学位論文要旨



No 212286
著者(漢字) 大山,英人
著者(英字)
著者(カナ) オオヤマ,ヒデト
標題(和) 型チタン合金の組織制御
標題(洋) Microstructural control of titanium alloys
報告番号 212286
報告番号 乙12286
学位授与日 1995.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12286号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 助教授 柴田,浩司
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨

 型チタン合金は、準安定的にbcc構造の単相が得られるため、冷間加工が可能で、かつ、時効硬化が図れることから、近年、民生分野での利用も期待されているが、既存の型チタン合金は鉄鋼材料等と比較して変形抵抗が高く必ずしも冷間成形性に優れているとは言えず、また、自動車の弁バネなど従来技術で得られる強度特性では不十分な適用部位もある。材料特性は製造条件によって決まるが、これは、必ず組織を介している。これらの要求に応えるために、また、信頼性の高い素材、あるいは、最終製品を提供していく上でも、組織を適切に制御する技術を構築することが工業的に極めて重要である。

 冷間成形性の向上に対しては、準安定相が合金組成に応じ室温ですべり変形する以外に、特異な{332}<113>双晶変形、あるいは、応力誘起マルテンサイト変態を伴う変形を起こして低変形抵抗、高延性を示すことから、成形性を重視したこの種の合金も開発されるべきとの指摘がある。しかし、型チタン合金の最も経済的、かつ、基本的な利用様態は、展伸材を所定の形状に冷間成形し、その後、時効で高強度化を図ることであり、冷間加工性からのみの議論は危険で、冷間加工後の時効析出挙動が重要となる。加工により導入される欠陥は変形様式により異なり、析出形態、延いては、強度特性に大きな影響を与えることが予想されるにも拘わらず、これまで、冷間加工性と時効析出挙動とを変形様式の観点から系統的に検討されてはいなかった。そこで、筆者は、各々の変形様式を採る型チタン合金の加工組織と相の析出形態との関係を系統的に調べ、双晶変形、および、応力誘起マルテンサイト変態を伴う変形では、それぞれ、変形双晶、および、相に逆変態した応力誘起マルテンサイトと母相との界面に比較的粗い相が優先析出し、時効の進行とともにフィルム状を呈して方向性のある粗い時効組織となること、すべり変形では、析出自体は微細に起こるが、弱加工で直線的な転位が局所的に集積して導入されることですべり帯を形成し、時効ですべり帯内に相が点列状に並ぶため、やはり方向性のある時効組織となることを明らかにした。また、Ti-V系型チタン合金の冷間鍛造性と変形様式との関係を調べ、応力誘起マルテンサイト変態が起こる、特に、A1が高濃度の合金は他の変形様式と較べ塑性変形能に劣ることを確認した。これらの検討を通じて、塑性変形能と微細析出の両観点からはすべり変形する合金が好ましいとの結論を得、変形抵抗が既存の型チタン合金の中で最も軟質なTi-15V-3Cr-3Sn-3Alより約10%低く成形性の良好な合金Ti-16V-4Sn-3Al-3Nbを開発した。さらに、この合金の冷間加工後の時効での強度特性をTi-15V-3Cr-3Sn-3Alとの比較で評価し、弱加工では時効で顕著な脆化が起きること、そして、これはTi-16V-4Sn-3Al-3Nbに特有の現象ではなくTi-15V-3Cr-3Sn-3Alでも同様に認められ、この原因はすべり帯内に析出した相に沿って微視割れが生じるためであることを明らかにした。しかし、粒を30m程度に微細にし巨視的に組織を均一化することで、弱加工後でも大幅な延性の改善がなされることを確認し、実際の部品成形では場所により弱加工しか受けない部分が存在することも避けられないことから、素材製造段階において粒の微細化が不可欠との認識を得た。

 変形様式は上記のように型チタン合金の塑性変形能、時効析出挙動に大きな影響を及ぼす、組織制御する上で重要な因子であることを明らかにしたが、これまで、変形様式に及ぼす添加元素の影響に関しては、非熱的相との関連で、{332}<113>双晶を起こす相にAlあるいはSnを添加すると非熱的相の生成が抑制され応力誘起マルテンサイト変態を起こすようになり、さらにこれらの添加元素が増えるとすべり変形に移行すると解釈されていた。しかし、応力誘起マルテンサイト変態を起こす合金組成よりさらに多量のV、あるいは、Snで非熱的相の生成が抑制されている合金で{332}双晶が起こることも報告されており、これまでの解釈では説明できない物証があった。これに対し、筆者は、Ti-V系型チタン合金の焼入れ組織、および、変形組織に及ぼす添加元素の影響を調べ、過去に報告されている物証をも含めて、加工でマルテンサイト変態が起こる上限温度Mdと非熱的相の抑制の度合いとの両観点から、いかなる規則で変形様式が選択されるのかを考察した。これより、Ti-V2元系では16%V程度で非熱的相の生成によりMd点が室温以下に著しく押し下げられており、これに対し、本来、Al、SnはともにMs点、Md点を低下させるが、非熱的相の生成をも抑制するため、抑制効果の大きいAlはMs点をも一旦室温以上に上昇させ、添加量が増えMd点とMs点の間に室温が来ると応力誘起マルテンサイト変態を起こし、さらにMd点が室温以下となった時点では{332}双晶変形が起こるに十分な格子不安定性がないためすべり変形するが、SnはAlほど非熱的相の抑制効果が大きくないため、一旦はMd点を室温以上に回復させ応力誘起マルテンサイト変態を起こさせるが、さらに添加量が増えMd点が室温以下まで低下してもまだ格子不安定な状態の組成領域が存在するため、{332}双晶を経由してすべり変形に移行するとの解釈を得た。そして、多元系においても、各添加元素の双方への効果を重ね合わせることで、変形様式の合金組成依存性が矛盾なく説明できることを示した。

 冷間加工性と微細析出の両観点で優れるのはすべり変形をする合金であるが、析出組織の均一性の観点からすべり変形する合金の致命的な問題点はすべり帯を形成する点にあり、これがいかなる理由によるものかを明確にする必要がある。また、高強度化のための研究はこれまで多数行われ種々の加工熱処理法が提案されているが、いずれの報告も、最終的に均一微細な時効組織を得たと言うに留まり、特性向上に関する金属組織学的な考察は不十分で、従って、冷間加工と時効の単なる組み合わせでは良好な強度特性が得られない理由も解明されずにいた。筆者は、この問題もすべり帯を形成することと密接に関係しているものと推測し、加工組織に及ぼす加工温度、および、安定化元素量の影響を検討した。その結果、加工温度を上昇させることですべり帯の形成傾向は軽減し、873Kでの加工でほぼ消滅することを示し、この加工温度の上昇に伴う加工組織の均一化は安定化元素量を増やすことでも同様に認められることから、すべり帯形成の原因は、焼入れ時に生成する非熱的相が転位の交差すべりと二次すべりを著しく抑制するためと推定した。そして、冷間加工では転位組織の方向性は強加工後でもかたくなに維持され同一バリアントの相の析出傾向により方向性を持った粗い時効組織となるが、加工温度を上昇させることで無方向な転位組織にすると多数のバリアントの相が均一微細に分散し強度-延性バランスが向上することを示した。このことから、冷間加工で導入される方向性のある転位組織を時効析出に先駆けなんらかの熱処理で無方向にするか、もしくは、導入される転位自体を無方向にすることが型チタン合金の高強度化のための加工熱処理の基本原理であるとの結論を得た。

 最後に、すべり変形する型チタン合金は、粒が粗大な場合、すべり帯形成のため弱加工後の時効で顕著な強度-延性バランスの低下が起こるが、すべり帯の形成は非熱的相の存在に起因し、これを回避するためには、加工温度を上昇させるか、安定化元素量を増加させるかの何れかである。しかし、加工温度を上げることは型チタン合金の最大の利点である冷間加工性を犠牲にすることであり、また、安定化元素量を増やせば相の安定度が増し必然的に時効硬化能が損なわれる。型チタン合金の利点を損なうことなく弱加工後においても十分な強度特性を保証するために工業的に取り得る唯一の手法は、前述したように、粒を微細にすることで、これは、成形時の肌荒れ防止などの点からも極めて重要である。一方、型チタン合金素材の最も経済的な製造方法は、コイルなどのように、熱間加工後の冷間加工と焼鈍による展伸材のライン製造であることに他ならない。従って、連続焼鈍で再結晶粒径を微細に制御する必要があるが、型チタン合金は単相を得るために変態点以上の高温で焼鈍する必要があり、不適切な焼鈍は容易に粒を粗大化させる。再結晶粒径は初期粒径と冷間加工率、焼鈍温度と時間で概ね決まるが、連続焼鈍では非熱処理材の温度は時間とともに変化する。このため、非等温焼鈍下での粒径制御が要求される。そこで、筆者は、冷間加工後の再結晶挙動を調べ、非等温焼鈍下での粒の再結晶粒径は、変態点温度以上での温度変化を微小時間間隔で離散化し、各温度での粒成長が等温焼鈍実験に基づき定式化した正常粒成長に従うものとして積算することにより推定可能なことを示し、所定の温度の雰囲気炉内に1mm程度の板が挿入された場合の実験的に求めた板の温度と時間の関係を用いて連続焼鈍条件(炉内温度と通板時間)と再結晶粒径との関係を導出した。このシミュレーション結果に基づき、わが国で初めて、再結晶粒径を約20mと微細に制御した型チタン合金(Ti-15V-3Cr-3Sn-3Al)冷延コイル(2.5トン)の製造に成功した。

