学位論文要旨



No 212279
著者(漢字) 尾川,茂
著者(英字)
著者(カナ) オガワ,シゲル
標題(和) 縦渦による剥離・再付着を伴う物体の空力騒音に関する研究
標題(洋)
報告番号 212279
報告番号 乙12279
学位授与日 1995.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12279号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梶,昭次郎
 東京大学 教授 小竹,進
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 佐藤,淳造
 東京大学 教授 長島,利夫
内容要旨

 流れに対して傾斜角を有する物体には通常強い縦渦が発生する。自動車のフロントピラー周りは、縦渦による剥離・再付着を伴う代表的な流れ場である。車室内外の空力騒音の低減の観点からその発生機構の解明は、工学的に重要な研究課題となっている。

 本論文は、一様且つ低マッハ数(0.2以下)の流れの中に置かれた固体物体が縦渦による剥離・再付着を伴う流れ場を有する場合に、その壁面との相互干渉によって発生する空力騒音の特性と発生機構について研究したものである。

 縦渦の騒音特性は、三角翼モデルで縦渦の流れの特性を再現して調べた。その結果、遠距離場における騒音の指向特性は三角翼全体を点状の双極子と見なした指向特性を有すること、及び騒音レベルは流速の6.4乗に比例し次元解析から得られる双極子音源の6乗則に近い振る舞いをすることが示された。したがって、低マッハ数の気流中で縦渦の発生を伴う物体の騒音は、指向性及び速度依存性の点からいずれも双極子的な特性を示し、縦渦自身が放射する四極子的な音は無視できることがわかった。

 縦渦の流れ場特性を流れの可視化・流速変動及び物体表画の圧力変動から明らかにした。その結果、縦渦は互いに逆回転方向である一対の渦(一次渦と二次渦)から成り立っていること、及び縦渦中の強い乱れは物体表面に強い圧力変動を励起するため、物体表面は圧力変動が大きい剥離域と小さい再付着域に大別できることがわかった。

 次に,騒音の発生機構について考察した。縦渦の騒音は双極子的であることから物体表面の圧力変動に着目し音源分布を調べた。音源分布の評価においては、Lighthill-Curleの式から音源の位相の違いを考慮した評価方法として相関面積法を新たに提案した。即ち、遠距離場における空力騒音の強さIは物体表面の圧力変動Pmft、その周波数ft、及び相関面積Scftの三つの物理量の積の自乗和としてI∝(Pmft・ft・Scft)2で表現できる。本評価式を実車に適用して剥離域と再付着域で発生する騒音を定量的に求め、各々の領域の騒音発生に対する寄与度を調べた。その結果、剥離域は再付着域に比較し騒音の発生が10〜20dB大きいことから、剥離域が騒音の発生に関して支配的であることがわかった。

 以上の縦渦の騒音発生に関する実験研究から次の知見が得られた。低マッハ数の流れの中に置かれた固体物体によって生じた縦渦は、その非定常性の強い流れと固体境界との相互作用で境界画上に強い圧力変動をもたらす。その非定常性の強い圧力変動が双極子音源(加振源)となって空気の疎密波(音波)を励起させるものと考えられる。特に、縦渦は円錐形状をしていることからその先端で流れが絞られ、縦渦先端近傍で負圧及び渦度が最大で、軸方向に沿ってそれらが滅少するという特性を有する。その結果、縦渦先端近傍では壁面上の負圧及びその変動が最大となる。縦渦から発生する騒音は縦渦先端近傍では低周波数の騒音が支配的で、その輪方向に沿って支配的な周波数域は高周波数側にシフトするという特性を有する。

審査要旨

 工学修士尾川茂提出の論文は「縦渦による剥離・再付着を伴う物体の空力騒音に関する研究」と題し、7章および付録から成っている。

 流れに対して前縁線が傾斜角を有するような剥離物体には通常強い縦渦が発生するが、自動車のフロントピラー周りの流れもそのような流れの代表的なもの一つである。車体の前方部上を流れ正面の窓に当たる流れの一部は左右に別れ、フロントピラーで剥離して強い縦渦を形成し、側方窓に再付着した後、斜上方屋根側に抜けて流れ去る。この剥離・再付着を伴う縦渦は側方窓上で強い乱れと圧力変動を誘起するが、側方窓は開閉を行う必要から完全な気密性を保持することはできず、この縦渦が車室内の騒音源の大きな要素の一つとなっている。この点に注目した著者は、実車並びにモデル翼を用い、剥離・再付着を伴う縦渦周辺の流れ場、物体表面上の圧力場および放射音場を詳細に調べることにより、このような縦渦による騒音発生機構の解明を試みている。

