学位論文要旨



No 212301
著者(漢字) 米原,啓之
著者(英字)
著者(カナ) ヨネハラ,ヨシユキ
標題(和) 下顎骨および下顎骨骨膜の骨形成に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 212301
報告番号 乙12301
学位授与日 1995.04.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12301号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 養老,孟司
 東京大学 助教授 市村,恵一
 東京大学 助教授 長野,昭
 東京大学 助教授 中村,耕三
 東京大学 助教授 山田,敦
内容要旨

 下顎骨など膜性骨は発生学的に内軟骨性骨化を示す長管骨とは異なり、線維性骨化により形成される。このために、骨欠損修復時などにおいても、膜性骨の骨形成過程は、長管骨とは異なると考えられてきた。長管骨の骨折の治癒過程については、古くより多くの報告がなされているが、下顎骨など膜性骨についての報告は少なく、その過程も未だ十分に解明されていないのが現状である。今回著者は、下顎骨および下顎骨骨膜の骨形成について、1)骨欠損部分の修復時期及び内固定の影響、2)骨欠損修復時の仮骨形成、3)骨欠損部分の修復時の組織像、4)下顎骨骨膜の骨形成能、5)骨膜から形成される骨組織の組織像、6)下顎骨骨膜の移植部分による骨形成能の相違などを解明する目的で、白色家兎を用いて実験を行ったので文献的考察を加えて報告する。

 (実験材料および方法)本実験では生後約6ヶ月で体重3.0〜3.5kgに成長した白色家兎を用いた。全身麻酔下に実験を施行し、実験手術後は十分な麻酔覚醒を確認後、個別のケージに戻し、水飼料を自由に経口摂取させ飼育した。

 今回の実験においては、実験を2つに分けて行った。実験1は下顎骨骨欠損の修復過程を観察するモデルとした。実験2は骨欠損修復過程において、骨形成に関係する骨膜の働きを調べることを目的として、下顎骨骨膜の骨形成能およびその過程を観察する実験を行った。実験1では、骨欠損部形成後に欠損部分を固定しないGroup 1と同部分を固定したGroup 2を作成した。実験2は骨膜の移植方法により以下の5groupに分類した、Group 1は血管柄付下顎骨骨膜、Group 2は耳介軟骨上遊離骨膜移植、Group 3は筋肉内遊離骨膜移植、Group 4は皮下遊離骨膜移植、Group 5は肝臓内遊離骨膜移植。今回実験ではモデルを、実験1Group 1では30羽、実験1Group 2では15羽、実験2では各group 15羽作成した。このモデルを実験1Group 1では術後2〜16週、実験1Group 2および実験2では2〜8週までの期間に屠殺し、検体を採取した。採取した実験1の下顎骨、実験2の骨膜は軟X線撮影、脱灰H.E.染色標本、CMR、Cole式H.E.染色標本の評価法により観察を行った。

(結果)実験1:下顎骨骨欠損モデル表1:骨欠損後の骨癒合状態(分母:モデル数、分子:骨癒合数)

 (Group 1:骨欠損部無固定モデル)軟X線上2週目では全例で骨欠損部分の癒合は見られず、3週目より骨癒合が認められるようになっていた。6週目以降では全例に骨癒合を認めた。尚、12週目の標本2例において感染による癒合不全を認めた。組織学的には、2週目より骨欠損部分に間葉系細胞の集積および幼若な軟骨細胞が形成されている状態が観察された。この軟骨形成は3週および4週目においても良好に認められた。形成された軟骨組織の辺縁部分では軟骨細胞より骨組織へ移行し、骨小粱が形成されて行く状態が観察された。6週目以降において、軟骨組織は暫減し、骨欠損部分は骨小梁により癒合していた。この骨小梁は次第に層板状を示す骨組織に変化して行くのが観察された。

 (Group 2:骨欠損部固定モデル)固定モデルの2週および3週目の検体においては、軟X線像上全例で、骨欠損部分の癒合はみられなかった。4週目以降に骨癒合が認められ、6週および8週目では全例癒合を認めた。H.E.染色標本では、無固定モデルと同様に、骨欠損部分に2週から4週目には間葉系細胞および軟骨細胞の集積している状態が観察された。さらにその後も同様に、骨小梁の形成を経て層板状骨組織の形成を認めた。

