本研究は細胞周期のG1期からS期への移行における制御機構を知るため、分裂酵母Schizosaccharomyces pombeをモデルとして用い、細胞周期の’start’を制御する新たな遺伝子の検索および解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.分裂酵母の細胞周期の’start’に必須な遺伝子であるres1+遺伝子の遺伝子破壊株は低温および高温にするとG1期に停止して致死となる。このres1遺伝子破壊株の低温および高温感受性の表現型を抑圧する遺伝子を同定した。 2.構造解析の結果から、得られた遺伝子は657アミノ酸からなるタンパク質をコードしており、それによって計算される分子量は73kDaであった。相同性の検索の結果、コードするタンパク質はRes1およびCdc10とそれぞれ28%、17%の相同性をもつことがわかった。また2つのアンキリンモチーフをもち、アミノ末端にはRes1のアミノ末端と非常に相同性の高い領域があったことからこの遺伝子をres2+と名づけた。 3.res2+の機能を知るため、res2遺伝子破壊株を作成した。res2遺伝子破壊株は若干分裂速度が遅くなった。res2とres1との二重変異株は致死となったことからres2+は有糸分裂の’start’において働いていることを示した。またres2+遺伝子はres1+と同様cdc10+の温度感受性株の表現型を抑圧したが、cdc10遺伝子破壊株の表現型は抑圧することはできなかった。このことからres2+はその機能をcdc10+に依存していると考えられた。 4.窒素源枯渇により減数分裂、胞子形成を誘導すると減数分裂の進行にともなってres2+遺伝子の発現が誘導された。pat1変異を導入して同調的に減数分裂へ進行させ、そこで起こるDNA合成をFACSにより解析したところ、res2遺伝子破壊株では減数分裂前DNA合成が起こらないことを示した。さらにres2遺伝子破壊株では減数分裂時の核の分配、胞子形成が異常になることもわかった。この異常はres2+遺伝子を導入することにより相補できたが、res1+遺伝子を導入しても相補されなかったことからres2+特有の機能であると考えられた。 以上、本論文は分裂酵母の細胞周期において働く新たな制御遺伝子res2+を同定し、その機能を明らかにした。それにより分裂酵母細胞周期の’start’において(res1+,cdc10+)と(res2+,cdc10+)の二つの機能的に重複する制御システムが存在し、前者は主に有糸分裂に、後者は主に減数分裂に働いていることが判明した。本研究はこれまで不明であった’start’の制御機構を明らかにし、ひいては未知に等しい動物細胞のG1期からS期への移行の制御機構の解明への手がかりとなりうる重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |