心身障害児の早期発見と早期療育の必要性が叫ばれてから久しい。最近その効果の検討がアメリカ教育省のthe Infant Health and Development Programというプロジェクトによりアメリカ全土の代表的な機関で研究され、また文献の渉猟も精力的に行われて、早期療育に何らかの効果があることが示されている。これにより、心身障害児の早期発見に理論的根拠が与えられると考えられる。 大宮市における生後4ヵ月の乳児神経発達健診は、昭和58年7月に始まり、ほぼ10年余を経過した。この間平成3年11月より、健診システムの見直しが行われ一部改変されたが、それまでの健診システムは三段階から成っていた。即ち、第一段階は保健婦が乳児の姿勢・運動発達についてチェックリストを用いてチェックする段階(一次健診または乳児健康発達相談)、第二段階は、第一段階で異常の項目が多く、メディカルチェックを必要とする乳児を小児科医が主としてBobathの運動発達評価表を参考にしたチェックリストを用いてチェックする段階(二次健診または乳児神経発達健診)、第三段階は第二段階で異常があり、精密健診を必要とする乳児をBobathとVojtaの運動発達評価表を用いて小児神経科医が評価する段階(三次健診または乳児神経精密健診)より構成されている。 昭和58年7月1日から平成3年10月31日までのデータをまとめてみると、対象児は31.721人で、一次健診の受診児は22.142人であり、受診率は69.8%であった。この中でリスク児として三次健診に送付され受診した乳児は486人であり、送付率は2.9%であった。この中で発見された心身障害児は39人であり、発見率は0.18%であった。内訳は、脳性麻痺0.03%、精神運動発達遅滞は0.07%、ダウン症候群は0.01%、難聴は0.02%、その他0.05%であった。いずれも発見率が低かった。未受診児の分析をしてデータを加算してみると心身障害児の発見総数は52人となり、発見率は0.23%となったが、なお低いことが問題となった。そこで、まず最初に健診の効率を高めることを考えることにした。 生後4ヵ月の乳児健診では前述したように、一次健診として保健婦が、二次健診として市医師会小児科医がチェックリストを用いてチェックするが、この際、自分の判断に迷いを感じたり、自分の診断に疑問を覚えたりすることがある。したがって、どのような項目がチェックされた場合に、最終的に三次健診で異常と判定されるかを知ることは、当事者が十分満足して効率的に健診がおこなわれるために必要なことである。そこで、昭和58年7月から62年3月の一次健診で二次健診が必要と判断された1,713人及び二次健診で三次健診が必要と診断された419人を対象に、どの項目が多くチェックされているかを後方視的に分析した。この時点で心身障害児と診断された乳児は6人(0.06%)であったが、分析の結果かなり効率良くチェックされているように思われた。それによれば全体的には、チェックされた項目の種類には関係なく、チェックされた項目の数に関係することが分かった。即ち、異常とチェックされた項目数をみると、一次健診では大部分の乳児が3項目以下で、4項目以上チェックされるのは極めて少なく、4項目目がチェックのポイント数であることが分かった。また、二次健診でも、大部分の乳児は3項目以下であり、やはり4項目目がチェックポイントであることが分かった。さらに、異常と診断された乳児は5項目以上チェックされることが示された。このことは、一次健診で保健婦が、二次健診で小児科医がチェックする際に大きな目安となり、健診を円滑に進めるための指標となり得るものと考えられた。 しかし、総体的に生後4ヵ月乳児神経発達健診の発見率が低いことが問題となった。そこで、生後4ヵ月乳児神経発達健診の効率は一体どのくらいであろうかということを検討した。 ここで、小学校入学時点の就学児健診を考えてみると、一般に受診率が高く、したがって心身障害児の受診率も高いことが充分期待される。年間出生数が確実に掴め、4ヵ月乳児健診を受診し得る年度即ち昭和59年以後に出生し、平成元年4月から平成3年4月までの3年間に小学校に入学した12,634人中の心身障害児102人(0.8%)の調査をしてみると、脳性麻痺は10人(全対象児の0.08%)、脊髄疾患、筋疾患、後天性脳障害等その他の肢体不自由児は19人(0.15%)、精神発達遅滞は軽度、中度、重度合わせて60人(0.47%)、ダウン症候群は13人(0.1%)であり、発生率は諸家の報告より低かった。また生後4ヵ月乳児健診時点に発見されると期待される発見率は脳性麻痺では0.07%、その他の肢体不自由では0.09%、精神発達遅滞では0.08%、ダウン症候群では0.1%で全体の対象児12,634人の0.34%であった。さらに、大宮市の生後4ヵ月乳児神経発達健診の健診効率を計算すると52.9%となった。また、この時点では全体の心身障害児の22.5%しか発見されていないことが分かったが、脳性麻痺に関しては全体の37.5%が発見され、発見効率は42.9%とやや低かった。しかし、精神運動発達遅滞では全体の12.8%しか発見されなつかったにもかかわらず、4ヵ月時点での発見効率は87.5%と高かった。これは、重度の精神運動発達遅滞の場合は重度の運動発達遅滞として充分チェックされていることを示している。さらに、生後8ヵ月、1歳6ヵ月、3歳までに発見されると期待される全体の心身障害児の割合はそれぞれ48.0%、56.9%、82.4%であり、これはそれぞれの健診を行う際の一つの目標値を示すと考えられた。 次に大宮市の生後4ヵ月乳児神経発達健診においてグレイゾーンにあると思われる要経過観察、要精密健診としてチェックされ、6ヵ月以上経過観察して正常化した乳児(リスク児)の運動発達を調べ、最初から正常児と判断された乳児の運動発達変化と比較して、グレイゾーンにある乳児の発達変化を調べた。これは健診の基礎データとして大切なものである。その結果、正常児130名とリスク児143名の腹臥位、背臥位、座位、立位の発達変化はいずれも直線に近似され、発達直線はほぼ1.3ヵ月の差をもってほぼ平行に推移し、統計学的に有意差があることが分かった。また、これは立位化を中心とした運動発達の遅速の差であることが分かった。 最後に生後4ヵ月の乳児神経発達健診において昭和58年7月1日より平成元年3月31日までに発見された心身障害児32人のうち、発達チェックが継時的に充分なされている障害児15名の運動発達変化を調べ、正常児とリスク児の運動発達評価と比較した。それによると、脳性麻痺を中心とする運動障害児の運動発達は腹臥位、背臥位、座位、立位すべてにおいて極度に遅れ、難聴児においてもかなり遅れるこたが分かった。これは運動発達においても聴覚路の発達が重要であることを示しているものと思われた。さらに、ダウン症候群を含む精神運動発達遅滞児は運動発達が一番正常に近く、リスク児の範囲に沿いながら発達するが、月齢が進むにつれて外れる傾向にあることが分かった。全般的には心身障害児は立位、座位、腹臥位などの抗重力姿勢の発達を中心として遅れることが示された。 以上大宮市において行われてきた10年余にわたる乳児神経発達健診により得られた所見につき報告した。この乳児健診は平成3年11月にシステムの見直しが行われ、一次健診の簡略化がなされ、最初より市医師会の小児科医が参加するとともに、個別健診方式も取り入れて各医療機関でも行い得るように変更された。これにより一次健診の受診率は向上したが、フォローアップに関して問題も出てきているが、これらのデータは今後の健診の効率を高めるための基礎資料になり得ると考えられた。 |