 第1章は序論であり、本研究の背景を述べ、関連したこれまでの研究を概観している。特に従来の剥離流騒音と異なり、本研究の対象が縦渦の剥離・再付着流による騒音である点を強調し、論点を明確にしている。

 第2章は「相関面積法」と題し、本研究で用いた騒音レベル評価法の根拠を説明している。物体表面の圧力変動が相関のある微小面積部分毎に分割され、各部分同志は互いに無相関であるとすれば、遠距離場における音響強度は、個々の微小面積部分を独立な音源とした場合の音響強度の総和で表現されることを導き、本方法は物体表面の圧力変動が計測可能な場合の騒音レベルの評価法として有効であると主張している。

 第3章は「縦渦と物体の干渉による騒音の特性」と題し、実車における縦渦の影響だけを抽出するように工夫されたモデル翼を用い、再付着を伴う縦渦によって放射される騒音の特性を調べている。頂角90°の三角翼の翼端を切り落とした平板翼モデルを迎角15°で流れの中に置くとき、頂点から発する縦渦による流れの様相が、実車の縦渦周りの流れに酷似していることに着目し、このモデル翼について計測している。その結果、騒音は低周波数から4kHz程度までの広帯域のスペクトルをもつこと、また、放射音場はモデル翼に垂直な軸をもつ双極子音源的な指向性を有すること、流速の増加に対し、ほぼその6.4乗に比例して騒音レベルが増加すること等を明らかにしている。このような結果に基づき、著者は騒音源として翼面上の圧力変動による双極子音源が主体であるとの立場を取っている。

 第4章は「前縁剥離による縦渦を伴う流れ場の特性」について述べている。実車の風洞試験により、側方窓上に発達する縦渦を可視化によって定性的に把握すると共に、流速や全圧、静圧を計測することにより、流れ場の構造を解明している。その結果、縦渦は先端近傍部の渦度が強く、下流側に広がる円錐形状を呈し、回転方向が逆の二次渦を伴っていること、側方窓壁面を縦渦の位置する剥離域と、その外側を回り込んだ流れが壁面に付着する再付着域に分けた場合、剥離域における流速変動が再付着域の10倍程度に達すること、壁面の圧力変動は再付着線付近ではなく、縦渦先端部付近で最大となること、などを明らかにしている。そして、速度変動は壁面圧力変動やその時間微分値とかなり高い相関を有することを確認している。

 第5章は「相関面積方の検証」と題し、モデル翼面上で計測された変動圧力分布から第2章で記述された手法によって騒音レベルを予測することの妥当性を検証している。周波数帯ごとの変動圧力分布は全体的に再付着域よりも剥離域の方が高く、かつ支配的な面積部分が存在することを示し、その代表的な面積部分における変動圧力振幅と相関面積を用いることにより、かなり高い精度で放射騒音レベルの予測が行えることを示している。

 第6章は「縦渦による剥離・再付着を伴う物体の騒音の発生機構」と題し、これまでに得られた結果をもとに流れ場の状況と騒音発生機構を総合的に考察している。縦渦先端近傍では渦心の断面積は小さく、壁面付近の速度勾配が大きくなって強い剪断流れが誘起される。この剪断流れは強い速度擾乱をもたらし、この速度擾乱が壁面での圧力変動に結びつくものと予測している。縦渦自身は拡散と対流によってその断面は円錐形状に拡がって行くが、この間に低周波数の乱れが中・高周波数の乱れに移行する傾向のあることを示唆している。

 第7章は結論で、これまでに得られた結果を要約している。

 なお、付録はナビエストークス方程式の直接解法により「縦渦と物体の干渉による騒音の数値解析」を試みた結果について述べている。

 以上を要するに、本論文は剥離・再付着を伴う縦渦が物体と干渉して発生する空力騒音の重要性に着目し、詳細な計測を通じて流れ場や音場の性質を明らかにし、その発生機構に対して新知見を加えたもので、工学上貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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