学位論文要旨



No 212284
著者(漢字) 佐藤,昭規
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,アキノリ
標題(和) 粗大柱状晶を用いた環境ぜい化の結晶学的研究
標題(洋)
報告番号 212284
報告番号 乙12284
学位授与日 1995.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12284号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻川,茂男
 東京大学 教授 増子,昇
 東京大学 教授 石田,洋一
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 栗林,一彦
内容要旨

 本論文では、ニッケル基合金およびオーステナイト系ステンレス鋼の環境ぜい化の結晶学的関係を明らかにするため、まず多結晶を用い、粒界腐食の方位依存性について相対傾角で整理した。ついで<100>回転軸を持つ粗大柱状晶試片を用いて、傾角粒界について粒界腐食および粒界割れの方位依存性について検討し、方位差の影響を述べた。水素ぜい化割れにおいては、粒界の表示法に新たに両側の結晶の傾角を導入し、<100>傾角粒界の粒界面方位をわかりやすく表示した。ついで粒界腐食との関係に検討を加え、粒界面方位の重要性を示した。さらに応力腐食割れにおける粒界割れおよび粒内割れの結晶学的方位性を調べ、割れが特定の結晶面で進行することを示した。このようにぜい化に方位性が認められることから、結晶面方位による溶解速度を調べ、溶け残り面との関係について若干の検討を加えた。以下に各章ごとの研究内容を要約する。

 第1章では、結晶粒界の性格について述べ、ついでこれと粒界に関する諸現象との関係について、従来の研究結果を紹介した。特に粒界拡散、粒界偏析、粒界析出、粒界割れおよび粒界腐食に粒界の方位差依存性があることが指摘されていることを述べた。また、現在用いられている粒界の方位差の表示法の例についても紹介し、それらの表示法では粒界の方位差を回転角で整理しているが、同じ回転角でも粒界面方位もまた重要であることを述べた。一方、結晶面自体にも異方性があり、面方位により溶解挙動が異なることを紹介し、これが結晶面の溶解速度の違いによって生ずる方位ピットや割れ破面の結晶学的優先面に重要な役割を果たしていることを述べた。さらにこれらの関係を調べるための方位測定法や柱状晶試片の特徴について述べた。

 第2章では、以下の章で粒界腐食、粒界割れおよび方位依存性溶解の研究に主に使用するオーステナイ系ステンレス鋼について、H2SO4+NaCl系溶液中、定電位下でエッチングし、{100},{110},{111}単独facetおよびこれらすべての混合facetからなる方位ピットを見出し、結晶方位の測定に適した方位ピットの作成条件を決定した。ついでゴニオメータ付顕微鏡を用い、方位ピットの構成面の角度を測定しステレオ投影することにより、簡単に結晶方位が求められることを示した。またこのような方位ピットの生成を各結晶面の溶解速度比から計算し、その生成領域を示した。以下、各章で述べる結晶学的因子の決定には、解析の容易なこの方位ピット法を利用した。

 第3章では、粒界型応力腐食割れが問題となっている600合金の粒界析出に注目して、まず多結晶を時効処理し、炭化物の析出の開始線を求めた。析出開始線近傍では、析出物が存在する粒界と存在しない粒界があり、析出が粒界の結晶学的特性に依存することを示した。ついで、0.5kmol・m-3-H2SO4溶液中で過不働態域に定電位保持する方法、および沸騰10kmol・m-3-HNO3溶液中で自然浸漬する方法により、時効処理と粒界腐食特性との関係を調べた。粒界腐食速度は、H2SO4溶液中の試験では、初期には時効時間とともに減少し、極小値を経て一定値となる。それに対し、HNO3溶液中の試験では、極大値を経て一定値となる。このように両者の試験法で全く逆の挙動を示す。さらに粗大粒について粒界腐食深さの粒界の方位依存性を回転軸方位および回転角で整理し、対応粒界に注目して検討した。いずれの試験法でも、粒界腐食深さは、[100],[110]および[111]いずれの回転軸を持つ粒界でも、対応粒界および双晶境界で減少がみられた。しかし同じ対応粒界でも深さに差があり、粒界面方位の影響もあることが示唆された。

 第4章では、第3章で述べたように、一般の多結晶体で方位依存性を調べる場合、その解析に多くの労力を必要としたことから、成長方向が<100>から10°以内にあり、しかも直線的な粒界を持つ304鋼粗大柱状晶試片を用いた。ぜい化試験として、鋭敏化材について粒界腐食試験および粒界割れ試験を行い、粒界腐食深さ(DI)および粒界割れ深さ(DC)と相対傾角()との関係を対応粒界に注目して調べた。923K-7.2ksの鋭敏化処理を施した試料のStrauss試験および沸騰10kmol・m-3-HNO3試験において、DIに依存し、対応粒界付近および<10°の粒界で減少した。また0.26kmol・m-3-FeC13溶液中でのDCは対応粒界付近の粒界で減少した。さらに粒界への炭化物析出と方位差との関係についても検討した。炭化物はランダム粒界で認められるが、対応粒界や=45°の粒界では認めらず、また炭化物の認められない粒界と、粒界腐食および粒界割れ感受性の小さい粒界とが良く対応する。このように、単純傾角粒界を持つ粗大柱状晶試片を用いる方法は粒界構造の影響を能率的に調べうる有力な手段の一つであることを示した。

 第5章では、<100>回転軸を持つ600合金粗大柱状晶の鋭敏化材について水素ぜい化割れ試験を行い、粒界割れ深さ(D)と粒界の方位差との関係を傾角、対応粒界、さらには粒界面方位などに注目して検討した。Dと相対傾角()との間に明瞭な相関関係は認められなかった。しかし粒界面と{100}面とのなす角を新たに導入すると次のように整理できる。=2°〜10°で、粒界面が両成分結晶の{100}面に近いときDは大きく、{110}面に近い程小さい。=40°〜45°で、粒界面が一方の成分結晶の{100}面に近いときDは大きい。対称傾角粒界において粒界面が成分結晶の{100}面に近いときDは大きく、{110}面に近い程小さい。また、このような整理においてはじめて対応粒界ではDが小さいという特性が見出された。炭化物析出と粒界の方位差との間には、割れ感受性の小さい対称対応粒界で析出物が認められなかった以外には、明瞭な相関関係は得られなかった。一方、深さ20m程度の{100}面に沿った浅い粒内割れが常に認められた。本実験条件で粒界面が少なくとも一方の成分結晶の{100}面に近いとき高い割れ感受性を有する。このことは、粒内割れ感受性が{100}面で高いという事実と密接な関係がある。このように、本章では、粒界水素ぜい化における稠密面粒界の特異性、また従来、粒界特性の中であまり注目されていなかった粒界面方位、さらに粒内割れの結晶学的方位性と粒界割れとの間にも重要な関係があることを指摘した。

 第6章では、<100>成長方向を持つ690合金粗大柱状晶を用い、溶体化材について、Cr6+を含む沸騰硝酸溶液中で粒界腐食試験を行い、腐食深さを相対傾角、粒界面方位および対応粒界などに注目して検討した。粒界腐食深さ(h)は相対傾角()の増加とともに大きくなり、が45°付近で最大となる傾向がある。またhに粒界面と{100}面とのなす角()を導入すると次のように整理できる。対称傾角粒界では、対応粒界に相当するでhの減少が認められる。粒界面の一方を{100}面または{110}面としてもう一方の粒界面のが変化するとき、hは両側の結晶の粒界面が{100}面と{110}面のとき大きく、共に{100}面あるいは{110}面のとき小さくなる。≦10°の低角度粒界では、すべての粒界でhは小さく粒界面方位の影響は認められない。このように、本章では、前章の粒界特性の表示法をわかりやすく改良し、粒界面方位との関係を一望できるようにした。

