学位論文要旨



No 212276
著者(漢字) 綱島,均
著者(英字)
著者(カナ) ツナシマ,ヒトシ
標題(和) 機械式浮上力制御を行う磁気浮上車両の運動特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 212276
報告番号 乙12276
学位授与日 1995.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12276号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 藤岡,健彦
 東京大学 教授 正田,英介
 東京大学 教授 吉本,堅一
 東京大学 助教授 金子,成彦
 東京大学 助教授 家田,仁
内容要旨

 近年,都市機能強化の一環として交通サービスレベルの向上が求められている.このため,大都市においてはフィーダ輸送を,中小都市においては幹線輸送を担うためにバスと鉄道の中間の輸送力をもつ中量軌道交通システムが導入されている.一方,軌道交通システムの分野においては,従來の車輪を駆動する方式に代ってリニアモータを用いた非粘着駆動による推進と各種の磁気浮上方式とを組み合わせた磁気浮上式鉄道が実用化されつつある.本来,磁気浮上式鉄道は車輪では実現し得ない高速領域においての有用性に注目されているが,磁気浮上式鉄道が有する都市空間への適合性,低公害性に着目し都市内交通分野への適用が考えられている.

 このような背景のもとで,都市内交通システムとして適していると考えられる磁気浮上式鉄道の一つに永久磁石を利用した磁気浮上リニアモータ交通システムM-Bahnがある.M-Bahnシステムの特徴は,(1)車両の浮上は,台車に取付けた永久磁石と軌道側の固定子鉄芯間の吸引力により行われる,(2)車両の推進は,車上の永久磁石と軌道に組み込まれた固定子により構成される地上一次式のリニア同期モータにより行われる,という点に集約され,これらの技術的特徴によって,都市交通のニーズである,都市環境への適合性,都市空間への適合性(小断面,急曲線,急勾配),安全性,経済性を満足し,都市交通システムとしての有効性を有している.

 電磁石あるいは永久磁石の吸引力を利用して車両支持する方式としては,(1)電磁石のみによる方式(2)永久磁石と電磁石によるハイブリッド方式(3)永久磁石と機械制御による半浮上方式が代表的である.M-Bahnシステムに用いられているものは(3)の浮上方式であり,車体の重量に応じて空隙を機械的に制御して永久磁石の吸引力を調整するという方式である.この浮上技術は,M-Bahnの基本技術の最も重要な部分の一つであるが,その本質的性能は不明であった.特に,ビークルダイナミックスの立場からこの方式を採用する磁気浮上車両の性能を評価し,この磁気浮上車両に用いられる空隙制御機構の最適な設計を行うために必要な検討は,これまで行われなかった.本研究は,以上のような背景に基づいてなされたものであり,機械式浮上力制御を行う磁気浮上車両の静的および動的特性を明らかにして,機械式空隙制御機構の設計指針を確立しようとするものである.

 本論文は全10章から構成されている.

 第1章では本研究の背景と目的について記述した.

 第2章では機械式浮上力制御を行う磁気浮上車両の静的問題を取り扱った.この磁気浮上方式においては永久磁石の磁気吸引力の制御のために,案内輪を用いて制御レバーの支点となる点を軌道上に拘束して台車の位置決めを行っている.したがって,この案内輪に作用する荷重は,永久磁石の吸引力で補償できない部分の荷重を意味しており,本磁気浮上車両の浮上性能を測る指標となるものである.本章では,車体に作用する外力を永久磁石の吸引力で補償し,案内輪に荷重を作用させないための基本条件を導出した.さらに,案内輪荷重の感度解析を行い,磁石の吸引力の非線形性による変動が浮上性能に与える影響を検討した.

 第3章では,車両の上下方向の基本的動特性を検討した.まず,第2章で導出した基本条件を満足させた車両の上下方向の運動方程式を導出し,次に,運動方程式に適当な変数変換を施すことにより,一般の2自由度振動系との差異を明らかにした.さらに,周波数応答を計算することにより,車両の動的特性と設計パラメータであるリンク比や支持装置の減衰係数との関係を明確にした.また,一般の2自由度振動系との周波数応答上の違いについても説明した.

