学位論文要旨



No 212312
著者(漢字) 石田,喜義
著者(英字)
著者(カナ) イシダ,キヨシ
標題(和) 新しい喘息モデルを用いたケミカルメディエーターの役割の検討
標題(洋) The role of chemical mediators in the airway hyperresponsiveness in a new guinea pig model of asthma
報告番号 212312
報告番号 乙12312
学位授与日 1995.04.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12312号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 成内,秀雄
 東京大学 講師 奥平,博一
 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 助教授 森田,寛
 東京大学 講師 四元,秀毅
内容要旨

 可逆性の気道収縮と持続する非特異的な気道過敏性はヒトにおける気管支喘息の特徴である。従来、抗原曝露により惹起される急性の気道収縮がヒトの気管支喘息の動物実験モデルとして用いられてきたが、これらの動物モデルではたいていの場合、持続する気道過敏性という特徴を欠いていることが多い。そこで私は、抗原曝露を反復することにより、気道過敏性のメディエーターが繰り返し放出され、持続性の気道過敏性が惹起されるのではないかという仮説に基づき、あらかじめ卵白アルブミン抗原に感作したモルモットを用いて、1週間に2回の同抗原への曝露を4〜6週にわたり反復した。

 感作した動物に抗原を曝露すると、動脈血酸素分圧は104.3mmHgから35.4mmHgまで著しく低下し、急性の気道収縮を示した。一方反復して抗原曝露をおこない、最終抗原曝露から3日目、7目目、14日目におけるアセチルコリン用量反応曲線を用いて気道過敏性を評価したところ、図1に示すように、3日目においては、アセチルコリン用量反応曲線の有意の左方移動と最大収縮の増大を認めた。7日目には最大収縮の有意の増大は認めたが、左方移動は認められず、14日目にはコントロール群と有意差が見られなかった。

図1 最終抗原曝露から3日目、7日目、14日目における気道過敏性(アセチルコリン用量反応曲線)白丸(○):抗原反復曝露群 3日目 黒三角(▲):抗原反復曝露群 7日目 白三角():抗原反復曝露群 14日目 黒丸(●):コントロール群 横軸:アセチルコリン濃度 縦軸:肺抵抗説明本文参照。

 したがって、このモデルにおいて気道過敏性の亢進は少なくとも3日以上持続することが示された。また形態学的分析によると、反復抗原曝露した動物では気道上皮に有意の好酸球浸潤を認めた。

 以上のように反復する抗原曝露により、急性の気道収縮と組織好酸球浸潤を伴い少なくとも3日以上持続する気道過敏性を有するモルモットにおける気管支喘息モデルが作製された。

 血小板活性化因子(PAF)の吸入は、ヒトで急性の気道収縮を誘発し、またヒトを含めた各種の動物で気道過敏性を惹起することが示されている。またPAFは好酸球の走化因子である可能性がある。したがってPAFは気管支喘息の気道過敏性発現において何らかの役割を演じている可能性が示唆されているが、詳しいメカニズムについては不明である。今回私は上で作製した動物モデルにおいて、PAFによる低血圧、気道収縮、血小板凝集を抑制することが知られているPAF-antagonistを用いることにより、気道過敏性におけるPAFの役割を検討した。

 急性の気道収縮に関しては、PAF-antagonistの前投与は抗原曝露による動脈血酸素分圧の低下を抑制することはなかった。一方気道過敏性に関しては、抗原曝露の前のPAF-antagonistの前投与により、反復する抗原曝露により惹起された気道過敏性は有意に抑制された。(図2)

図2 喘息モデルにおけるPAF-antagonist前投与の気道過敏性(アセチルコリン用量反応曲線)に及ぼす影響。黒丸(●):PAF-antagonist前投与なし 黒四角(■):PAF-antagonist前投与あり 白丸(○):コントロール群 横軸:アセチルコリン濃度 縦軸:肺抵抗 説明本文参照。

 また形態学的には、PAF-antagonistが気道への好酸球の浸潤を抑制することはなかった。したがってPAFは気道過敏性のメディエーターである可能性はあるが、急性の気道収縮には大きな関与はしていない。さらにPAFのこうした活性は、気道への好酸球の動員とは直接の因果関係はないものと考えられた。

 ロイコトリエンは、気管支喘息患者の肺組織で産生され、ヒトの気管支平滑筋の収縮をおこし気道収縮を誘発することが知られている。このようにロイコトリエンは急性気道収縮と遅発性喘息反応において有意の役割を果たしていることが示唆されているが、非特異的気道過敏性におけるメディエーターとしての役割については詳しく知られていない。そこで今回すでに作製したモルモットの喘息モデルを用いて、ロイコトリエンC4(LTC4)の反復吸入及びロイコトリエン合成阻害剤が気道過敏性と好酸球浸潤に対してどのような影響があるかをみることにより、気道過敏性におけるロイコトリエンの果たす役割について検討した。

 LTC4エアゾルを1週間に2回、4〜5週間にわたり反復投与したところ、図3に示すように、アセチルコリン用量反応曲線は左方移動を示したが、最大収縮は不変であった。形態学的には気道における好酸球浸潤をきたすことは認められなかった。

