学位論文要旨



No 212297
著者(漢字) 富永,治
著者(英字)
著者(カナ) トミナガ,オサム
標題(和) 大腸腺腫、大腸癌におけるp53蛋白の変異
標題(洋)
報告番号 212297
報告番号 乙12297
学位授与日 1995.04.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12297号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大原,毅
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 石川,隆俊
 東京大学 講師 林,泰秀
 東京大学 講師 小西,敏郎
内容要旨 I緒言

 癌抑制遺伝子p53の異常は、現在までに知られている様々な癌遺伝子、癌抑制遺伝子の変異のなかで最も高頻度に、あらゆる種類の悪性腫瘍で認められている変異である。正常p53は、細胞周期の調節、転写の調節、DNA複製、細胞分化、Apoptosis、DNA安定性の保持に関わり、細胞増殖の調節、遺伝子変異の発生防止のために重要な役割を担っている。p53の機能が不活性化される機構には、遺伝子および蛋白レベルの変異が知られている。PCR-SSCP(Polymerase chain reaction-Single-strand conformation polymorphisms)またはPCR-DGGE(Denaturing gradient gel electrophoresis)にDirect sequencingを組み合わせた遺伝子解析手法が確立され、p53遺伝子解析は様々な種類の腫瘍で詳細に行われている。しかし、ヒト腫瘍におけるほとんどのp53蛋白研究は、免疫組織化学を用いたp53蛋白発現の検索と、その臨床病理学的因子との相関の解析にとどまっている。腫瘍におけるp53蛋白の変異、機能異常、翻訳後修飾、機能調節機構を明らかにするためには、p53蛋白のさらに詳細な解析が必要である。

 近年、大腸癌の発生と進展に関わるp53の役割が注目を集めている。大腸腺腫は大腸癌の発生母地と考えられ、臨床において得られる異なる異型の程度を持つ腺腫や腺腫内癌の解析は癌発生のメカニズムを明らかにするうえで重要である。本研究では、p53蛋白の異なるEpitope、異なるConformationを認識する数種類のモノクローナル抗体を利用し、ELISA、Western Blotting、Flow Cytometry(FCM)を用いて、大腸腺腫、大腸癌におけるp53蛋白の発現およびその変異を多角的に解析した。また、抗体に対する反応性、分子量、細胞内局在の異なるp53Variantを検出し、それらの機能異常を検討した。

II大腸腺腫におけるp53蛋白の変異対象と方法

 大腸、直腸の大きさ25mm以下の隆起性腫瘍52例(Adenoma 47例、Carcinoma in Adenoma 4例、Invasive Carcinoma 1例)を対象にした。抗p53抗体として、p53蛋白N末端を認識するpAb1801、B17、C末端を認識するpAb421、G59-12、DO-10、HR231、p53蛋白中央部を認識しMutarlt p53蛋白特異的な抗体pAb240、および、N,C両末端を含む広い範囲を認識するポリクローナル抗体CM1を用いた。抗体に対する反応性、分子量、リン酸化の程度の異なる様々なp53Variantを検出するために、免疫組織化学のほか、ELISA、Western Blotting、O’Farrellの二次元ゲル電気泳動(等電点電気泳動+SDS-PAGE)を利用して蛋白解析を行った。また、Phosphatase処理によって、p53蛋白の脱リン酸化を促し、p53Variantとリン酸化の関係を検討した。p53遺伝子解析は、PCR-DGGEとDirect sequencingを組み合わせて行った。

結果

 早期大腸癌5例中3例はELISAにてpAb421+/pAb1801+/pAb240+を示すp53蛋白を発現していた。そのうち2例のp53遺伝子を解析し、いずれにも点突然変異が認められた。一方、大腸腺腫47例中40例(85%)には、pAb1801+/pAb240-を示すp53蛋白発現が認められた。p53蛋白を発現している腺腫はすべて、ELISAにてpAb1801+を示したが、pAb240+を示した腺腫はなかった。大きさ11mm以上の腺腫、中等度異型腺腫では、p53蛋白を発現している頻度が有意に高率であった。しかし、大きさ10mm以下の腺腫56%(9/16)、軽度異型腺腫71%(15/21)においてもp53蛋白の発現がみられた。腺腫におけるp53遺伝子変異は認められなかった。免疫組織化学では、22例中3例(14%)の腺腫で部分的にp53蛋白の核内発現が認められた。Western Blottingによる解析から、ELISA plate上のpAb1801が捕えたp53蛋白中には、本来の分子量53kDを持つp53蛋白、"p53"に加え、分子量48kDを持つp53蛋白のVariant、"p48"が常に存在していることが明らかになった。しかし、p53蛋白C末端を認識する抗p53モノクローナル抗体、pAb421、DO-10、G59-12が捕えたp53蛋白中には"p53"のみが存在し、少数の例外を除いて"p48"は存在していなかった。さらに、pAb1801が捕えた"p53""p48"を二次元ゲル電気泳動によって解析したが、いずれにも等電点の異なるp53 Variant蛋白は検出されず、"p53""p48"いずれもほぼ同じ等電点位置にそれぞれ1スポットとして泳動していた。Phosphatase処理によるp53蛋白の変化は認められなかった。

考察

 高感度のELISAにより、大腸腺腫において、Wild-type p53蛋白の発現が高頻度に生じていることが明らかになった。Wild-type p53蛋白発現は大きさ11mm以上の腺腫、または中等度異型腺腫で有意に高率に認められたが、大きさ10mm以下の軽度異型腺腫においても、40%(4/10)の症例で認められた。一方、早期大腸癌5例中3例はMutant p53蛋白を発現していた。大腸腺腫形成初期の段階で、Wild-type p53蛋白の発現が生じ、さらに、癌発生の早期段階でp53遺伝子変異が起こり、Mutant p53蛋白発現が導かれていると考えられる。腺腫におけるWild-type p53蛋白発現はなんらかの蛋白レベルの変異によって生じたものと考えられ、これはp53の機能の不活性化を反映している可能性がある。

 Wild-type p53蛋白を発現しているほとんどの大腸腺腫において、"p48"が認められた。本来より小さい分子量を持ち、C末端を認識する抗p53抗体に反応しない"p48"はC末端が切断されたp53蛋白である可能性が高い。p53蛋白のC末端部は、p53蛋白の核内への輸送に必要なNuclear Localization Signal、DNA結合Domain、p53蛋白同士の結合に必要なDomainなど、機能的に重要な部分を含んでおり、"p48"はC末端部が担う機能が不活性化されたp53蛋白であると考えられる。さらに、一部の腺腫では、Immunoreactivityや分子量の異なる特殊なp53Variantが発見された。多くの場合、p53蛋白のImmunoreactivityの変化はp53蛋白の機能の変化を反映している。大腸腺腫に発現している様々なp53Variantは機能的に異なるp53蛋白であると考えられる。

 p53蛋白の機能調節は、翻訳後のリン酸化によってなされている可能性が指摘されている。しかし、Phosphatase処理と二次元ゲル電気泳動を用いた今回の解析からは、リン酸化の程度の異なるp53 Variantは、大腸腺腫からは検出されず、また、異なるImmunoreactivityや分子量を持つp53 Variantとリン酸化の関係を示唆する結果も得られなかった。

III大腸癌におけるp53蛋白の変異対象と方法

 術前未治療の大腸、直腸癌59例、大腸癌の肝転移腫瘍3例を対象にした。ELISA、Western Blottingに加えて、PI(propidium iodide)とFITC(fluorescein isothiocyanate)の二重蛍光染色法を用いた2-パラメータFlow Cytometry(FCM)によって、腫瘍細胞核内のp53蛋白発現量とDNA量を同時測定した。個々の大腸癌におけるp53蛋白の発現パターン(その細胞内局在と抗体に対する反応性)、異なる分子量を持つp53蛋白のVariantを解析した。さらに、p53の発現と腫瘍の臨床病理学的因子、DNA indexとの関係を検討した。

結果

 大腸癌は、FCMとELISAで解析したp53蛋白の発現パターンから、FCM、ELISAの両方でpAb421、pAb1801、pAb240すべてに陽性である腫瘍(Group A)、FCM、ELISAにおいて、pAb421、pAb1801、pAb240のうち、一部の抗体にのみ陽性を示す腫瘍(Group B)、p53蛋白発現が検出されない腫瘍(Group C)の三グループに分類することができた。p53蛋白発現と腫瘍Stage、腫瘍局在、DNAindexとの相関を調べたところ、FCM、ELISAにおけるp53蛋白発現はDNA index1.3以上の腫瘍と強い相関が認められた。FCMのpAb240陽性を示すp53蛋白発現と腫瘍Stageの間に有意な相関が認められたが、ELISAで検出されるp53蛋白発現と腫瘍Stageの間には相関は認められなかった。また、p53蛋白発現と腫瘍局在の間には相関は認められなかった。

 大腸癌においても大腸腺腫で認められたものと同様の"p48"が発現していた。しかし、この"p48"は大腸癌では、pAb1801ばかりでなくpAb421、pAb240が捕えたp53蛋白中にも存在していた。一部のGroup Bの腫瘍では、本来の分子量53kDを持つ"p53"が存在せず、48kDまたはそれ以下の分子量を示すp53蛋白のみが発現していた。大腸癌の原発巣とその肝転移巣は、同様の性質をもつp53蛋白を発現していた。

考察

 ELISA、FCMの結果はそれぞれ、細胞質内、核内のp53蛋白発現量を反映していると考えられる。Group Aの腫瘍では、細胞質内、核内いずれにも同様にMutant p53蛋白の高レベルの発現がみられたが、Group Bの腫瘍では、核内p53蛋白発現量は細胞質内p53蛋白発現量に比べて少ない傾向が認められた。p53蛋白は、本来核内に存在するDNA結合蛋白であり、p53がその機能を発現するためには核内に存在することが必要である。すなわち、細胞質内に発現しているp53蛋白はその機能が不活性化された状態にある可能性がある。また、Group Bの一部の腫瘍は、ELISAでpAb421-/pAb1801+/pAb240-を示し、48kD以下の分子量を持つp53蛋白を発現していた。C末端を認識する抗体に反応せず、本来よりも小さい分子量を持つp53蛋白はC末端が切断されたp53蛋白である可能性が高く、C末端に存在するNuclear Localization Signalを失っているために、p53蛋白の核内への輸送が妨げられているものと考えられる。p53蛋白の局在は腫瘍によって異なり、それはp53の機能の相違を反映している可能性がある。また、p53遺伝子変異には様々な種類のものがあり、異なる変異を有するMutant p53蛋白は、異なる機能を持つことが知られている。Group AとGroup Bの間に見られるMutant p53蛋白の発現パターンの差は遺伝子の異なる部位のMutationを反映している可能性がある。

 大腸癌で認められた"p48"は大腸腺腫の"p48"と同様にC末端が切断されたp53蛋白であると考えられるが、大腸癌においては、"p48"は"p53"と結合して存在するために、"p53"とともにC末端を認識する抗体によって捕えられているものと推察される。大腸腺腫に発現しているWild-type p53由来の"p48"と、大腸癌に発現しているMutant p53由来の"p48"は異なる性質を持つものと考えられる。

 DNA indexは腫瘍DNAの全体的変異の程度を反映していると考えられ、一方、正常p53はDNAの安定性を保持し、その異常な増幅を抑制する働きがある。p53発現とDNA index上昇との強い相関は、p53がDNAの安定性を保持するうえで重要な役割を担っていることを示唆するものと考えられる。

IV結語

 (1)大腸腺腫において、85%(40/47)の症例でWild-type p53蛋白の発現が認められた。

 (2)大腸腺腫に発現しているWild-type p53蛋白中には、本来の分子量53kDのp53蛋白に加え、p53蛋白C末端が切断されたものと考えられる、分子量48kDの"p48"が常に存在していた。

 (3)Wild-type p53蛋白の発現と"p48"の出現は、翻訳後、p53蛋白レベルで生じたと考えられる今までに知られていないタイプの変異であり、癌抑制遺伝子としてのp53の機能の不活性化、特にp53蛋白C末端が担う機能の不活性化を反映しているものと考えられる。

 (4)大腸癌において、発現量、細胞内局在、抗体に対する反応性、分子量の異なる多様なp53蛋白が検出された。様々なp53 Variant蛋白は、異なる種類のp53変異を反映し、癌の発生と進展に異なる役割を果たしている可能性が考えられる。

審査要旨

 本研究は悪性腫瘍の発生と進展に重要な役割を演じていると考えられる癌抑制遺伝子p53のヒト大腸腫瘍における変異、特にその蛋白レベルの変異を明らかにするため、p53蛋白の異なるEpitope、異なるConformationを認識する多数の抗体を利用し、ELISA、Western Blotting、Flow Cytometry(FCM)、免疫組織化学により、大腸腫瘍中のp53蛋白を多角的に解析したものであり、以下の結果を得ている。

 1.ELISAによる解析の結果、大腸腺腫において高頻度にWild-type p53蛋白が発現していることが示された。p53蛋白発現は大きさ11mm以上の腺腫、または中等度異型腺腫で有意に高率に認められ、大きさ10mm以下の軽度異型腺腫においても40%の症例でp53蛋白発現が認められた。腺腫におけるWild-type p53蛋白発現は、腺腫がその異型度を増し、癌に近づいてゆく早期の前癌状態において、非常に高頻度に生じる変異であることが示唆された。

 2.Western Blottingによる解析の結果、大腸腺腫に発現しているWild-type p53蛋白中には、本来の分子量53kDのp53蛋白に加え、p53蛋白C末端が切断されたものと考えられる、分子量48kDの"p48"が常に存在していることが示された。Wild-type p53蛋白の発現と"p48"の出現は、翻訳後、p53蛋白レベルで生じたと考えられる今までに知られていないタイプの変異であり、癌抑制遺伝子としてのp53の機能の不活性化、特にp53蛋白C末端が担う機能の不活性化を反映しているものであることが示唆された。

 3.FCMとELISAで解析したp53蛋白の発現パターンの解析結果から、大腸癌は、FCM、ELISAの両方でpAb421、pAb1801、pAb240すべてに陽性である腫瘍(Group A)、FCM、ELISAにおいて、pAb421、pAb1801、pAb240のうち、一部の抗体にのみ陽性を示す腫瘍(Group B)、p53蛋白の発現が検出されない腫瘍(Group C)の三グループに分類できることが示された。Group Aの腫瘍が核内、細胞質内にともに高レベルにp53蛋白を発現しているのに比較して、Group Bの腫瘍では、核内p53蛋白発現量は細胞質内p53蛋白発現量に比べて少ない傾向がある事が示された。

 4.Group Bの一部の腫瘍は、核内のp53発現レベルが低く、細胞質内にはELISAでpAb421-/pAb1801+/pAb240-を示し、48kD以下の分子量を持つp53蛋白のみが発現している事が示された。これはC末端が切断されたp53蛋白である可能性が高く、C末端に存在するNudear Localization Signalを失ったために、p53蛋白の核内への輸送が妨げられた状態にあるものと考えられた。

 5.大腸癌に発現している様々なp53 Variant蛋白は、異なる種類のp53変異を反映し、癌の発生と進展に異なる役割を果たしている可能性が考えられた。

 以上、本論文はヒト大腸腫瘍におけるp53蛋白の解析から、大腸腺腫におけるWild-type p53蛋白の高頻度発現、p53蛋白C末端が切断されたものと考えられる分子量48kDの"p48"の存在、大腸癌における様々なp53 Variant蛋白の発現を明らかにした。本研究は、癌抑制遺伝子p53の変異発生メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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