本論文は「鋼の高温硬さに関する研究」と題し、5章からなる。 材料の硬さというのは変形に対する抵抗であるが、厳密な測定が困難であり、定義の仕方や測定方法によって異なった値を示す。しかし、硬さ試験は非常に簡便な試験であり、しかも測定値が材料の強さを始めとして多くの機械的性質と相関があるため、金属材料・部品の評価、管理、保証のための実用試験として今世紀初頭より行われていた。また、近年になると、高温で使用される機械部品、機械構造物も多くなり、高温での機械的性質を精度よく敏速に採取する必要が生まれてきた。ところが、試験装置、試験技術、コストなどの面で問題を多く抱えていたため、一般に高温における材料試験は不十分な状態にあり、高温材料データを利用した材料管理方法は、一部を除いて、まだ確立したとは言えない状況にあった。 本研究は、高温用機械材料の選定、評価、管理のために簡便で実用的な高温ビッカース硬さ試験方法の標準化を目指すと同時に、鋼(炭素鋼および合金鋼)の高温硬さの規則性を見出だし、そして、常温(20℃)での硬さから高温硬さの決定方法を確立することを目的としたものである。 第1章「緒論」では、高温硬さ試験の歴史、定義、従来の試験方法および試験機について概説し、また本研究の目的および本論文の構成を述べている。 第2章「高温硬さ試験方法の標準化」では、高温硬さ試験装置、試験方法そして試験をするに当たっての問題点を詳細に述べている。まず、供試材上の温度分布について実験計測し、そして温度補正の重要性を指摘している。また、圧子の素材について1万5千回の実験を行って検討し、ダイヤモンド圧子が高温試験で優れているという結論を得、本実験でも用いている。その他、供試材の昇温方法、予熱方法、圧子予熱方法および試験時間、試験反復回数などの試験条件を検討し、また荷重保持中の硬さの変化などについて詳細に検討している。そして、再現性および温度安定性の面を考慮して高温硬さ試験を行う場合の最適な試験方法を提案している。この試験方法は日本工業規格の高温ビッカース硬さ試験方法(JIS Z 2252)として採用されている。 第3章「鋼の高温硬さ曲線」では、上で述べた試験装置、試験条件にて行った高温硬さの試験結果について述べている。供試材料には5種類の炭素鋼および11種類の合金鋼を選び、そしてそれぞれの鋼について焼なまし処理、焼入れ処理および焼入れ焼戻し処理を施したものを用いている。さらに、焼入れ焼戻し処理については焼戻し温度を変えて3〜5種類の供試材の試験をした。また、試験温度は常温から約1000℃まで、20℃毎であり、信頼性を得るために各温度について5回毎の計測を行っている。このようにして得た膨大な量のデータから、それぞれの炭素鋼の高温硬さ曲線(温度と硬さとの関係を図示したもの)を求め、それらの特徴を考察している。そして、焼入れ処理材は低温から高温まで一貫して非可逆的な高温硬さ曲線を示すこと、焼入れ焼戻し処理材は比較的低温では可逆的な高温硬さ曲線を示すが、高温になると焼入れ処理材の高温硬さ曲線と一致すること、焼戻し温度が高いほど硬さは小さくなるとともに硬さ低下率(温度上昇にともなう硬さの低下率)も低下すること、そして焼なまし処理材が最小の硬さを示すことを見出だした。また、合金鋼についても硬化現象は見られるものの炭素鋼と同様の傾向があることを示している。そして、これらの硬さの変化と鋼の組織変化との関係を考察している。 第4章「鋼の加熱軟化の規則性及び耐熱限温度」では、第3章の試験結果を定量的に検討し、そして新たに見出だした加熱軟化の規則性について述べている。続いて、焼入れ焼戻し処理材の高温硬さについて、すべての炭素鋼および合金鋼に成り立つ規則性を見出だし、定式化した。そして、この規則性を用いれば炭素鋼および合金鋼の高温硬さを常温における硬さから簡単な計算によって求められることを示している。また、この規則性が成立する上限温度についても炭素含有量および常温における硬さの関数として導いている。そして、このような規則性が成立する理由について考察を加え、本実験で用いた以外の炭素含有率の鋼であっても上記の規則性が成立することを示している。 第5章「結論」では、以上の結果を総括している。 以上を要するに,本研究は鋼の高温硬さについて試験方法の標準化に寄与するとともに、膨大な試験データから高温硬さの規則性を見出だし、その規則性を定式化することによって常温での硬さから高温硬さを求める簡単な手法を示している。そして、このような規則性について材料組織の面から深い考察を与えている。本研究で得られた知見は機械工学および材料工学に寄与するところが大きい。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |