学位論文要旨



No 212303
著者(漢字) 正木,幸善
著者(英字)
著者(カナ) マサキ,ユキヨシ
標題(和) ラット同種同所性全腸管移植モデルにおける免疫寛容に関する研究
標題(洋)
報告番号 212303
報告番号 乙12303
学位授与日 1995.04.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12303号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤原,道夫
 東京大学 教授 成内,秀雄
 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 助教授 長尾,桓
 東京大学 助教授 浅野,喜博
内容要旨 目的

 小腸は消化管の主要な臓器として消化吸収を行うとともに常に外界と接し、外来抗原から生体を守る防御器官としての免疫機能を担っている。事実、Peyer板・腸間膜リンパ節等Gut associated lymphoid tissue(GALT)に豊富なリンパ組織を含むので、小腸(臓器)移植に用いられた場合には他の実質臓器の移植に比べ拒絶反応のコントロールは容易ではない。更に、グラフト内のリンパ球がホスト内に流入するため、移植片対宿主反応Graft versus Host reaction(GvHR)が起こり得る。また、一般的な拒絶反応である宿主対移植片反応Host versus Graft Reaction(HvGR)及びGvHRを制御した際は、グラフト由来のリンパ球がホスト内に存在するリンパ球Chimerismが成立し得ることを特徴としている。

 いわゆる短腸症候群を適応とした臨床小腸移植は歴史的には1960年代より報告されてはいるが、Cyclosporine A・FK506等の免疫抑制剤の出現により、初めて長期生存の実現が可能となってきた。しかし、臨床はもとより動物実験においてさえも同種腸管生着の機構の解明は今だ不十分であり、他の臓器移植と同様に非特異的免疫抑制療法に依存した臨床移植が先行しているのが現実である。

 本研究では、腸管移植にともない成立する移植免疫寛容を解析する目的で、免疫抑制剤投与下での同種腸管移植モデルにおいて、(1)ドナーリンパ球によるChimerismの存在とこれと関連してホストのドナー抗原に対する細胞性免疫状態の経時的変化を明らかにするとともに、(2)心・腎・肝等の同種Graft生着に働く末梢性のトレランスの維持機構がはたして同種腸管移植モデルにおいても機能し得るか否かを検討した。更に、(3)一般実質臓器移植において安定した永久的Chimerismを獲得するStrategyを探る目的で腸管移植と同時に骨髄移植を行い、Chimerismの変化を解析した。

方法(1)同所性全腸管移植モデル

 上腸間膜動静脈を血管茎とした十二指腸より遠位大腸までの全腸管をグラフトとして取り出し、全腸管を切除したレシピエントに一期的同所性に移植した。

(2)全腸管移植実験群

 1群:ドナーをBrown Norway(BN;RT1n)・レシピエントをLewis(LEW;RT11)とし、FK506 1mg/kg/dayを14日間投与したFully allogeneic model(n=22)、2群:ドナーを(LEWxBN)F1・レシピエントをLEWとし、FK506 0.5mg/kg/dayを14日間投与したSemiallogeneic model(n=19)、3群:ドナーをLEW・レシピエントをLEWとし、FK506 0.5mg/kg/dayを14日間投与したSyngeneic model(n=12)、4群:Fully allogeneic modelでFK506非投与(n=6)、5群:Semiallogeneic modelでFK506非投与(n=5)とした。骨髄移植群はFully allogeneic modelにFK506を投与しBNラット1頭分の骨髄細胞約4x108個を腸管移植後1、8日目に静脈内投与した(n=3)。

(3)Chimerismの検討

 1・2群の各5頭より移植後1〜4日、その後は1週間毎に末梢リンパ球を採取しモノクロナール抗体OX27(RT1n、RT1eMHC classl polymorphic determinant specific)、I-1-69(RT11MHC classl polymorphic determinant specific)を用い間接免疫蛍光抗体法により染色し、フローサイトメトリーにて分析した。

(4)GvH活性の検討 1)GvH popliteal lymph node assay

 2群ラットの移植後4〜5週・7週・16週・30週の5x106個の末梢血リンパ球を4〜6週令の雄性(LEWxBN)F1・(LEWxDA)F1 hybrid(RT11/a)の足蹠に皮下注射し、7日後に膝窩リンパ節の重量を測定した。

2)GvH mortality assay

 長期生存した2群ラットの末梢血2mlを4.5GyのX線を照射した6〜8週令の雄性(LEWxBN)F1・(LEWxDA)F1に静脈注射した。Graft versus Host Disease(GvHD)で死亡した日により腸管移植ホストのGvH活性を判定した。

(5)付加的心、皮膚移植

 長期生存した1・2群ラットにBN・DA(RT1a)の異所性心・皮膚移植を行い生着期間を検討した。

(6)Adoptive transfer assay

 7GyのX線を照射したLEWラットに1・2群ラットのリンパ細胞・血清を移入するとともに異所性心移植を行い、トレラントラットのリンパ細胞・血清のドナー抗原に対する反応性、及び正常リンパ球に対する免疫抑制効果について検討した。

結果(1)同所性全腸管移植後の臨床経過

 同種腸管移植後、免疫抑制剤非投与の4・5群の全例が9日以内に拒絶反応のため死亡し、免疫抑制した1・2・3群は各々86・84・83%が永久生存した。一方、HvG・GvHのtwo wayの反応が起こり得る1群については明らかなGvHDを認めなかった。1群の50%は移植後8〜9週に拒絶反応を示す下痢を認め、約20%の一過性の体重減少を示した。2群の30%にも軽度の同様の変化を認めた。

(2)レシピエント末梢血に成立したドナーリンパ球によるChimerismの動態

 1・2群ともに移植後1〜3週に各々9.7±2.68%・17.9±5.06%をピークとしたChimerismを認めたが9〜12週に消失した。骨髄移植を併用したモデルは移植後1〜2週に12.3±0.92%・5〜9週に17.6±3.81%の二相性のピークを示したが、12〜15週に消失した。

(3)GvH popliteal lymph node assay

 2群ラットの移植後4〜5・7・16・30週の末梢リンパ球により、(LEWxBN)F1の膝窩リンパ節は各々30mg・16mg・50mg・63mgと腫脹し、(LEWxDA)F1の重量は各々70mg・62mg・77mg・80mgであった。各週の(LEWxDA)F1:third partyに対する反応性はコントロールとに差を認めなかった。ドナー抗原に対しては、Chimerismの存在した4〜5・7週に有意な低反応性を認めた。しかしChimerismの消失した30週になるとコントロールの約6〜7割の反応性を示した。

(4)GvH mortality assay

 (LEWxBN)F1ラットは4頭の内3頭は34・36・43日にGvHDで死亡し1頭は80日以上生存したが、(LEWxDA)F1ラットは16・16・17・21日に死亡した。コントロールの死亡は13〜21日であり、トレラントラットのドナー抗原に対するsystemic GvH活性は有意に低下していた。

(5)付加的心・皮膚移植

 BN心は1・2群の長期生存ラットに全例永久生着し、BN皮膚は1群では17〜19日と正常LEWラット(9〜10日に拒絶)に較べ生着は延長したが、2群では9・12日に拒絶された。DA心・皮膚は両群で正常に拒絶された。

(6)Adoptive transfer assay

 7GyのX線照射のみのLEWラットにはBN・DA心ともに全例が永久生着し、正常LEW末梢リンパ細胞5x107個・Tリンパ細胞3x107個の移入によりほぼ正常に拒絶を再現可能であった。

 1・2群トレラントラットの同数の末梢リンパ細胞・Tリンパ細胞の移入によりBN心は永久生着したが、DA心は両群でほぼ正常に拒絶された。更に、両群にドナー特異的なSuppressor activityを認め、そのSuppressorT細胞のSubtypeは1群はCD4+細胞のみで、2群はCD4+細胞・CD8+細胞であった。一方、トレラント動物の血清は無効であった。

結語

 同所性全腸管移植モデルを用いて同種異系移植免疫寛容状態における免疫寛容の機構について主にリンパ球Chimerismと免疫寛容の関係を検討し以下の結果を得た。

 (1)同種腸管移植にともないホスト内にドナーに由来するリンパ球Chimerismが成立した。しかし動物に終生存続するものではなく、その期間は術後、およそ2カ月半から3カ月の間であった。永久的Chimerismを得る目的で同種腸管移植とともに行った同種骨髄移植は免疫抑制剤FK506の短期使用の本実験条件下では、数週間のChimerismの延長をもたらすのみであった。

 (2)Chimerismの成立時期に一致してGvH活性からみたホストの細胞性免疫状態はドナー特異的に低反応を示した。

 (3)Chimerismの消失後ホストの細胞性免疫状態は次第にドナー抗原に対するGvH活性を回復した。それにともない一時的に体重の減少としてあらわれる移植腸管のcrisisを経るがやがて安定した体重増加傾向を示すようになる。極めて安定した腸管移植ホストは同時にドナー特異的に移植心に対する移植免疫寛容を示した。受動養子免疫移入法により、移植心に対する移植免疫寛容は腸管移植ホストの再循環プール中に存在するSuppressorT細胞の働きを必要とすることが確認された。

 (4)このSuppressorT細胞のsubtypeとしてFully allogeneic modelではCD4+優位のSuppressorT細胞が、Semiallogeneic modelではCD4+ならびにCD8+のSuppressorT細胞が認められた。

 以上の事実よりグラフト内に大量のリンパ細胞を含むことを特徴とした腸管移植における免疫寛容は最終的には心・腎・肝等の実質臓器移植にみられる免疫寛容と同一の機構により維持されており、SuppressorT細胞の存在が何らかの役割を演じていることが示唆された。

 また、ドナー細胞があたかも"Self"のごとくホスト内に存在し得る究極的免疫寛容状態を得る目的で臓器移植にともなう骨髄移植を成功させるためには今後の更なる研究が必要である。

審査要旨

 本研究は、拒絶反応ならびに移植片対宿主反応Graft versus Host reaction(GvHR)が起こり得る同種異系腸管移植後の移植免疫寛容の機構を明らかにするため、ラット同種全腸管移植モデルの系を用いて、移植後成立したホスト末梢血ドナーリンパ球のChimerismの変化とホストのドナー抗原に対する細胞性免疫能の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.フローサイトメトリーを用いた解析の結果、免疫抑制剤FK506の短期投与下での同種異系腸管移植にともないホスト内にドナーに由来するリンパ球Chimerismが成立した。しかし、このChimerismは永久には存続するものではなく、Fully allogeneic modelでは10週以内に、Semiallogeneic modelでは12週以内に消失した。一方、Semiallogeneic modelに成立したリンパ球Chimerismの程度はFully allogeneic modelの約2倍であった。この現象は、F1ドナー細胞がFully allogeneic細胞に比べ明らかにホスト内に定着しやすいことを示唆している。

 2.永久的Chimerismを得る目的で同種腸管移植とともに行った同種骨髄移植は免疫抑制剤FK506の短期使用の条件下では、数週間のChimerismの延長をもたらすのみであり、永久的Chimerismを獲得するためには更なる工夫の必要なことが示唆された。

 3.Chimerismの成立時期に一致してGvH活性からみたホストの細胞性免疫能はドナー特異的低反応状態であり、一時的にではあるが安定した寛容状態にあることが示唆された。

 4.Chimerismの消失の時期に一致して同種腸管移植ラットは拒絶反応のためと考えられる一時的な体重減少を経た後、安定した体重増加傾向を示した。このことはChimerismを維持していた免疫寛容状態が破綻した結果引き起こされたと考えられた。

 5.経時的なGvH活性の検討により、同種腸管移植ラットはChimerismの消失後次第にドナー抗原に対する細胞性免疫能を回復することが確認された。しかし、長期生存ラットのドナー抗原に対する細胞性免疫能は完全に正常レベルまで回復するものではなく、若干の低反応状態を示す傾向にあることが示された。

 6.長期生存した極めて安定した同種腸管移植ラットは同時にドナー特異的に移植心に対する移植免疫寛容を示した。養子受動免疫移入法により、この移植心に対する移植免疫寛容は腸管移植ラットの再循環プール中に存在するSuppressorT細胞の働きを必要とすることが示唆された。

 7.さらにSuppressorT細胞のsubsetとして、Fully allogeneic modelではCD4+細胞分画のみのSuppressorT細胞が、Semiallogeneic modelではCD4+・CD8+両細胞分画のSuppressorT細胞の存在が示された。

 以上、本論文はラット同種同所性全腸管移植モデルにおいて、ホストリンパ球の解析により、同種腸管移植免疫寛容は移植後早期にはリンパ球Chimerismを成立せしめる機能的Clonal deletion・Clonal anergy状態であり、この機構の破綻の後はSuppressorT細胞により維持されていることを示唆した。本研究はこれまで明かでなかった同種腸管移植後のChimerismの変化とSuppressorT細胞の存在を示し、移植医療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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