 第7章では、<100>成長方向をもつ304鋼粗大柱状晶を用いて、H2SO4-NaCl溶液中での応力腐食割れにおける割れの経路、粒界割れ破面および粒内割れの結晶学的方位性を引張軸と粒界とのなす角()を変えて調べた。割れはいずれのでも粒界、粒内ともに認められるが、破断は=60°、90°では粒界、0°では粒内、30°、45°では混合であった。粒界割れ感受性は少なくとも粒界面の一方が{100}や{110}に近いときに大きい。粒内割れは{100}および{110}に沿っていた。粒内割れの深さ(D)は、引張軸が<100>のときは{100}の、引張軸が<110>のときは{110}のDが大きい。このことはこれらの面に作用する応力が重要であることを示している。このように、粒界割れ感受性と粒内割れの結晶学的方位性との間に密接な関係があった。本章では粒界破壊における粒界面方位および粒内割れの方位の重要性、さらには両者の結晶学的相関性が明らかになった。

 第8章では、<100>成長方向を持つ600合金粗大柱状晶試片を用い、試料長手方向が粒界に対して直角および45°になるように切り出すことにより{100}から{110}面および{110}から{111}面付近の表面を得、それらの面について、0.5kmol・m-3-H2SO4+2.5mol・m-3-NH4SCN溶液(A溶液)および2.5kmol・m-3-H2SO4+0.5kmol・m-3-NaCl溶液(B溶液)中、活性態域の電位でエッチング試験を行い、面方位による溶解深さを調べた。表面の溶解速度(V<hkl>)は、面方位により異り、また溶液および電位により変化した。A溶液中-0.1V(vs.SCE)ではV<100><V<110>≒V<111>、+0.1VではV<100><V<111><V<110>およびB溶液中0VではV<111>≒V<100><V<110>の順となる。溶解速度比から求められる溶け残り面は、A溶液中-0.1Vでは{100}面、A溶液中+0.1VおよびB溶液中0Vでは{100}+{111}面となる。一方、ステンレス鋼単結晶の応力腐食割れの結晶学的優先面がこのような溶け残り面に一致するという結果が得られており、方位依存性溶解が割れのぜい化機構を知る手掛かりとなることを示している。

 第9章では、以上の結果を総括し、今後、実用多結晶合金において、粒界のみならず、粒内での割れや腐食を起こす多くの合金について、食孔やき裂と方位依存性溶解の関係を明らかにすることがぜい化機構を解明するうえで重要であることを指摘した。

審査要旨

 多結晶体である金属材料の環境中ぜい化現象において、その経路が結晶粒内である場合のほか、結晶粒界であるものも多数認められている。本論文は、鉄基・ニッケル基オーステナイト系耐食材料である304鋼・600合金・690合金の環境ぜい化に及ぼす粒界の結晶学的方位・方位差の影響を調査したもので、以下の9章から成る。

 第1章は緒論であり、粒界が関与する諸現象における粒界方位差依存性・粒界方位差の表示法などについて、従来の文献を調査した結果を述べている。

 第2章では、本研究で採用する粒界の方位測定に合目的な方位ピットを作成するための液組成・電位の条件を決定し、ついでゴニオメータ付光学顕微鏡下に方位ピットの構成面角度を測定し、ステレオ投影により結晶方位を求めるまでの手順・方法を示した。この方位ピット法により決定した方位は、X線透過ラウエ法・チャンネリングパターン法のいずれとも数度以内で一致すると述べている。

 第3章では、加圧水型軽水炉の蒸気発生器熱交換管として用いられ粒界腐食損傷感受性を持つ600合金試片を用いて、温度-時間-炭化物析出線図を作成するとともに粒界腐食試験を実施した。粒界方位差は、粒界をはさむ二つの結晶粒の表面方位において4つの{111}面が一致するような最小の回転角と回転軸の方位として求めた。一部の対応粒界・双晶境界で粒界侵食が抑制される事実を認めたが、本章で用いたランダム方位粗大粒試片では、方位解析に多大の労力を要するわりには共通の回転軸方位をもつと認められろ粒界は少なく、また結晶面方位およびそれと粒界面との関係の解析が困難であるという大きな制約があるとしている。

