緒言 膝前十字靭帯はスポーツによって断裂する頻度が高く、断裂組織は自然には癒合しにくいため、靭帯再建術を要することが多い。靭帯再建術では、腱や靭帯などの線維性の自家組織を、もとの前十字靭帯の走行に一致させて関節内に移植するが、この際、大腿骨と脛骨に骨孔を作製して、骨内、関節内、骨内の順に移植組織を通し、これを関節外にて固定することがほとんどである。 前十字靭帯再建術が盛んに行われるようになった当初は、6週程度のギプスによる膝関節の固定の後に関節運動を開始していた。ところが、その結果関節拘縮や著明な筋萎縮が生じたことが問題になったため、関節運動の開始時期は徐々に早まり、現在では術後固定を行わず、術後すぐに関節運動を開始することが主流になっている。 骨孔内における移植組織と骨との生物学的結合は、移植組織が最終的に再建靭帯として機能する上での必要条件の一つであり、このような術後早期の関節運動の開始によって影響を受けることが推測されるのにもかかわらず、この結合のために術後一定期間の関節固定が必要であるかは実験的に確かめられていない。 前十字靭帯再建術において、移植した自家組織と骨孔との結合を実験的に観察した唯一の記載は1960年の今井の報告であるが、今井は組織学的観察のみを行い、移植組織と骨孔との結合強度は観察しなかった。 本研究の目的は、自家組織移植による前十字靭帯再建術において、術後の膝関節固定が移植組織と骨との結合のために必要であるか否かを機械的強度の観点から実験的に明らかにすることである。 材料と方法 白色成熟家兎27羽を用いた。ネンブタール静脈麻酔下に、左後肢にて膝関節切開を行い、前十字靭帯を切除した。次に自家腸脛靭帯を幅20mmで遠位端を付着させたまま弁状に採取し、これをロール状にして太さ約2mmの紐状の移植組織を得た。前十字靭帯の大腿骨及び脛骨の付着部から関節外へ向けて径2mmの骨孔を作製し、移植組織を大腿骨骨孔、関節内、脛骨骨孔を順に通して脛骨前面に導出した。膝関節140°屈曲位にて、この移植組織を脛骨骨膜および周辺軟部組織に縫合した。 27羽中20羽では、大腿骨骨幹部と、脛骨骨幹部に径1.4mmのキルシュナー鋼線を平行に2本ずつ刺入し、創を閉鎖後、キルシュナー鋼線を自家製の創外固定器に接続し140°屈曲位にて膝関節の創外固定を行った。他の7羽はそのまま創を閉鎖し、このうち5羽(以下無固定群)と創外固定により関節を固定した20羽は術後ケージ内で飼育し、残り2羽は手術直後に屠殺した。 創外固定を行った20羽は5羽ずつの4群に分け、それぞれ1、2、4、6週後に創外固定を除去した(以下それぞれ1週固定群、2週固定群、4週固定群、6週固定群)。ケージ内で飼育した5群25羽は術後6週にて屠殺した。 屠殺後は、移植した腸脛靭帯組織および内側、外側の側副靭帯、後十字靭帯を温存して大腿骨と脛骨を全長にわたり採取した。 関節内に増殖した滑膜や瘢痕組織がある場合にはこれを切除した後、大腿骨と脛骨を骨セメントにて円筒形の容器の中に固定した。大腿骨と脛骨の骨軸を鉛直線からそれぞれ45°と30°傾け、引っ張り試験器(Tensilon RTM-500,Toyo Baldwin,Tokyo)に取り付けた。 内側、外側の側副靭帯、後十字靭帯を切離し、さらに関節外にある移植組織を、関節裂隙を交叉する位置と大腿骨および脛骨の骨孔入孔部で切離した。 引っ張り試験は、100mm/分の速度で大腿骨と脛骨を鉛直方向に牽引して行った。骨孔から移植組織が引き抜けるか、関節腔内で移植組織が断裂するかを肉眼的に観察し、荷重一変位曲線を記録した。 一部の標本から大腿骨、移植組織、脛骨を採取し、固定、包埋の後、薄切してHE染色標本として組織学的観察を行った。 結果 術後即日屠殺した2例では、記録できないほど微細な張力で脛骨の骨孔から移植組織が引き抜けた。 無固定群では、5例全例で大腿骨の骨孔から移植組織が引き抜けた。最大引っ張り荷重は0.3-1.6(平均1.1±0.7)kgfであった。1週固定群では、5例中1例で最大引っ張り荷重1.5kgfで大腿骨の骨孔から引き抜け、残り4例では移植組織の関節腔内を走行する部分すなわち再建靭帯実質部で断裂が生じ、この4例で最大引っ張り荷重は2.1-7.6(平均3.9±2.5)kgfであった。2週固定群でも5例中1例で最大引っ張り荷重1.3kgfで大腿骨の骨孔から引き抜け、残り4例は最大引っ張り荷重3.8-5.7(平均4.9±0.8)kgfで再建靭帯実質部で断裂が生じた。