水生動物の自由遊泳中における様々な行動(例えば、索餌行動、学習行動、性行動、なわばり行動、回遊行動など)において、各行動に対応して中枢神経系やその他の生理系に発生する生体信号を計測することは、その系の構造や機能、あるいは行動の解発機構などを解明していく上で極めて重要である。 Enger(1957)は、codfishの脳のさまざまな部位から、脳波をはじめて有線記録により無麻酔下で計測している。その後、Uematsuら(1979),Uematsu and Yonemori(1981)は、シロサケの体側筋から性行動時の筋電図を、有線計測と無線電波テレメトリ法で計測した。 本研究の目的は、(1)自由遊泳魚から、脳波を計測するのにふさわしい電波テレメトリ・システムを開発すること、(2)有効送信距離を広げる新機軸の水中受信アンテナを開発し、自然環境において応用できることをめざしている。 結果として、自然環境における自由遊泳魚から、嗅球脳波の安定した計測が可能であることが示された。 第1章自由遊泳中のコイ(Cyprinus carpio L.)嗅球からの電気活性の水中テレメトリ・システムによる計測(主論文1) 水中電波テレメトリ・システムが、自由遊泳中のコイの嗅覚中枢から電気活性を計測するために製作された。水中電波テレメトリは、1チャンネルのパルス周波数変調(PFM)/周波数変調(FM)回路で働くトランスミッタ(送信機)、商用のFMチューナーを含んでいる受信機、周波数電圧変換器、ローパス・フィルタ、記録機器から構成されている。トランスミッタの主要特性は次のとおりである。主搬送波78MHz;副搬送波パルス周波数2.5kHz;入力インピーダンス20M以上;入力のダイナミック・レンジ0.01-3.00mV;全水中重量3.2g;寿命約50時間。水中電波テレメトリ・システムの総合周波数特性は0.24-74Hz(-3dB)であった。 この水中電波テレメトリ・システムにより、実験水槽内で自由遊泳している個体から匂い刺激に対する嗅球誘起脳波をはじめて計測することに成功した。無線計測された誘起脳波は、比較のために有線計測された誘起脳波と同様の波形を示した。電波の最大有効送信距離は3mであった。 第2章自由遊泳中のコイから遠隔計測された嗅球反応のスペクトル分析(主論文2) 嗅上皮への様々な化学溶液によって誘起された、自由遊泳中のコイ嗅球での電気的応答の周波数スペクトルが、化学溶液の識別について認識できる神経生理学的暗号をもっているかどうかを調べるために、パーソナル・コンピュータ・システムによって分析された。電気的反応は、単一チャンネルのPFM/FM送信機と受信機からなる水中電波テレメトリ・システムによって記録された。コンピュータ・システムはA/Dコンバータ、パーソナル・コンピュータ、D/Aコンパータ、X-Yペン書きレコーダから成り立っている。ベーシック言語と機械語が使用された。周波数スペクトルは高速フーリエ変換プログラムによって計算された。スペクトル解析の結果として2種類の化学溶液(5×10-2M NaCl溶液、および1×10-4g/ml魚の飼料抽出液)に対するそれぞれのスペクトル・パターンは特徴的であった。この分析結果は、遊泳中のコイはいろいろな化学溶液の質を、嗅覚的に識別できることを示唆している。 第3章水中電波テレメトリ・システムと野外の池で自由遊泳しているヒメマスの脳波活動計測への応用(主論文3) 淡水領域において、自由遊泳中のサケ・マス類の魚から、脳波を計測するための、水中電波テレメトリ・システムを開発した。このシステムは単純でかつ一般的に製作可能な計測方法である。脳波用トランスミッタは、これまでのもの(Kudo and Ueda 1980a)の入力回路が改良され銀-塩化銀電極たけでなく、金属電極も使用できるようになった。脳波用のトランスミッターは、1.6kHzの副搬送波パルス周波数と95.2MHzの主搬送波によるPFM/FM変調方式である。主搬送波の復調器としては普通のFM受信機が使われ、副搬送波の復調器としては周波数・電圧変換回路ならびにローパス・フィルタが使われた。このシステムによる計測例として、野外の池で自由遊泳中のヒメマス(Oncorhyncus nerka)の嗅球から、自発脳波と匂い刺激による誘起脳波が得られた。最大有効送信距離は5mであった。 第4章新開発の水中アンテナ"アクエリアル"と、自然環境下で自由遊泳しているニジマスからの脳波計測のための水中電波テレメトリへの応用(主論文4) 自然環境下で自由に行動している魚から、生体信号を遠隔計測するために、新しい水中アンテナ("aquaerial"「アクエリアル」と名付けた。)が開発された。それは、水平に置かれた同軸ケーブル上に、それぞれが一方向性の結合増幅器を持った複数の単位受信アンテナを一定の間隔で配置したものである。単位受信アンテナの長さ(A)、および単位受信アンテナ間隔(B)の最適値を決定するために、搬送波の波長を100MHzと考えて製作した数種類の水中アンテナについて性能試験をおこなった。その結果、A=16.5cm{水中での搬送波の半波長(空中での波長の約1/18)}、B=2m{同軸ケーブル上での搬送波の1波長(空中での波長の約2/3)}という値が得られた。この水中アンテナを長さ20m製作して、これまでの水中電波テレメトリ・システムに応用することによって、幅約3mの自然水路においてアンテナに沿って自由に遊泳しているニジマス(Oncorhynchus mykiss)の嗅球からの自発脳波を23時間連続して計測することができた。有効送信距離は20m以上であった。さらに、この水中アンテナを同一の規格で、単位受信アンテナ数を増やして長く製作することによって、計測可能な空間(川の長さ)は、アンテナの長さで決まるということが、示唆された。 |