学位論文要旨



No 212277
著者(漢字) 藤井,透
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,トオル
標題(和) 形状計測用走査プローブ顕微鏡の開発
標題(洋) Development of Scanning Probe Microscopy for Dimensional Metrology
報告番号 212277
報告番号 乙12277
学位授与日 1995.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12277号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 川勝,英樹
 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 助教授 ブロイレル,ハネス
 東京大学 助教授 高増,潔
内容要旨

 半導体素子製造、超精密加工などの分野でナノメートルオーダ高分解能高精度測長の必要性が高まっている。西暦2000年には半導体素子製造に要求される測定精度は5nm程度に、またX線縮小露光装置の光学素子には0.5nm程度が必要となり、現状の装置による測定は不可能である。

 トンネル顕微鏡(STM)や原子間力顕微鏡(AFM)に代表される走査プローブ顕微鏡(SPM)は、現在最高の3次元空間分解能を持ち,かつプローブの触針圧もきわめて低くすることが可能なため、ナノメータ測長機への応用可能性が高い有望な技術である。本来、表面物理への応用を主として開発されたため、測長機として用いるためには走査系の直進性、変位精度、制御帰還誤差、機械系共振周波数、走査範囲、速度、探針形状などの問題がある。

 測長機として動作するためには変位測定精度は最も重要な点であるが、外乱に敏感なSPMには非接触式測定が望ましい。しかしナノメータオーダの分解能を得ることが容易でなく、それに加え精度を保証できる測定系を開発することが変位校正のために必要である。

 本論文では、最初にSPMのための案内機構の開発と変位校正された測長系の開発について、次にSPMに案内機構、測長系を組み合わせた形状計測SPMの開発とその測定例、そして実際に得られた測定結果の総合精度評価についてを記す。最後に実用性の高い応用技術開発結果について述べる。

 SPMの走査系は案内機構を持たずその直進性に問題があり、SPM用案内機構の開発が必要となる。通常の超精密直進案内機構は摺動部を有しSPMには適さないため、X線干渉計にも用いられている一体型平行バネ機構を解析し、SPMのために3次元化しかつ3次元空間原子分解能をめざしたものを開発した(1986)。

 よく用いられている2周波偏光ヘテロダイン干渉計には従来偏光混合による数ナノメータの非線形性がナノメートル測長精度の向上を阻んでいた。変位校正測長系の開発では、偏光混合成分を解析することにより、その消去法を考案実現し(1988)、キャバシタンスゲージとの比較測定でサプナノメートルの直線性を得たことを確認しナノメートル測長への応用を可能にした。

 平行バネを案内機構として用いたSPMの開発において、まず検出系が単純な構成を持つSTMを選んだ。サブオングストロームの縦分解能とサブナノメートルの横分解能を保つために、XY2次元走査と高速動作のZ帰還制御系を分離し、一体型2次元平行バネにより走査する平行バネSTMを開発した(1987)。この装置により超精密加工面、グラファイト原子像、微細加工表面形状を測定評価し、形状測定応用の有効性を明らかにした。

 上記変位校正測長系をSTM2次元走査系に組み合わせるために、まずキャパシタンスゲージをXY一体型平行バネに組み込んだ(1987)。続いて干渉測定鏡用軽量アライメント機構を開発しトラッキング用コンパクトディスクのピッチの校正を干渉計を用いて行った(1988)。STM上での干渉計分解能としては0.1nmを達成した。

 形状計測に加えX線光学素子等においての表面粗さ測定の要求精度も高く、従来の表面粗さ計における測定長と同程度の範囲まで走査可能な広範囲STMを開発した(1994)。1次元方向に250m走査可能な機構は直進性を重視して平行ばねを用いた。2次元走査による観察も必要であること及び平行ばねの質量付加による低下を避けるため、Z帰還用アクチュエータには新しく直進性の良い8分割電極を有する円筒型圧電素子を用いその先端に3軸の干渉計を組み込んだ。測定鏡用軽量アライメント機構も、円筒型圧電素子の先端にアライメント機構を設けるとその質量のために素子の応答周波数を著しく低下させるため、外部アライメント機構を開発し、円筒型圧電素子には3枚の軽量薄型平面鏡のみを取り付ける干渉計構成を採用した。縦方向干渉計雑音は0.12nmを達成し、サブナノメータ高精度粗さ測定を可能にした。同一試料の粗さ測定でミラウ型干渉計(Wyko)0.209nm nnsに対しSTMは0.330nm nnsとSTMの測定値が光学式に対し大きく、横分解能の高くなると表面粗さが大きく測定されるという予想を高精度で実証した。この装置を用いて、標準パターンのピッチと深さを測定し、公称値3.00±0.02m、97.8±1.5nmに対して3.027±0.016m、100.31±0.44nmを得た。また8分割円筒型圧電素子の電圧印加と運動状態を高精度で測定し、走査位置による高い再現性を得た。

 さらに形状計測用AFMを開発した。この装置では光テコ測定系の精度保証のため3次元走査を試料側で行った。2次元干渉計のピッチ測長に加えオフラインであるが深さ方向の干渉計校正に成功した。また微細加工AFMカンチレバーに電子線コンタミネーション堆積を応用し測定用探針を付け、測長用AFMレバーを開発し、絶縁体であるポリカーボネート製コンパクトディスク表面のピットのピッチと深さを高精度で測長した(1990)。

