学位論文要旨



No 212308
著者(漢字) 橋本,伸子
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,ノブコ
標題(和) 体外受精・胚移植における排卵誘発療法中の女性の血清卵胞刺激ホルモンの生物活性についての検討 : エストロジェン分泌・妊娠と関連して
標題(洋)
報告番号 212308
報告番号 乙12308
学位授与日 1995.04.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12308号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 助教授 福岡,秀興
 東京大学 助教授 木村,哲
 東京大学 助教授 馬場,一憲
 東京大学 講師 山路,徹
内容要旨

 卵胞刺激ホルモンfollicle-stimulating hormone(FSH)は、-サブユニットと-サブユニットからなる二量体の糖蛋白であり、糖鎖構造の差によって、種々のアイソフォームが存在する。この糖鎖構造の違いは、受容体結合能、シグナル伝達系、半減期などに影響を与え、その結果、FSHの生物活性を規定している。シアル酸含量が多いほどより酸性であり、生物学的半減期が長く、生物活性が低いのに対し、シアル酸が少ないアイソフォームは生物学的半減期が短く、生物活性が高い。

 FSHの生物活性(bioactive FSH;B-FSH)は、近年ラットの顆粒膜細胞やSertoli細胞のアロマターゼ活性を指標とするin vitroのFSH生物活性測定法が進歩し、さまざまな内分泌学的環境における血清B-FSHを測定することが可能になった。月経周期内では、卵胞期初期にはB-FSHは低く、FSHのアイソフォームは酸性側に多く存在するのに対し、排卵期にはB-FSHとbioactivity/immunoreactivity(B/I)比は最高となり、FSHのアイソフォームは非酸性側に傾くことが報告されている。

 体外受精・胚移植(in vitro fertilization-embryo transfer;IVF-ET)におけるhuman menopausal gonadotropin(hMG)投与後のestradiol(E2)の反応や発育卵胞数にはかなりの個人差がある。血清FSHの免疫活性(immunoreactive FSH;I-FSH)が必ずしもFSHの生物活性の大きさを反映するものではない点を考慮すると、hMG投与中の女性の血清B-FSHが卵胞のE2応答により重要な意義をもっている可能性が推定される。本研究では、IVF-ETにおける卵巣刺激施行中の女性を対象に、血中FSHの生物活性を測定するとともに、そのアイソフォームを検討し、1)卵胞発育の指標である血清E2応答反応の高低が、B-FSHと関連するか、2)B-FSHが、IVF-ETによる妊娠を予測する指標になるかという2つの点につき以下の検討を行った。

 Cornell大学産婦人科において、1987年から1989年にIVF-ETを行った21人の女性(27歳-43歳、平均34.5±0.9歳)を本研究の対象とした。月経周期3日目より、hMGの連日筋肉内投与(150-300IU/day)を4-10日間行い、hMG投与終了日の翌日に、hCG 10,000IUを1回筋肉注射した。hCG投与後36-38時間後に卵子を採取し、体外受精を施行、その48時間後、受精卵を母体子宮内に戻した。血液採取は、hMG投与開始直前、投与中の4-10日間、以後、hCG投与日をday 0と定め、day 0,+1,+7,+14に行った。各血清試料について、I-FSHとE2を免疫活性測定法で測定した。B-FSHは、幼若ラット睾丸Sertoli細胞のアロマターゼ活性を指標とするin vitro生物活性測定法で測定した。すなわちSertoli細胞を5×105個になるように調整し、アロマターゼの基質として19-hydroxyandrostenedioneを含む培養液で72時間培養した。その後各種濃度のFSH標準品または血清サンプルを添加して、24時間後培養液中のE2を測定した。得られたE2値から血清サンプル中のE2値を差し引いて真の値とした。

 Morfolkグループの基準に従い対象を次の3群に分類した。hCG投与日の血清E2が600pg/ml以上を高反応群(HR,n=10)、E2が300-600pg/mlを正常反応群(NR,n=3)、E2が300pg/ml以下を低反応者(LR,n=8)とした。LR群の年齢はHR群に比し高かった(p<0.05)。hHG総投与量・投与期間は、HR群の方がNR・LR群より少ない傾向であったが有意差はなかった。

