学位論文要旨



No 212287
著者(漢字) 洲之内,啓
著者(英字)
著者(カナ) スノウチ,ケイ
標題(和) レーザー誘起反応のメカニズムとエネルギー効率に関する研究
標題(洋)
報告番号 212287
報告番号 乙12287
学位授与日 1995.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12287号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 幸田,清一郎
 東京大学 教授 古崎,新太郎
 東京大学 教授 柳田,博明
 東京大学 講師 霜垣,幸浩
内容要旨

 赤外レーザー光を用いて化学反応を誘起する方法は、反応器内壁に接触しない反応場の形成や同位体選択的な赤外多光子解離反応による同位体分離など、特徴あるプロセスを構築できる方法として期待されている。しかし、これまではプロセス全体のエネルギー効率を評価する技術が不十分であったために、実験室的な小規模装置で得られた知見から実用プロセスにおける必要エネルギーを定量的に予測することは困難であった。実用プロセスを設計するためには、実験装置における全体の必要エネルギーを、不可避的な必要エネルギーと各種の明確に定義された損失に区別し、各損失要因について、全体のエネルギー損失中に占める比率、技術的な改良の可能性および装置規模に対する依存性を定量的に評価することが必要である。本論文では、赤外パルスレーザーを用いて反応を誘起する場合について、レーザー光の持つエネルギーが反応場に投入される効率を左右する物理現象と、この方法に特徴的なメカニズムについて論じている。

第1編赤外レーザーによるブレークダウン反応

 赤外パルスレーザー光を気相中に強く集光すると気体分子がイオン化し、誘電破壊を起こす。この時焦点近傍に発生したプラズマがレーザー光をほぼ100%吸収することから、このプラズマを介して反応を誘起することでレーザー光のエネルギーを有効に利用できる。BCl3-H2混合気体を原料としてB超微粒子を生成する反応において、この方法の必要エネルギーを実験的に検討した結果を図1に示す。反応したBCl3 1分子当りの投入エネルギーが、BCl3分子を解離させるに必要なエネルギーとほぼ等しいとの結果が得られた。

図1 BCl3の初期分圧P0と1パルス当り反応量Ndとの関係(パルスエネルギー0.5J)

 パルスレーザーを用いて気相中で反応を誘起し、固体の生成物を得る場合に特徴的な現象として、生成物粒子が成長する過程で拡散による散逸が起こり、粒子の成長が阻害される。この効果を評価するために数値シミュレーションを行った結果、粒子の個数濃度変化率に対する、拡散と粒子成長それぞれの寄与の比として定義される無次元数を用いて終端粒径を予測できることが示された。

第2編赤外レーザーによる多光子解離反応と同位体分離

 赤外多光子解離反応を用いた同位体分離は、作業物質中の各同位体成分間の赤外多光子吸収・反応特性の違いを利用して選択的に反応を誘起する方法である。ここで、赤外多光子解離反応の反応特性は、照射したレーザー光のフルエンス(単位断面積内、1パルス当りのエネルギー:単位J/cm2)に対して極めて非線形性の強い依存性を持つため、プロセスを設計する上で、照射フルエンスの値および空間分布を精密に設定する必要がある。また、多くの場合、作業物質を効率良く反応させられるフルエンスの値がビームを導入する窓材の破壊しきい値を上回るため、反応器内にビームを集光することが必要である。以上の理由により、赤外多光子解離反応装置においては、光学的操作によるレーザー光の有効利用が重要な課題となっている。

図2 赤外多光子解離反応の反応特性Hexafluoroaceにおける反応確率qのフルエンスに対する依存性

 レーザー装置において高い出力が得られる動作条件である横マルチモード発振では、出力されるビームの断道内フルエンス分布は複雑なものであるが、平坦な分布を持つ中心部と、ガウス分布を持つ周辺部として近似すると、ビームエネルギーの利用効率を評価する単純な指標を定義することができる。この近似に基づき、ビーム通過空間内各点における作業物質の1パルス当り反応確率を空間積分することによって、投入エネルギー当りの処理能力を予測するモデルを構築し、フルエンスの断面内分布を示す単一の無次元指標によって処理能力を評価できることを示した。このモデルが予測する処理能力を実験的に検証した結果を図3に示す。モデルの妥当性を確認し、横マルチモードビームがエネルギー利用効率においてガウシアンビームに比較して高い値を示し、有用であることが明かになった。

図3 横マルチモードビームを用いた多光子解離反応実験の結果。均一ビームによる反応量(○)及び補正値()、不均一ビーム(●)による反応量VとパルスエネルギーEの関係

 作業物質を効果的に反応させるために必要なフルエンスが窓材の破壊しきい値に比べて非常に高い場合を想定し、ビームを反応器中央部に強く集光する形式の反応器についてビーム利用効率を検討した。主要な反応場が焦点近傍に偏って処理能力が大きく低下することが明かになった。実際に高いフルエンスを必要とする作業物質の一つであるCTF,において、集光の影響を考慮した光子利用効率を求めた結果を図4に示す。この結果より、窓材の破壊しきい値が重要な要素であることが確かめられた。

図4 集光の影響を考慮した光子利用効率の等高線図素材の破壊しきい値を2J/cm2とした場合

 一方、ビーム集光せずに光路を長くして吸収率を高く設定するOptically thick条件において、フルエンスの光軸方向分布によるビーム利用効率の変化について検討し、基礎的な設計指針となるモデルを構築した。

 以上の結果より、赤外多光子解離反応において、フルエンスの空間分布がプロセス全体のエネルギー効率に与える影響が極めて大きいことが示された。現実的な条件の範囲内においても、ビーム利用効率が1桁以上低下する場合があり、装置設計においてビームを反応場に導入する光学系の重要性が明かになった。

 本研究によって、非線形性の極めて強い反応過程である赤外レーザー誘起反応プロセスの特徴的な特性を解析する基本的な手法が確立され、プロセス全体のエネルギー効率を定量的に評価・設計することが可能になった。

審査要旨

 本論文は「レーザー誘起反応のメカニズムとエネルギー効率に関する研究」と題し、全9章よりなる。その目的は、赤外レーザー誘起化学反応の反応場をエネルギー利用効率の視点において評価する手法を確立し、本法を用いた実用反応装置を設計するための技術的な基礎を定めることにある。

 赤外レーザーを用いて気相化学反応を誘起する手法は、超微粒子合成、同位体分離などの応用が考えられ、研究・開発が行われているが、現状では化学反応プロセスとしての基本的な特性を小規模の実験装置で検討している段階にある。このため、エネルギー効率に関する議論は十分に行われておらず、実用装置の設計指針が得られていない。本研究の成果により、強い非線形性を最大の特徴とする赤外レーザー誘起化学反応の反応場を定式化し、既往の化学反応プロセス設計技術体系の中にあてはめることが可能となる。

 第1章、第2章からなる序論では、本論文の議論の枠組みを定めている。第1章では、赤外レーザー誘起化学反応の概要について述べ、第2章において、本法における主要なエネルギー損失要因の中から、本論文で議論の対象とする要素とそのプロセス全体の中での位置づけを明らかにしている。

 第3章、第4章からなる第1編では、レーザー光のエネルギーを高い効率で反応場に投入し得る反応形態として知られている、ブレークダウン反応による超微粒子合成プロセスについて論じている。

 第3章では、反応場に投入されたレーザー光のエネルギーが化学反応を誘起する効率を実験的に検討している。その結果、ブレークダウンにより発生するプラズマの熱的条件はレーザー光の照射条件に依存せず、反応場の体積が投入エネルギーに比例するとの結論を得、反応場の基本的な特性が明らかになった。

 第4章では、パルスレーザーを用いた粒子合成プロセスにおいて不可避である成長途中粒子が拡散によって散逸し、成長が阻害される現象について解析している。生成粒子の粒径は生成物の回収効率に大きく影響し、プロセス全体のエネルギー効率においても重要な損失要因となる。本論文では拡散の効果を予測し、装置設計に利用することができる簡便な数値シミュレータを完成させている。

 第5章から第9章よりなる第2編では、赤外多光子解離反応における反応場の解析法について論じている。これは赤外多光子解離反応を、特に同位体分離プロセスとして用いる際のエネルギー効率を検討する場合に必要な事項である。

 まず、第5章では、赤外多光子解離反応の分子レベルの特性について述べている。HFA(Hexafluoroacetone)を用いて、レーザー光のフルエンスと反応確率との関係を実測し、以後の反応場解析に用いる近似関数を定義している。ここで、赤外多光子解離反応の最大の特徴である強い非線形性を実験的に示している。ここで示された強い非線形性のために、本法の反応場解析においては次章以降で論じているような精密な取り扱いが必要となる。

 第6章では、レーザー装置において高い出力が得られる横マルチモードビームを使用する場合を想定し、レーザー光の断面内不均一性を評価するための数学モデルを構築している。このモデルにより、ビームの断面内不均一性を単一の無次元パラメータで表現し、反応場のエネルギー利用効率を評価する手法が与えられる。

 第7章では、第6章で論じたビーム断面内不均一性を評価するためのモデルを実験的に検証し、その結果から、モデルで用いた無次元パラメータが、工学的指標として有用な物であることを実証している。また、実際に横マルチモードビームを用いると、ガウシアンビームと比較して高いビーム利用効率が得られることも確認された。

 第8章では、強い集光照射を行った場合の評価を行った。具体的には、高いフルエンスを必要とする作業物質を用いる場合に、強い集光照射が必要となり、主要な反応領域が焦点近傍に偏ることによるビーム利用効率の低下について評価を行った。その結果、強い集光照射は大きくビーム利用効率を低下させることが示され、ビーム入射窓の損傷限界が反応器設計において重要な要素であることが明らかになった。

 第9章では、実用反応器の設計において避けられない、吸収率の高いoptically thick条件の光学設計の基礎となるモデルを提案している。強い非線形性を持つ赤外多光子解離反応においてはレーザー光のフルエンスの空間分布を精密に操作する必要があり、optically thick条件ではビーム利用効率が大きく低下する恐れがある。この問題への解答の一つとして、折り返し照射型反応器を提案し、その反応場の解析法、最適化の基準を示している。本章は、前章までで論じた赤外多光子解離反応の反応場解析および評価の手法を応用し、実用反応器設計の第1段階を示したものと位置づけられる。

 以上、本論文は赤外レーザー誘起反応を反応形態の一つとしてプロセス設計技術の中に位置づけたものであり、化学工学の発展に寄与することが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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