 AFMを上記広範囲STMに応用する場合はレバー変位測定系の存在が走査の妨げになる。そのためPZT薄膜による変位検出のAFMレバーを開発、AFM装置に組み込みコンパクトディスクや白金スパッタ粒子の観察と分解能評価を行い0.2nmの縦分解能を確認した(1994)。

 環境外乱、幾何的設置誤差の測定、見積もりを行い、形状計測STMのピッチ、深さ測定結果の誤差評価を行った。また比較のため走査型電子顕微鏡とミラウ型干渉計によるピッチ、深さ測定を行った。これらの結果は、すべて公称値よりSTMと同様大きい値を示した。測定結果、誤差は以下の通りであった。

図表

 さらにより実用性の高い応用技術の開発を行った。干渉計を用いずに格子を用い高分解能で変位校正を行う技術を、従来不可能であった段差方向に測定可能な測定方法と装置を開発し、格子像再現の原理確認実験を行った(1994)。

 SPMは一般的に走査範囲が狭く試料の所望の場所への位置合わせは困難なことが多い。特に生体関連試料においては試料の光学顕微鏡観察による位置合わせが必須となる。こうした点を考慮し、蛍光観察が可能な生体等の応用に適したAFMを開発した(1993)。形状測定を重視し、従来の複合型は透過観察のところをこの装置では落射照明による観察も可能であり半導体パターン観察等へも応用可能である。このAFMにおける顕微鏡対物レンズの開口数は0.7、0.35mの分解能を実現し、AFMの性能としても原子分解能を確認した。

審査要旨

 超精密産業界、特に半導体産業においてナノメートル計測の実現が急務である。本研究は、3次元ナノメートル分解能を有するが、運動精度、変位精度の無い走査プローブ顕微鏡(SPM)に着目した。

 計測に応用するために上記問題点を考察しまず以下の2つの要素技術を開発した。運動精度向上については、3次元ナノメートル分解能の達成の可能性のある平行バネ機構に着目した。X線干渉計では平行バネ機構をステージとして用い、2次元的に数ミリメートルの範囲で平均化された信号から、1次元格子間隔のステージ変位にともなう信号を得ることに成功していた。しかしSPMにおいては3次元同時に格子分解能程度を得ることが必要である。そのために機構としての解析計算、数値解析を行いかつ一体型で2次元運動可能なように設計を行った。走査範囲は10ミクロン角以上である。また表面粗さ測定に適合する250ミクロンの線走査可能な平行バネも開発した。この平行バネには機械特性維持のための付加機構もある。運動精度は250ミクロンのものが最悪値を示したが、ナノメートル精度実現の範囲に誤差をとどめることに成功した。機械的特性では3次元原子分解能が可能である値を得ることに成功した。高精度直進性を持ちかつ3次元的に原子分解能を可能にする走査機構は例を見ないものであった。

 変位精度においては、産業界の主流であるヘテロダイン干渉計の従来から指摘されていたナノメートルオーダの非線形性を解決する研究を行った。指摘のあった変更成分の混合を計算することで、非線形要因を数式の上で明らかにした。さらに検討することで、誤差要因のみを、光学系と電気演算の組み合わせにより、数式上でオングストローム以下に低減出来る作動検出と呼ばれる方式を考案した。この方式を実際に用いると、数式のとおりにに減少しないが、現実の光学系においては更なる機械的角度調整を行うことが有効であることを見いだし、非線形現象効果を充分に用いることに成功した。静電容量変位計を併用することでサブナノメートルの精度を確認した。補間等の手段を用いず初めてナノメートル精度の干渉計を構築した。これはSPM用に限らず、超精密産業界でも極めて重要な技術となる。

 上記平行バネ走査機構をSPMに応用した。まず平行バネ走査機構を持つSPMが原子分解能を持つことを初めて実証した。超精密加工面の測定を行い、運動の直交性が従来の走査機構に比べ優れていることを示した。続いて干渉計を走査機構に組み込んだ装置を用いても、原子分解能も実現できることを実証した。特に試料垂直方向の干渉計校正は他に例を見ないものである。物理的にも、従来から走査トンネル顕微鏡(STM)による仕事関数測定の値が小さく測定される問題があったが、干渉計校正により変位精度の問題は解決された。ピッチ3ミクロン、深さ100ナノメートルの微細加工形状を測定し、装置の幾何的誤差と温度変動による誤差を測定時の条件で考察し、ナノメートルの精度を実現していることを証明した。深さと線幅方向同時にこれだけの高精度で測定した例は初めてである。

 非導電性の試料を観察するために原子間力顕微鏡(AFM)の原理を用いるための開発も行った。電子線堆積を用い、微細加工形状観察に適した探針をマイクロカンチレバー上に作った。またAFMは変位検出系の存在が、STM装置への応用を妨げていたが、その解決のためにカンチレバー上にPZT薄膜による変位検出系を作り、AFMの応用を容易にすることに成功した。

 実用性向上のために、微細加工観察に適した落射光学顕微鏡観察によりAFM観察の位置決めが出来る装置を開発した。光学顕微鏡の分解能は、落射観察でAFMとの組み合わせでは最高の0.35ミクロンを達成した。AFMの性能も原子分解能を確保している。

 格子基準を用いた線幅方向の変位校正技術を、格子観察探針を変調走査する手法を考案し、従来不可能であった段差方向に応用することに成功し、実際の試料観察を行うことに成功した。

 上記のように、干渉計精度向上し、SPMを計測に応用したことは、超精密産業やその研究において重要で意義が大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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