鳥類の多くは音声をコミュニケーションの主要な手段として用いている。ある鳴き声の発達において遺伝と学習がどれだけ関わっているのかは、鳴き声の正常な発達ばかりでなく、幼鳥を特定の実験条件下で人工飼育することにより明らかにすることができる。例えば、幼鳥時に蝸牛管除去により耳を聞こえなくされた鳥(deaf)は、発達過程において親からの手本ばかりでなく自分自身の鳴いた声も聞くことができない。さまざまな実験条件下で発達した鳴き声の物理的構造は、オシログラムや時間に対する周波数の変化を表示するソナグラムによって調べられる。物理的構造とは、音の振幅、周波数成分、もしくはこれらの時間にともなう変調などである。ハトやニワトリは幼鳥時にdeafとなっても正常な鳴き声を発達させる。一方スズメ目の多くの鳥は正常な鳴き声の物理的構造を親鳥から学習している。したがって鳥の鳴き声の発達は遺伝的に厳しく制約されたものから学習に大きく依存するものまでさまざまであると考えられる。 オウム目に属するセキセイインコ (Melopsittacus undulatus)は飼育下で人間の言葉をはじめ、この種に特異的ではない音を学習、つまり模倣する。この模倣された音はワーブルソングと呼ばれる種特異的な鳴き声に組み込まれる。雌雄ともにこのワーブルソングを鳴くが、雄の方が雌よりもずっと長い時間鳴く。この鳴き声を聞くことにより雌雄とも生殖器官の発達が促され、また雌では巣箱にはいることも促進される。もしワーブルソングの発達に何の遺伝的制約もなく、異種の鳴き声を無制限に組み込むようなことが起これば、セキセイインコの音声コミュニケーションに混乱が起こるかも知れない。このことから、ワーブルソングの発達には混乱を避けるための仕組みがあると考えられる。そこで本研究ではセキセイインコの音声コミュニケーションシステムを、ワーブルソングに注目して調べることにした。 ワーブルソングには決まった長さはないが、長いときは数分間も続く。この鳴き声は「要素」が集まって構成されている。要素は数100ミリ秒の音で楽譜に例えれば音符に当たる。さらに、ワーブルソングの構造は大きく二つに分けて考えられる。一つは要素内の構造であり、他方はより高次の構造つまり要素の配列のしかたや要素間の時間間隔である。ワーブルソングはさまざまな構造の要素を含むことがわかっているが、後者の高次の構造についてはこれまでに解析が行われていない。そこで本研究の第一章ではまず鳴き声の高次の構造を解明するために音声分析を行った。セキセイインコが飼育下で自発的に鳴くおもな鳴き声には、ワーブルソングのほかに約300ミリ秒の長さをもち、ワーブルソングとは異なる機能を持つコンタクトコールがある。継続して観察したところ、鳥はワーブルソングもしくはコンタクトコールを鳴き始めるとしばらくの間はそれぞれの鳴き声を鳴き続けることが明らかとなった。そこで鳥がワーブルソングを鳴き続けている状態をWS(warble state)コンタクトコールを鳴き続けている状態をCS(chedelee state)と名付けた。WSとCSのそれぞれについて約18秒間の連続した録音を1サンプルとして、1サンプル中にあらわれた全ての要素のそれぞれの最大音圧と隣合う要素間の間隔などを測定した。その結果、これらの変数の時間経過にともなう推移はWSとCSの間で異なっていた。WSでは隣合う要素はより短い時間間隔であらわれ、また各要素の最大音圧は大きく変動した(WSの時間的パターン)。CSでは隣合う要素はより長い時間間隔であらわれ、各要素の最大音圧の変動は小さかった(CSの時間的パターン)。 オウム目の鳥の種特異的な鳴き声の発達についての研究はスズメ目にくらべ遅れており、セキセイインコのワーブルソングの発達に遺伝と学習がどの程度関与しているかは不明であった。そこでワーブルソングの発達を調べる1つめの試みとしてセキセイインコを生後約20日の幼鳥から育て、生後約60日から360日までの期間、5個体(雄3個体、雌2個体)に3種類の3音節からなる日本語単語(おはよ、さくら、すいか)を教えた。その結果、4個体が手本を模倣した(mimic個体、雄3個体、雌1個体)。鳥が模倣して鳴いた音には手本となった3単語の他に、手本が短縮されたもの(さく、おは、等)、手本が複合されたもの(おはいか、等)があった。模倣された日本語単語はすべてWSに組み込まれた。つまり模倣音はWSの要素として使われた。一方、模倣音が組み込まれたWSにもWSの時間的パターンが認められた。以上のことから、ワーブルソングの要素の中には学習によって発達するものがあることが明らかとなった。セキセイインコは周りの環境からさまざまな音を取り込むことによってワーブルソングをより複雑な鳴き声にしていると考えられる。 第2章ではワーブルソングの発達を調べる2つめの試みとして、生後約28日に蝸牛管除去によりセキセイインコの幼鳥をdeafにした。deaf個体もワーブルソングを発達させたので、対照群の耳が聞こえる個体(normal個体)が発達させたワーブルソングと比較した。normal個体のワーブルソングには、周波数構造がコンタクトコールに似た要素がよくみられたが、deaf個体にはほとんどこのタイプの要素はみられなかった。ワーブルソングの要素の発達には聴入力が重要な働きをしていることが示された。次に、normal個体から得られたWS、CSサンプルについて第1章と同じ方法でサンプル内の各要素について最大音圧と要素間間隔などを測定した。測定後、時系列データの解析に使われる自己相関関数法を導入して音声分析を行った。その結果、どのサンプルも時間的パターンの違いをもとにしてWSかCSかを確実に判定できた。deaf個体から得られたサンプルについても同じ分析をしたところ、WSと判定されるサンプルがあった。つまり、deaf個体にもnormal個体と同じ時間的パターンを示すWSがみられた。WSの時間的パターンは遺伝的に厳しく制約されていることが示された。 以上の3種類の個体(mimic,deaf,normal)の解析より、ワーブルソングには学習によって変化する部分(要素の構造)と遺伝的に厳しく制約された部分(要素の配列や時間間隔を示す時間的パターン)があることが判明した。ワーブルソングは学習によって大きく変化するにもかかわらず、種内コミュニケーションに混乱が起こらない。これは鳴き声の構造の一部が遺伝的に厳しく制約されていることを示唆する。 コミュニケーションを行うには送り手と受け手が必要である。以上の実験はセキセイインコのコミュニケーションシステムの送り手側について行われた。受け手側はワーブルソングをどのように聞いているのか、という疑問に答えるために鳥の中枢神経系でワーブルソングがどのような反応を誘起するのかを調べることを試みた。第3章では電気生理学的方法によりワーブルソングで刺激したときの終脳尾部の高次聴覚領のニューロン活動を記録した。その結果、ワーブルソングを構成する要素に対して異なった強さで反応するニューロンが記録された。そこで同一ニューロンもしくはニューロン集団に対して、強い反応を誘起した要素とほとんど反応を誘起しなかった要素の構造を比較した。その結果、ニューロンがワーブルソングに含まれる特徴を抽出している可能性が示された。これらの特徴はワーブルソングによくみられるものなので、終脳尾部の聴覚領内のニューロンはワーブルソングの処理に関わっている可能性がある。 本研究では、1)ワーブルソングの発達には遺伝的要因と経験的要因のそれぞれが関係していること、2)受け手の終脳にはワーブルソングに反応するニューロン集団が存在することが示された。ワーブルソングは鳥の鳴き声の中でも最も複雑な構造をしたものの一つである。学習により、より複雑なワーブルソングを獲得した個体は、配偶者選択やその後の繁殖行動で有利になることによって、繁殖成功度を上げている可能性も考えられる。 |