼なまし処理材の2つの高温硬さ曲線を直線グラフ上で折れ線状で描き、2つの折れ線に現れる特定の屈折点を利用して正確に決定できる。

第5章結論

 本研究によって得られた主要な結果を述べた。

審査要旨

 本論文は「鋼の高温硬さに関する研究」と題し、5章からなる。

 材料の硬さというのは変形に対する抵抗であるが、厳密な測定が困難であり、定義の仕方や測定方法によって異なった値を示す。しかし、硬さ試験は非常に簡便な試験であり、しかも測定値が材料の強さを始めとして多くの機械的性質と相関があるため、金属材料・部品の評価、管理、保証のための実用試験として今世紀初頭より行われていた。また、近年になると、高温で使用される機械部品、機械構造物も多くなり、高温での機械的性質を精度よく敏速に採取する必要が生まれてきた。ところが、試験装置、試験技術、コストなどの面で問題を多く抱えていたため、一般に高温における材料試験は不十分な状態にあり、高温材料データを利用した材料管理方法は、一部を除いて、まだ確立したとは言えない状況にあった。

 本研究は、高温用機械材料の選定、評価、管理のために簡便で実用的な高温ビッカース硬さ試験方法の標準化を目指すと同時に、鋼(炭素鋼および合金鋼)の高温硬さの規則性を見出だし、そして、常温(20℃)での硬さから高温硬さの決定方法を確立することを目的としたものである。

 第1章「緒論」では、高温硬さ試験の歴史、定義、従来の試験方法および試験機について概説し、また本研究の目的および本論文の構成を述べている。

 第2章「高温硬さ試験方法の標準化」では、高温硬さ試験装置、試験方法そして試験をするに当たっての問題点を詳細に述べている。まず、供試材上の温度分布について実験計測し、そして温度補正の重要性を指摘している。また、圧子の素材について1万5千回の実験を行って検討し、ダイヤモンド圧子が高温試験で優れているという結論を得、本実験でも用いている。その他、供試材の昇温方法、予熱方法、圧子予熱方法および試験時間、試験反復回数などの試験条件を検討し、また荷重保持中の硬さの変化などについて詳細に検討している。そして、再現性および温度安定性の面を考慮して高温硬さ試験を行う場合の最適な試験方法を提案している。この試験方法は日本工業規格の高温ビッカース硬さ試験方法(JIS Z 2252)として採用されている。

 第3章「鋼の高温硬さ曲線」では、上で述べた試験装置、試験条件にて行った高温硬さの試験結果について述べている。供試材料には5種類の炭素鋼および11種類の合金鋼を選び、そしてそれぞれの鋼について焼なまし処理、焼入れ処理および焼入れ焼戻し処理を施したものを用いている。さらに、焼入れ焼戻し処理については焼戻し温度を変えて3〜5種類の供試材の試験をした。また、試験温度は常温から約1000℃まで、20℃毎であり、信頼性を得るために各温度について5回毎の計測を行っている。このようにして得た膨大な量のデータから、それぞれの炭素鋼の高温硬さ曲線(温度と硬さとの関係を図示したもの)を求め、それらの特徴を考察している。そして、焼入れ処理材は低温から高温まで一貫して非可逆的な高温硬さ曲線を示すこと、焼入れ焼戻し処理材は比較的低温では可逆的な高温硬さ曲線を示すが、高温になると焼入れ処理材の高温硬さ曲線と一致すること、焼戻し温度が高いほど硬さは小さくなるとともに硬さ低下率(温度上昇にともなう硬さの低下率)も低下すること、そして焼なまし処理材が最小の硬さを示すことを見出だした。また、合金鋼についても硬化現象は見られるものの炭素鋼と同様の傾向があることを示している。そして、これらの硬さの変化と鋼の組織変化との関係を考察している。

 第4章「鋼の加熱軟化の規則性及び耐熱限温度」では、第3章の試験結果を定量的に検討し、そして新たに見出だした加熱軟化の規則性について述べている。続いて、焼入れ焼戻し処理材の高温硬さについて、すべての炭素鋼および合金鋼に成り立つ規則性を見出だし、定式化した。そして、この規則性を用いれば炭素鋼および合金鋼の高温硬さを常温における硬さから簡単な計算によって求められることを示している。また、この規則性が成立する上限温度についても炭素含有量および常温における硬さの関数として導いている。そして、このような規則性が成立する理由について考察を加え、本実験で用いた以外の炭素含有率の鋼であっても上記の規則性が成立することを示している。

 第5章「結論」では、以上の結果を総括している。

 以上を要するに,本研究は鋼の高温硬さについて試験方法の標準化に寄与するとともに、膨大な試験データから高温硬さの規則性を見出だし、その規則性を定式化することによって常温での硬さから高温硬さを求める簡単な手法を示している。そして、このような規則性について材料組織の面から深い考察を与えている。本研究で得られた知見は機械工学および材料工学に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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