4週固定群では、5例全例で再建靭帯実質部で断裂が生じ、最大引っ張り荷重は2.3-5.7(平均3.8±1.3)kgfであった。6週固定群では、5例中1例で最大引っ張り荷重1.0kgfで大腿骨の骨孔から引き抜け、残り4例は最大引っ張り荷重3.5-4.9(平均4.0±0.7)kgfで再建靭帯実質部で断裂が生じた。 組織学的には、2週固定群の脛骨骨孔内の移植組織は新生線維性組織を介して骨孔壁と連続しており、骨孔壁には新生骨の形成がみられた。無固定群では脛骨骨孔内の関節腔に近い部分で新生線維性組織と移植組織の間に間隙が生じていた。 考察 本研究の結果から、前十字靭帯再建術後一定期間関節固定を行うと、多くの例で骨孔内での移植組織と骨との結合強度は再建靭帯実質部以上の十分なものが得られるが、一方、術後の無固定は骨孔内での移植組織と骨との間の十分な結合強度の獲得を妨げるものであることが示された。これは一定期間の固定によって、骨孔内での移植組織と骨との間に線維性組織の新生とその骨化機転という生物学的過程が進行したのに対し、無固定によってこの進行が妨げられたためと推察される。 ただし、無固定群においても、再建直後に屠殺した例を上回る強度を示し、6週間のうちにある程度の生物学的結合過程が起こったものと推察される。 再建直後の測定例では脛骨側で引き抜けが起こったのに対して、骨孔からの引き抜けは全例大腿骨側で起こったことは、術後には強度に寄与する生物学的過程は大腿骨側でより起こりにくかったことを示唆する。本術式では移植組織の関節外での固定点は、脛骨側では骨孔の入孔部のすぐ外であるのに対して、大腿骨側の固定点は入孔部から離れた脛骨上にあったため、術後の関節運動に伴う移植組織と骨孔の間の動きは関節外での固定点からより離れた大腿骨側により多くあったものと推察され、これが大腿骨側での結合強度の相対的低下の原因になったと推測される。 固定期間に関して、今井は、術後2週で関節固定を除去すると骨と移植組織の結合が生じないが、4週固定あるいはその後も固定を続けていると両者が結合するとした。一方、本研究では術後2週の固定でも組織学的に両者の生物学的な結合がみられ、機械的強度の観点からも術後1あるいは2週で関節運動を開始しても5例中4例で再建靭帯実質部を上回る十分な骨孔内の結合強度が得られた。 この結果の差は、今井が、本研究に比べて骨孔の径に対してより細い移植組織を用いていたことと、術後固定の方法として、本研究の創外固定に比べて関節固定を十分管理できないギプスを用いたことが理由となっているものと推察される。すなわちこれらの違いによって、本研究では今井の報告に比べてより短期間の固定期間中に、骨孔内での移植組織と骨との生物学的結合過程がより効果的に進んだものと推察される。 一般に運動器官の損傷後の修復過程において、早期からの機械的負荷は良好な影響を与えるとされている。これに対して本研究の結果は、骨と線維性組織という性質の異なった組織の結合のためには、早期からの機械的負荷は好影響を及ぼさず、むしろ一定の固定期間の後に負荷をかけ始めた方が有効な生物学的反応を引き出せることを示唆するものである。 結論 家兎にて自家腸脛靭帯を大腿骨と脛骨の骨孔内を通して膝前十字靭帯再建術を行い、術後の関節運動の開始時期が骨孔内での移植組織と骨との結合強度に与える影響を観察した。術後固定を行わずに直後から関節運動を許可すると、骨孔内での生物学的結合過程の進行が遅れ、一方、一定期間の固定の後に関節運動を開始した場合に十分な結合強度を得た。 現在、臨床的には膝前十字靭帯再建術後はきわめて早期から関節運動を開始しているが、その場合でも、術後早期には自家筋力などによって再建靭帯に過度の機械的負荷がかからないように後療法を管理、指導している。一方、本研究のような動物実験においては、ひとたび関節運動を許可すると、それに伴う移植組織あるいはこれと骨との間に加わる機械的負荷を管理できなくなる。 このような大きな違いがあるので、本研究の結果をそのまま実地臨床に導入することはできない。しかし、もしも後療法が今後さらに早期化、簡略化され、術後のより早期から再建靭帯に過度の機械的負荷がかかるような運動が許可されるようになると、本研究の結果のように、骨孔内での移植組織と骨との結合が妨げられて、再建した前十字靭帯がその機能をはたさなくなる結果を招く可能性がある。本研究は、この点に関して実地臨床に警鐘を鳴らすものである。 |