学位論文要旨



No 212306
著者(漢字) 田中,智之
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,トモユキ
標題(和) t(3;21)転座にて生じるAML1/Evi-1融合蛋白質による白血病発症機序の解析
標題(洋) Mechanism of Leukemogenesis by Dual Functions of AML1/Evi-1 Chimeric Protein in t(3;21)Leukemias
報告番号 212306
報告番号 乙12306
学位授与日 1995.04.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12306号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,賢一
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 助教授 別所,文雄
 東京大学 助教授 松七五三,仁
内容要旨

 ヒト白血病の大部分は染色体異常を伴うものである.それらの異常はその白血病の病型分類と密接に関係しており,白血病発症の原因と考えられている.近年それらの染色体切断点が次々にクローニングされ,切断点近傍に存在し白血病発症に関与すると思われる遺伝子が明らかになってきた.驚くべきことに,このうち多くのものが転写制御因子をコードしていた.このことより.白血病の成因の多くが,これら転写因子の発現異常もしくは転座に伴う構造変化であることが推測される.従って,これら転写因子による遺伝子制御とその異常の解明が,これからの白血病研究の大きな課題である.

 t(3;21)(q26;q22)は,慢性骨髄性白血病の急性転化期ならびに骨髄異型性症候群由来の急性白血病などに出現する染色体転座で,血液幹細胞のacute leukemic transformationに関与すると考えられる.我々(三谷ら)は,すでに,t(3;21)による染色体切断点の遺伝子の再構成の結果,AML1/Evi-1融合蛋白質が産生されることを報告した.この融合蛋白質は,N末側にrunt domainを含むAML1の一部を有するが,truncationのために転写活性化ドメインと考えられているproline-,serine-and threonine-rich(PST)regionを欠いている.そして,Evi-1の本来はnon-coding exonが翻訳されて介在し,そのC末側にEvi-1の全長を有する.AML1,Evi-1は両者とも転写制御因子であり,融合蛋白質形成による機能変化がacute leukemic transformationを引き起こす可能性がある.そこで今回は,AML1/Evi-1の転写制御因子としての機能ならびに生物学的作用を解析した.

 まず,AML1のDNA上の結合siteであるPEBP2 siteに対する転写活性を,luciferase assayを用いて検討した.その結果,AML1は,PEBP2 siteに対して20倍以上の転写活性を示したが,AML1/Evi-1ならびにEvi-1は,PEBP2 siteに対する転写活性を特に示さなかった.しかし,AML1/Evi-1はAML1によるPEBP2 siteに対する転写活性を,dominantに抑制することが明らかになった.コントロールとして用いたEvi-1は,このような作用を示さなかった.さらに,gel shift assayによりAML1/Evi-1融合蛋白質のDNA結合能を検討したところ,AML1と同様,PEBP2 siteに結合することが判明した.また,cold competitorを加えてのshift band強度の評価の結果,AML1/Evi-1はAML1より高いaffinityでPEBP2 siteに結合することがわかった.これらの結果より,AML1/Evi-1は,AML1のPEBP2 siteへの結合を競合阻害することにより,AML1によるPEBP2 siteに対する転写活性をdominantに抑制すると推定された.

 また,我々はすでに,Evi-1が第2 zinc fingerドメイン依存性に,c-fos遺伝子のプロモーターの転写活性を上昇させ,AP-1活性を上げることを報告した.TPA-responsive element(TRE)をもつレポーターを用いて検討した結果,AML1/Evi-1融合蛋白質も同様にAP-1活性を上げることが判明した.また,AML1/Evi-1は,c-fos遺伝子のプロモーターの転写活性を上昇させ,これがAP-1活性を上げるメカニズムの一つと考えられた.

