学位論文要旨



No 212313
著者(漢字) 青山,正征
著者(英字)
著者(カナ) アオヤマ,マサユキ
標題(和) 大宮市における乳児神経発達健診
標題(洋)
報告番号 212313
報告番号 乙12313
学位授与日 1995.04.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12313号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日暮,真
 東京大学 教授 栗田,廣
 東京大学 教授 金澤,一郎
 東京大学 助教授 早川,浩
 東京大学 助教授 中村,耕三
内容要旨

 心身障害児の早期発見と早期療育の必要性が叫ばれてから久しい。最近その効果の検討がアメリカ教育省のthe Infant Health and Development Programというプロジェクトによりアメリカ全土の代表的な機関で研究され、また文献の渉猟も精力的に行われて、早期療育に何らかの効果があることが示されている。これにより、心身障害児の早期発見に理論的根拠が与えられると考えられる。

 大宮市における生後4ヵ月の乳児神経発達健診は、昭和58年7月に始まり、ほぼ10年余を経過した。この間平成3年11月より、健診システムの見直しが行われ一部改変されたが、それまでの健診システムは三段階から成っていた。即ち、第一段階は保健婦が乳児の姿勢・運動発達についてチェックリストを用いてチェックする段階(一次健診または乳児健康発達相談)、第二段階は、第一段階で異常の項目が多く、メディカルチェックを必要とする乳児を小児科医が主としてBobathの運動発達評価表を参考にしたチェックリストを用いてチェックする段階(二次健診または乳児神経発達健診)、第三段階は第二段階で異常があり、精密健診を必要とする乳児をBobathとVojtaの運動発達評価表を用いて小児神経科医が評価する段階(三次健診または乳児神経精密健診)より構成されている。

 昭和58年7月1日から平成3年10月31日までのデータをまとめてみると、対象児は31.721人で、一次健診の受診児は22.142人であり、受診率は69.8%であった。この中でリスク児として三次健診に送付され受診した乳児は486人であり、送付率は2.9%であった。この中で発見された心身障害児は39人であり、発見率は0.18%であった。内訳は、脳性麻痺0.03%、精神運動発達遅滞は0.07%、ダウン症候群は0.01%、難聴は0.02%、その他0.05%であった。いずれも発見率が低かった。未受診児の分析をしてデータを加算してみると心身障害児の発見総数は52人となり、発見率は0.23%となったが、なお低いことが問題となった。そこで、まず最初に健診の効率を高めることを考えることにした。

 生後4ヵ月の乳児健診では前述したように、一次健診として保健婦が、二次健診として市医師会小児科医がチェックリストを用いてチェックするが、この際、自分の判断に迷いを感じたり、自分の診断に疑問を覚えたりすることがある。したがって、どのような項目がチェックされた場合に、最終的に三次健診で異常と判定されるかを知ることは、当事者が十分満足して効率的に健診がおこなわれるために必要なことである。そこで、昭和58年7月から62年3月の一次健診で二次健診が必要と判断された1,713人及び二次健診で三次健診が必要と診断された419人を対象に、どの項目が多くチェックされているかを後方視的に分析した。この時点で心身障害児と診断された乳児は6人(0.06%)であったが、分析の結果かなり効率良くチェックされているように思われた。それによれば全体的には、チェックされた項目の種類には関係なく、チェックされた項目の数に関係することが分かった。即ち、異常とチェックされた項目数をみると、一次健診では大部分の乳児が3項目以下で、4項目以上チェックされるのは極めて少なく、4項目目がチェックのポイント数であることが分かった。また、二次健診でも、大部分の乳児は3項目以下であり、やはり4項目目がチェックポイントであることが分かった。さらに、異常と診断された乳児は5項目以上チェックされることが示された。このことは、一次健診で保健婦が、二次健診で小児科医がチェックする際に大きな目安となり、健診を円滑に進めるための指標となり得るものと考えられた。 しかし、総体的に生後4ヵ月乳児神経発達健診の発見率が低いことが問題となった。そこで、生後4ヵ月乳児神経発達健診の効率は一体どのくらいであろうかということを検討した。

