学位論文要旨



No 212318
著者(漢字) 森,隆
著者(英字)
著者(カナ) モリ,ユタカ
標題(和) 好熱嫌気性細菌によるセルロース性バイオマスからの直接エタノール発酵に関する研究
標題(洋)
報告番号 212318
報告番号 乙12318
学位授与日 1995.05.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12318号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,徹
 東京大学 教授 山崎,眞狩
 東京大学 教授 高木,正道
 東京大学 教授 松澤,洋
 東京大学 助教授 五十嵐,泰夫
内容要旨

 エネルギー源の多様化の一方策として、セルロース性バイオマスを原料とした、エタノール生産技術の開発に関する研究は、活発に行なわれてきた。その中心は、Trichoderma reesei等のカビのセルラーゼを用いてセルロースを分解し、生成したグルコースを、酵母あるいはZymomonas mobilis等のエタノール発酵細菌を用いて、エタノールへ変換する方法であった。一方、近年、好熱嫌気性細菌であるClostridium thermocellumが、強力な結晶性セルロース分解能を持ち、かつ直接エタノールを生成することが見いだされ、活発な研究が行なわれている。

 本研究では、セルロースの直接エタノール発酵法をさらに発展させるために、従来のC.thermocellumの菌株よりも、高い変換効率と強力なセルロース分解能を有し、かつセルロース性バイオマスに多量に含まれるキシランを、同時に、エタノールへ変換する好熱嫌気性細菌の探索を行なった。その結果、温泉地土壌より、C.thermocellumの文献最高値の8.3倍のセルラーゼを生成し、セルロース、キシラン、デンプン等の多糖類や種々の6単糖、5単糖から、高い変換効率でエタノールを生成する、Clostridium thermohydrosulfuricum(YM3株)とC.thermocellum(YM4株)のコカルチャーを分離した。

 YM3株は、セルロース分解能はないが、キシラン、デンプンを含む多種類の糖類から、高い変換効率でエタノールを生成した。従来報告されているC.thermohydrosulfuricumの菌株とは異なり、キシランとイヌリンを資化しエタノールを生成することができ、かつエタノールへの変換効率も、1モルグルコース単位当り最高1.96モルと非常に高かった。

 YM4株は、胞子形成頻度が低い、シュ-クロースを資化する、炭酸イオンを絶対的に要求する等の、既報のC.thermocellumの菌株とは異なる、あるいは報告されていない性質を有していた。YM4株は、C.thermocellumとして、これまで報告されている最高値の8.5倍の結晶性セルロース分解酵素を培地中に生産し、かつ生育速度がセルロース、セロビオース、グルコースのいずれを基質とした場合でも既報菌株の2倍以上であった。

 YM3株とYM4株は、安定したコカルチャーを再構成し、YM4株単独の場合よりも短時間でセルロースを分解し、1モルグルコース単位当り約1.4モルのエタノールを生成した。コカルチャーの安定性の原因の一つは、両者が相利共生関係にあることと考えられた。即ち、YM4株は、セルロースを分解しYM3株が資化できるセロビオースやグルコースを供給するとともに、YM3株が生育に必要とするチアミン、ナイアシン活性物質、メチオニンを生成し、一方、YM3株は、YM4株が要求するビタミンB6、B12アナログ、パラアミノ安息香酸、葉酸を生成した。

 C.thermocellumのセルロース分解活性の大部分は、セルロソームと呼ばれる酵素複合体に存在し、また、セルロソームは菌体のセルロースへの吸着を媒介する機能を有することが知られている。YM4株の場合、培地中のセルロース表面の吸着飽和量をはるかに越えるセルロソームを生産しており、この高いセルロソームの生産量が、YM4株の強力なセルロース分解能の原因と考えられた。タイプカルチャーであるJW20株は、セルロソームの他に、その集合体であるポリセルロンームを生成したが、YM4株では、ポリセルロソームの生成は確認されなかった。構成成分を分析した結果、セルロソームは、約20種のポリペプチドとガラクトースを主とする糖およびCa、Znにより構成されていた。セルロソームから、エンドグルカナーゼ活性を有するサブユニットを単離し、その性質を調べたところ、非常に離脱しやすい糖鎖を有していることが判った。また、Caがセルロソームの結晶性セルロース分解酵素の活性および安定性に大きく寄与しているが、結晶構造を持たないカルボキシルメチルセルロース(CMC)の分解酵素活性に影響を与えず、安定性には、むしろ負の効果があることを示した。一方、温和なSDS処理によって、結晶性セルロース分解活性が完全に消失するのに対し、CMC分解活性の大部分が残存することが判った。これらの結果から、セルロソームが特定の規則構造をとることが、結晶性セルロースの分解に必要と推定された。

 電子顕微鏡による観察の結果、セルロソームには、サブユニットがきっちりと詰まった状態のもの(TOBS)と、TOBSの分解途中のものと推定される、サブユニットがゆるやかに集合したもの(LOBS)とがあり、その大きさから、JW20株では2x106〜2.5x106Da、YM4株では約3.5x106Da、また、JW20株が生成するポリセルロソームは、50x106〜80x106Daと推定された。種々の分解過程のセルロソームを観察することによって、セルロソームの主要部分が規則的にサブユニットが配置された構造を保持していることを明らかにした。図(a)は、JW20株のセルラーゼ複合体の構造的特徴を示したものであるが、薄い外皮(S)を持ったTOBSの複合体(ポリセルロソーム、OBL)、あるいは、TOBSの凝集体が菌体表層(CW)とセルロース(CE)との吸着を媒介している。TOBSでは、約35個のポリペプチド(PP)がコンパクトに詰まっている。図(b)は、YM4株、JW20株に共通の構造である。LOBSでは、45〜50個(YM4株)あるいは約35個(JW20株)のポリペプチドがゆるやかに詰められている。LOBSの中央には’みぞ’(X)が走り、この’みぞ’を境にして、2つの部分に分かれている。ポリペプチドは、5〜8個単位で1列に並び、その列は隣の列と対になっている。列の間にはひも状物質(LF)があり、各ポリペプチドは、超微細繊維(UF)でLFと結合している。LOBSの周辺部のポリペプチドは規則的な配置を取っていない。

図 C.thermocellumのセルラーゼ複合体の構造。(a)JW20株に特徴的な構造。 (b)YM4株、JW20株に共通の構造。 説明本文参照。

 このような、セルロソームの基本構造から、効率的な、結晶性セルロースの分解様式を考えることが出来る。即ち、同一鎖状に配列したサブユニットがエンドグルカナーゼ活性を有しているとすると、サブユニットの列に沿って並んだ1本のセルロース分子を、同時に切断することができる。生成したオリゴ糖は、切断部位を離れ、セルロソーム内の他のサブユニットにより、最終的にセロビオースにまで分解される。このように、同一鎖上にエンドグルカナーゼが配置され、協同的に作用するならば、従来結晶性セルロースの分解に必須とされてきた、エキソタイプのセルラーゼが無くても、結晶性セルロースの分解が可能であり、また、このような機能的な構造がC.thermocellumの強力な結晶性セルロース分解活性の原因となっているものと考えられる。

 YM4株については改良を試み、変異誘起処理によって、親株の2倍の結晶性セルロース分解酵素、3倍のキシラナーゼ、および2.5倍の-グルコシダーゼ活性を生成する高活性変異株等を収得した。

 好熱嫌気性細菌は、エタノール耐性が弱く、培地中のエタノール濃度が1%(w/w)を越えると生育阻害を受ける。そこで、この問題の解決策として、パーベーパレーション膜を組み込んだメンブレンバイオリアクターの開発を試みた。膜としては、多孔質のポリテトラフルオロエチレン(PTFE)の極薄膜(厚さ、5m)にシリコンゴムを包埋したものが最も優れていた。試作したバイオリアクターを用いて、YM3株によるデンプンからの直接エタノール発酵を行なったところ、培養液中のエタノールを連続的に濃縮、回収すると同時に、培養液中のエタノール濃度を低レベルに保つことによって、エタノールによる生育阻害が軽減され、かつ固定化による菌体の高密度化の効果もあり、エタノールの生産速度は2.2倍に向上した。

 本研究で開発した、直接エタノール発酵法は、(1)単一工程であることから、装置および操作が簡単である (2)60℃で反応を行なうので、離菌汚染の危険が少ない (3)セルロースだけでなく、ヘミセルロース等の種々の糖が混在している試料にも適用できる (4)冷却や通気が不用で、エネルギー的に有利である、等の利点があり、種々のセルロース性バイオマスからのエタノール生産方法として優れた方法であると考えられる。

審査要旨

 セルロースは地球上で最も多量に存在し,かつ再生可能な有機化合物であり,セルロース性バイオマスを原料としたエタノール生産技術の開発は,エネルギー源の多様化を図るために極めて重要な課題である。本論文は,セルロースから直接効率的にエタノールを生産する好熱嫌気性共生細菌を分離し,その菌学的性質,培養特性,共生関係,セルロース分解酵素系を明らかにするとともに,エタノール生産を効率的に行うためのバイオリアクターを開発した結果について述べたもので6章よりなっている。

 第1章では,セルロースを直接エタノールへ変換する菌株の分離について述べている。種々の分離源を用いてスクリーニングを試みた結果,温泉地土壌よりセルロース,キシランなど多種類の糖を資化し,多量のエタノールを生成する好熱嫌気性共生細菌群IB22を分離した。IB22は広い糖類の資化性と高いエタノール変換能を持ったYM3株と,強力なセルロース分解能を有するYM4株との共生的コカルチャーであることが明らかにされた。

 第2章では,分離菌株の分類学的検討と培養特性等の諸性質について述べている。分類学的検討の結果,YM3株は Clostridium thermohyrosulfuricum YM4株の方は Clostridium thermocellumと同定された。既報の菌株と比較して,YM3株はキシランとイヌリンを分解しエタノールを生成,またYM4株は文献最高値の8.5倍の結晶性セルロース分解酵素を生産する等,セルロース性バイオマスからのエタノール生産に適した性質を有していることを明らかにしている。

 第3章では,YM3株とYM4株の共生関係について述べている。生育因子を検討した結果,両者は相利共生関係にあり,YM3株はYM4株が必要とするビタミンB6,B12アナログ,パラアミノ安息香酸,葉酸を生成し,一方,YM4株はセルロースを分解して,低分子の糖類を供給するとともに,YM3株が必要とするナイアシン活性物質,チアミン,メチオニンを生成していることを明らかにした。

 第4章では,C.thermocellum YM4株ならびに標準株(ATCC 31449株)のセルロース分解酵素系について述べている。YM4株は3.5MDaのセルラーゼ複合体(セルロソーム)を生成したが,標準株は2-2.5MDaのセルロソームと50-80MDaのポリセルロソームを生成した。セルロソームは約20種のポリペプチド,ガラクトースを主とする糖,CaおよびZnより構成されていた。さらにセルロソームからエンドグルカナーゼ活性を有するサブユニットを単離し,このサブユニットおよびセルロソームの酵素化学的諸性質を明らかにしている。Caはセルロソームの結晶性セルロース分解活性に必須であり,その熱安定性にも重要な役割を果していたが,非晶性のセルロースの分解活性および熱安定性に対する影響は極めて小さいこと,また,電子顕微鏡による観察の結果,セルロソームはサブユニットが規則的に配列した構造を有することを示し,その構造に基づいて,エキソタイプのセルラーゼを必要としない結晶性セルロースの分解様式を提案している。

 第5章では,YM4株の改良について述べている。紫外線処理,線処理および馴養培養により親株の2倍の結晶性セルロース分解酵素,3倍のキシラナーゼ,2.5倍のセロビアーゼを生産する高活性変異株を,また,親株よりも4℃高温で生育する高温耐性株および4.25%(v/v)のエタノール濃度下で生育するエタノール耐性株を取得している。

 第6章では,エタノール生産用のバイオリアクターの開発について述べている。エタノール生産性の向上と効率的な回収を目的として,パーベーパレーション膜を組み込んだメンブレンバイオリアクターを試作しており,微細孔にシリコンゴムを包埋した多孔性PTFE膜がエタノール選択性,透過流速および耐久性の点で優れていることを示している。これをYM3株による無蒸煮デンプンからの直接エタノール発酵に適用したところ,培養液中のエタノールを濃縮,回収すると同時にエタノールによる生育阻害を軽減し,また,菌体が固定化されて生菌数が増加することによってエタノールの生産速度を2.3倍に上昇させることに成功している。

 以上要するに,本研究は地球上でもっとも多量に存在するセルロース系パイオマスから直接発酵法によってエタノールを高効率で生成する好熱嫌気性細菌を発見し,その諸特性を解明して高いエタノール生産速度を達成したもので学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)として価値あるものと認めた。

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