 第4章では,第3章で導出した車両の上下方向の基本運動モデルを用いて乗り心地および浮上性能の理論的評価を行った.本章では,乗り心地評価指標としてISO2631をもとに旧国鉄で開発された乗り心地レベルを用いた.乗り心地レベルおよび車両の浮上性能を意味する案内輪荷重と車両の設計パラメータとの関係を示し,各設計パラメータの設定範囲を検討した.

 第5章では,本磁気浮上車両の走行シミュレーションを行った.まず,車体,前位台車,後位台車および8組の独立した案内輪付制御レバーから構成される車両の運動モデルを構成し,次に,車両のランダム応答を調べるために,現実の軌道を模擬する上下変位入力を計算機を用いて生成した.さらに,生成したランダムな上下変位入力を用いて車両の応答を計算し,各設計パラメータと車両の応答の関係を調べ,適切な設計パラメータの設定範囲を示した.また,実際のM-Bahnの車両においては案内輪付制御レバーのリンク機構は独立に機能するのではなく,各リンク機構には力学的拘束が存在するので,この力学的拘束を考慮した車両の運動方程式を導出し,これを用いて実際のM-Bahn車両の応答を計算した.さらに,結果を案内輪付制御レバーを独立に機能させた場合と比較して,実際のM-Bahn車両のリンク構成方法の問題点を指摘した.

 第6章では,前後方向に分布した磁石を持つ台車が軌道の不整量を平均化する効果(空間フィルタ効果)を有していることに着目し,これがある一定の軸距を持つ案内輪と結合されることによって生じる動的問題について検討した.本章では,まず,台車の空間フィルタ効果を考慮した2自由度上下運動モデルを構成し,次に,構成したモデルを用いて空間フィルタ効果が車体の上下振動加速度および案内輪荷重に及ぼす影響を明らかにし,適切な磁石長と台車軸距の関係を検討した.一方,台車の磁石長および台車軸距は台車のピッチング運動にも大きな影響を与えることが考えられるので,台車の磁石長と台車軸距の関係が,車両の運動に与える影響を理論的に検討した.さらに,車両の走行シミュレーションによって,適切な台車の磁石長と台車軸距の比率を検討した.

 第7章では,車両の運動に大きな影響を与えると考えられる,案内輪剛性およびリンク機構のガタ等に代表される機械式空隙制御機構における不感帯要素の影響評価を行った.本章では,まず,案内輪の剛性を考慮した車両の運動モデルを導出し,この運動モデルを用いて案内輪の剛性およびリンク比が車両の浮上安定性および周波数応答に与える影響を検討した.次に,案内輪と軌道間の隙間に代表されるような不感帯特性が車両の性能に及ぼす影響について検討し,さらに,現実の車両に近い高次の運動モデルを用いた走行シミュレーションを行って車両の経年変化に対してロバストなリンク比について検討した.また,永久磁石の非線形性が車両の運動に及ぼす影響についても評価を行った.

 第8章では,模型車両を用いて行った車両の浮上実験について説明した.まず,実験車両の諸元と実験装置について概説した.次に,2章で求めた基本設計条件を満足させた模型車両を用いて行った静的な浮上実験結果について説明し,前記基本設計条件の有効性を説明した.さらに,この車両にステップ的な軌道変位入力を与えて強制的に振動させ,車両の設計パラメータの変化に対する車体と台車の上下振動加速度および動的案内輪荷重を計測して,第3章で理論的に検討した車両の動的特性の検討結果の妥当性を検証した.

 第9章では,実車両を用いて行った車両走行実験について説明した.まず,実験施設と使用した実験車両について概説し,走行実験の内容について説明した.次に,満車重量20tonの実験車両を速度50km/hで走行させた場合の車体上下振動加速度および案内輪荷重の計測結果を示し,実際の車両において発生すると考えられる車体上下振動加速度および案内輪荷重の変動範囲について検討した.

 第10章では,本研究で明らかになった事項を総括し,今後の展望を述べた.

