本研究は悪性腫瘍の発生と進展に重要な役割を演じていると考えられる癌抑制遺伝子p53のヒト大腸腫瘍における変異、特にその蛋白レベルの変異を明らかにするため、p53蛋白の異なるEpitope、異なるConformationを認識する多数の抗体を利用し、ELISA、Western Blotting、Flow Cytometry(FCM)、免疫組織化学により、大腸腫瘍中のp53蛋白を多角的に解析したものであり、以下の結果を得ている。 1.ELISAによる解析の結果、大腸腺腫において高頻度にWild-type p53蛋白が発現していることが示された。p53蛋白発現は大きさ11mm以上の腺腫、または中等度異型腺腫で有意に高率に認められ、大きさ10mm以下の軽度異型腺腫においても40%の症例でp53蛋白発現が認められた。腺腫におけるWild-type p53蛋白発現は、腺腫がその異型度を増し、癌に近づいてゆく早期の前癌状態において、非常に高頻度に生じる変異であることが示唆された。 2.Western Blottingによる解析の結果、大腸腺腫に発現しているWild-type p53蛋白中には、本来の分子量53kDのp53蛋白に加え、p53蛋白C末端が切断されたものと考えられる、分子量48kDの"p48"が常に存在していることが示された。Wild-type p53蛋白の発現と"p48"の出現は、翻訳後、p53蛋白レベルで生じたと考えられる今までに知られていないタイプの変異であり、癌抑制遺伝子としてのp53の機能の不活性化、特にp53蛋白C末端が担う機能の不活性化を反映しているものであることが示唆された。 3.FCMとELISAで解析したp53蛋白の発現パターンの解析結果から、大腸癌は、FCM、ELISAの両方でpAb421、pAb1801、pAb240すべてに陽性である腫瘍(Group A)、FCM、ELISAにおいて、pAb421、pAb1801、pAb240のうち、一部の抗体にのみ陽性を示す腫瘍(Group B)、p53蛋白の発現が検出されない腫瘍(Group C)の三グループに分類できることが示された。Group Aの腫瘍が核内、細胞質内にともに高レベルにp53蛋白を発現しているのに比較して、Group Bの腫瘍では、核内p53蛋白発現量は細胞質内p53蛋白発現量に比べて少ない傾向がある事が示された。 4.Group Bの一部の腫瘍は、核内のp53発現レベルが低く、細胞質内にはELISAでpAb421-/pAb1801+/pAb240-を示し、48kD以下の分子量を持つp53蛋白のみが発現している事が示された。これはC末端が切断されたp53蛋白である可能性が高く、C末端に存在するNudear Localization Signalを失ったために、p53蛋白の核内への輸送が妨げられた状態にあるものと考えられた。 5.大腸癌に発現している様々なp53 Variant蛋白は、異なる種類のp53変異を反映し、癌の発生と進展に異なる役割を果たしている可能性が考えられた。 以上、本論文はヒト大腸腫瘍におけるp53蛋白の解析から、大腸腺腫におけるWild-type p53蛋白の高頻度発現、p53蛋白C末端が切断されたものと考えられる分子量48kDの"p48"の存在、大腸癌における様々なp53 Variant蛋白の発現を明らかにした。本研究は、癌抑制遺伝子p53の変異発生メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |