近代看護婦誕生100年、厚生行政50周年、保健婦助産婦看護婦法制定40周年の年にあたる1988年は看護史上1つの節目ともいえ、これを境に看護をめぐる諸情勢は大きく変化した。この第一段階の発達の特徴は看護の「組織化」にある。「総看護婦長制度」(1950年)は、管理原則の1つである「中央化理論」の一環として導入され、「看護部及び看護部長」の設置(1976年)によって、今日、国立医療施設の看護組織は成立したといえよう。近年の急激な世代交替の結果、看護部組織を構成する看護職員の大半が、戦後の新しい理念によって教育された新制度看護婦となり、ここに、看護部を通して新しい「看護職の職歴」(Occupational career)が初めて形成されるに至った。 看護婦不足の将来予測は、これまでの施設の定着(Organizational retention)問題から、看護職への定着(Professional retention)という、本質を異にする新たな問題へと転換するに至った。この新たな不足(New shortage)には、これまでの数で補うだけの対策では対応しきれないことが明らかとなっている。キャリア開発は、組織と個人の双方を活性化するという面で、企業ではすでにその成果が認められている。看護界において人材育成への努力に比して成果が上がらない原因の1つとして、看護職のキャリア発達の全体像が把握されておらず、研修の位置づけが明確でないことが指摘される。 そこで、看護職の全職歴が把握されるに至った現時点を捉え、組織化が最も進んでいると思われる大学病院の看護管理者を対象に、看護婦としての成長過程について、「ライフコース」と「キャリア発達」の2つの視点から、自作の質問紙調査票を用い、回想法によって調査を行った。Van Maanen.J.& Schein.E.H.のキャリア立体論に依拠し、個人歴・家族歴・職業歴の3軸の発達歴から役割の獲得・変容・放棄の年齢とその関連要因を明らかにし、看護職のライフコースのパターンの類型化を試みた。また、同時代を生きた有職女子と比較することにより、看護職の特性を明らかにした。他方、青井の「時代効果と年齢効果とライフコースとの関係」図を参考に、看護職における「時代効果と年齢効果」を視覚化するための関係図を作成し、試用した。 分析対象は、全国の国公私立大学病院及びその附属施設164施設に所属する看護部長71人(有効回答率53.4%)、副看護部長(看護部所属の局長10人を含む)111人(44.8%)、計182人(47.8%)である。管理者を対象とした理由は、最大限の職歴を把握するためである。(本研究では、分析の基軸となる年齢の記述を重視した。) 調査時の看護部長の平均年齢は55.4歳、副看護部長は52.2歳である。副看護部長では設置主体別に有意差がみられ、昭和47年以降に設置された国立新設医科大学附属病院で最も若く、47年以前からの国立旧設が最年長であった。 専門学歴は、看護婦養成所卒が大半を占めるが、近年、各種制度を活用し大卒資格を取得する者も増加している。最終学歴が短大卒以上の割合は15.9%であるが、多くは看護系以外の大学卒である。大学進学の年齢は入職後、20代後半から40代で30代が過半を占め、70%以上が主任・婦長・副看護部長の役職者である。職業人として最も能力開発がなされるキャリア発達の第II期(確立・発展期)に、大学進学に多大な時間と労力が費やされていることが推察された。 看護管理者の婚姻率は53.3%で、初婚年齢(29.5歳)は、一般女性より5歳高い。近年40歳以上の結婚も希ではなくなり、女性研究者と類似した結婚年齢曲線を描き、「キャリアを先行させた」同世代女性としての共通性がみられた。 有子者の平均結婚年齢は28.2歳、第1子出産は結婚後1年で、一般女性の1.8年より短く、末子出産も早く、女性のライフイベント発生期間の「短縮化」傾向が認められた。既婚者全体の82.5%(初婚年齢40歳以上を除いた場合は88.8%)が子を有し、平均子供数は1.9人である。近年、看護職も高学歴女性と同様、「結婚か仕事か」の二者択一から「結婚も仕事も」へ移行しており、それに伴い、これまで顕著であった継続者と離職者の特性の違いは消退する傾向にある。 看護職も有職女性も共に、明らかに男性にはない、就業継続上の阻害要因としての「共通問題」を抱えていることが改めて確認された。 職業志望は16歳以降で決まることが認められた。