 一方向凝固された304鋼塊は2〜3mm径で長く伸びた粗大結晶粒からなるため、長手方向が粒界に垂直になるよう無歪的に切り出した幅4mm・厚さ2mm・長さ80mm寸法の試片は一試片に数10個の平面状粒界をもつ。結晶粒成長方向は<100>から±10°以内にあるため、これらは<100>回転軸をもつ単純傾角粒界とみなせ、相対傾角が0〜45°の範囲に均等に存在する。

 第4章では、上述のような304鋼(18Cr-9Ni-Fe)粗大柱状晶試片を用いて粒界腐食・粒界割れ試験を行い、腐食・割れ感受性の有/無は炭化物析出の有無に対応すること、3%の予歪後炭化物析出処理(550℃、2h)を施したものではシュミット因子の大きい-相対傾角が10°以下で引張軸方位が<100>から20〜25°にある-粒界方位条件下に粒界侵食が大きくなることを確認して、粗大柱状晶試片の有効性を示した。

 第5章では、600合金(75Ni-15Cr-9Fe)の粗大柱状晶試片に降伏点(118MPa)より大きい147MPaの応力を負荷しつつ、10mg/l As2O3と2ml/l CS2を含む室温の1NH2SO4水溶液中で100mA/cm2のカソード電流を負荷して、生じる粒界水素割れに対する粒界方位の影響を調べた。粒界剖れ深さは、両側の結晶の粒界面が{110}面付近では小さいが、両側あるいは一方の結晶の粒界面が{100}面に近づくほど大きくなる。このような粒界面方位の重要性は{100}面に沿った浅い粒内割れが認められることと密接な関係をもっとしている。

 第6章では、600合金の代替材料である690合金(60Ni-30Cr-Fe)の粗大柱状晶試片を用いてCr(VI)イオンを含む沸騰HNO3水溶液で粒界腐食を調べた。粒界腐食深さは、両側結晶内{100}面間の相対傾角の増加とともに増加し、また両側の結晶の粒界面が{100}面と{110}面の場合に大きく、共に{100}面あるいは{110}面の場合には小さいというように、前章と同様の粒界面方位の重要性を見出している。

 第7章では、試片長さ方向と<100>方向との角度を変えて切り出した304鋼粗大柱状晶試片を用いて常温の硫酸酸性塩化物水溶液中で割れ挙動を調べ、粒界面の一方が{100}または{110}面に近い場合に粒界割れ感受性が高まり、これは{100}および{110}面に沿う粒内割れの存在と対応する現象としている。

 粗大柱状晶試片を用いて粒界侵食を調査した以上の第4〜7章において、Cr欠乏層起因のそれを取り扱った第4章を除いて、600合金の水素割れ(第5章)、690合金の粒界腐食(第6章)、304鋼の塩化物応力腐食割れ(第7章)のいずれにも共通して、腐食・割れ感受性の支配的因子が粒界面方位であることを明らかにした。

 第8章では、600合金粗大柱状晶の各種硫酸水溶液中での定電位下溶解速度の表面方位依存性を調べた。すなわち、異なる溶解速度に起因して結晶粒単位の凹凸が形成されていく様子を経時的に示すとともに、<100>、<110>、<111>方向の溶解速度の比に応じて溶け残りファセット(最低速面)が交替することを説明した。

 第9章は総括である。

 以上要するに本論文は鉄基・ニッケル基オーステナイト系耐食材料の粒界経路環境ぜい化に及ぼす粒界の結晶学的方位の影響を特徴ある試片を用いて精力的に調査して、特に粒界面方位の支配的役割を明らかにした。これらの成果は金属材料学・金属表面工学へ寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50938