学位論文要旨



No 212291
著者(漢字) 工藤,雄一
著者(英字)
著者(カナ) クドウ,ユウイチ
標題(和) 水中電波テレメトリによる自由遊泳魚の生体信号計測に関する研究
標題(洋) A Study of the Measurement of Biosignals in Freely Swimming Fish by Underwater Radio-telemetry
報告番号 212291
報告番号 乙12291
学位授与日 1995.04.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第12291号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,律
 東京大学 教授 川島,誠一郎
 東京大学 教授 守,隆夫
 東京大学 助教授 竹井,祥郎
 横浜市立大学 教授 佐藤,真彦
内容要旨

 水生動物の自由遊泳中における様々な行動(例えば、索餌行動、学習行動、性行動、なわばり行動、回遊行動など)において、各行動に対応して中枢神経系やその他の生理系に発生する生体信号を計測することは、その系の構造や機能、あるいは行動の解発機構などを解明していく上で極めて重要である。

 Enger(1957)は、codfishの脳のさまざまな部位から、脳波をはじめて有線記録により無麻酔下で計測している。その後、Uematsuら(1979),Uematsu and Yonemori(1981)は、シロサケの体側筋から性行動時の筋電図を、有線計測と無線電波テレメトリ法で計測した。

 本研究の目的は、(1)自由遊泳魚から、脳波を計測するのにふさわしい電波テレメトリ・システムを開発すること、(2)有効送信距離を広げる新機軸の水中受信アンテナを開発し、自然環境において応用できることをめざしている。

 結果として、自然環境における自由遊泳魚から、嗅球脳波の安定した計測が可能であることが示された。

第1章自由遊泳中のコイ(Cyprinus carpio L.)嗅球からの電気活性の水中テレメトリ・システムによる計測(主論文1)

 水中電波テレメトリ・システムが、自由遊泳中のコイの嗅覚中枢から電気活性を計測するために製作された。水中電波テレメトリは、1チャンネルのパルス周波数変調(PFM)/周波数変調(FM)回路で働くトランスミッタ(送信機)、商用のFMチューナーを含んでいる受信機、周波数電圧変換器、ローパス・フィルタ、記録機器から構成されている。トランスミッタの主要特性は次のとおりである。主搬送波78MHz;副搬送波パルス周波数2.5kHz;入力インピーダンス20M以上;入力のダイナミック・レンジ0.01-3.00mV;全水中重量3.2g;寿命約50時間。水中電波テレメトリ・システムの総合周波数特性は0.24-74Hz(-3dB)であった。

 この水中電波テレメトリ・システムにより、実験水槽内で自由遊泳している個体から匂い刺激に対する嗅球誘起脳波をはじめて計測することに成功した。無線計測された誘起脳波は、比較のために有線計測された誘起脳波と同様の波形を示した。電波の最大有効送信距離は3mであった。

第2章自由遊泳中のコイから遠隔計測された嗅球反応のスペクトル分析(主論文2)

 嗅上皮への様々な化学溶液によって誘起された、自由遊泳中のコイ嗅球での電気的応答の周波数スペクトルが、化学溶液の識別について認識できる神経生理学的暗号をもっているかどうかを調べるために、パーソナル・コンピュータ・システムによって分析された。電気的反応は、単一チャンネルのPFM/FM送信機と受信機からなる水中電波テレメトリ・システムによって記録された。コンピュータ・システムはA/Dコンバータ、パーソナル・コンピュータ、D/Aコンパータ、X-Yペン書きレコーダから成り立っている。ベーシック言語と機械語が使用された。周波数スペクトルは高速フーリエ変換プログラムによって計算された。スペクトル解析の結果として2種類の化学溶液(5×10-2M NaCl溶液、および1×10-4g/ml魚の飼料抽出液)に対するそれぞれのスペクトル・パターンは特徴的であった。この分析結果は、遊泳中のコイはいろいろな化学溶液の質を、嗅覚的に識別できることを示唆している。

第3章水中電波テレメトリ・システムと野外の池で自由遊泳しているヒメマスの脳波活動計測への応用(主論文3)

 淡水領域において、自由遊泳中のサケ・マス類の魚から、脳波を計測するための、水中電波テレメトリ・システムを開発した。このシステムは単純でかつ一般的に製作可能な計測方法である。脳波用トランスミッタは、これまでのもの(Kudo and Ueda 1980a)の入力回路が改良され銀-塩化銀電極たけでなく、金属電極も使用できるようになった。脳波用のトランスミッターは、1.6kHzの副搬送波パルス周波数と95.2MHzの主搬送波によるPFM/FM変調方式である。主搬送波の復調器としては普通のFM受信機が使われ、副搬送波の復調器としては周波数・電圧変換回路ならびにローパス・フィルタが使われた。このシステムによる計測例として、野外の池で自由遊泳中のヒメマス(Oncorhyncus nerka)の嗅球から、自発脳波と匂い刺激による誘起脳波が得られた。最大有効送信距離は5mであった。

第4章新開発の水中アンテナ"アクエリアル"と、自然環境下で自由遊泳しているニジマスからの脳波計測のための水中電波テレメトリへの応用(主論文4)

 自然環境下で自由に行動している魚から、生体信号を遠隔計測するために、新しい水中アンテナ("aquaerial"「アクエリアル」と名付けた。)が開発された。それは、水平に置かれた同軸ケーブル上に、それぞれが一方向性の結合増幅器を持った複数の単位受信アンテナを一定の間隔で配置したものである。単位受信アンテナの長さ(A)、および単位受信アンテナ間隔(B)の最適値を決定するために、搬送波の波長を100MHzと考えて製作した数種類の水中アンテナについて性能試験をおこなった。その結果、A=16.5cm{水中での搬送波の半波長(空中での波長の約1/18)}、B=2m{同軸ケーブル上での搬送波の1波長(空中での波長の約2/3)}という値が得られた。この水中アンテナを長さ20m製作して、これまでの水中電波テレメトリ・システムに応用することによって、幅約3mの自然水路においてアンテナに沿って自由に遊泳しているニジマス(Oncorhynchus mykiss)の嗅球からの自発脳波を23時間連続して計測することができた。有効送信距離は20m以上であった。さらに、この水中アンテナを同一の規格で、単位受信アンテナ数を増やして長く製作することによって、計測可能な空間(川の長さ)は、アンテナの長さで決まるということが、示唆された。

審査要旨

 魚類の行動研究において、脳波、心電図、筋電図などさまざまな生体信号を、魚類が自由に行動している状態で計測することに努力がなされてきた。例えば、タラの脳からの有線計測法による自発脳波の計測、性行動中のシロサケ体測筋の筋電図の有線および無線電波テレメトリによる計測、などである。

 本研究は、(1)自由遊泳魚における脳波を計測するのに、従来のものよりもより適した電波テレメトリシステムを開発し、また、(2)有効送信距離を延長する新機軸の水中受信アンテナを開発することによって、生体信号の遠隔計測にもとずく魚類行動の研究に供することを目的とした。

 得られた成果の概要を学位論文の各章ごとに述べる。

[第1章]自由遊泳中のコイの嗅球電気的活動の水中テレメトリ計測

 有線計測システムと電波を用いた水中電波テレメトリシステムを、自由遊泳中のコイの嗅覚中枢から電気的活動を計測するために製作した。本研究の成果として特筆するべき水中電波テレメトリシステムは、1チャネルのパルス周波数変調回路で働くトランスミッター、商用FMチューナーを含んでいる受信機、周波数電圧変換器、ローパスフイルター、記録機器、から構成されている。トランスミッターの主要特性は、主搬送波78MHz、副搬送波パルス周波数2.5kHz,入力インピーダンス20M以上、入力のダイナミックレンジ0.01-3.00mV、寿命約50時間である。水中電波テレメトリシステムの総合周波数特性は0.24-74Hzであった。

 これらの装置を用いて、自由遊泳中の魚から、匂い刺激に応じた嗅球誘起脳波をはじめて計測した。有線・無線による計測結果はよく一致していた。水中電波テレメトリによる電波の最大有効送信距離は3mであった。

[第2章]遠隔計測された嗅球反応のスペクトル分析

 嗅球の電気的応答の周波数スペクトルが、種々の化学物質を識別する神経生理学的暗号をもっているかどうかを分析した。周波数スペクトルの計算には、高速フーリェ変換プログラムを用いた。その結果、遊泳中のコイは種々の化学物質の質を嗅覚的に識別できることを明らかにした。

[第3章]改良型水中電波テレメトリシステムの開発

 自由遊泳中の魚類から脳波を計測するための、単純で製作が容易な水中電波テレメトリシステムを開発した。トランスミッターは、第1章のものの入力回路が改良され、銀-塩化銀電極だけでなく、金属電極も使用できるようになった。これを用いて、野外の池で自由遊泳中のヒメマスの嗅球から、自発脳波が計測された。最大有効送信距離は5mであった。この装置は一般研究者も簡単に製作できるので、この分野に対する貢献が大きいと考えられる。

[第4章]水中アンテナの新開発とその水中電波テレメトリへの応用

 新しい水中アンテナは、水平に置かれた同軸ケーブル上に、それぞれが位置方向性の結合増幅器をもった複数の単位受信アンテナを一定の間隔で配置したものである。これを用いると、自然水路(幅3m,長さ30m)において遊泳しているニジマスの嗅球の自発脳波を23時間安定して記録できた。最大有効送信距離は30mであった。同一規格で単位受信アンテナ数を増やすことによって、計測可能な距離をさらに延長できることも示唆された。

 以上のように、本研究では、従来搬送波に主として用いられてきた超音波でなく、送信信号の帯域幅が広く、信号対雑音比が大きく、消費電力が小さい電波を搬送波に用いた水中テレメトリシステムおよび水中受信アンテナを開発し、種々の生体電気的信号の記録と計測に利用した。この研究は極めて独創性に富み、水生動物の神経行動学の進展に貢献する業績である。なお、主論文は全て論文提出者が第一著者であり、いずれも論文提出者が研究を計画し、主として実験を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、論文提出者 工藤雄一は博士(理学)の学位を受ける資格があるものと審査委員会委員全員一致して認めるものである。

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