慣性航法あるいは航空機、船舶等の自動姿勢制御の分野では高感度でダイナミックレンジの広い角速度センサーの開発は同加速度計と同様に常に属望され、その時代の先端的な技術を基礎に様々な方式のものが開発されて来た。 光を用いたジャイロもその構想は1913年のSagnacにまで溯る事が出来るが、アクティブ型リングレーザジャイロ(RLG)はガスレーザの出現にその開発の基礎が有る。 RLGは対向して閉光路内を伝播する進行波間の周波数差を検出して入力角速度を計測する為、本質的にダイレクトデジタル出力の角速度センサーで、優れたスケールファクタ直線性及び高安定性、広いダイナミックレンジ等ストラップダウン方式の制御系にとって理想的な角速度センサと考えられて来た。 しかし、この様な優れた特性は理想的な光共振器によってのみ実現されるものであって、現実のリングレーザジャイロの開発はリングレーザを構成する様々な部品からの擾乱の為に起こる進行波間の周波数同期(ロックイン)による入力角速度の不感帯をいかに克服するか、またこの不感帯に起因する様々な誤差をいかに小さくするかに有ったと言って過言ではない。現在実用に供せられているRLGは、リングレーザを上記ロックインしきい値以上の角速度で回動するいわゆるメカニカルディザにより不感帯を避けて使用されている。 しかしメカニカルディザを加える事による新たな問題も発生し、対向して伝播する進行波間の同期周波数を可能な限り小さくする事は高精度RLGが存在し続ける限りの研究テーマと言える。 通常リングレーザは3枚もしくは4枚のミラーにより構成された閉光路を共振器に用いており、同ミラー面で発生する後方散乱波(レーザ光の進行方向と逆方向に散乱されたもの)がロックイン現象の主な要因となっている。従って、ロックインしきい値(不感帯の大きさ)を小さくするためにミラーの高精度化を進める一方で様々な手法が試みられて来た。それらの手法のうち、散乱波の位相関係を調整して合成散乱波の振幅強度を低減させようとする手法は、ミラーの散乱率を現状より極度に減少させるという大きな開発過程を経る事なくRLGのロックインしきい値を著しく低下させる事が出来る可能性がある。 本研究は従来明確になっていなかったこの手法のメカニズムを解明し、ロックインしきい値低減のために最適な制御を行うのに必要な条件を明らかにし、散乱波の位相関係の制御技術をより高度化する事により、RLGの最大の問題であるロックインしきい値の低減化技術を確立しようとするものである。そのために以下に示す内容の研究を行った。 1.リングレーザのロックイン及びウィンキング現象に対する従来の知見を見直し、両者の関係をより詳細に調査検討し、散乱波位相制御法を行う上で必要な両者の対応関係を明らかにする。 2.反射鏡面の粗さをその空間波長成分に分けて評価し、粗さの特徴付けを行い、散乱特性との関係を明らかにする。合せて反射膜の粗さの発生機構を究明し極低散乱ミラーを試作評価し、同ミラーにより構成したRLGのロックインしきい値限界を求める。 3.上記散乱特性とロックインしきい値及びウィンキング特性との関係を散乱波の位相関係より解明する。 4.3.の結果に基づき散乱波位相制御法により得られる真の最小ロックイン状態を作り出す新しい手法を提案する。 5.メカニカルディザーと散乱波位相制御法を併用した高精度RLGの設計法を確立し、同設計に基づいて試作したRLGの特性を評価し、同RLGの実用限界性能を求める。 その結果以下に示す研究結果を得た。 1.従来報告されていたウィンキング現象とロックインしきい値の間に新らたな関係を見い出し、従来の例はより広い現象の一部である事を示した。またその中でロックインしきい値の大きさとウィンキングの大きさが対応しない例のある事を見い出し、散乱波の位相制御を行いロックインしきい値を低下させる上でウィンキング強度をその指標と出来ない例のある事を示し、解決すべき問題点を明らかにした。 またRLGの動作解析に用いるリングレーザの発振強度と位相に関する自己無撞着方程式に、ミラー面上の散乱源と散乱波の位相関係をミラーの動きをパラメータに取り入れ、RLGの動作解析を行い、散乱波位相制御を行う上で必要な条件を明らかにした。 2.ミラーの研磨面の粗さと散乱特性の関係について調べ、RLGにとって重要な後方散乱について、面粗さの空間波長と散乱率の関係を明らかにし後方散乱の大きさを決める要因を特定した。同時に粗さの空間分布は人為的に形成された面では必ずしも一様でない事を示した。 また散乱の大きな要因となる多層反射膜の粗さの発生メカニズムの解明を行い、膜面の粗さがアモルファス組織の無定型度に強く関係している事を明らかにした。その中で極低散乱ミラーを試作し、後方散乱率約8ppm/4srを実現し、この計測値を基にRLGのロックインしきい値を見積った。 3.RLGに用いられるミラー面の粗さの特性や欠陥の状況を詳細に検討し、RLGの動作解析に用いるミラー面のモデル化を行った。この過程で粗さの非一様な空間分布及び散乱率が入射光の方向に対し異方性を持つ例のある事を示した(図1参照)。 図1 散乱率マップaは前方散乱、bは後方散乱を表わす。また左右の図は互いに逆方向のレーザビームで見た図に相当する。左図の左上の散乱源が右図では右下に来ているがその読み取り値が半分以下になっている。しかし左図右中下の散乱源は右図左中上に来ているがその読み取り値は変化していない。 次にモデル化した散乱源を持つミラーにより構成されたRLGの入出力特性を自己無撞着方程式を用いて解析し、ミラーの変位による各散乱波間の位相変化によるウイング特性及びロックインしきい値のミラー変位依存性を明らかにした。この中で散乱波位相制御を実行する上で必要なロックインしきい値の大きさとウインキング強度が対応関係を持つために必要なミラーの条件を明らかにした。 4.上記解析の中で従来提案されている散乱波の位相制御を行う手法では全てのミラーからの散乱波の位相関係を制御する事が出来ず、真の最小ロックインしきい値状態を必ずしも作り出すことが出来ないことを示し、その解決法を例示した。 5.上記散乱波位相制御法を取り入れたメカニカルデイザバイアス方式の高精度RLGの設計、試作を実施し、その性能を評価した。その結果散乱波位相制御法が有効に働き、メカニカルデイザバイアスという実用的なバイアス方式のRLGが理論的角速度検出限界と考えられる量子ノイス限界に達する事が出来る事を示した(図2参照)。 図2 ランダムウォーク係数の蓄積時間依存性○印は各データ蓄積時間に対するランダムウォーク係数の実測値を表わし、実線は1/√Tを表わす。この例のランダムウォーク係数は本RLGの量子ノイズ限界に相当する3×10-4deg/√hrである事がわかる。 以上の主な成果によって、RLGの実用上の最大の問題であるミラーの後方散乱によるロックイン現象を極端なミラーの高品位化に頼ること無く、著るしく低減させる手法を確立し、安価高性能のRLGの実現を可能ならしめる意義ある研究であることを明らかにした。 |