学位論文要旨



No 212283
著者(漢字) 増本,清
著者(英字)
著者(カナ) マスモト,キヨシ
標題(和) ハイドロパルストモグラフィー技術の開発
標題(洋)
報告番号 212283
報告番号 乙12283
学位授与日 1995.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12283号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 登坂,博行
 東京大学 教授 小島,圭二
 東京大学 教授 山冨,二郎
 東京大学 助教授 六川,修一
 東京大学 助教授 増田,昌敬
内容要旨

 近年、地下空間の多様な利用が進む中で、より正確で精緻な地質調査に対する需要が高まっており、特に、流体エネルギーの地下備蓄や、放射性廃棄物の地層処分などでは、岩盤内の水理物性を高い信頼度で推定することが重要な課題となってきた。一方、コンピュータ能力の飛躍的な発展とともに数値解析技術の精緻化がすすんでいる。しかし、現状では、3次元的に不均質に広がる水理物性分布を精度良く、高い信頼性をもって同定する技術は未だ熟していない。そして、数値解析技術の信頼性が重要な課題となっている。

 岩盤内の水理特性を直接的にとらえる手法として、従来から種々の坑井試験が使われており坑井周辺あるいは坑井間の平均的な水理物性を求めることができるが、特に割れ目系岩盤などのような高い不均質性をもつ岩盤内のより広い空間的な分布を知ることはできない。

 これらの現状を踏まえて、本研究は、流量および圧力データをより高い質で多量に計測することにより坑井間の3次元的な浸透率分布を描き出すことを目標としたハイドロパルストモグラフィー(H.T.)手法を提案し、逆解析手法の開発を行い、その適用性の検討を数値実験、室内実験、現場試験を通して行ったものである。

 研究により得られた要点は以下の通りである。

 (1)実用的な逆解析を行うための効率的逆解析アルゴリズムの研究により得られた成果は以下の通りである。

 ・準ニュートン法と最適制御理論を組み合わせて、非定常流動シミュレーションを組み込んだ逆解析プログラムを開発した。

 ・実用大規模の逆解析をある程度粗い離散化により行うため、解析的ウエルモデルを組み込んだ。

 ・準ニュートン法における計算機記憶容量を節約する方法を開発し、大規模問題への適用を可能にした。

 ・種々の未知パラメータ設定法(変数変換、グルーピング)に対応する逆解析アルゴリズムを作成した。

 ・適切な重み付けによる計算の高速化を図った。また、計算の安定化のためにスムージングなどの正則化法を組み込んだ。

 (2)数値実験により、効果的計測形態の検討、感度解析、適用性の検討を行い、得られた成果は以下の通りである。

 ・パルス発信点を交換して発・受信点の圧力計測を行うこと、非定常的なデータを多く用いるパルステスト形態が、逆解析の効率を高め逆解析精度を向上させることがわかった。

 ・坑井内に多点の計測点を設けて、それぞれを発信点として使用することを想定した数値実験により、3次元的な浸透率分布を逆解析することができた。

 ・ウエルモデルの導入により逆解析精度を落とすことなく計算効率を向上させることが可能となった。

 ・圧力値の正規化が逆解析上、有効な重み付け法であり、特に非定常的なデータに対して効果的であることがわかった。

 ・2次元数値モデルを用いた数値実験から、変数変換の違いにより逆解析の効率が変化し、特に単純な対数による変数変換よりも高浸透率部分を1次関数で変換する方が解析効率が良いことがわかった。

 ・坑井外部の不均質性の影響を2次元モデル数値実験で比較検討した結果、内部より影響が小さいことがわかった。また、外部領域の浸透率を固定せずに解析上未知パラメータとして解析することにより、坑井内部の浸透率分布はモデルの分布を良く再現した。

 ・逆解析の解の一意性を検討するために、初期推定浸透率を変えた数値実験を行った結果、評価関数値が十分に小さい値に収束するような初期推定値に対してはモデルの再現性が良いことがわかった。

 (3)室内モデル実験による検証を行った結果、以下のことがわかった。

 ・ガラスビーズを媒体とする1次元モデルを用いて、空気によるパルステストを行い、逆解析を行った結果、両端2点の計測点の情報のみを用いて2点間に存在する低浸透率部分(粘土層)の位置および値を同定できた。

 ・不均質性のある砂岩(多胡砂岩)の平板を用いて、空気によるパルステストを行い、2次元逆解析を行い、4点の計測点内部の浸透率分布を推定した。また、実験試料の一部を変更した比較実験を行い、逆解析結果の信頼性について検討した。

 (4)現場計測への適用の結果、以下の成果を得た。

 ・ダム建設予定地において孔間の亀裂の連続性を評価するために行った3孔を用いたパルステストで得られた多量の計測データを用いて3次元数値逆解析を行った結果、得られた浸透率分布のうちボーリング孔周辺の逆解析結果がルジオン試験で得られた結果と良く一致した。また、2日程度の計算で、評価関数値が初期推定時の0.1バーセント程度まで減少させることができた。