 ここで、小学校入学時点の就学児健診を考えてみると、一般に受診率が高く、したがって心身障害児の受診率も高いことが充分期待される。年間出生数が確実に掴め、4ヵ月乳児健診を受診し得る年度即ち昭和59年以後に出生し、平成元年4月から平成3年4月までの3年間に小学校に入学した12,634人中の心身障害児102人(0.8%)の調査をしてみると、脳性麻痺は10人(全対象児の0.08%)、脊髄疾患、筋疾患、後天性脳障害等その他の肢体不自由児は19人(0.15%)、精神発達遅滞は軽度、中度、重度合わせて60人(0.47%)、ダウン症候群は13人(0.1%)であり、発生率は諸家の報告より低かった。また生後4ヵ月乳児健診時点に発見されると期待される発見率は脳性麻痺では0.07%、その他の肢体不自由では0.09%、精神発達遅滞では0.08%、ダウン症候群では0.1%で全体の対象児12,634人の0.34%であった。さらに、大宮市の生後4ヵ月乳児神経発達健診の健診効率を計算すると52.9%となった。また、この時点では全体の心身障害児の22.5%しか発見されていないことが分かったが、脳性麻痺に関しては全体の37.5%が発見され、発見効率は42.9%とやや低かった。しかし、精神運動発達遅滞では全体の12.8%しか発見されなつかったにもかかわらず、4ヵ月時点での発見効率は87.5%と高かった。これは、重度の精神運動発達遅滞の場合は重度の運動発達遅滞として充分チェックされていることを示している。さらに、生後8ヵ月、1歳6ヵ月、3歳までに発見されると期待される全体の心身障害児の割合はそれぞれ48.0%、56.9%、82.4%であり、これはそれぞれの健診を行う際の一つの目標値を示すと考えられた。

 次に大宮市の生後4ヵ月乳児神経発達健診においてグレイゾーンにあると思われる要経過観察、要精密健診としてチェックされ、6ヵ月以上経過観察して正常化した乳児(リスク児)の運動発達を調べ、最初から正常児と判断された乳児の運動発達変化と比較して、グレイゾーンにある乳児の発達変化を調べた。これは健診の基礎データとして大切なものである。その結果、正常児130名とリスク児143名の腹臥位、背臥位、座位、立位の発達変化はいずれも直線に近似され、発達直線はほぼ1.3ヵ月の差をもってほぼ平行に推移し、統計学的に有意差があることが分かった。また、これは立位化を中心とした運動発達の遅速の差であることが分かった。

 最後に生後4ヵ月の乳児神経発達健診において昭和58年7月1日より平成元年3月31日までに発見された心身障害児32人のうち、発達チェックが継時的に充分なされている障害児15名の運動発達変化を調べ、正常児とリスク児の運動発達評価と比較した。それによると、脳性麻痺を中心とする運動障害児の運動発達は腹臥位、背臥位、座位、立位すべてにおいて極度に遅れ、難聴児においてもかなり遅れるこたが分かった。これは運動発達においても聴覚路の発達が重要であることを示しているものと思われた。さらに、ダウン症候群を含む精神運動発達遅滞児は運動発達が一番正常に近く、リスク児の範囲に沿いながら発達するが、月齢が進むにつれて外れる傾向にあることが分かった。全般的には心身障害児は立位、座位、腹臥位などの抗重力姿勢の発達を中心として遅れることが示された。

 以上大宮市において行われてきた10年余にわたる乳児神経発達健診により得られた所見につき報告した。この乳児健診は平成3年11月にシステムの見直しが行われ、一次健診の簡略化がなされ、最初より市医師会の小児科医が参加するとともに、個別健診方式も取り入れて各医療機関でも行い得るように変更された。これにより一次健診の受診率は向上したが、フォローアップに関して問題も出てきているが、これらのデータは今後の健診の効率を高めるための基礎資料になり得ると考えられた。

