本研究は種々の原因で網膜前面や硝子体中に形成される増殖膜を構成する細胞成分の一つである星状膠細胞が、増殖膜の形成及びその膜の収縮にどのように関与しているかを研究するために、白色家兎を用いて培養星状膠細胞を単独に硝子体腔内に移植することを試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.培養星状膠細胞を移植した24眼中22眼に網膜前増殖膜を認め、その内11眼に牽引性網膜剥離を認めた。また、コントロールとして培養液のみを注入した12眼では網膜前増殖膜を認めなかった。 2.培養星状膠細胞を移植して網膜前増殖膜が形成された眼について、ヘマトキシリン-エオジン染色及びストレプトアビジン-ビオチン法を用いて免疫組織化学的に星状膠細胞に特異的なglial fibrillary acidic protein(GFAP)の染色を行ったところ、以下の所見を得た。増殖膜は硝子体中に、網膜にほぼ平行に重層状に形成されていた。また、増殖膜は数カ所で網膜の硝子体側の表面に接着していて、網膜は趨壁状に収縮していた。増殖膜中には、GFAP陽性細胞が密集して塊状の構造を呈する部位、GFAP陽性細胞とGFAPを含まない細胞が疎らに並ぶ部位及び網膜の硝子体側表面よりGFAP陽性の細胞塊が隆起し、その一部は増殖膜に接着して増殖膜の一部を構成する部位がみられた。 3.増殖膜を電子顕微鏡で親察したところ以下の所見を得た。増殖膜中で、細胞が密集して塊状の構造を呈する部位は、細胞質に中間型フィラメントが密にみられ、星状膠細胞の特徴を備えた細胞によって構成されていた。細胞が疎らに並ぶ部位では、星状膠細胞の特徴を備えた細胞以外に、線維芽細胞と思われる細胞が観察された。網膜の硝子体側表面より隆起し、増殖膜に接着している部位の細胞塊は、細胞質内に中間型フィラメントを密に含み、基底膜が網膜の内境界膜と連続していることからミューラー細胞の集合体であると考えられた。増殖膜中のいずれの部位にも網膜色素上皮細胞はみられなかった。 4.雌の新生児から得た培養星状膠細胞をその母親の硝子体腔内に(A群)、雄からの細胞をその母親に(B群)、雌からの細胞をその父親に(C群)それぞれ移植し、形成された増殖膜にチオニン染色を行い、増殖膜中の性染色体陽性細胞の出現率を算出したところ、各群の平均性染色体陽性率はA群で63.5%、B群で34.4%、C群で55.5%であり、A群とB群、B群とC群の間にそれぞれ有意差がみられ、移植した培養星状膠細胞が増殖して増殖膜形成の主役を演じたと考えられた。 以上、本論文は星状膠細胞を硝子体腔内に移植すると、網膜前増殖膜形成に主な役割を演ずると報告されていた網膜色素上皮細胞の関与なしに、網膜前増殖膜が高頻度に形成され、一部に増殖膜の収縮によると考えられる牽引性網膜剥離が発生することが明らかになった。本研究はこれまでに解明されているとはいえない網膜前面や硝子体中に形成される増殖膜の発症機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |