審査要旨 | | 本論文は枯草菌(Bacillus subtilis)を用いたクリジンの発酵生産法に関して,生産菌の育種,ウリヂンの生合成経路の調節機構,変異株によるウリヂンの蓄積機構等について述べたものであり,7章より成っている。 第1章では,本研究の背景として,ピリミジンヌクレオシドの各種医薬の合成原料としての有用性とコスト面からの直接発酵法の必要性について述べている。 第2章では,枯草菌におけるピリミジン生合成経路の調節機構を解析するために,シチジンデアミナーゼ欠損株を作成し,UMP生合成酵素系の発現は,シチジン誘導体では抑制されず,ウラシル系物質によってのみ抑制されることを明瞭に示した。また,これまで不明であったUTPからCTPの合成反応を触媒するCTP合成酵素の調節機構についても検討し,この酵素は,シチジン系物質により合成が抑制され,CTPにより活性が阻害されることを明らかにし,これらの結果を総合して枯草菌におけるピリミジン生合成経路の調節機構の大要を明らかにした。 第3章では,枯草菌におけるUMPの生合成経路の制御機構を解除して,ウリジン発酵生産菌を育種するために,2-チオウラシルおよび6-アザウラシルなどのアナログ耐性株の取得を繰り返しおこなって,複数の変異を蓄積することにより,16%のグルコースを含む培地において46mg/mlのウリジンを蓄積するNo.508株を分離した。しかし,この株はウリジンの他に若干のウラシルを副生した。その原因として,No.508株には,ウリジンをウラシルに分解するウリジンホスホリラーゼが存在することを見つけ,この株から本酵素活性の欠損株を誘導し,55mg/mlのウリジンを蓄積するNo.556株を得た。 第4章ではウリジンの蓄積機構を解明するために,UMPの代謝に関与する諸酵素活性の変動を調べ,No.556株では,(1)カルバミルリン酸合成酵素のUMPKよる阻害が解除されている,(2)UMP生合成系酵素群の発現のウラシル誘導体による抑制が解除されている,(3)ウリジンからウラシルの生成反応を触媒するウリジンホスホリラーゼが欠失していることを確認した。 第5章では,No.556株におけるウリヂン発酵のための培養条件を検討し,窒素源,炭素源,pH,通気条件などを最適化した。特に,窒素源としては,コーンスティープリカーと(コーングルテンミールまたはカザミノ酸)の組み合わせが,ウリヂンの蓄積に特に有効であることを発見した。 第6章では,ウリヂン生産を促進するカザミノ酸中の有効成分を追求し,ホモセリンあるいは(メチオニン+スレオニン)がカザミノ酸と同じ効果を示すことを発見した。 さらにその理由を検討し,No.556株では,第4章で明らかにした各変異のほかに,アスパラギン酸--セミアルデヒドからホモセリンの生成反応を触媒するホモセリン脱水素酵素が欠損し,この欠損がアスパラギン酸プールの増大を通じてウリジン蓄積の増加に寄与していることを明らかにした。すなわち,(1)No.556株からホモセリン脱水素酵素活性の回復した復帰変異株を誘導すると,ウリジン蓄槓が35mg/ml前後にまで減少する,(2)復帰変異株におけるウリジン生産の減少は,ホモセリンの前駆体であると同時に,UMPの合成素材でもあるアスパラギン酸を培地に添加することにより部分的に解除される,(3)ホモセリン脱水素酵素欠損変異株では,復帰変異株の場合と異なり,培養液中に有意の量のアスパラギン酸が検出されるなどの事実を見出した。 第7章は本論文の内容の総括である。 以上,本論文は枯草菌に計画的な変異処理を繰り返すことによって,ウリジン生産菌を育種し,ウリジンの発酵生産法を確立するとともに,枯草菌におけるピリミジン合成系の制御機構と変異株におけるウリヂン蓄積の機構を解明したものであり,学術上ならびに応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。 |