看護婦養成所卒業後95.0%が直ちに就業しているが、初職時の就業継続意思はその後の離職・継続には影響していないことが認められた。昇任形式は、「内部昇進推薦制」が大勢を占めており、よい病院管理者の存在が重要となることが示唆された。また、職場の中には「男女差」が多様な形で存在していることが推察された。 役職就任時の平均年齢は、婦長35.9歳,副看護部長46.8歳,看護部長50.3歳であり、すでに戦後生まれの副看護部長が15人誕生している。役職就任までの期間は、婦長15年,副看護部長20-25年,看護部長30年以上となっている。 未婚者が既婚者に比べ有意に若く就任しているが、その差は看護部長3.6歳、副看護部長2.4歳、婦長1.6歳と職位と共に減少する。他の調査結果では、すでに婦長における差は消失していることから、今後は縮小傾向にあるといえよう。 入職後の初回異動までの期間は平均5年、婦長就任までの異動回数は平均3.7回、調査時点迄の総異動回数は平均6.8回である。施設間にわたる移動経験者はほぼ半数である。離・転職経験者は23.0%で、離職理由の第1位に「結婚・育児」をあげ、有職女性と共通した就業継続の阻害要因であることが認められた。離職理由の第2位に「進学」が上げられているのは、看護職独自の事情である。 既婚者の14.7%は別居経験を有し、仕事と家庭の両立の困難な体験をもつ。育児・保育については、看護管理者の対処方法が保育所を主とする女性研究者とは異なり、同様に「老親の介護」についても「施設利用」を主とする女性研究者に対し、看護管理者の77.9%が「自宅」で看ており、対処方法を異にしている。しかし、徐々に類似した対応になりつつあることが示唆された。 現在の職務で感じている困難としては、「能力的限界」で「かなり」感じている者が多いが、施設規模との関連は認められなかった。500床以上の施設で「かなり」感じている者に限定して、看護部長と副看護部長、54歳以下群と55歳以上群について検定したところ、職位と年齢の間に関連が見られた(p<0.01)。今回の結果からは、55歳が看護部長のキャリア発達の第IV期「衰退期」の分岐点となることが示唆された。また、「体力的限界」と「役職在職期間」「相談できる人がいない」と「病床数」「役職在職期間」の間にも関連がみられ、大規模施設に勤務する管理者の困難な側面が確認された。 結婚を中心とした分類では5類型9タイプとなった。個人歴・家族歴・職業歴の三側面について数量化III類によりライフコースのパターンの構造を捉えたところ、4類型に分類された(A:未婚の保健婦・助産婦養成所卒業者(11.1%),B:既婚・子ありの離職経験者(11.1%),C:同一施設継続就業の、教員経験のない養成所卒業者(55.5%),D:他施設移動で継続できた未婚が多い大卒者(22.2%))。大卒のDが、BやCに比較し有意に若く副看護部長に就任しており、教育背景と役職就任時年齢との関連が認められた。また、コーホート分析の結果、時代と共にAからDへその比重が移行する傾向が示唆された。 自作の「社会制度・社会事象と出生年」との関係図により、看護職における出生年代別の「地位達成の過程」Status attainment processが初めて描かれた。コーホート分析から、副看護部長及び看護部長に「若年化」傾向と就任するまでの期間の「短縮化」が認められた。これは、昭和50年代の新設医科大学の設置に伴うもので、看護職におけるライフコースの「時代効果」と「年齢効果」の存在を視覚化したことになり、改めて時代の影響の大きさを確認する。 今回得られた記述統計値を総括し、個人歴・家族歴・職業歴を三層とするキャリア発達過程全体の構造化を試みた。Super,Dalton,Sovieらが提唱するキャリア発達モデルの理念的な各期(3-4期)の起点を画したことにより、「看護職のキャリア発達過程のモデル」が描かれた。三層を同時にみることにより、各期において看護職が直面する輻輳した諸問題を把握することが容易となり、女性の共通問題と看護職の特性が確認される。特に、管理の視点からは、30歳前後の教育的支援及び介護問題の重大性が示唆される。各期の活動水準を加味して看護職の「キャリア発達曲線」の概念図を描出した。今回作成した「社会制度・社会事象と出生年別キャリア発達との関係」図及び「看護職のキャリア発達・形成過程」図は、看護職員のキャリア管理をしていく上で有用である。 今後、設置主体・規模・機能・地域別等の面から研究を蓄積する必要がある。 |