 さらに,以上の解析より明らかとなったAML1/Evi-1の転写制御因子としての2つの機能が,互いに依存したものであるが独立したものであるが検討するために,AML1/Evi-1の転写制御因子としての機能ドメインの欠失変異体を作製して解析した.その結果,AML1による転写活性化に対する抑制作用ならびにPEBP2 siteへの結合能は,runt domainに依存していた(第2 zinc fingerドメインは無関係であった).また,AP-1活性の上昇作用は,Evi-1と同様に第2 zinc fingerドメインに依存していることがわかった(runt domainは無関係であった).以上の結果は,AML1/Evi-1が互いに独立したdual functionを有する転写制御因子であることを示す.

 次に,AML1/Evi-1の転写制御因子としてのdual functionが,血液細胞においてどのような生物学的変化をもたらすかを解析した.32Dc13はマウスのmyeloid系細胞株であるが,G-CSF存在下に成熟顆粒球に分化する性質がある.この分化能に対するAML1/Evi-1融合蛋白質の効果を検討するために,AML1/Evi-1をstableに発現する32Dc13由来のcloneが樹立された(AE-51,AE-53).これらのcloneで,G-CSF培養下での形態変化やmyeloperoxidaseの発現を検討した結果,成熟顆粒球への分化が抑制されていた.また,G-CSF存在下で,control cloneに比して細胞のviabilityが低下していた.これらの形質の変化は,32Dc13細胞にてEvi-1を強発現させた場合の変化とほぼ同じである.しかしながら,我々の以前の検討では,AML1遺伝子のalternative splicing産物であるAML1a(AML1/Evi-1と同様,runt domainを有するがPST regionを欠いている.)も,AML1による転写活性化に対するdominant negativeな効果を示すとともに,32Dc13細胞においてG-CSF依存性の増殖を伴った分化の抑制を示す.このことより,AML1/Evi-1のAML1部分も分化の抑制に関与している可能性がある.そこで,Evi-1部分の機能を消失させると考えられる,AML1/Evi-1の第2 zinc fingerドメインの欠失変異体を強発現する32Dc13細胞のクローン(AE-13,AE-18)を,さらに樹立して解析した,AE-13,AE-18では,AE-51,AE-53と同様,成熟顆粒球への分化が抑制されていたが,AE-51,AE-53と異なり,G-CSF依存性の増殖が示された.これらのことより,AML1/Evi-1のAML1部分とEvi-1部分の両者が,32Dc13細胞のG-CSFによる成熟顆粒球への分化を抑制する効果をもたらすことが示唆された.そして,細胞のviabilityの決定にはEvi-1の効果が優先されていると考えられた.c-fos・c-junの発現増加は,ある条件ではapoptosisを誘導すると報告されていることから,AML1/Evi-1もしくはEvi-1による(G-CSF培養下での)32Dc13細胞のviabilityの低下は,AP-1活性の上昇により誘導されたapoptosisの促進が原因である可能性がある.

 以上のAML1/Evi-1融合蛋白質の機能解析により,AML1/Evi-1のAML1部分がもう一方のalleleより発現された(血液細胞の分化に促進的に作用すると考えられる)intactなAML1の機能をdominantに抑制し,血液細胞の分化の抑制を引き起こす,同時にAML1/Evi-1のEvi-1部分が(正常血液細胞ではEvi-1は発現されていないので)AP-1活性を上昇させ,血液細胞の分化の抑制をさらに誘導すると考えられた(今回は明らかにされなかったが,AP-1活性の上昇が増殖促進に作用する可能性もある.事実,線維芽細胞における我々(黒川ら)の検討では,AML1/Evi-1の第2 zinc fingerドメイン依存性にAP-1活性の上昇と細胞のtransformation(soft agarでの増殖促進)がおこる.).t(3;21)転座を有する白血病細胞では,こういったAML1/Evi-1のdual functionが白血病化に関与していると推定される.t(8;21)転座により産生されるAML1/MTG8(ETO)もAML1/Evi-1と同様の構造(AML1がrunt domain直後で切断され,zinc fingerモチーフをもつMTG8(ETO)のほぼ全長に融合している.)をもつことから,今回明らかとなったAML1/Evi-1の機能と同様のメカニズムで白血病発症に関与している可能性がある.

審査要旨

 本研究は,慢性骨髄性白血病の急性転化期などに出現し,血液幹細胞のacute leukemic transformationに関与すると考えられる染色体転座t(3;21)(q26;q22)による白血病発症のメカニズムを解明する目的で,この染色体転座において産生されるAML1/Evi-1融合蛋白質の機能を解析したものであり,下記の結果を得ている.

 1.AML1は,PEBP2 siteに対して20倍以上の転写活性を示したが,AML1/Evi-1ならびにEvi-1は,PEBP2 siteに対する転写活性を特に示さなかった.しかし,AML1/Evi-1はAML1によるPEBP2 siteに対する転写活性を,dominantに抑制することが明らかになった.さらに,AML1/Evi-1融合蛋白質のDNA結合能を検討したところ,AML1と同様,PEBP2 siteに結合することが判明した.また,AML1/Evi-1はAML1より高いaffinityでPEBP2 siteに結合することがわかった.これらの結果より,AML1/Evi-1は,AML1のPEBP2 siteへの結合を競合阻害することにより,AML1によるPEBP2 siteに対する転写活性をdominantに抑制すると推定された.

 2.TPA-responsive element(TRE)をもつレポーターを用いて検討した結果,AML1/Evi-1融合蛋白質はEvi-1と同様にAP-1活性を上げることが判明した.また,AML1/Evi-1は,c-fos遺伝子のプロモーターの転写活性を上昇させ,これがAP-1活性を上げるメカニズムの一つと考えられた.

 3.AML1による転写活性化に対する抑制作用ならびにPEBP2 siteへの結合能は,runt domainに依存していた(第2 zinc fingerドメインは無関係であった).また,AP-1活性の上昇作用は,Evi-1と同様に第2 zinc fingerドメインに依存していることがわかった(runt domainは無関係であった).以上の結果は,AML1/Evi-1が互いに独立したdual functionを有する転写制御因子であることを示す.

 4.32Dc13の分化能に対するAML1/Evi-1融合蛋白質の効果を検討するために,AML1/Evi-1をstableに発現する32Dc13由来のcloneが樹立された(AE-51,AE-53).これらのcloneでは,G-CSFによる成熟顆粒球への分化能が認められなかった.また,G-CSF存在下で,control cloneに比して細胞のviabilityが低下していた.次ぎに,Evi-1部分の機能を消失させると考えられる,AML1/Evi-1の第2 zinc fingerドメインの欠失変異体を強発現する32Dc13細胞のクローン(AE-13,AE-18)を,さらに樹立して解析した.AE-13,AE-18では,AE-51,AE-53と同様,成熟顆粒球への分化が抑制されていたが,AE-51,AE-53と異なり,G-CSF依存性の増殖が示された.これらのことより,AML1/Evi-1のAML1部分とEvi-1部分の両者が,32Dc13細胞のG-CSFによる成熟顆粒球への分化を抑制する効果をもたらすことが示唆された.

 以上のAML1/Evi-1融合蛋白質の機能解析により,AML1/Evi-1のAML1部分がもう一方のalleleより発現された(血液細胞の分化に促進的に作用すると考えられる)intactなAML1の機能をdominantに抑制し,血液細胞の分化の抑制を引き起こす,同時にAML1/Evi-1のEvi-1部分が(正常血液細胞ではEvi-1は発現されていないので)AP-1活性を上昇させ,血液細胞の分化の抑制をさらに誘導すると考えられた.

 本研究は,染色体転座の結果生じる転写因子の構造変化が,どのようなメカニズムで白血病を発症させるかを明らかにしたものであり,白血病化のメカニズムの研究に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値すると思われる.

UTokyo Repositoryリンク