本論文は「レーザー誘起反応のメカニズムとエネルギー効率に関する研究」と題し、全9章よりなる。その目的は、赤外レーザー誘起化学反応の反応場をエネルギー利用効率の視点において評価する手法を確立し、本法を用いた実用反応装置を設計するための技術的な基礎を定めることにある。 赤外レーザーを用いて気相化学反応を誘起する手法は、超微粒子合成、同位体分離などの応用が考えられ、研究・開発が行われているが、現状では化学反応プロセスとしての基本的な特性を小規模の実験装置で検討している段階にある。このため、エネルギー効率に関する議論は十分に行われておらず、実用装置の設計指針が得られていない。本研究の成果により、強い非線形性を最大の特徴とする赤外レーザー誘起化学反応の反応場を定式化し、既往の化学反応プロセス設計技術体系の中にあてはめることが可能となる。 第1章、第2章からなる序論では、本論文の議論の枠組みを定めている。第1章では、赤外レーザー誘起化学反応の概要について述べ、第2章において、本法における主要なエネルギー損失要因の中から、本論文で議論の対象とする要素とそのプロセス全体の中での位置づけを明らかにしている。 第3章、第4章からなる第1編では、レーザー光のエネルギーを高い効率で反応場に投入し得る反応形態として知られている、ブレークダウン反応による超微粒子合成プロセスについて論じている。 第3章では、反応場に投入されたレーザー光のエネルギーが化学反応を誘起する効率を実験的に検討している。その結果、ブレークダウンにより発生するプラズマの熱的条件はレーザー光の照射条件に依存せず、反応場の体積が投入エネルギーに比例するとの結論を得、反応場の基本的な特性が明らかになった。 第4章では、パルスレーザーを用いた粒子合成プロセスにおいて不可避である成長途中粒子が拡散によって散逸し、成長が阻害される現象について解析している。生成粒子の粒径は生成物の回収効率に大きく影響し、プロセス全体のエネルギー効率においても重要な損失要因となる。本論文では拡散の効果を予測し、装置設計に利用することができる簡便な数値シミュレータを完成させている。 第5章から第9章よりなる第2編では、赤外多光子解離反応における反応場の解析法について論じている。これは赤外多光子解離反応を、特に同位体分離プロセスとして用いる際のエネルギー効率を検討する場合に必要な事項である。 まず、第5章では、赤外多光子解離反応の分子レベルの特性について述べている。HFA(Hexafluoroacetone)を用いて、レーザー光のフルエンスと反応確率との関係を実測し、以後の反応場解析に用いる近似関数を定義している。ここで、赤外多光子解離反応の最大の特徴である強い非線形性を実験的に示している。ここで示された強い非線形性のために、本法の反応場解析においては次章以降で論じているような精密な取り扱いが必要となる。 第6章では、レーザー装置において高い出力が得られる横マルチモードビームを使用する場合を想定し、レーザー光の断面内不均一性を評価するための数学モデルを構築している。このモデルにより、ビームの断面内不均一性を単一の無次元パラメータで表現し、反応場のエネルギー利用効率を評価する手法が与えられる。 第7章では、第6章で論じたビーム断面内不均一性を評価するためのモデルを実験的に検証し、その結果から、モデルで用いた無次元パラメータが、工学的指標として有用な物であることを実証している。また、実際に横マルチモードビームを用いると、ガウシアンビームと比較して高いビーム利用効率が得られることも確認された。 第8章では、強い集光照射を行った場合の評価を行った。具体的には、高いフルエンスを必要とする作業物質を用いる場合に、強い集光照射が必要となり、主要な反応領域が焦点近傍に偏ることによるビーム利用効率の低下について評価を行った。その結果、強い集光照射は大きくビーム利用効率を低下させることが示され、ビーム入射窓の損傷限界が反応器設計において重要な要素であることが明らかになった。 第9章では、実用反応器の設計において避けられない、吸収率の高いoptically thick条件の光学設計の基礎となるモデルを提案している。強い非線形性を持つ赤外多光子解離反応においてはレーザー光のフルエンスの空間分布を精密に操作する必要があり、optically thick条件ではビーム利用効率が大きく低下する恐れがある。この問題への解答の一つとして、折り返し照射型反応器を提案し、その反応場の解析法、最適化の基準を示している。本章は、前章までで論じた赤外多光子解離反応の反応場解析および評価の手法を応用し、実用反応器設計の第1段階を示したものと位置づけられる。 以上、本論文は赤外レーザー誘起反応を反応形態の一つとしてプロセス設計技術の中に位置づけたものであり、化学工学の発展に寄与することが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |