学位論文要旨



No 212307
著者(漢字) 三島,宣彦
著者(英字)
著者(カナ) ミシマ,ノブヒコ
標題(和) 培養星状膠細胞の白色家兎眼硝子体腔内移植による実験的増殖性硝子体網膜症
標題(洋) 「PRERETINAL MEMBRANE FORMATION IN RABBIT EYES AFTER INTRAVITREAL TRANSPLATATION OF CULTURED ASTROCYTES」
報告番号 212307
報告番号 乙12307
学位授与日 1995.04.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12307号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣澤,一成
 東京大学 教授 町並,陸生
 東京大学 教授 廣川,信隆
 東京大学 教授 藤原,道夫
 東京大学 教授 金澤,一郎
内容要旨

 増殖性硝子体網膜症proliferative vitreoretinopathy(PVR)は、種々の原因によって、網膜前面や硝子体腔内に増殖膜を形成する重篤な疾患で、膜の収縮によりしばしば牽引性網膜剥離を引き起こす。増殖膜は網膜色素細胞、星状膠細胞、繊維芽細胞、大食細胞などの他、膠原繊維などの間質からなる。

 これらの細胞が増殖膜の形成とその膜の収縮にどのように関与しているか、また、実際の臨床像と膜形成に関与する主な細胞との関係などについては、未だ十分に解明されていない。増殖膜を構成する細胞の増殖膜形成に対する役割を研究するため、培養網膜色素上皮細胞や繊維芽細胞を動物の硝子体腔内に移植することによって、実験的PVRを作り得ることが報告されている。しかし、星状膠細胞の役割を研究するための実験的な試みはないので、我々は培養星状膠細胞を単独に硝子体腔内に移植することを試みた。

1.方法1)星状膠細胞の培養

 McCarthyらの方法に従い、生後24時間以内の白色家兎新生児の大脳皮質からホモジナイズした組織を、0.1%trypsin,0.02%ethylene-diaminetetraacetic acid(trypsin-EDTA)で処理した後、ナイロンメッシュで濾過して細胞を抽出した。これらの細胞を培養液(Eagle’s Basal MediumにEarle’s balanced saltsおよび10% calf serumを加えた液)で洗浄後、一回の継代を行い、4-6週間培養した。培養は、浮遊培養細胞が0.5-1×105個/ml培養液になるまで続けられた。

 培養細胞のいくつかのサンプルにperoxidase-antiperoxidase法を用いて、免疫組繊化学的に星状膠細胞に特異的なglial fibrillary acidic protein(GFAP)の染色を行い、培養細胞のほとんどが星状膠細胞であることを確認した。

2)実験1

 3、4羽の白色家兎新生児より培養星状膠細胞を得て、その浮遊培養液0.2ml(培養細胞1-2×104個)を新生児の母親の一眼の硝子体腔内に注入した。他眼の硝子体腔内には、同量の培養液のみを注入し、コントロールとした。培養細胞を注入してから、2.5-14週にわたって経時的に母親の眼球を摘出し、実体顕微鏡検査および光顕と電顕により組織学的検索を行った。

3)実験2

 1羽の白色家兎新生児のみから培養星状膠細胞を得るとともに、新生児を実際に解剖して生殖器からその性別を判別した。雌の新生児からの培養細胞はその新生児の母親または父親の硝子体腔内に注入した。雄の新生児からの培養細胞は、その母親の硝子体腔内に注入した。培養細胞の注入後、9-11週目に眼球を摘出し、硝子体内増殖膜のチオニン染色を行い、光顕で性染色体陽性の細胞を数え、その出現率を算定した。また、新生児雄3羽、雌2羽より得た培養細胞にも、それぞれチオニン染色を行い、雄雌の星状膠細胞の性染色体陽性率を算出した。

2.結果1)実体顕微鏡検査所見

 実験1における12羽24眼と実験2における6羽12眼の網膜、硝子体所見を観察した。培養星状膠細胞を注入した24眼中22眼に網膜前増殖膜を認め、その内11眼に牽引性網膜剥離を認めた。また、コントロールの12眼では網膜前増殖膜を認めなかった。

2)光顕所見

 培養細胞を注入してから9-11週目に摘出した4眼について、ヘマトキシリン-エオジン染色およびストレプトアビジン-ビオチン法を用いて免疫組織化学的にGFAPの染色を行った。

 増殖膜は硝子体中に、網膜にほぼ平行に重層状に形成されていた。また、増殖膜は数カ所で網膜の硝子体側の表面に接着していて、網膜は趨壁状に収縮していた。増殖膜中には、GFAP陽性の紡錘形細胞が密集して塊状の構造を呈する部位、GFAP陽性の紡錘形細胞とGFAPを含まない紡錘形細胞が疎らに並ぶ部位および網膜の硝子体側表面よりGFAP陽性の細胞塊が隆起し、その一部は増殖膜に接着して増殖膜の一部を構成する部位がみられた。

3)電顕所見

 増殖膜中で、紡錘形の細胞が密集して塊状の構造を呈する部位は、細胞質に中間型フィラメントが密にみられ、星状膠細胞の特徴を備えた細胞と口径が不均一な膠原繊維からなっていた。

 紡錘形の細胞が疎らに並ぶ部位では、星状膠細胞の特徴を備えた細胞以外に、細胞質が細長く延びて、細胞質内にリボゾームおよび粗面小胞体が豊富にみられ、線維芽細胞と思われる細胞が観察された。細胞周囲には口径が不均一な膠原線維が豊富に観察された。

 網膜の硝子体側表面より隆起し、増殖膜に接着している部位では、細胞質内に中間型フィラメントが密にみられる細胞群が観察された。これらの細胞群には基底膜が存在し、網膜の内境界膜と連続していたことから、これらの細胞群はミューラー細胞の集合体と考えられた。

4)実験2の結果

 白色家兎新生児雄3羽、雌2羽より得た培養星状膠細胞の性染色体陽性率の平均は雄で4.6%、雌で55.2%であった。

 雌の新生児から得た培養星状膠細胞を母親の眼に注入した4眼をA群、雄からの細胞を母親の眼に注入した5眼をB群、雌からの細胞を父親の眼に注入した2眼をC群として、各群の増殖膜中の細胞の性染色体陽性率をまとめたものを表1に記した。各群の平均性染色体陽性率はA群で63.5%,B群で34.4%、C群で55.5%であり、A群とB群、B群とC群の間にそれぞれ有意差がみられた。

表1 増殖膜における性染色体陽性細胞数*
3.結論

 以上の所見から、白色家兎新生児の大脳皮質より得た培養星状膠細胞を親の硝子体内に注入すると星状膠細胞を主成分とする網膜前増殖膜が形成され、一部に増殖膜の収縮によると考えられる牽引性網膜剥離が発生した。性染色体陽性率から考えると、注入した星状膠細胞が増殖して増殖膜形成の主役を演じたと考えられる。PVR形成に主な役割を演ずると報告されていた網膜色素上皮細胞の関与はなかった。臨床的にみられる特発性網膜前増殖膜の主成分が星状膠細胞であるという病理学的所見は、星状膠細胞が主役となって増殖膜ができるという本研究の結果と一致する。

 従って、網膜前増殖膜の形成機序はよく解っているとはいえないが、少なくとも星状膠細胞を硝子体内に移植すると網膜前増殖膜が高頻度に形成されることがこの研究で判明した。

審査要旨

 本研究は種々の原因で網膜前面や硝子体中に形成される増殖膜を構成する細胞成分の一つである星状膠細胞が、増殖膜の形成及びその膜の収縮にどのように関与しているかを研究するために、白色家兎を用いて培養星状膠細胞を単独に硝子体腔内に移植することを試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.培養星状膠細胞を移植した24眼中22眼に網膜前増殖膜を認め、その内11眼に牽引性網膜剥離を認めた。また、コントロールとして培養液のみを注入した12眼では網膜前増殖膜を認めなかった。

 2.培養星状膠細胞を移植して網膜前増殖膜が形成された眼について、ヘマトキシリン-エオジン染色及びストレプトアビジン-ビオチン法を用いて免疫組織化学的に星状膠細胞に特異的なglial fibrillary acidic protein(GFAP)の染色を行ったところ、以下の所見を得た。増殖膜は硝子体中に、網膜にほぼ平行に重層状に形成されていた。また、増殖膜は数カ所で網膜の硝子体側の表面に接着していて、網膜は趨壁状に収縮していた。増殖膜中には、GFAP陽性細胞が密集して塊状の構造を呈する部位、GFAP陽性細胞とGFAPを含まない細胞が疎らに並ぶ部位及び網膜の硝子体側表面よりGFAP陽性の細胞塊が隆起し、その一部は増殖膜に接着して増殖膜の一部を構成する部位がみられた。

 3.増殖膜を電子顕微鏡で親察したところ以下の所見を得た。増殖膜中で、細胞が密集して塊状の構造を呈する部位は、細胞質に中間型フィラメントが密にみられ、星状膠細胞の特徴を備えた細胞によって構成されていた。細胞が疎らに並ぶ部位では、星状膠細胞の特徴を備えた細胞以外に、線維芽細胞と思われる細胞が観察された。網膜の硝子体側表面より隆起し、増殖膜に接着している部位の細胞塊は、細胞質内に中間型フィラメントを密に含み、基底膜が網膜の内境界膜と連続していることからミューラー細胞の集合体であると考えられた。増殖膜中のいずれの部位にも網膜色素上皮細胞はみられなかった。

 4.雌の新生児から得た培養星状膠細胞をその母親の硝子体腔内に(A群)、雄からの細胞をその母親に(B群)、雌からの細胞をその父親に(C群)それぞれ移植し、形成された増殖膜にチオニン染色を行い、増殖膜中の性染色体陽性細胞の出現率を算出したところ、各群の平均性染色体陽性率はA群で63.5%、B群で34.4%、C群で55.5%であり、A群とB群、B群とC群の間にそれぞれ有意差がみられ、移植した培養星状膠細胞が増殖して増殖膜形成の主役を演じたと考えられた。

 以上、本論文は星状膠細胞を硝子体腔内に移植すると、網膜前増殖膜形成に主な役割を演ずると報告されていた網膜色素上皮細胞の関与なしに、網膜前増殖膜が高頻度に形成され、一部に増殖膜の収縮によると考えられる牽引性網膜剥離が発生することが明らかになった。本研究はこれまでに解明されているとはいえない網膜前面や硝子体中に形成される増殖膜の発症機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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