学位論文要旨



No 212314
著者(漢字) 大島,章弘
著者(英字)
著者(カナ) オオシマ,アキヒロ
標題(和) -ガラクトシドーシス : 遺伝子情報と疾病発現
標題(洋)
報告番号 212314
報告番号 乙12314
学位授与日 1995.04.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12314号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中込,彌男
 東京大学 教授 金澤,一郎
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 助教授 岩森,正男
 東京大学 講師 林,泰秀
内容要旨

 -ガラクトシダーゼ遺伝子本体の異常によりおこる遺伝病としてGM1-ガングリオシドーシスとモルキオB病がある(-ガラクトシドーシスと総称する)。この2つの臨床症状は大いに異なる。GM1-ガングリオシドーシスは神経症状を主症状とするのに対して、モルキオB病は骨軟骨の異形成を伴い神経症状を示さない。GM1-ガングリオシドーシスは更に、その発病の時期より乳児型、幼児型、成人型に分類される。これらは、発病の時期のみならず、臨床症状も質的違いがある。同じ酵素の異常でありながらなぜ多様な臨床症状を呈するのであろうか? この理由を明らかにするために、-ガラクトシダーゼ遺伝子をクローニングし、臨床型と遺伝子型の相関を検討した。この結果は、特定の変異遺伝子が臨床型の決定に強く関与することを示した。さらにそれらの変異遺伝子発現産物の細胞病理を検討することで、これら臨床型の病態解明と多様な臨床型発現機構の解明を試みた。これにより、-ガラクトシダーゼ遺伝子変異が、疾病として表現されるまでの情報の流れが一部明らかにされたと考えられる。

 -ガラクトシダーゼ遺伝子変異の起き方は、遺伝子重複・スプライス異常・点突然変異があり、少なくとも遺伝子情報は数十に多様化していると考えられる。しかし、病気として表現される変異は、2群に分けられた。

 1群は、ほとんど全く活性を失う変異遺伝子群で、多くの種類の種類の変異で起こり、頻度的にも多い。どのような変異であれ、この群に属する変異遺伝子のホモ接合体とこの群に属する2種の異常を含む複合へテロ接合体の臨床型はGM1ガングリオシドーシス乳児型として表現される。多くの変異遺伝子はこの群に属し、乳児型に収れんされる。

 もう1群は、限界閾値以下の残存活性を発現する変異遺伝子群である。この変異群は一般に頻度が低いと考えられ、全く活性のない群とたまたま複合ヘテロ接合体になったときと、血族結婚でホモ接合体になったときに軽症型(幼児型成人型)として表現されると考えられる。

 残存活性を有する群の変異遺伝子をまったく活性のない乳児型GM1ガングリオシドーシス細胞に遺伝子導入し、その性質を検討した。残存活性のあるGM1ガングリオシドーシス変異遺伝子発現産物は、プロセシングに障害があった。この異常を患者線維芽細胞で確認した。表1に幼児型及び成人型GM1ガングリオシドーシスとモルキオB病を決定する変異遺伝子のプロセシング障害を示す。遺伝子変異は異なっても、GM1ガングリオシドーシス幼児型変異遺伝子発現産物は保護タンパクとの複合体形成障害を、GM1ガングリオシドーシス成人型変異はリソソームへの輸送障害を認めた。これが、酵素欠損の主要な原因であると考えられる。これに対して、モルキオB病変異遺伝子発現産物はプロセシング障害を認めなかった。酵素活性の主要な部分は、リソソーム内で保護タンパクと高分子複合体を形成していると考えられる。

表1 変異タンパクの細胞病理

 それぞれの臨床型を決定する変異遺伝子発現産物は、遺伝子上の変異の位置変異は異なっても、共通した分子病理を示すことから、この違いがGM1ガングリオシドーシスとモルキオB病の臨床症状の違いに関係すると考えられた。このことは保護タンパクとの高分子複合体が、ガングリオシドGM1の代謝に重要な役割を持つことを示唆すると思われる。図1に現在までの変異遺伝子発現産物細胞病理と臨床型の対応を示す。

図1 変異遺伝子発現産物の細胞病理と臨床型

 幼児型変異遺伝子をもつ患者線維芽細胞では、その活性低下の機構から予想されるように、ガラクトシアリドーシス細胞と同様、いくつかのプロテアーゼ阻害剤で活性の回復を示した。将来有効なプロセアーゼ阻害剤が開発されれば、幼児型GM1ガングリオシドーシスについては治療の可能性を検討する必要があると思われた。

審査要旨

 本研究は、-ガラクトシドーシス患者の多様な表現型に注目し、遺伝子型との相関を検討することから疾病発現機構の解明を試みた研究であり、以下の研究成果をあげている。

 1.-ガラクトシドーシス患者において欠損する-ガラクトシドーシスの遺伝子クローニングを行なった。ヒト胎盤cDNAライブラリを2種の抗体でスクリーンニングし両抗体で陽性となったクローン1個を得てGP8とした。このクローンは、2379塩基からなり、タンパクコード領域に677アミノ酸(2031塩基)をコードしていた。非転写領域は、5’に34塩基、3’に314塩基を認めた。シグナル配列とみられる23アミノ酸よりなる疎水性アミノ酸配列と7個の糖側鎖結合部位の候補、及び3’切断シグナルを認めた。

 2.COS細胞にGP8を遺伝子導入し発現タンパクの解析を行なった。発現タンパクは内因性の-ガラクトシダーゼと同様に、84kDと88kDの前駆体が生成され64kDの成熟酵素に変換された。精製した発現前駆体を乳児型細胞培養液に加えることで、細胞の活性回復が可能であった。この回復は、ヒト線維芽細胞から精製した前駆体とほぼ同様であった。更に成熟酵素への正常プロセシングとエンドサイトーシスがmannose 6-phosphate輸送系を介していることも確認した。これらは、GP8が正常機能を有する-ガラクトシドーシス遺伝子をコードしていることを示す。

 3.GP8の塩基配列をもとに-ガラクトシドーシス患者の遺伝子解析を行い、計5種の変異遺伝子を同定した。更にヒト乳児型GM1-ガングリオシドーシス患者細胞への変異遺伝子の導入により、変異タンパクの残存活性を検討した。この結果から、変異遺伝子は、その発現産物に残存活性を有する群と有しない群があることが分かった。

 4.表現型と遺伝子型の相関と変異遺伝子発現産物の残存活性を検討することで、-ガラクトシドーシスの軽症型と考えられる幼児型GM1-ガングリオシドーシスは変異遺伝子(R201H,R201C)が発病に関係することが示された。またGM1-ガングリオシドーシス成人型は変異遺伝子(I51T,T82M)に、モルキオB病は変異遺伝子(Y83H,W273L)に関係するとことが示された。

 5.幼児型GM1-ガングリオシドーシスに関係する変異遺伝子(R201H,R201C)発現産物は、共に保護タンパクとの高分子複合体形成障害を認めた。GM1-ガングリオシドーシス成人型に関係する変異遺伝子(I51T,T82M)の発現産物は、共にリソソームへの輸送障害が考えられた。モルキオB病に関係する変異遺伝子(Y83H,W273L)は、プロセシング異常は認めなかったが、分子あたりの活性が低いことが酵素欠損の原因と考えられた。以上より、GM1-ガングリオシドーシスの発病には変異タンパク分子の基質にたいする触媒能のみならず、リソソームへの輸送や保護タンパクとの高分子複合体形成を含んだプロセシングの異常が強く関係することが示された。

 以上、本論文は-ガラクトシドーシスにおける遺伝的背景を明らかにし、表現型と遺伝子型の相関から、表現型の決定に関係する変異遺伝子を同定した。更にそれらの変異遺伝子発現産物のプロセシング異常を検討し、表現型と細胞病理の相関を示した。-ガラクトシドーシス研究はこれまで蓄積物質や培養細胞の研究によっていたが、本研究はこれまでと異なる新しい方法論で研究を行っており、-ガラクトシドーシス発病機構の解明に重要な貢献をなしたと考えられ、学位に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53916