 一方モルモットの気道過敏性モデルにおいては、ロイコトリエン合成阻害剤を抗原曝露の前に毎回前投与しておくと、アセチルコリン用量反応曲線の左方移動は抑制されたが、最大収縮については不変であった。(図4)形態学的には、抗原の反復投与により誘発される気道における好酸球浸潤を抑制することはなかった。したがって、ロイコトリエンはモルモットの喘息モデルにおいて、気道の最大収縮と好酸球浸潤に影響を与えずに、気道過敏性に関与している可能性があると考えられた。

図表図3 LTC4エアゾル反復曝露の気道過敏性(アセチルコリン用量反応曲線)に及ぼす影響。 黒四角(■):LTC4エアゾル反復曝露群 白丸(○):コントロール群 横軸:アセチルコリン濃度 縦軸:肺抵抗 説明本文参照。 / 図4 喘息モデルにおけるロイコトリエン合成阻害剤の気道過敏性(アセチルコリン用量反応曲線)に及ぼす影響。 黒丸(●):ロイコトリエン合成阻害剤前投与なし 黒三角(▲):ロイコトリエン合成阻害剤前投与あり 白丸(○):コントロール群 横軸:アセチルコリン濃度 縦軸:肺抵抗 説明本文参照。
審査要旨

 本研究は、ヒトにおける気管支喘息の特徴である可逆性の気道収縮と持続する非特異的な気道過敏性におけるケミカルメディエータの役割を検討するために、これまでのモルモットの喘息モデルには欠如していた持続する気道過敏性を有する新しい実験動物モデルをモルモットで作製し、そのモデルを用いて気道過敏性において血小板活性化因子(Platelet Activating Factor,PAF)とロイコトリエン(Leukotrienes)が果たす役割について検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.抗原曝露を反復することにより、気道過敏性のメディエーターが繰り返し放出され持続性の気道過敏性が惹起されるのではないかという仮説に基づき、あらかじめ卵白アルブミン抗原に感作したモルモットを用いて、1週間に2回の同抗原への曝露を4〜6週にわたり反復した。感作した動物に抗原を曝露すると、動脈血酸素分圧は著しく低下し、急性の気道収縮を示した。一方反復して抗原曝露をおこない、最終抗原曝露から3日目、7日目、14日目におけるアセチルコリン用量反応曲線を用いて気道過敏性を評価したところ、3日目においては、アセチルコリン用量反応曲線の有意の左方移動と最大収縮の増大を認めた。

 7日目には最大収縮の有意の増大は認めたが、左方移動は認められず、14日目にはコントロール群と有意差が見られなかった。このモデルにおいて少なくとも3日以上持続する気道過敏性の亢進が成立したことが示された。また形態学的分析によると、反復抗原曝露した動物では気道上皮に有意の好酸球浸潤を認めた。以上のように反復する抗原曝露により、急性の気道収縮と組織好酸球浸潤を伴い少なくとも3日以上持続する気道過敏性を有するモルモットにおける気管支喘息モデルが作製された。

 2.1で作製した喘息モデルにおいて、血小板活性化因子(PAF)の役割を検討するため、PAF拮抗剤の投与を行った。急性の気道収縮に関しては、PAF拮抗剤の前投与は抗原曝露による動脈血酸素分圧の低下を抑制することはなかった。一方気道過敏性に関しては、抗原曝露の前のPAF拮抗剤の前投与により、反復する抗原曝露により惹起された気道過敏性は有意に抑制された。形態学的には、PAF拮抗剤が気道への好酸球の浸潤を抑制することはなかった。したがってPAFは気道過敏性のメディエーターである可能性はあるが、急性の気道収縮には大きな関与はしていない。またPAFのこうした活性は、気道への好酸球の動員とは直接の因果関係はないものと考えられた。

 3.1で作製したモルモットの喘息モデルを用いて、ロイコトリエンC4(LTC4)の反復吸入及びロイコトリエン合成阻害剤が気道過敏性と好酸球浸潤に対してとのような影響があるかをみることにより、気道過敏性におけるロイコトリエンの果たす役割について検討した。

 LTC4エアソルを1週間に2回、4〜5週間にわたり反復投与したところ、アセチルコリン用量反応曲線は左方移動を示したが、最大収縮は不変であった。形態学的には気道における好酸球浸潤をきたすことは認められなかった。一方モルモットの気道過敏性モデルにおいては、ロイコトリエン合成阻害剤を抗原曝露の前に毎回前投与しておくと、アセチルコリン用量反応曲線の左方移動は抑制されたが、最大収縮については不変であった。形態学的には、抗原の反復投与により誘発される気道における好酸球浸潤を抑制することはなかった。したがって、ロイコトリエンはモルモットの喘息モデルにおいて、気道の最大収縮と好酸球浸潤に影響を与えずに、気道過敏性に関与している可能性があると考えられた。

 以上、本論文においては持続する気道過敏性を伴ったモルモットにおける新しい喘息モデルを作製し、それを用いて血小板活性化因子(PAF)とロイコトリエンが急性の気道収縮及び気道過敏性において果たす役割を検討した。本研究はこれまで別々に解析されることの多かった急性の気道収縮と気道過敏性を、一つの動物モデルにおいて分析することを可能にするものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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