学位論文要旨



No 212290
著者(漢字) 三箇山,俊文
著者(英字)
著者(カナ) ミカヤマ,トシフミ
標題(和) グリコシル化抑制因子のcDNAクローニングおよびその機能的発現
標題(洋) Molecular cloning and functional expression of a cDNA encoding glycosylation-inhibiting factor
報告番号 212290
報告番号 乙12290
学位授与日 1995.04.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第12290号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀田,凱樹
 東京大学 教授 坂野,仁
 東京大学 教授 横山,茂之
 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 助教授 横田,崇
内容要旨

 K.Ishizaka等は、IgE抗体産生調節機構の研究において、ネズミのCD4陽性T細胞がIgE結合因子を産生する事、また、このIgE結合因子には、二種の相反する生物活性を示すIgE増強因子とIgE抑制因子が存在する事を見出した。このIgE増強因子とIgE抑制因子は同一のポリペプチドを有しているが、近年、その糖鎖構造が異なっている事が明らかとなった。IgE増強因子は高マンノース-N-グリコシド型、およびO-グリコシド型糖鎖を持つのに対し、IgE抑制因子は-グリコシド結合ガラクトースを含むO-グリコシド型糖鎖を持ち、N-グリコシド型糖鎖は持たない。その後、このIgE結合因子の糖鎖修飾を調節する因子として、N-グリコシド型糖鎖合成を増強しIgE増強因子を産生させるグリコシル化促進因子(GEF)と、N-グリコシル型糖鎖合成を抑制しIgE抑制因子を産生させるグリコシル化抑制因子(GIF)の存在が示された。GIFは、in vitroでは、T細胞ハイプリドーマの産生するIgE増強因子をIgE抑制因子へと変換する作用を示す。一方、部分精製されたGIFをin vivoに投与すると、IgEのみならずIgG産生をも抑制する事が示された。また、GIFには、抗原に対して親和性を示し、その抗原に対する抗体産生を特異的に抑制する抗原特異的GIFというものが存在する事も明らかとなった。この様な結果より、GIFはサプレッサーT細胞が産生するサプレッサー因子の一つではないかと考えられてきた。

 サプレッサーT細胞の関与する免疫応答の制御機構については、サプレッサー因子の物質的同定が今日までなされてこなかったため、十分解明されたとは言い難い。そこで本研究では、GIFの分子的実体を明らかにする事を目的として、その遺伝子をクローニングし、また大腸菌や動物細胞を用いた組み換え体GIFを作成し、GIFの構造と機能についての解析を行った。

 まずマウスGIF産生T細胞ハイプリドーマの無血清培養上清より、GIF候補タンパクを精製し、そのアミノ酸配列の一部を決定した。その配列を元にマウスGIF cDNAをクローニングした。さらに、そのcDNAをプローブとしてヒトGIF cDNAをクローニングした。cDNAより予想されるヒトおよびマウスGIFの全アミノ酸配列は下図のとおりである。

図表(上段はヒトのGIF配列、下段はマウスGIFの配列でヒトと異なるアミノ酸についてのみ記載)

 ヒトとマウスGIFは約90%のホモロジーを有し、ヒトGIFがマウスの細胞にも作用するというこれまでのデータを支持した。しかし、1)GIFは分泌タンパクであるにもかかわらずこのタンパクはシグナル配列を有していない事、2)ノザンプロットの結果これまでGIF活性が見られなかった細胞でもmRNA産生が見られる事、さらに3)ヒトGIFの配列は、J.David等より報告されていたヒトMIF(Macrophage Migration Inhibitory Factor)と1アミノ酸を除いて同一である事、の三つの問題が見出された。そこで、本cDNAがGIFをコードするものである事を証明するために、1)本cDNAを用いて作成した組み換え体に対する抗体がハイブリドーマ由来GIFと特異的に反応する事、2)組み換え体がGIF活性を示す事、さらには、3)MIF活性はない事、等についての評価を行った。

