学位論文要旨



No 212309
著者(漢字) 高石,敏昭
著者(英字)
著者(カナ) タカイシ,トシアキ
標題(和) マスト細胞の活性化因子の研究
標題(洋)
報告番号 212309
報告番号 乙12309
学位授与日 1995.04.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12309号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中畑,龍俊
 東京大学 助教授 早川,浩
 東京大学 助教授 渡辺,毅
 東京大学 講師 岩田,力
 東京大学 講師 吉野谷,定美
内容要旨 研究の目的・背景

 マスト細胞の増加は慢性関節リウマチ、強皮症、炎症性の腸疾患などの慢性炎症性疾患おいて認められるが、その出現機序と役割については不明の点が多い。近年の気管支喘息の病態が気道の慢性炎症の一つであるという概念から考えると気管支喘息におけるマスト細胞の役割を検討することは他の多くの慢性炎症性疾患成立におけるマスト細胞の役割の解明にも繋がると思われる。気管支誘発テストにおける遅発型喘息反応(LAR:late asthmatic response)ではマスト細胞の脱顆粒により遊離される遊走因子やサイトカインによって反応局所に集積する好酸球を中心とする炎症細胞が主な役割を果たすとされ、LARにマスト細胞自体が関与するか否かは明らかでない。しかし、LARを呈した気管支喘息患者における気管支粘膜でのマスト細胞数の増加、非発作時の気管支肺胞洗浄液(BALF:bronchoalveolar lavage fluid)中トリプターゼの高値、BALF中マスト細胞数と気道過敏性との相関などマスト細胞のLARへの関与を強く示唆する知見があり、高親和性のIgEに対する受容体(FcRI)を介する経路とは独立して作用するマスト細胞の活性化因子の存在が予想される。

 本研究において遅発型アレルギー反応におけるマスト細胞活性化因子の候補として注目したのは各種炎症細胞より分泌されるサイトカインである。好塩基球に対してヒスタミン遊離あるいは遊離増強作用を持つIL-3,-5,GM-CSFなどのサイトカイン、好塩基球のヒスタミン遊離因子として知られるmonocyte chemotactic and activating factor(MCAF)、RANTES、さらにマスト細胞の増殖因子である間葉系細胞由来のstem cell factor(SCF)がマスト細胞の活性化因子であるか否かをマウス腹腔マスト細胞(MPMC:mouse peritoneal mast cells)、ラット腹腔マスト細胞(RPMC:rat peritoneal mast cells)、ヒト肺マスト細胞(HLMC:human lung mast cells)からの化学伝達物質遊離反応を用いて検討した。またSCFのHLMC活性化機序を細胞内の刺激伝達系に関与する酵素と思われるprotein kinase C(PKC),protein tyrosine kinase(PTK)に対する阻害薬を用いて検討した。

方法i)各細胞浮遊液の作製

 MPMC,RPMC浮遊液はC57/BL/6マウス、Sprague-Dawleyラットの腹腔から採取し、マウスIgEで感作し、HLMC浮遊液は切除肺の正常部分を細片化の後、collagenase,hyaluronidase,DNaseによる酵素処理で採取し、ヒトIgEで感作した。

ii)ヒスタミン・LTC4/D4/E4遊離反応および測定

 MPMC,RPMCはCa2+1mM,Mg2+0.4mMを含むPipesバッファー、好塩基球、HLMCはCa2+2mM,Mg2+0.5mMを含むPipesバッファーに浮遊させ実験に用いた。

 サイトカインの遊離活性の検討には細胞をサイトカインと37℃,30分あるいは示された時間反応させた。遊離の増強活性(プライミング作用)の検討にはサイトカインによる10分あるいは30分の前処置の後、MPMC,RPMCではl/3000抗マウスIgEにて、HLMCでは1/100抗ヒトIgEにて刺激し30分間の反応を続けた。酵素阻害薬を用いた実験には細胞を酵素阻害薬により15分間前処置し、その後1/100抗ヒトIgEあるいは500 ng/ml SCFにて刺激し30分間の反応を続けた。反応終了後遠沈し上清を得、ヒスタミンをテクニコン社のオートアナライザーを用いて、LTC4/D4/E4をELISAキット(Amersham社)を用いて測定した。