実験2:骨膜移植モデル表2:各移植群の骨形成状態(分母:モデル数、分子:骨形成数)

 (Group 1:血管柄付下顎骨骨膜モデル)(Group 2:下顎骨骨膜遊離耳介軟骨上移植モデル)(Group 3:下顎骨骨膜遊離筋肉内移植モデル)これら3モデルでは軟X線像において、良好な骨形成を認めた。組織学的には、3モデルにおいて以下に述べる過程が同様に観察された。2週目では線維性組織に囲まれた状態で形成された幼若な骨組織が観察された。4週目では2週目に比較して成熟した層板状構造の形態をとる骨組織が形成されているのが観察された。8週目では、4週目より層板状構造が厚くなった状態の骨組織が観察された。どの時期においても軟骨形成は認めなかった。

 (Group 4:下顎骨骨膜遊離皮下移植モデル)(Group 5:下顎骨骨膜遊離肝臓内移植モデル)この2モデルにおいては、2週、4週、8週目のいずれの時期においても骨形成は認められなかった。

考寮・まとめ(1)骨癒合時期について

 今回の家兎による実験の結果では、下顎骨において、骨癒合による骨の固定は3週目で認められ、部分的な骨癒合による骨固定は、従来報告されている時期より早期に生じていた。内固定の骨癒合時期への影響については、内固定による骨癒合の促進は認めず、内固定により癒合がむしろ遅れていた。この理由として、家兎における下顎骨の形状のために固定性に差が認められなかった可能性、骨膜の剥離、螺子の挿入による骨損傷が癒合を阻害する可能性などが考えられた。

(2)仮骨形成について

 今回の実験の軟X線像では、骨欠損部分に長管骨の骨折時に認められるような著明な仮骨形成は無く、下顎骨では骨修復時に外骨膜での骨形成が少ないことが認められた。X線像と同様に、骨欠損部分の組織像においても、骨外側骨膜面の新生骨形成はわずかであった。また今回の実験において、骨欠損部分の固定性の有無で仮骨形成に差は認めなかった。これは元来下顎骨においては、長管骨のように骨折部に負荷がかからず、このため仮骨形成に固定性が影響しないためと考えられた。

(3)骨修復時の組織像について

 今回の実験においては軟骨形成を、下顎骨の無固定群、固定群とも2週目から4週目までの検体で骨欠損部分に良好に認めた。このことから、従来の報告とは異なり固定性などに関係なく骨修復の初期の時期に軟骨形成があると考える。

 認められた軟骨には骨端軟骨板様構造をとる明かな柱状配列はなく、骨欠損部に不規則な配列で集積しているのが観察された。またこの軟骨組織は、長管骨骨折修復過程においては外骨膜から形成されるのに対し、主に内骨膜から形成されていると推測した。すなわち、下顎骨でも、骨欠損部分では間葉系細胞から軟骨組織を経て骨組織へと移行し、内軟骨性骨化を示すと考えられた。

(4)骨膜の骨形成能について

 骨欠損部の観察の実験において、わずかではあるが骨膜で骨形成を認めた。このため、血管柄付および遊離移植により、下顎骨骨膜の骨形成能を観察したところ、血管柄付移植、耳介軟骨上移植、筋肉内移植において骨組織の形成を認め、下顎骨骨膜においても骨形成能が認められた。

(5)移植部位による骨膜の骨形成能について

 血管柄付骨膜移植および筋肉内移植において良好な骨形成があることを認め、血行維持が骨形成に有効であることが確認された。また、耳介軟骨上で良好な骨形成を認めたことより、血行以外にも骨や軟骨との接触および移植床により固定されることによる負荷が骨形成には有効と考えられた。

(6)骨膜において形成された骨組織の組織像について

 移植骨膜に形成された骨組織には、移植部位の違いによる差は認めなかった。長管骨骨膜移植と比較すると、組織像には違いが認められた。下顎骨ではまず間葉系細胞より幼若な骨梁構造を持つ骨組織が形成され、次第に層板状の骨組織へと変化して行くのが認められた。すなわち、長管骨骨膜移植や下顎骨骨欠損修復の過程とは異なり、軟骨組織の形成はなく内軟骨性骨化はしないと考えられた。

審査要旨

 本研究は、発生学時に内軟骨性骨化を示す長管骨とは異なり線維性骨化により形成され、骨欠損修復時などにおいてもその治癒過程が長管骨とは異なると考えられいる、膜性骨の一つである下顎骨の骨欠損時の修復過程および骨膜の骨形成能について、白色家兎を用いて実験を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.骨癒合時期について今回の家兎による実験の結果では、下顎骨において、骨癒合による骨の固定は3週目で認められ、部分的な骨癒合による骨固定は、従来報告されている時期より早期に生じていた。内固定の骨癒合時期への影響については、内固定による骨癒合の促進は認めず、内固定により癒合がむしろ遅れていた。この理由として、家兎における下顎骨の形状のために固定性に差が認められなかった可能性、骨膜の剥離、螺子の挿入による骨損傷が癒合を阻害する可能性などが考えられた。

 2.仮骨形成について今回の実験の軟X線像では、骨欠損部分に長管骨の骨折時に認められるような著明な仮骨形成は無く、下顎骨では骨修復時に外骨膜での骨形成が少ないことが認められた。X線像と同様に、骨欠損部分の組織像においても、骨外側骨膜面の新生骨形成はわずかであった。また今回の実験において、骨欠損部分の固定性の有無で仮骨形成に差は認めなかった。これは元来下顎骨においては、長管骨のように骨折部に負荷がかからず、このため仮骨形成に固定性が影響しないためと考えられた。

 3.骨修復時の組織像について今回の実験においては軟骨形成を、下顎骨の無固定群、固定群とも2週目から4週目までの検体で骨欠損部分に良好に認めた。このことから、従来の報告とは異なり固定性などに関係なく骨修復の初期の時期に軟骨形成があると考える。認められた軟骨には骨端軟骨板様構造をとる明かな柱状配列はなく、骨欠損部に不規則な配列で集積しているのが観察された。またこの軟骨組織は、長管骨骨折修復過程においては外骨膜から形成されるのに対し、主に内骨膜から形成されていると推測した。すなわち、下顎骨でも、骨欠損部分では間葉系細胞から軟骨組織を経て骨組織へと移行し、内軟骨性骨化を示すと考えられた。

 4.骨膜の骨形成能については骨欠損部の観察の実験において、わずかではあるが骨膜で骨形成を認めた。このため、血管柄付および遊離移植により、下顎骨骨膜の骨形成能を観察したところ、血管柄付移植、耳介軟骨上移植、筋肉内移植において骨組織の形成を認め、下顎骨骨膜においても骨形成能が認められた。

 5.移植部位による骨膜の骨形成能については血管柄付骨膜移植および筋肉内移植において良好な骨形成があることを認め、血行維持が骨形成に有効であることが確認された。また、耳介軟骨上で良好な骨形成を認めたことより、血行以外にも骨や軟骨との接触および移植床により固定されることによる負荷が骨形成には有効と考えられた。

 6.骨膜において形成された骨組織の組織像については移植骨膜に形成された骨組織には、移植部位の違いによる差は認めなかった。長管骨骨膜移植と比較すると、組織像には違いが認められた。下顎骨ではまず間葉系細胞より幼若な骨梁構造を持つ骨組織が形成され、次第に層板状の骨組織へと変化して行くのが認められた。すなわち、長管骨骨膜移植や下顎骨骨欠損修復の過程とは異なり、軟骨組織の形成はなく内軟骨性骨化はしないと考えられた。

 以上、本論文は白色家兎下顎骨および下顎骨骨膜における、骨欠損修復過程および骨膜骨形成過程の観察より、下顎骨における骨形成過程を明らかにした。本研究はこれまで十分な解明の行われていなかった、膜性骨の骨形成過程の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50941