審査要旨

 本研究は一般的に行われている心身障害児の早期発見・早期療育のための生後4ヵ月乳児健診について、その効率的運営、それにともなう種々の問題を解析するために、埼玉県大宮市において10年余行われてきた乳児神経発達健診を例にとり、その最近のまとめ、乳児健診においてチェックされた項目の後方視的分析、乳児健診の効果を知るための就学児健診時点での心身障害児の分析、健診で正常児とグレイゾーンにあるリスク児の運動発達の比較、および心身障害児の運動発達変化を研究したもので、下記の結果を得ている。

1.乳児神経発達健診の最近のまとめ

 昭和58年7月1日から平成3年10月31日までをまとめると、対象児は31,721人で一次健診の受診率は69.8%、二次健診の受診率は86.2%、三次健診の受診率は76.2%であり、一次健診から三次健診への送付率は2.9%であった。この間発見された心身障害児は39人で、発見率は0.18%であり、脳性麻痺7人(0.03%)、精神運動発達遅滞15人(0.07%)、ダウン症候群3人(0.01%)、難聴5人(0.02%)脳奇形2人(0.01%)、筋疾患1人(0.01%)その他6人(0.03%)であった。

2.乳児健診におけるチェック項目の後方視的分析

 昭和58年7月から62年3月の一次健診にて二次健診が必要と判断された1,713人および二次健診にて三次健診が必要と診断された419人を対象にしてどの項目が多くチェックされているかを後方視的に分析してみると、全体的にはチェックされた項目の種類には関係なく、チェックされた項目の数に関係し、一次健診では大部分の乳児が3項目以下で4項目以上チェックされるにのは極めて少なく、また二次健診でも全く同様であり、4項目目がチェックポイントであることが分かった。

3.就学児健診時点での心身障害児の分析

 乳児健診の効果・効率を調べるために、一般に受診率が高くしたがって心身障害児の受診率も高いと期待される就学児健時点での心身障害児の分析をしてその全体像を掴み、乳児健診の効果を調べることを試みたものである。昭和59年4月以後出生し、平成元年4月から平成3年4月までに小学校に入学した12,634人中心身障害児は102人(0.8%)であった。また、生後4ヵ月乳児健診時点に発見されると期待される障害児の発見率は全体の対象児の0.34%であり、大宮市の生後4ヵ月乳児神経発達健診の健診効率は52.9%となった。障害別では脳性麻痺の発見効率は42.9%となり、精神運動発達遅滞では87.5%となった。

4.乳児神経発達健診における正常児とリスク児の運動発達の比較

 大宮市の生後4ヵ月乳児神経発達健診においてグレイゾーンにあると考えられた乳児を調べるために、要経過観察児、要精密健診児としてチェックされたリスク児143名の腹臥位、背臥位、座位、立位の発達変化を調べてみると、初回から正常と判定された正常児130名の発達変化とほぼ同様の獲得傾向を示すが、少なくとも生後4ヵ月から12ヵ月の間では一定の差を示すことが明らかになった。

5.心身障害児の運動発達変化

 継時的に充分発達チェックされている心身障害児15名の運動発達変化を調べ、正常児リスク児の発達変化と比較した。運動障害児は腹臥位、背臥位、座位、立位のすべてにおいて極度に遅れ、難聴児においてもかなりの程度遅れることが分かった。ダウン症候群を含む精神運動発達遅滞児はその運動発達が一番正常児に近くリスク児に沿って発達するが月齢が進むにつれて外れる傾向にあることが分かった。全般的に心身障害児は立位、座位腹臥位などの抗重力姿勢の発達を中心として遅れていた。

 以上、本論文は一般的に行われている生後4ヵ月乳児健診に見られる問題を解析し、明らかにした。これらは今後の健診を遂行するのに非常に参考になる事柄を示しており、一つの重要な貢献と考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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