 マウスGIF cDNAを大腸菌を用いて発現させ、精製タンパクをウサギに免疫して抗体を作成した。この抗体を結合させたアフィニティーカラムを作成し、マウスGIF産生ハイブリドーマおよび、本研究の過程で新たに作成したスギ花粉抗原に対して特異性を示すGIFを産生するヒトT細胞ハイブリドーマのそれぞれの培養上清をこのカラムで分画したところ、GIF活性を示す13kDaタンパクはすべて特異的に吸着する事が判明した。次に、大腸菌およびCOS-1細胞で発現させたヒトGIFについてその活性を評価した結果、組み換えGIFは、in vitroにおいてIgE増強因子をIgE抑制因子に変換するGIF活性を示し、さらに、抗原感作したマウスに組み換えGIFを投与した所、抗体産生を用量依存的に抑制する事も証明された。

 以上の結果より、クローニングされたcDNAが、GIFをコードするものである事が断定できた。次に、GIFとMIFの活性の違いが1アミノ酸の相違によるのか否か全評価するため、組み換えGIFおよび組み換えMIFについてその活性を検討した結果、いずれもGIF活性は示すもののMIF活性は示さない事が明らかとなった。その後、MIF活性はこの遺伝子産物由来ではなかった事がJ.Davidより報告されこの問題は決着した。

 一連の活性評価の過程で、組み換えGIFは生物活性を示すものの、比活性がハイブリドーマ由来GIFに比べて低い事が判明した。一般に分泌タンパクはその分泌過程において活性に必要な修飾やフォールディングを受けるが、GIFはシグナル配列を欠いているため例えばCOS-1細胞で発現した組み換えGIFは必要な修飾を受けていないという事が考えられた。そこで、ERからゴルジ体を介した経路によりGIFを分泌させるべく、ヒトカルシトニン前駆体のプロ領域をコードするcDNAとGIF cDNAを融合し、さらにその融合タンパクを融合部位で切断するための特異的プロテアーゼであるフリンcDNAを同時にCOS-1細胞にトランスフェクトした。その結果分泌した成熟体のGIFは、ハイブリドーマ由来GIFとほぼ同等の比活性を示した。各種GIFの比活性を下表に示す。

図表(231F1、31E9はGIF産生ハイブリドーマ、cGIFは融合タンパクとして発現させたGIF。詳細は本文参照)

 さらに、活性の全く見られないGIFタンパクを発現している細胞の存在も示された。これらの結果より、GIFはその分泌過程においてposttranslationalな修飾を受け、それが活性の発現に重要な役割を果たしているという事が示唆された。

 そこで、次にGIFの構造的特徴について解析全試みた。MASSスペクトル、逆相カラム等を用いた解析よりCIFは分子内S-S架橋はもたないものの、一カ所のCys残基は非常に酸化されやすい事、また、比活性の低い大腸菌由来組み換えGIFには何等の修飾も見られないのに対して、比活性の高いGIFでは、疎水性のより高いGIF分子が存在する事や分子量が若干増加したGIF分子が存在する事等が明らかとなってきた。

 本研究では、サプレッサー因子の一つと考えられるGIFのタンパク構造を初めて明らかにするとともに、その構造に基いて作成した組み換えGIFがin vitroおよびin vivoでも活性を示す事を証明した。さらに、GIFタンパクはその分泌過程において何らかの修飾を受け、それが生物活性に関与する事も示した。またその調節は、細胞のサブセットにより異なる事も明らかとなった。サプレッサーT細胞の一つの性状が、サプレッサー因子の単なる産生という事だけではなく、特別な修飾機能の有無の観点からも定義され得るという根拠を示したものと考えている。

審査要旨

 本論文は、グリコシル化抑制因子(以下GIFと略す)のcDNAクローニングを行い、さらに高比活性を持った組み換えGIFの発現を行った結果を詳しく述べたものである。その結果、GIFの活性と構造との関係が明らかにされ、この分野の発展に主要な貢献をしたものと認められる。

 GIFは、元々は、IgE結合因子の糖鎖合成を調節しIgE抑制因子を産生させる因子としてその存在が示されたが、その後の研究よりこの因子は抗体産生を抑制するサプレッサー因子の一つと考えられてきた。サプレッサーT細胞の関与する免疫応答の制御機構については、サプレッサー因子の物質的同定が今日までなされてこなかったため、未だ明らかにはなっていない。そこで、GIFの分子的実体を明らかにする事を目的として本研究は行われた。

 まず、マウスGIF産生T細胞ハイブリドーマ培養上清より、GIF候補タンパクを精製し、そのアミノ酸配列の一部を決定した。その配列を元にマウスGIF cDNAをクローニングし、さらにそのcDNAをプローブとしてヒトGIF cDNAも取得した。ところが、1)GIFは分泌タンパクであるにもかかわらずこのタンパクはシグナル配列を有していない事、2)これまでGIF活性の見られなかった細胞にもこのmRNAは存在する事、3)すでに報告されていたマクロファージ遊走阻止因子(以下MIFと略す)と1アミノ酸を除いて同一である事、の三つの問題が見出された。

 そこで、本論文提出者は、このクローニングしたcDNAがGIFをコードするものである事を証明するために、さらに次の研究を行った。

 まず、マウスGIF cDNAを大腸菌で発現させ、この組み換えGIFに対する抗体を作製し、ハイブリドーマ由来のGIFがこの抗体と特異的に反応する事を示した。次に、大腸菌およびCOS-1細胞で発現させたこれらの組み換えGIFが、in vitroにおいてIgE抑制因子の産生を促すGIF活性を示す事、及びin vivoにおいて抗原感作したマウスの抗体産生を用量依存的に抑制する事を証明した。さらに、このGIFタンパクはMIF活性を示さない事も明らかにした。その後、MIF活性はこの遺伝子産物由来ではないという事が他のグループでも証明され、この問題は決着した。

 これらの結果より、クローニングされた遺伝子は、GIFをコードするものである事が完全に証明された。

 しかし、これらの組み換えGIFの比活性は、ハイブリドーマ由来のGIFに比べて約200分の1と低かった。本論文提出者は、GIFはシグナル配列を欠いているにもかかわらず分泌するタンパクである事から、分泌過程における何らかの修飾が活性に重要ではないかと考え、タンパクへの修飾が通常行われるERからゴルジ体を介した経路によりGIFを分泌させる発現系を開発した。これは、ヒトカルシトニン前駆体プロ領域をコードするcDNAとGIF cDNAの融合タンパクと、その融合部位を切断するための酵素フリンcDNAを同時にCOS-1細胞で発現させる系で、その結果、分泌した成熟体のGIFはハイブリドーマ由来GIFと同等の高い活性を持つ事が示された。さらに、細胞内GIFやヘルパーT細胞由来GIFは活性を示さない事も明らかにした。

 これらの結果より、GIFはその分泌過程において翻訳後修飾を受け、それが活性の発現に重要な役割を果たしているという事が示唆された。

 次にGIFの構造的特徴についての検討を行った。その結果、GIFは分子内S-S結合を形成しないが、一カ所のシステイン残基は非常に酸化されやすい事、また、比活性の低い大腸菌由来組み換えGIFには何らの修飾も見られないのに対し、比活性の高いGIFでは、疎水性のより高いGIF分子が多く存在する事などを示した。

 本研究では、サプレッサー因子の一つと考えられているGIFタンパクの構造を初めて明らかにするとともに、そのGIFの活性発現は分子的修飾の有無によって調節されるという事、またその調節は細胞のサブセットによって異なるという事を解明した。これらの発見は、サプレッサーT細胞はGIFの活性に関わる修飾を行う機能を保持したものと定義付ける事も可能とし、新たな免疫調節機構の考え方を提示するものである。

 なお、本論文は、仲野龍巳氏、五味秀穂氏、中川幸光氏、劉雲才氏、佐藤雅裕氏、岩松明彦氏、石井保之氏、Weishui Y.Weiser氏、石坂公成氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。従って、博士(理学)を授与できると認める。

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