 これら一連の型チタン合金の組織制御に関する知見は、展伸材の安価な製造、および、種々の用途での信頼性の高い利用を可能とする高強度型チタン合金の工業的基盤をなすものである。

審査要旨

 現在主流の高強度-型チタン合金は実質冷間加工が困難である。一方、準安定的にbcc相(相)単相が得られる型チタン合金は、冷間加工が可能で、かつ、時効により高強度化が図れる。このため民生分野での種々の利用が期待され、また、冷間加工性の向上、高強度化に対する社会的要求がある。

 本提出論文は、この社会的要求に対し型チタン合金の基本製造工程における組織制御の金属学的基礎の確立を主眼としてなされた研究成果をまとめたもので、7章より構成される。

 第1章では、型チタン合金の歴史的背景に加え、既往の研究、および、未解決部分を総括した。また、本合金の最も有効な利用様態は、経済性、性能の両観点から見て展伸材を冷間で成形し時効することである。これをふまえ、準安定相が合金組成に依存してすべり以外の種々の変形様式を採ることからより冷間加工性に優れた合金開発の可能性が指摘されている中、冷間加工性と時効析出挙動とを分離しない研究の重要性を主張し、本研究の意義を明確にしている。

 第2章では、まず、冷間加工後の時効析出相形態に及ぼす準安定相の種々の変形様式、すなわち、型チタン合金に特有の{332}<113>双晶変形、応力誘起マルテンサイト変態を伴う変形、および、すべり変形の影響を系統的に調べている。双晶、および、変態を伴う変形では加工生成物と母相との界面で比較的粗い相の優先析出が起こり時効組織が方向性を持つことを示した。また、すべり変形ですら、交差すべりや二次すべりが抑制され転位が局在化することで弱加工で直線的なすべり帯を形成し、時効に際してすべり帯内で単一バリアントの微細な相が点列状に析出、やはり、時効組織が方向性を持つことを明らかとした。

 また、第3章では、冷間加工性、特に、冷間鍛造性に及ぼす合金組成の影響を変形様式の観点から論じ、従来、変形抵抗が小さく延性に富むと言われていた応力マルテンサイト変態を伴う合金は塑性変形能に劣ることを明らかにした。また、第2章の結果、すなわち、微細相析出の観点からはすべり変形が優れることをふまえて、すべり変形を呈し変形抵抗が低く塑性変形能に優れる合金Ti-16V-4Sn-3Al-3Nbを開発するに至っている。さらに、当該合金の冷間加工後の時効強度特性を既存合金との比較で評価し、すべり変形する合金はすべり帯内での相の優先析出のため弱加工後の時効で顕著な脆化が起こることを指摘、強度-延性バランスの向上から粒の微細化が不可欠であることを示した。

 さらに、第4章では、冷間加工性、時効析出形態に大きな影響を及ぼす準安定相の変形様式が合金組成で如何に決定されるかを検討している。加工で変態を誘起し得る最高温度(Md)と非熱的変態に関連した{332}<113>双晶をもたらす相の格子不安定性との双方に及ぼす添加元素の影響を考慮することで、これまでの矛盾するデータをも含め、変形様式の合金組成依存性が解釈できることを示した。

 第5章では、第3章で示した弱加工後の時効での脆化をもたらすすべり帯の形成に関して加工組織の加工温度依存性と相安定化元素量の影響の観点から論じた。すべり帯の形成は非熱的相が交差すべりと二次すべりを抑制することが原因との結論を得ている。さらに、強加工でも転位組織の方向性はかたくなに維持され、時効前の方向性のある転位組織を、転位導入時、あるいは、導入後に無方向にすることが、高強度化のための加工熱処理の基本原理であることを示した。

 第6章では、第3章で明らかとした弱加工後の時効での延性確保の観点から不可欠な粒の微細化を実生産設備(連続焼鈍炉)で実現すべく、非等温焼鈍下での再結晶粒径を推定するモデルを構築した。これに基づき結晶粒径が20m程度と微細な冷延コイルの製造を我が国で初めて成功させ、現在、釣具やゴルフクラブヘッドの素材製造を可能ならしめている。

 第7章は、各章のつながりを図解してわかりやすく示し、全体を総括している。

 これら一連の研究成果は、型チタン合金の素材製造から部品利用に至るまでの組織制御の金属学的基礎をなすもので、本論文の工学的意義は、その将来性も含め非常に大きいと結論される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク