学位論文要旨



No 212304
著者(漢字) 宮本,昌明
著者(英字)
著者(カナ) ミヤモト,マサアキ
標題(和) 分裂酵母の有糸分裂および減数分裂の’start’を制御する新たな遺伝子res2+の同定とその解析
標題(洋) Discovery and analysis of res2+,a novel gene that controls the ’start’ of mitotic cycle and meiosis in fission yeast
報告番号 212304
報告番号 乙12304
学位授与日 1995.04.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12304号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,賢一
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 吉倉,廣
 東京大学 教授 藤原,道夫
 東京大学 助教授 松七五三,仁
内容要旨 はじめに

 すべての真核生物の細胞は細胞周期という一連の順序だった過程を経て分裂増殖する。細胞周期にはDNAを複製するS期、分裂を行うM期という大きな変化の起こる2つの時期とそれぞれの開始の調節をするG1期、G2期が存在する。細胞は増殖する際、G1期の’start’と呼ばれる時期を通過する。通常この’start’の時点で細胞は外界の栄養状態、増殖因子や分化因子の有無など外的環境の変化に応答してS期に入って増殖を続けるかそれとも増殖をやめ分化するかのどちらかを決定する。この’start’を制御する機構は酵母から哺乳動物細胞まで保存されていると推測されているものの、動物細胞の制御機構についてはほとんど解明されていない。一方、分裂酵母においては遺伝学的手法を用いて’start’を制御する遺伝子の同定を比較的容易に行うことができる。すでに’start因子’としてcdc2キナーゼおよび、Cdc10とRes1の転写調節因子複合体がG1期からS期への移行を制御していることが明らかになっている。本研究では遺伝学的手法を用いさらにこれらの制御に関わる新たな遺伝子の同定を行い、その解析を行った。

方法1)遺伝子ライブラリー

 分裂酵母Schizosaccharomyces pombe染色体遺伝子ライブラリーは野生株L972(h-S)染色体DNAをSau3AIで部分分解し、BamHIで切断したpBluescript IIKS+ベクターへ挿入することによって作成されたものを用いた。S.pombe cDNAライブラリーはL972のpolyA+RNAからランダムプライミング法により合成したcDNAをpCDM8ベクターに挿入することによって作成した。

2)G1/S期の進行に必須なres1+遺伝子欠損株の表現型を多コピーで相補する遺伝子のスクリーニングとその構造解析

 res1+遺伝子欠損株(h-S ade6-M216 ura4-D18 leu1-32 res1::ura4+)を0.5%グルコース、50mg/mlアデニン、ロイシンを含むEMM2培地中、30℃で対数増殖期になるまで増殖させ、S.pombe染色体遺伝子ライブラリーをリチウム法により導入した。30℃で16時間置いた後21℃で5-6日培養した。得られたコロニーから回収したプラスミドのうち再現性良くres1+遺伝子欠損株の表現型を相補し、かつres1+遺伝子DNAとハイブリダイズしないものを選んだ。 cDNAクローンは染色体遺伝子DNAをプローブとしてスクリーニングし、S.pombe cDNAライブラリーの中でプローブとハイブリダイズするものとして単離した。得られた染色体遺伝子およびcDNAは、断片をM13ベクターに組み込みdideoxy法で塩基配列を決定した。

3)遺伝子破壊

 得られたres2+遺伝子の遺伝子破壊株を次のように作成した。res2+構造遺伝子の77%に当たる領域に相当するEcoT22I-PstI断片をura4+遺伝子に置き換え、その結果、ura4+遺伝子によって分断されたres2遺伝子断片を野生型細胞に導入しウラシル非要求性となった細胞からres2遺伝子破壊株を得た。遺伝子が目的どおりに破壊されていることはPCR法およびサザンブロット解析により確認した。

4)四分子解析

 res2+遺伝子破壊株とres1+遺伝子破壊株およびcdc10温度感受性株との二重変異株を作製し、その表現型を見るため四分子解析を行った。res1-との二重変異株はres2+/res2-res1+/res1-のdiploid細胞を作製し、胞子形成させた後発芽させ、栄養マーカーを調べることによって二重変異株を同定した。cdc10tsとの二重変異株はh+res2-株とh-cdc10ts株とをかけ合わせることによって得た。

5)res2+遺伝子の’start’遺伝子の変異抑制能

 res2+遺伝子は’start’遺伝子であるres1+の多コピーサプッレッサーとして得られたものであるが、同じく’start遺伝子’であるcdc10ts変異株(cdc10-129)およびcdc10欠損株の表現型を相補するかどうかについて調べた。

6)ノーザンブロット解析

 対数増殖期にある細胞(SSL+N培地)および窒素源を除いた培地(SSL-N培地)に移してから2,4,6,9,12時間経過した細胞からRNAを抽出しres2+遺伝子断片をプローブとしてノーザンブロット解析を行った。

7)pat1ts株によって誘導される減数分裂時におけるDNA合成

 res2-とpat1tsとの二重変異株を作製し、温度を34℃にすることによって同調して減数分裂を起こさせ、減数分裂時のDNA合成におけるres2+の役割を調べた。温度シフトしてから経時的に細胞をとりflow cytometryによりDNA合成が起こっているかどうかを調べた。

8)res2+遺伝子の減数分裂における役割

 h90res2-を作製し、窒素源を枯渇させることにより減数分裂を誘導し減数分裂における役割を調べた。

結果1)res1+遺伝子欠損株の表現型を相補する遺伝子の同定

 res1+遺伝子欠損株の低温感受性を相補する遺伝子をスクリーニングした。その結果4x105個の中から98個の陽性クローンを得た。このうちres1+遺伝子断片とハイブリダイズしないクローンpG1-5について解析を行った。pG1-5はres1+遺伝子欠損株の低温感受性および高温感受性を相補した。

2)得られた遺伝子の構造解析

 pG1-5は3.4kbの染色体遺伝子をもっており、これとcDNAの構造解析からこの遺伝子は2つのエクソンをもち、657個のアミノ酸からなるタンパク質をコードすることがわかった。現在知られているタンパク質との相同性の検索の結果、この遺伝子がコードするタンパク質は、分裂酵母の’start’遺伝子であるcdc10+およびres1.+の遺伝子産物と相同性が認められた。このタンパク質はRes1により高い相同性を示したことから、この遺伝子をres2+と名づけた。Res2はCdc10およびRes1と同様に2つのアンキリンモチーフを持ちそのアミノ末端にはRes1と非常に相同性の高い領域を有していた。

3)res2+遺伝子の有糸分裂における機能

 res2+遺伝子の機能を調べるためres2遺伝子破壊株を作製した。res2遺伝子破壊株は野生株に比べやや遅い増殖速度を示した。またres2とres1の二重破壊株を作製したところ、致死となった。このとき細胞は1回だけ分裂して死んでおり、細胞の形は典型的なcdc形質を示していた。これらのことからres2+遺伝子は有糸分裂の’start’においてres1+と重複した機能をもつことがわかった。さらにres2+はcdc10tsを相補できるがcdc10破壊株をほとんど相補できなかった。cdc10ts株との二重変異株を作製したがこれは許容温度下でも致死となった。

4)窒素源枯渇によるres2+遺伝子の誘導

 h90細胞およびdiploid細胞を窒素源枯渇下におくとres2+遺伝子が誘導された。この誘導はhaploid細胞ではみられず、res2+遺伝子が接合、減数分裂の過程で誘導されることがわかった。

5)res2+の減数分裂における機能

 減数分裂におけるres2+の機能を調べるため、pat1tsとの二重変異株を作製した。pat1ts変異は34℃に温度をシフトさせると同調的にpremeiotic DNA合成を起こさせ、減数分裂に入らせるが、res2-との二重変異株はpremeiotic DNA合成をすることができなかった。またh90株においてres2-細胞は減数分裂時にDNAの分配および胞子形成が異常になり、この異常はres1+によって相補されないことがわかった。

考察

 分裂酵母の’start’の制御に関与する新たな遺伝子res2+を同定した。Res2はCdc10/Res1のファミリーに属し、とくにRes1と高い相同性を示した。res2遺伝子破壊株は増殖速度がやや低く、res1破壊株との二重変異では致死になる。さらにres2破壊株においてはpremeiotic DNA合成が起こらず、減数分裂時のDNAの分配および胞子形成が異常になる。Res1はCdc10と複合体を形成して働いているということが知られている。res2+はcdc10tsを相補できるがcdc10破壊株をほとんど相補できないことからRes2も同様Cdc10と複合体を形成して働いていることが示唆された。以上のことから分裂酵母の細胞周期において(Res1,Cdc10)複合体と(Res2,Cdc10)複合体の2種類の機能的に重複した細胞周期スタート機構が存在し、前者は主に有糸分裂ではたらき、後者は主に減数分裂において働いているものと考えられた。さらにRes2は減数第一分裂か第二分裂期に必要であることが判明した。

審査要旨

 本研究は細胞周期のG1期からS期への移行における制御機構を知るため、分裂酵母Schizosaccharomyces pombeをモデルとして用い、細胞周期の’start’を制御する新たな遺伝子の検索および解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.分裂酵母の細胞周期の’start’に必須な遺伝子であるres1+遺伝子の遺伝子破壊株は低温および高温にするとG1期に停止して致死となる。このres1遺伝子破壊株の低温および高温感受性の表現型を抑圧する遺伝子を同定した。

 2.構造解析の結果から、得られた遺伝子は657アミノ酸からなるタンパク質をコードしており、それによって計算される分子量は73kDaであった。相同性の検索の結果、コードするタンパク質はRes1およびCdc10とそれぞれ28%、17%の相同性をもつことがわかった。また2つのアンキリンモチーフをもち、アミノ末端にはRes1のアミノ末端と非常に相同性の高い領域があったことからこの遺伝子をres2+と名づけた。

 3.res2+の機能を知るため、res2遺伝子破壊株を作成した。res2遺伝子破壊株は若干分裂速度が遅くなった。res2とres1との二重変異株は致死となったことからres2+は有糸分裂の’start’において働いていることを示した。またres2+遺伝子はres1+と同様cdc10+の温度感受性株の表現型を抑圧したが、cdc10遺伝子破壊株の表現型は抑圧することはできなかった。このことからres2+はその機能をcdc10+に依存していると考えられた。

 4.窒素源枯渇により減数分裂、胞子形成を誘導すると減数分裂の進行にともなってres2+遺伝子の発現が誘導された。pat1変異を導入して同調的に減数分裂へ進行させ、そこで起こるDNA合成をFACSにより解析したところ、res2遺伝子破壊株では減数分裂前DNA合成が起こらないことを示した。さらにres2遺伝子破壊株では減数分裂時の核の分配、胞子形成が異常になることもわかった。この異常はres2+遺伝子を導入することにより相補できたが、res1+遺伝子を導入しても相補されなかったことからres2+特有の機能であると考えられた。

 以上、本論文は分裂酵母の細胞周期において働く新たな制御遺伝子res2+を同定し、その機能を明らかにした。それにより分裂酵母細胞周期の’start’において(res1+,cdc10+)と(res2+,cdc10+)の二つの機能的に重複する制御システムが存在し、前者は主に有糸分裂に、後者は主に減数分裂に働いていることが判明した。本研究はこれまで不明であった’start’の制御機構を明らかにし、ひいては未知に等しい動物細胞のG1期からS期への移行の制御機構の解明への手がかりとなりうる重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク