近年、地下空間の多様な利用が進む中で、より正確で精緻な地質調査に対する需要が高まっており、特に、流体エネルギーの地下備蓄や、放射性廃棄物の地層処分などでは、岩盤内の水理物性を高い信頼度で推定することが重要な課題となってきた。一方、コンピュータ能力の飛躍的な発展とともに数値解析技術の精緻化がすすんでいる。しかし、現状では、3次元的に不均質に広がる水理物性分布を精度良く、高い信頼性をもって同定する技術は未だ熟していない。そして、数値解析技術の信頼性が重要な課題となっている。 岩盤内の水理特性を直接的にとらえる手法として、従来から種々の坑井試験が使われており坑井周辺あるいは坑井間の平均的な水理物性を求めることができるが、特に割れ目系岩盤などのような高い不均質性をもつ岩盤内のより広い空間的な分布を知ることはできない。 これらの現状を踏まえて、本研究は、流量および圧力データをより高い質で多量に計測することにより坑井間の3次元的な浸透率分布を描き出すことを目標としたハイドロパルストモグラフィー(H.T.)手法を提案し、逆解析手法の開発を行い、その適用性の検討を数値実験、室内実験、現場試験を通して行ったものである。 研究により得られた要点は以下の通りである。 (1)実用的な逆解析を行うための効率的逆解析アルゴリズムの研究により得られた成果は以下の通りである。 ・準ニュートン法と最適制御理論を組み合わせて、非定常流動シミュレーションを組み込んだ逆解析プログラムを開発した。 ・実用大規模の逆解析をある程度粗い離散化により行うため、解析的ウエルモデルを組み込んだ。 ・準ニュートン法における計算機記憶容量を節約する方法を開発し、大規模問題への適用を可能にした。 ・種々の未知パラメータ設定法(変数変換、グルーピング)に対応する逆解析アルゴリズムを作成した。 ・適切な重み付けによる計算の高速化を図った。また、計算の安定化のためにスムージングなどの正則化法を組み込んだ。 (2)数値実験により、効果的計測形態の検討、感度解析、適用性の検討を行い、得られた成果は以下の通りである。 ・パルス発信点を交換して発・受信点の圧力計測を行うこと、非定常的なデータを多く用いるパルステスト形態が、逆解析の効率を高め逆解析精度を向上させることがわかった。 ・坑井内に多点の計測点を設けて、それぞれを発信点として使用することを想定した数値実験により、3次元的な浸透率分布を逆解析することができた。 ・ウエルモデルの導入により逆解析精度を落とすことなく計算効率を向上させることが可能となった。 ・圧力値の正規化が逆解析上、有効な重み付け法であり、特に非定常的なデータに対して効果的であることがわかった。 ・2次元数値モデルを用いた数値実験から、変数変換の違いにより逆解析の効率が変化し、特に単純な対数による変数変換よりも高浸透率部分を1次関数で変換する方が解析効率が良いことがわかった。 ・坑井外部の不均質性の影響を2次元モデル数値実験で比較検討した結果、内部より影響が小さいことがわかった。また、外部領域の浸透率を固定せずに解析上未知パラメータとして解析することにより、坑井内部の浸透率分布はモデルの分布を良く再現した。 ・逆解析の解の一意性を検討するために、初期推定浸透率を変えた数値実験を行った結果、評価関数値が十分に小さい値に収束するような初期推定値に対してはモデルの再現性が良いことがわかった。 (3)室内モデル実験による検証を行った結果、以下のことがわかった。 ・ガラスビーズを媒体とする1次元モデルを用いて、空気によるパルステストを行い、逆解析を行った結果、両端2点の計測点の情報のみを用いて2点間に存在する低浸透率部分(粘土層)の位置および値を同定できた。 ・不均質性のある砂岩(多胡砂岩)の平板を用いて、空気によるパルステストを行い、2次元逆解析を行い、4点の計測点内部の浸透率分布を推定した。また、実験試料の一部を変更した比較実験を行い、逆解析結果の信頼性について検討した。 (4)現場計測への適用の結果、以下の成果を得た。 ・ダム建設予定地において孔間の亀裂の連続性を評価するために行った3孔を用いたパルステストで得られた多量の計測データを用いて3次元数値逆解析を行った結果、得られた浸透率分布のうちボーリング孔周辺の逆解析結果がルジオン試験で得られた結果と良く一致した。また、2日程度の計算で、評価関数値が初期推定時の0.1バーセント程度まで減少させることができた。 ハイドロパルストモグラフィーをさらに高精度、高信頼性をもった技術にして適用性を高めるために今後の課題として以下の諸点が挙げられる。 ・孔隙率も未知パラメータとして扱うことのできる数値逆解析法を開発したが、さらに、孔隙率を未知として実用的な逆解析計算ができるかどうかを検討する。 ・より浅い深度を対象領域として扱えるようにするために、多相流動および浸透率の圧力依存性を考慮した数値逆解析手法の開発を行う。 ・さらに効率を上げ、信頼性を高めるために坑井数、坑井配置を考慮した最適計測形態の検討を行う。 ・残差2乗和以外の評価関数形を用いた数値逆解析法を開発して、効率的な評価関数形態を検討する。 ・データが持つ水理物性分布に関する情報の量を表す適切な指標を作り、定量的にデータの質を評価する方法の開発を行う。 ・得られる情報を使いきるために、圧力データ以外の情報を事前情報として組み込むことによる解析の効率化の検討を行う。 さらに、複雑な現場条件に対応するために、良質の現場計測データの解析経験を積み、ハイドロパルストモグラフィーシステムの適用性を向上させていきたいと考えている。 |