 HR群・LR群の個々の症例について、hMG投与に対する血清I-FSHの推移を検討した。HR群は、10例全例でhMG連続投与中に血清I-FSHは上昇した。しかし、LR群ではI-FSHの推移に2つのパターンが存在し、8例中6例がhMG連続投与に反応して血清I-FSHが上昇し、2例は血清I-FSHの上昇が悪かった。

 次に、HR群とLR群における血清E2と血清B-FSH,I-FSHの推移を比較した。hMG投与開始直前には、HR群とLR群の血清E2,B-FSH,I-FSH濃度に差を認めなかった。血清E2濃度はday+1すなわちhCG投与翌日を頂値として徐々に下降した。HR群の血清E2濃度はすべての時点においてLR群より高値を推移した(p<0.01)。血清B-FSH濃度は、hMG連続投与にしたがってHR群では徐々に上昇し、LR群ではほとんど上昇しなかった。hMG投与中のday-2,hMG投与終了翌日かつhCG投与直前のday 0において、HR群の血清B-FSH濃度がLR群より有意に高かった(day -2;p<0.05,day 0;p<0.01)。hCG投与翌日(day +1)を頂値としてB-FSHは徐々に下降した。hCG投与後においても、day +1,+7でHR群がLR群よりも高かった(day +1;p<0.05,day +7;p<0.01)。一方、血清I-FSH濃度は、hMG連続投与中は徐々に上昇したが、hMG投与が終わると徐々に下降し、すべての時期においてHR群・LR群の間で差を認めなかった。

 血清E2と血清B-FSH,I-FSHの関連性を検討すると、day 0における血清E2とB-FSHの間には、正の相関が認められた(r=0.615,p<0.01,n=21)。これに対し、同じくday 0における血清E2とI-FSHの間には相関関係がみいだされなかった(r=-0.098,N.S.,n=21)。個々の症例について血清E2とB-FSHの経時的な変化を調べると、多くの症例でB-FSHはE2に先行して変化した。

 HR群とLR群のB-FSHの差の原因を知るために、FSHのアイソフォームを検討した。HR群・LR群の各々5人の女性のhCG投与前の血清をプールしたもの、hMG製剤(Metrodin)(75IU)、正常女性の排卵前期血清についてクロマトフォーカシングによりFSHのアイソフォームを分離した。HR群、LR群におけるFSHの主なコンポーネントの等電点は、それぞれ3.82、3.75であった。これらHR群・LR群のアイソフォーム分布パターンは、Metrodinの分布パターンに類似していた。これに対し、排卵前期における正常女牲の血清FSHは、より高い等電点(4.63)を有していた。さらにHR群・LR群のFSHのアイソフォーム分布をpH range別に検討してみると、HR群のFSHアイソフォームは、LR群のものよりやや非酸性側に多く存在していた。すなわち、HR群ではpH3.8-4.0に最も多く分布していたのに対し、LR群ではPH3.6-3.8に最も多く存在し、アイソフォームの存在様式に差があった。

 最後に、妊娠群と非妊娠群における血清E2と血清B-FSH,I-FSHの推移を比較した。IVF-ETの結果、HR群の6名、NR群の1名、LR群の2名が妊娠した。各群の妊娠率は各々60%,33%,25%であったが、妊娠率に差はみいだされなかった。血清E2濃度は、hMG投与中は、妊娠群でやや高値を示したが、非妊娠群との差は有意ではなかった。血清B-FSH・I-FSH濃度も、hMG投与中は、妊娠群と非妊娠群の間で差は認められなかった。しかしday +14において非妊娠群では血清E2・B-FSHは低下したが、妊娠群では上昇し両群間で差が存在した(p<0.05)。血清I-FSH濃度day +14には、妊娠群で非妊娠群よりも低かった(p<0.05)。

 以上、IVF-ETの目的で排卵誘発療法中の女性を対象に、血清I-FSH、B-FSHについて検討した成績から以下の結論を得た。

 (1)hMG連続投与に対して低いE2応答反応を示した患者(LR群)の中に血清I-FSHが上昇しない例がみられ、hHGの吸収・代謝に個人差があることが判明した。すなわち、臨床的に同量のhMGを投与してもI-FSHが上昇しない例があるので、そのような例では投与中にI-FSHを測ることが重要となる。

 (2)hMG連続投与に対して高いE2応答反応を示した患者(HR群)では、hMG投与中の血清B-FSH濃度が高かった。かつ血清B-FSHとE2の間には正の相関が認められた。これに対し、血清I-FSHはE2応答反応と関連を示さず、相関を認めなかった。このことより、hMG投与に対するE2応答反応の高低は、B-FSHと関連することが明らかになった。

 (3)HR群で血清B-FSH濃度が高かった原因は、HR群のFSHアイソフォーム分布が、LR群より非酸性側に多かったためであった。血中にとりこまれたFSHは、様々な酵素系の修飾をうけ、標的器官に到達するまでの間に、アイソフォームの分布が変わり、最終的な生物活性が決まると考えられた。

 (4)血清B-FSHとE2が高値を示した症例の方が、IVF-ETにおける妊娠率が高いものと考えられた。ただし、この結論を確立するためには、より多くの症例についての検討が必要である。

 今後、IVF-ETの成功率をさらに高めるためには、B-FSHを考慮に入れた有効な排卵誘発療法がぜひ必要と考えられる。

審査要旨

 本研究は、体外受精・胚移植(IVF-ET)における排卵誘発療法中の女性を対象に、卵胞発育における血中FSH生物活性の意義について検討したものである。すなわち、対象の血清FSHの免疫活性(I-FSH)・生物活性(B-FSH)を測定するとともに、FSHアイソフォームを検討し、1)卵胞発育の指標であるE2応答反応の高低が、B-FSHと関連するか、2)B-FSHが、IVF-ETによる妊娠を予測する指標になるかという2つの点につき検討している。B-FSHは、幼若ラット睾丸Sertoli細胞のアロマターゼ活性を指標とするin vitro生物活性測定法を用いて測定した。FSHのアイソフォームは、クロマトフォーカシングによる分離法を用いて測定した。この結果、下記の結論を得た。

 1.hMG連続投与に対して低いE2応答反応を示した患者(LR群)の中に血清I-FSHが上昇しない例がみられ、hMGの吸収・代謝に個人差があることが判明した。すなわち、臨床的に同量のhMGを投与してもI-FSHが上昇しない例があるので、そのような例では投与中にI-FSHを測ることが重要となる。

 2.hMG連続投与に対して高いE2応答反応を示した患者(HR群)では、hMG投与中の血清B-FSH濃度が高かった。さらに血清B-FSHとE2の間には正の相関が認められた。これに対し、血清I-FSHはE2応答反応と関連を示さず、相関を認めなかった。このことより、hMG投与に対するE2応答反応の高低は、B-FSHと関連することが明らかになった。

 3.HR群で血清B-FSH濃度が高かった原因は、HR群のFSHアイソフォーム分布が、LR群より非酸性側に多かったためであった。血中にとりこまれたFSHは、様々な酵素系の修飾をうけ、標的器官に到達するまでの間に、アイソフォームの分布が変わり、最終的な生物活性が決まると考えられた。

 4.血清B-FSHとE2が高値を示した症例の方が、IVF-ETにおける妊娠率が高いものと考えられた。ただし、この結論を確立するためには、より多くの症例についての検討が必要である。

 以上、本研究はIVF-ETにおける排卵誘発療法中の女性の血中FSHの生物活性が、卵胞発育に重要な意義をもっていることを明らかにしている。本研究はIVF-ETの成功率向上のための有効な排卵誘発法を考える上で、FSHの生物活性の測定が1つの指標になり得ることを示しており、臨床的に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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