学位論文要旨



No 212285
著者(漢字) 青山,正義
著者(英字)
著者(カナ) アオヤマ,セイギ
標題(和) 純銅系導電線の軟化挙動に及ぼす微量不純物元素の影響
標題(洋)
報告番号 212285
報告番号 乙12285
学位授与日 1995.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12285号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 教授 増子,昇
 東京大学 教授 木原,諄二
 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 助教授 柴田,浩司
内容要旨

 近年、環境問題がクローズアップされ、省資源、省エネルギーの観点からリサイクルの必要性が見直されてきている。電線用のリサイクル銅も電気銅と同様に電線工業の重要な位置を占めている。この電線は、酸素を300mass ppm程度含むタフピッチ銅(TPC)を用いて製造されるが、工業的に生産効率向上のために連続焼きなましをされることが多いので、連続焼きなまし可能な軟化温度の変動の少ない銅線の製造が望まれている。また、焼きなまし可能な場合でも、より柔らかな銅線の製造も要求されている。従来から、純銅系加工材の軟化特性に関する研究は数多く行われてきたが、その中でも以下の項目は、品質の向上や新しい製造法への展開の観点から解明及び解決が望まれていた。 1.同じ品位の電気銅を用いても、製造法によって伸線材の軟化特性が異なる原因の解明。 2.中間熱処理によって伸線材の軟化温度が低くなる現象の解明。 3.リサイクル銅を含む銅線の中に所定の条件での連続焼きなましによっても軟化し難いものがあり、その現象のメカニズムの解明と解決策。 このような軟化特性に関する問題点は、製造方法と含有される微量不純物の両方に起因しており、それが現象の解明を難しくしていたため現在まで課題として残されていた。

 本研究ではこれらの課題に取り組むことにしたが、まず第1章では、電線材料としての銅原料と銅線製造法について述べ、次に従来の銅軟化特性に関する研究について、(1)銅線の軟化と回復・再結晶、(2)軟化特性評価法、(3)銅中の不純物と軟化特性、に分けて概観した。また、(3)項については、(1)元素単独添加の影響と(2)元素の相互作用の影響及び(3)製造方法の影響などに分類して示した。これより、純銅系加工材の軟化特性に及ぼす因子として以下の4項目が重要であることが明らかになった。

 1.原料電気銅から入る不純物。 2.リサイクル銅中の微量不純物とその相互作用。 3.中間熱処理(冷間伸線前加熱)条件。 4.銅線製造法における熱間圧延温度。

 これらに注目しながら種々検討し、軟化温度の変動の少ない銅線を製造するための基本的指針を得ようとした。

 第2章では、純銅系材料の軟化特性に及ぼす製造方法の影響を系統的に明らかにするために、無酸素銅(OFC)材、TPCを用いた連続鋳造圧延材(SCR)及び鋳造バー(棹銅)圧延材などの同じ電気銅を原料とした各種熱間圧延銅線の特徴とそれらの伸線材の軟化特性との関係を比較検討した。その結果、SCR熱間圧延銅線は他の製造法で作製した銅線に比べて結晶粒径が小さく、Cu2O粒子が微細均一に分布していることが分かった。このSCR材の半軟化温度は比較材中最も低く、OFC材の半軟化温度についてはこれらの銅線の中で最も高い値を示すことが明らかになった。

 さらにこれらの銅線において、柔らかさの尺度として工業的に広く採用されているSEN(Spring Elongation Number)を用いた評価法について検討し、SENは結晶粒内の残留転位の量と結晶粒径に支配されることを明らかにした。

 次に、同じ条件で焼きなました場合にSEN値が高いすなわち最も柔らかなTPC材を用いて、冷間伸線前の加熱(中間熱処理)条件と伸線材の軟化特性の関係を調べた。その結果、熱間圧延銅線を600℃に加熱してから伸線すると、伸線材の軟化が促進されることが明らかとなった。さらに室温における導電率の測定から、この現象は不純物の析出によるものであることを明らかにした。

 第3章では、リサイクル銅を含む純銅系加工材の軟化特性に及ぼす微量不純物の影響を明らかにしようとした。微量のPb,Sn,Fe及びSなどの不純物を含む銅線の中には、半軟化温度が高く所定の条件で連続焼きなましが難しくなるものがあるので、第2章の検討結果を基に600℃で冷間伸線前の加熱を行うことにより、半軟化温度を低く改善する検討を行った。その結果、600℃でわずか10分の予備加熱をすることにより、電気銅を原料とするタフピッチ銅線より半軟化温度の低い銅線に改質できることを見い出した。次いで、この600℃の予備加熱による軟化促進現象に及ぼすPb濃度の影響を調べ、Pb量が50mass ppm程度の場合に軟化の促進が最も顕著であることを明らかにした。このPbによる軟化促進現象は、Sn及びNiが共存しても観察されるが、Sbが共存する場合にはその軟化促進の効果が少なくなった。ここで観察された微量のPbによる軟化促進現象は、導電率の測定から、銅中の固溶Pb量の減少と形成されたPbO粒子による再結晶核形成の促進のために生じると推定し、実際にPbO粒子の周囲に再結晶粒が存在することを確認した。

 第4章では、微量の鉛を含む純銅系加工材の軟化促進現象の解明を行った。軟化促進の認められた試料の軟化初期の組織を詳細に検討したところ、再結晶粒はPbO粒子よりも数の多いCu2O粒子の周辺からも生じていることが観察されるとともに、これら粒子の存在しない場所においてもかなり多く観察された。さらにPbを含まないタフピッチ銅線でも軟化の促進が観察されたことから見て、この軟化促進現象は酸化物粒子よりもむしろPbを含めた不純物元素の固溶状態に大きく影響される可能性があると考え、回復・再結晶に及ぼす固溶元素の影響を再検討した。その結果、液体窒素温度における電気比抵抗の精密測定により、軟化促進の観察された試料では固溶している不純物量が少ないことが明らかになった。さらにSEMにより、結晶粒界やCu2O粒子端部に0.1〜1mのSn及びFeなどを含むPb-S系複合析出物が観察された。これより、軟化促進現象の起る原因は、Pb-S系複合析出物の形成により、固溶している不純物元素の量が減少したためにあると改めて結論した。

 第5章では、第4章にて明らかにした軟化促進現象をより明確に解明するために、高純度素材を用いて純銅、2元系のCu-O、Cu-S及びCu-Pb、3元系のCu-Pb-O及びCu-Pb-S、4元系のCu-Pb-S-Oの各試料を作製して、軟化特性、電気比抵抗の測定及び組織観察などを行った。その結果、Cu-Pb-S-Oの4元系ではCu-Pb、Cu-Sの各2元系よりもPbとSの固溶限が減少していることが分かった。それ故、4元系試料ではPbとSの過飽和度は各2元系より増加し、Pb-S系複合析出物の形成がより容易になった。ここでPbSはCu2Sよりも熱力学的に不安定であるので、析出相はCu又はOによって安定化されたPb-S系複合析出相になっていると考えられた。この時、このPbとSの析出はCu2O粒子、結晶粒界及び転位などの析出サイトの助けによって促進されることも明らかになった。これらより、軟化の促進は600℃の予備加熱時にPb-S系複合析出物が容易に形成されたことにある。すなわち伸線材中に極微量のPbが残存してもSの固溶量減少による軟化促進効果が顕著であり、結果的に4元系で軟化促進現象が観察されたと結論された。

 第6章では、純銅系加工材の軟化機構について第2章から第5章までの結果を統一的に考察し、(1)軟化特性に及ぼす銅線製造方法の影響と(2)軟化特性に及ぼす600℃の冷間伸線前加熱の影響について、Sに注目して統一的にまとめた。本章における考察の結果、同じ品位の電気銅を用いても製造方法によって軟化温度が異なる理由は、Sの固溶量が異なるためであることが分かった。よって熱間圧延温度が低いほどこのSの固溶量は少なくなり、軟化温度が低くなると結論される。これより、SCR材の軟化温度が低い理由は、圧延温度が低いために上記Sの固溶量が少ないことにある。この場合、熱間圧延中にSの析出が起こるための析出サイトであるCu2O粒子数が多いことも、軟化促進のための重要な因子である。また、OFC材の軟化温度が高い理由は析出サイトが少なくSの析出が起り難いためである。リサイクル銅の場合、微量不純物Pbを含む銅線の半軟化温度は、冷間伸線前に600℃でわずか10分の短時間加熱により電気銅を原料とするTPC材の半軟化温度以下に改質された。このような軟化促進現象は、PbとSの析出によって起こるが、十分に軟化が促進されるためには、600℃の予備加熱前に試料中に十分な析出サイトの存在すなわち転位の導入が必要である。そのためには600℃の予備加熱前に冷間加工などを行い転位密度を高くすることが重要である。

 第7章では本論文の総括を行い、電線の製造に重要となるタフピッチ銅加工材の軟化温度制御に関して次のような指針を示した。電気銅を原料とする銅線の軟化温度の制御は、熱間圧延温度あるいは冷間伸線前の加熱温度を制御することにより、固溶しているSの量を管理することにより達成可能である。また、リサイクル銅の軟化温度の制御は、含有している微量Sを微量のPbにてPb-S系複合析出物として析出させることにより可能である。

審査要旨

 本論文は、工業上軟化温度の変動の少ない電線用銅線が要求されていろことを鑑みて、タフピッチ銅線の軟化特性に及ぼす銅線製造方法と極微量元素の影響を詳細に検討したものである。

 第1章では、銅の軟化特性評価法の研究や軟化特性と微量不純物に関するこれまでの研究についてまとめ、本研究の目的を明らかにした。

 第2章「純銅系材料加工材の軟化特性に及ぼす製造方法の影響」では、純銅系材料の軟化特性に及ぼす製造方法の影響を系統的に調査した。その結果、連続鋳造圧延材(SCR)は他の製造法で作製した銅線に比べてCu2O粒子が微細均一に分布し、その伸線材の半軟化温度が比較材中最も低いこと並びに無酸素銅材(OFC)の半軟化温度が最も高いことなどが明らかとなった。これより、同じ電気銅を原料に用いても、その製造法によって銅線の軟化温度が変動することが明らかとなった。

 第3章「リサイクル銅を含む純銅系加工材の軟化特性に及ぼす微量不純物の影響」では、極微量の不純物を含むために半軟化温度が高く所定の条件で連続焼きなましが難しい銅線を、半軟化温度の低い銅線に改善する検討を行った。その結果、冷間伸線前に600℃でわずか10分予備加熱を行うことにより、電気銅を原料とするタフピッチ銅線よりも半軟化温度が50℃以上低い銅線に改質できることを見い出した。そこで、この現象を解明するため、第4章「微量の鉛を含む純銅系加工材の軟化促進現象の解明」では、鉛含有量を変化させた試料を用い、液体窒素温度における電気比抵抗の精密測定と極微量の析出物の観察を行い、極微量不純物の固溶・析出状態を調べた。その結果、軟化促進現象の起こる原因は、 Pb-S系析出物の形成により、固溶している不純物元素の量が減少したことにあると結諭した。

 第5章「純銅系材料加工材の軟化特性に及ぼす添加元素の影響」では、第4章にて示した軟化促進現象をより詳細に解明するために、高純度素材を用いて、純銅ならびに極微量の各添加元素を含む2元系のCu-O、Cu-S及びCu-Pb、3元系のCu-Pb-S及びCu-Pb-O、4元系のCu-Pb-S-Oの試料を作製して、軟化特性、電気比抵抗の精密測定及び組織観察などを行った。その結果、Cu-Pb-S-Oの4元系ではCu-Pb,Cu-Sの各2元系よりもPbとSの固溶限が減少しており、この4元系試料のPbとSの過飽和度は各2元系より増加し、Pb-S系複合析出物の形成がより容易になった。ここで、PbSはCu2Sよりも熱力学的に不安定であるので、析出相はCu又はOによって安定化されたPb-S系複合析出相であると考えられた。この時、このPbとSの析出は、Cu2O粒子、結晶粒界及び転位などの不均一析出サイトの助けによって促進されることも明らかになった。これらより、極微量のPbが固溶していてもSの固溶量減少による軟化促進効果が顕著であり、結果的に4元系で軟化促進が観察されたと結論された。

 第6章「純銅系加工材の軟化機構と軟化温度制御の指針」では、第2章から第5章までの結果を統一的に考察し、軟化特性に及ぼす銅線製造方法の影響と600℃の冷間伸線前加熱の影響について、Sに注目して統一的にまとめた。これより、SCR材の軟化温度が低い理由は、圧延温度が低いためS固溶量が少ないこと並びに析出サイトであるCu2O粒子が多いことにあり、OFC材の軟化温度が高い理由は、熱間圧延温度が高く析出サイトが少ないことにあることが明らかになった。また、リサイクル銅において、微量のPbを含む銅線の半軟化温度を低く改善するには、600℃の予備加熱前に冷間加工などにより転位などの析出サイトの導入が有効であることを明らかにした。

 以上のように本論文では、種々の微量不純物元素を含むタフピッチ銅において軟化促進現象に果たす不純物の役割を解明しており、金属材料学に対する寄与が大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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