審査要旨

 本論文は「機械式浮上力制御を行う磁気浮上車両の運動特性に関する研究」と題し、都市内交通システムとして適していると考えられる磁気浮上式鉄道の一つである、永久磁石を利用した磁気浮上リニアモータ交通システムM-Bahnについて、その運動特性を解析するとともに模型車両を用いた基礎実験および実車両を用いた走行実験により、車両の運動性能上の特徴、設計パラメータの設定指針、実用化に対する技術的可能性をについて述べたものであって、全10章からなる。

 第1章は「序論」であって、機械式浮上力制御の原理と基本的な構成を述べ、研究の背景と解決すべき問題点を示して、本論文の位置付けを明確にしている。

 第2章は「機械式空隙制御機構の静的解析」であって、機械式浮上力制御を行う磁気浮上車両の静的問題を取り扱っている。本章では、車体に作用する外力を永久磁石の吸引力で補償し案内輪に荷重を作用させないための基本条件を導出している。また、案内輪荷重の感度解析を行い、磁石の吸引力の非線形性による変動が浮上性能に与える影響を明らかにしている。

 第3章は「車両の基本運動特性」であって、第2章で導出した基本条件を満足させた車両の上下方向の運動方程式を導出して、これを用いて車両の動的特性と設計パラメータであるリンク比や支持装置の減衰係数との関係を明らかにしている。また、一般の2自由度振動系との差異についても明らかにしている。

 第4章は「2自由度運動モデルによる車両の性能評価」であって、第3章で導出した車両の上下方向の基本運動モデルを用いて乗り心地および浮上性能の理論的評価を行っている。乗り心地レベルおよび案内輪荷重と車両の設計パラメータとの関係を示して、各設計パラメータの設定範囲を明らかにしている。

 第5章は「走行シミュレーション」であって、本磁気浮上車両の走行シミュレーションを行っている。車体、前位台車、後位台車および8組の独立した案内輪付制御レバーから構成される車両の運動モデルを構成し、計算機により生成したランダムな軌道変位入力に対する車両の応答を計算して、適切な設計パラメータの設定範囲を明確にしている。さらに、実際のM-Bahnの車両において存在する各リンク機構の力学的拘束を考慮した車両の走行シミュレーションを行って、実際のM-Bahn車両のリンク構成方法の問題点を指摘している。

 第6章は「前後方向に分布した磁石の影響」であって、前後方向に分布した磁石を持つ台車が軌道の不整量を平均化する効果(空間フィルタ効果)を有していることに着目し、これがある一定の軸距を持つ案内輪と結合されることによって生じる動的問題について検討している。その結果、台車の磁石長と台車軸距の関係が車両の運動に影響を与えることを指摘し、適切な台車の磁石長と台車軸距の関係を明らかにしている。

 第7章は「案内輪剛性およびリンク系の不感帯要素の影響」であって、車両の運動に大きな影響を与えると考えられる案内輪剛性およびリンク機構のガタ等に代表される機械式空隙制御機構における不感帯要素の影響評価を行って、車両の経年変化に対してロバストなリンク比の設定範囲について明らかにしている。また、永久磁石の非線形性が車両の運動に及ぼす影響についても検討を加えている。

 第8章は「基礎実験」であって、模型車両を用いて行った車両の浮上実験について説明している。第2章で求めた基本設計条件を満足させた模型車両を用いて行った静的な浮上実験結果を示し、前記基本設計条件の有効性を検証している。さらに、この車両にステップ的な軌道変位入力を与えて強制的に振動させ、車両の設計パラメータの変化に対する車体と台車の上下振動加速度および動的案内輪荷重を計測して、第3章で理論的に検討した車両の動的特性の検討結果の妥当性を検証している。

 第9章は「実車走行実験」であって、実車両を用いて行った車両走行実験について説明している。実験車両の車体上下振動加速度および案内輪荷重の計測結果を示し,実際の車両において発生すると考えられる車体上下振動加速度および案内輪荷重の変動範囲について検討を行っている。

 第10章は「結論」であって、本論文の成果を要約している。

 以上、これを要するに、機械式浮上力制御を行う磁気浮上車両の都市内交通システムとしての実用化に対する技術的可能性を示したものであって、機械工学上貢献するところが少なくない。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50937