 ハイドロパルストモグラフィーをさらに高精度、高信頼性をもった技術にして適用性を高めるために今後の課題として以下の諸点が挙げられる。

 ・孔隙率も未知パラメータとして扱うことのできる数値逆解析法を開発したが、さらに、孔隙率を未知として実用的な逆解析計算ができるかどうかを検討する。

 ・より浅い深度を対象領域として扱えるようにするために、多相流動および浸透率の圧力依存性を考慮した数値逆解析手法の開発を行う。

 ・さらに効率を上げ、信頼性を高めるために坑井数、坑井配置を考慮した最適計測形態の検討を行う。

 ・残差2乗和以外の評価関数形を用いた数値逆解析法を開発して、効率的な評価関数形態を検討する。

 ・データが持つ水理物性分布に関する情報の量を表す適切な指標を作り、定量的にデータの質を評価する方法の開発を行う。

 ・得られる情報を使いきるために、圧力データ以外の情報を事前情報として組み込むことによる解析の効率化の検討を行う。

 さらに、複雑な現場条件に対応するために、良質の現場計測データの解析経験を積み、ハイドロパルストモグラフィーシステムの適用性を向上させていきたいと考えている。

審査要旨

 近年の地表や地下空間利用では大規模化、大深度化が進行しており、見えない地下の状態(力学的、水理学的)を何とかして正確に把握したいとの要求が高まっている。特に、大規模な石油・天然ガスなどのエネルギー地下備蓄基地や放射性廃棄物の地層処分などでは、漏洩に対する長期・広域の安全性を評価するため、周辺岩盤の水理的性質を高い信頼度で推定することが最重要な課題とされている。

 このような状況に鑑み、本論文の著者は「ハイドロパルスモグラフィー技術の開発」と題し、新たな坑井試験方法及び解析法を提案している。提案されている方法は、岩盤内への注水試験における流量および圧力データを時間軸方向に多量に計測し、数値逆解析技術を利用して周辺岩盤の3次元的な浸透率分布を描き出すことを目標としたものである。

 論文の第1章および2章では技術開発の目的、技術の現状、および新しい技術開発の必要性が明らかにされている。第3章においては数値解析技術の開発過程が詳述され、第4章、5章、6章では数値実験及び実験室実験による検証結果が報告されている。第7章では、著者の開発した実用逆解析シミュレータを現場計測データに適用した例が報告されている。本研究の主要な研究の内容・成果として次の諸点が挙げられる。

(1)実用的な逆解析アルゴリズムの開発

 著者は、非定常地下水流動シミュレータと準ニュートン法を組み合わせた逆解析プログラムを開発し、さらに最適制御理論を導入して逆解析の高速化を図っている。また、大規模の逆解析を行う観点から、(a)坑井周辺の粗い離散化に対応する解析的ウエルモデルの導入、(b)準ニュートン法における計算機記憶容量を節約する方法の開発、(c)種々の未知パラメータ設定法(変数変換、グルーピング)に対応する逆解析アルゴリズムの作成、(d)適切な重み付けによる計算の高速化、(e)スムージングなどの正則化手法による逆解析の安定化、などにより非常に実用的な逆解析法を確立している。

(2)数値実験による適用性の検討

 種々の数値実験を行い開発した手法の実用性、解析精度、境界や初期条件の感度解析を行っている。その要点は以下の通りである。

 (a)パルス発信点・受信点の交換を行い非定常圧力データの量を増やすことにより、逆解析の効率、精度が向上すること。

 (b)坑井内に多点の計測点を設けて、それぞれを発信点として使用することを想定した数値実験により、3次元的な浸透率分布を逆解析できること。

 (c)ウエルモデルの導入により逆解析精度を落とすことなく計算効率を向上させることが可能なこと。

 (d)圧力データの正規化および時間軸方向の重み付けが逆解析上効果的であること。

 (e)逆解析上の制約条件を解消するため変数変換が導入されているが、変換関数の違いにより逆解析の効率が変化するが、特に単純な対数による変数変換よりも高浸透率部分を1次関数で変換する方が解析効率が良いこと、

 (f)坑井で囲まれた領域外部の不均質性が逆解析結果に及ぼす影響を検討した結果から、外部領域の浸透率も解析上未知パラメータとして解析することにより、効率を損なわずに良い再現性が得られること。

 (g)逆解析の解の一意性を検討するために、初期推定浸透率を変えた数値実験を行った結果、評価関数値が十分に小さい値に収束するような初期推定値に対してはモデルの再現性が良いこと。

(3)室内モデル実験による検証

 著者は数値実験で示された逆解析可能性をさらに確かなものとするためいくつかの実験結果に関し報告している。その主要な結論として以下の諸点が挙げられている。

 (a)ガラスビーズを媒体とする1次元モデルを用いて、空気によるパルステストを行い、逆解析を行った結果、両端2点の計測点の情報のみを用いて2点間に存在する低浸透率部分(粘土層)の位置および値を同定できること。

 (b)不均質性のある砂岩(多胡砂岩)の平板を用いた空気によるパルステストを行い、4点の計測点の圧力データから内部の浸透率分布が推定され、比較実験データの結果がらその信頼性が確認できたこと。

(4)現場計測への適用

 著者の開発した逆解析技術は利用可能な現場データに応用されている。実際には、ダム建設予定地において、孔間の亀裂の連続性を評価するために行われたパルステストで得られた計測データを用いて3次元数値逆解析を行っており、得られた浸透率分布は、地質状況や他の坑井試験結果と比較され、解の妥当性が確かめられている。

 以上の内容から、本論文は新しい岩盤水理試験の方法を提示し、その基本的な手法の開発およびその応用まで含め論じたもので、きわめて実用性の高いものとして関係方面から注目されており、高い評価を得ている。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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