結果i)マウス腹腔マスト細胞

 マウス(m)recombinant(r)IL-3はphosphatidylserine(PTS)存在下にて濃度依存性にヒスタミン遊離を惹起した(1 nM IL-3刺激で43.5±11.5%(mean±SEM))。metrizamideを用いてMPMCを80%以上に精製して遊離実験を行ったが、遊離率において非精製群と差を認めず、他の細胞を介してこの反応が起こっている可能性は少ないと思われた。細胞を低濃度IL-3により前処理し、抗IgEで刺激したが、IL-3はプライミング作用を示さなかった。 ヒト(h)rIL-1,hrIL-1,mrIL-4,mrIL-5,mrGM-CSFはヒスタミン遊離作用、プライミング作用を示さず、IL-4はIL-3によるヒスタミン遊離に対しプライミング作用を示さなかった。

ii)ラット腹腔マスト細胞

 ラットrSCFはPTS存在下において濃度依存性にヒスタミン遊離を惹起した(300ng/ml SCF刺激で20.6±5.6%)。この反応はPercollによる非連続密度勾配法によりRPMCを95%以上に精製した場合にも認められ、他細胞を介しての反応とは考えられなかった。また、低濃度SCFは抗IgE刺激による遊離に対しプライミング作用を示さなかった。

iii)ヒト好塩基球

 ヒトrSCFは健常人およびアトピー型気管支喘息患者の好塩基球に対しヒスタミン遊離作用、プライミング作用を示さなかった。

iv)ヒト肺マスト細胞

 酵素処理により得られた細胞浮遊液のマスト細胞純度は2.3±0.5%,マスト細胞一個あたりのヒスタミン含量は4.8±1.3pg、有核細胞の生存率は90%以上であり。抗トリプターゼ抗体(AA-1)で免疫染色が可能であった。

 ヒトrSCFはHLMCから濃度依存性、温度依存性、細胞外Ca2+依存性にヒスタミンを遊離させた(500ng/mlで7.8±l.0%)。この反応はエルトリエーターとPercollによる非連続密度勾配法により50%以上に精製したHLMC、乳酸溶液で細胞表面IgEを剥がしたHLMC、未酵素処理の細片化肺組織においても認められ、他細胞を介してマスト細胞に働く可能性、FcRIを介する可能性、酵素処理が反応性を変化させる可能性は否定的であった。また細胞を低濃度SCFにより10分間前処置することにより抗IgEによるヒスタミン遊離に対し増強を認めた。ヒトrIL-1,hrIL-1,hrIL-3,hrIL-4,hrIL-5,hrGM-CSF,hrMCAF,hrRANTES,hrIL-3とhrIL-4の組み合わせはヒスタミン遊離作用、プライミング作用を示さなかった。SCFはHLMCからのLTC4/D4/E4遊離を惹起せず、低濃度SCFは1/100抗IgE刺激によるLTC4/D4/E4遊離に対しプライミング作用を示した.

 SCFによるHLMCからの化学伝達物質遊離が増殖信号と同じくtyrosine kinaseを介するかどうかをPTK阻害薬(genistein,herbimycin A)を用い検討した。genisteinはIC50、最大抑制率からみて抗IgE刺激によるヒスタミン遊離に対するよりSCF刺激によるヒスタミン遊離に対して強い抑制効果を示し、SCF刺激によるヒスタミン遊離反応はtyrosine kinaseと強い関連があることが示唆された。またherbimycin A,PKC阻害薬(calphostin C,staurosporine,K-252a)は両遊離反応の抑制に差を認めなかった。

考案

 遅発相での皮膚組織あるいは気管支喘息患者のBALF中にはIL-3,-4,-5,GM-CSFのm-RNAを発現しているTH2様T細胞が認められることから、各種アレルギー反応の遅発相において活性化T細胞由来サイトカインを介する系が注目されており、またIL-3,-5,GM-CSFが好塩基球の脱顆粒に関与することから、本研究においてはまずこれらサイトカインがMPMC,HLMCの脱顆粒に影響を与えるかどうかを検討し、IL-3のみがMPMCに対しヒスタミン遊離作用を有することが明らかになった。IL-3によりMPMCからヒスタミン遊離が起こるという事実は今回初めて報告されるものである。IL-3は齧歯類マスト細胞の増殖因子であり、マスト細胞の遊走、生存延長にも働くことが知られており、今回IL-3が脱顆粒因子であることが明らかになったのでFcRIを介する刺激、イオノフォアA23187刺激あるいは線維芽細胞との接触により活性化されたマスト細胞自身がIL-3をはじめとするサイトカインを分泌するというこれまでの知見と合わせて、齧歯類マスト細胞のオートクラインによる活性化機序の存在を想定することができる。

 本研究によりマスト細胞増殖因子であるSCFがRPMCとHLMCからヒスタミンを遊離させ、ヒトにおいては低濃度のSCFがプライミング作用を示すことが判明した。SCFがHLMCの活性化因子であるという事実は肺組織において豊富に存在する線維芽細胞が何らかの刺激で活性化されることによってSCFが産生分泌されればHLMCを容易に活性化できることを示している。齧歯類ではSCFがマスト細胞の遊走に働き、マスト細胞の接着を促進し、マスト細胞の生存を延長させることが知られており、ヒトにおいてもSCFのマスト細胞の脱顆粒作用、プライミング作用のみならず遊走作用が報告され、今後の研究においてマスト細胞の生存延長作用、接着促進作用が証明されればSCFのマスト細胞の種々の機能を介するアレルギー炎症への貢献を想定できるであろう。

まとめ

 IL-3のマウス腹腔マスト細胞に対する活性化作用、SCFのラット腹腔マスト細胞とヒト肺マスト細胞に対する活性化作用を明らかにした。以上の結果はアレルギー反応の遅発相におけるIL-3とSCFを介するマスト細胞の脱顆粒がアレルギー炎症に関与している可能性を示すものである。

審査要旨

 本研究は慢性喘息をはじめ種々の慢性炎症性疾患において増加しているマスト細胞が、FcRIを介する系とは独立して作用する因子によって活性化される可能性を明らかにする目的で行われた。活性化の指標としてヒスタミン遊離反応、LTC4/D4/E4遊離反応を用い、各種サイトカインがマウス腹腔マスト細胞、ラット腹腔マスト細胞、ヒト肺マスト細胞の活性化因子であるか否かを検討し、下記の結果を得ている。

 1.マウス(m)recombinant(r)IL-3はphosphatidylserine(PTS)存在下にて濃度依存性にマウス腹腔マスト細胞からヒスタミン遊離を惹起し、IL-3がマウスマスト細胞の活性化因子であることが示された。低濃度IL-3は抗IgEによるヒスタミン遊離に対しプライミング作用を示さなかった。ヒト(h)rIL-1,hrIL-1,mrIL-4,mrIL-5,mrGM-CSFはヒスタミン遊離作用、プライミング作用を示さず、IL-4はIL-3によるヒスタミン遊離に対しプライミング作用を示さなかった。

 2.ラットrSCFはPTS存在下において濃度依存性にラット腹腔マスト細胞からヒスタミン遊離を惹起し、SCFがラットマスト細胞の活性化因子であることが示された。低濃度SCFは抗IgE刺激による遊離に対しプライミング作用を示さなかった。

 3.ヒトrSCFは健常人およびアトビー型気管支喘息患者の好塩基球に対しヒスタミン遊離作用、プライミング作用を示さなかった。

 4.ヒトrSCFはヒト酵素処理肺マスト細胞から濃度依存性、温度依存性、細胞外Ca2+依存性にヒスタミンを遊離し、SCFがヒトマスト細胞の活性化因子であることが示された。この反応は乳酸溶液で細胞表面IgEを剥がしたヒト肺マスト細胞、未酵素処理の細片化肺組織においても認められ、FcRIを介する可能性、酵素処理が反応性を変化させる可能性は否定的であった。低濃度SCFは抗IgEによるヒスタミン遊離に対しプライミング効果を認めた。ヒトrIL-1,hrIL-1,hr-IL-3,hrIL-4,hrIL-5,hrGM-CSF,hrMCAF,hrRANTES,hrIL-3とhrIL-4の組み合わせはヒスタミン遊離作用、プライミング作用を示さなかった。SCFはヒト肺マスト細胞からのLTC4/D4/E4遊離を惹起せず、低濃度SCFは抗IgE刺激によるLTC4/D4/E4遊離に対しプライミング作用を示した。

 5.SCFによるヒト肺マスト細胞からの化学伝達物質遊離が増殖信号と同じくtyrosine kinaseを介するかどうかをPTK阻害薬(genistein,herbimycin A)を用い検討した。genisteinはIC50、最大抑制率からみて抗IgE刺激によるヒスタミン遊離に対するよりSCF刺激によるヒスタミン遊離に対して強い抑制効果を示し、SCF刺激によるヒスタミン遊離反応はtyrosine kinaseと強い関連があることが示唆された。また、herbimycin A、PKC阻害薬(calphostin C,staurosporine,K-252a)は両遊離反応の抑制に差を認めなかった。

 以上、本論文はマスト細胞の活性化因子として、齧歯類ではIL-3,SCF、ヒトではSCFの存在を明らかにした。本研究は遅発型アレルギー反応を含むアレルギー性炎症において、さらには慢性炎症性疾患においてマスト細胞の活性化が起こっている可能性を示し、マスト細胞の役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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