現在主流の高強度-型チタン合金は実質冷間加工が困難である。一方、準安定的にbcc相(相)単相が得られる型チタン合金は、冷間加工が可能で、かつ、時効により高強度化が図れる。このため民生分野での種々の利用が期待され、また、冷間加工性の向上、高強度化に対する社会的要求がある。 本提出論文は、この社会的要求に対し型チタン合金の基本製造工程における組織制御の金属学的基礎の確立を主眼としてなされた研究成果をまとめたもので、7章より構成される。 第1章では、型チタン合金の歴史的背景に加え、既往の研究、および、未解決部分を総括した。また、本合金の最も有効な利用様態は、経済性、性能の両観点から見て展伸材を冷間で成形し時効することである。これをふまえ、準安定相が合金組成に依存してすべり以外の種々の変形様式を採ることからより冷間加工性に優れた合金開発の可能性が指摘されている中、冷間加工性と時効析出挙動とを分離しない研究の重要性を主張し、本研究の意義を明確にしている。 第2章では、まず、冷間加工後の時効析出相形態に及ぼす準安定相の種々の変形様式、すなわち、型チタン合金に特有の{332}<113>双晶変形、応力誘起マルテンサイト変態を伴う変形、および、すべり変形の影響を系統的に調べている。双晶、および、変態を伴う変形では加工生成物と母相との界面で比較的粗い相の優先析出が起こり時効組織が方向性を持つことを示した。また、すべり変形ですら、交差すべりや二次すべりが抑制され転位が局在化することで弱加工で直線的なすべり帯を形成し、時効に際してすべり帯内で単一バリアントの微細な相が点列状に析出、やはり、時効組織が方向性を持つことを明らかとした。 また、第3章では、冷間加工性、特に、冷間鍛造性に及ぼす合金組成の影響を変形様式の観点から論じ、従来、変形抵抗が小さく延性に富むと言われていた応力マルテンサイト変態を伴う合金は塑性変形能に劣ることを明らかにした。また、第2章の結果、すなわち、微細相析出の観点からはすべり変形が優れることをふまえて、すべり変形を呈し変形抵抗が低く塑性変形能に優れる合金Ti-16V-4Sn-3Al-3Nbを開発するに至っている。さらに、当該合金の冷間加工後の時効強度特性を既存合金との比較で評価し、すべり変形する合金はすべり帯内での相の優先析出のため弱加工後の時効で顕著な脆化が起こることを指摘、強度-延性バランスの向上から粒の微細化が不可欠であることを示した。 さらに、第4章では、冷間加工性、時効析出形態に大きな影響を及ぼす準安定相の変形様式が合金組成で如何に決定されるかを検討している。加工で変態を誘起し得る最高温度(Md)と非熱的変態に関連した{332}<113>双晶をもたらす相の格子不安定性との双方に及ぼす添加元素の影響を考慮することで、これまでの矛盾するデータをも含め、変形様式の合金組成依存性が解釈できることを示した。 第5章では、第3章で示した弱加工後の時効での脆化をもたらすすべり帯の形成に関して加工組織の加工温度依存性と相安定化元素量の影響の観点から論じた。すべり帯の形成は非熱的相が交差すべりと二次すべりを抑制することが原因との結論を得ている。さらに、強加工でも転位組織の方向性はかたくなに維持され、時効前の方向性のある転位組織を、転位導入時、あるいは、導入後に無方向にすることが、高強度化のための加工熱処理の基本原理であることを示した。 第6章では、第3章で明らかとした弱加工後の時効での延性確保の観点から不可欠な粒の微細化を実生産設備(連続焼鈍炉)で実現すべく、非等温焼鈍下での再結晶粒径を推定するモデルを構築した。これに基づき結晶粒径が20m程度と微細な冷延コイルの製造を我が国で初めて成功させ、現在、釣具やゴルフクラブヘッドの素材製造を可能ならしめている。 第7章は、各章のつながりを図解してわかりやすく示し、全体を総括している。 これら一連の研究成果は、型チタン合金の素材製造から部品利用に至るまでの組織制御の金属学的基礎をなすもので、本論文の工学的意義は、その将来性も含め非常に大きいと結論される。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |