学位論文要旨



No 212319
著者(漢字) 土居,宗晴
著者(英字)
著者(カナ) ドイ,ムネハル
標題(和) ウリジンの発酵生産に関する研究
標題(洋)
報告番号 212319
報告番号 乙12319
学位授与日 1995.05.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12319号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 魚住,武司
 東京大学 教授 児玉,徹
 東京大学 教授 山崎,眞狩
 東京大学 教授 高木,正道
 東京大学 助教授 正木,春彦
内容要旨

 ウリジンやシチジンなどのピリミジンヌクレオシドは、各種医薬の合成原料として有用である。従来、このようなピリミジン関連物質の製造には、リボ核酸(RNA)が利用されており、工業的には、酵母RNAを微生物酵素で分解して呈味性の5’-イノシン酸ナトリウムや5’-グアニル酸ナトリウムを製造する際の副産物として製造されてきた。しかしながら、最近になり、5’-イノシン酸や5’-グアニル酸の製造法の重点が、RNAの分解法から、いわゆる代謝調節変異株を用いる直接発酵法に移行してきたために、ピリミジン関連物質に関しても、従来のように、大量かつ安価に入手することが困難になってきた。

 このような理由から、著者らは、RNA分解法に代わるピリミジン関連物質の新しい製造法の開発を進めてきた。本稿では、直接発酵によるウリジンの新規製造法の確立と、この過程で解明することができたBacillus subtilisによるピリミジン生合成経路の調節機構について論述する。

1.Bacillus subtilisにおけるピリミジン生合成経路の調節機構

 B.subtilisのUMP生合成系酵素は、培地にウラシルやシチジンなどのピリミジン系物質を添加することによって、同時的に抑制されることが知られている。しかしながら、培地に添加されたシチジンは、菌体の内外に存在する分解酵素の作用によって、容易にウラシル系物質に変換されるので、従来の知見からは、酵素合成の抑制に関与する、より直接的な因子がウリジン系物質なのか、シチジン系物質なのかを区別することが困難であった。

 本研究では、B.subtilisのシチジンデアミナーゼ欠損株を用いて、この点の区別を試み、UMP生合成系酵素は、シチジン誘導体では抑制されず、ウラシル系物質によってのみ抑制されることを明瞭に示すことに成功した。さらに、これまで不明であったUTPからCTPの合成反応を触媒するCTP合成酵素の調節機構についても検討を加え、この酵素は、シチジン系物質により合成が抑制され、CTPにより活性が阻害されることを明らかにした。

 これらの結果を基に、B.subtilisにおけるピリミジン生合成経路の調節機構の大要を提示した。

2.ウリジン生産菌の育種

 UMPの生合成経路には、上に述べたような制御機構が働いているので、ウリジン発酵を成立させるためには、そのような制御を打ち破る必要がある。制御機構の一般的な打破方法としては、いわゆるアナログ耐性株を取得する方法が知られている。本研究で標的となるアナログとしては、ウラシルと類似の構造を有する物質で、フィードバック制御に関しては、ウラシルと同じ機能をもつが、細胞の増殖には利用されない物質が挙げられる。

 検索試験の結果、2-チオウラシルおよび6-アザウラシルなどのアナログがこれに該当することが判明した。そこで、B.subtilis No.122から、これらのアナログ耐性株を誘導し、16%のグルコースから46mg/mlのウリジンを蓄積するNo.508株を分離した。しかし、この株はウリジンの他に若干のウラシルを副生した。その原因を調べてみると、No.508株には、ウリジンをウラシルに分解するウリジンホスホリラーゼが存在することが判明したので、この株から本酵素活性の欠損株を誘導した結果、多量のウリジン(55mg/ml)を選択的に蓄積するNo.556株を得ることができた。

3.ウリジンの蓄積機構

 UMPの代謝に関与する諸酵素活性の変動を調べ、No.556株では、1)カルバミルリン酸合成酵素のUMPによる阻害が解除されている、2)UMP生合成系酵素群のウラシル誘導体による抑制が解除されている、3)ウリジンからウラシルの生成反応を触媒するウリジンホスホリラーゼが欠失していることを確認した。さらに、この変異株では、上記の各変異の他に、4)アスパラギン酸--セミアルデヒドからホモセリンの生成反応を触媒するホモセリン脱水素酵素が欠損し、この欠損がウリジン蓄積の増加に寄与していることを見出した。すなわち、(1)No.556株からホモセリン脱水素酵素活性の回復した復帰変異株を誘導すると、ウリジン蓄積が35mg/ml前後にまで減少する、(2)復帰変異株におけるウリジンの減少は、ホモセリンの前駆体であると同時に、UMPの合成素材でもあるアスパラギン酸を培地に補填することにより部分的に解除される、また、(3)No.556株では、復帰変異株の場合と異なり、培養液中に有意の量のアスパラギン酸が検出されるなどの事実を見出した。

 これらの結果から、変異株No.556では、ホモセリン脱水素酵素の欠損によって、アスパラギン酸の供給量が増加し、これがフィードバック制御の解除されたUMP合成系に流れて、多量のウリジンが蓄積されるものと推定した。

4.ウリジンの発酵生産

 ウリジンの生産条件を検討し、得られた知見を基に、No.556株を最適条件下で培養した。その結果、18%のグルコースから65mg/mlの高収率でウリジンが生産されることを認め、ここに初めて、直接発酵によるウリジンの新しい工業的製造法を確立することができた。

 以上のように本研究は、B.subtilisにおけるピリミジン生合成経路の調節機構を解明し、これを発酵に応用することにより、医薬の製造原料とし有用なウリジンの工業的製造法を確立したものである。このようにして生産されたウリジンは、化学合成法によって容易にシチジン関連物質に変換されるので、シチジン系医薬の製造にも利用することができる。事実、CDP-コリンの合成原料であるCMPの製造では、ウリジン→シチジン→CMPの合成ルートを利用することにより、従来のRNA分解法と比較して、コスト的に著しく有利になることが、実生産を通じて明らかにされた。一方、本研究で得られたピリミジン生合成経路の調節機構に関する知見は、生命現象理解の一端に寄与するものと思われる。

審査要旨

 本論文は枯草菌(Bacillus subtilis)を用いたクリジンの発酵生産法に関して,生産菌の育種,ウリヂンの生合成経路の調節機構,変異株によるウリヂンの蓄積機構等について述べたものであり,7章より成っている。

 第1章では,本研究の背景として,ピリミジンヌクレオシドの各種医薬の合成原料としての有用性とコスト面からの直接発酵法の必要性について述べている。

 第2章では,枯草菌におけるピリミジン生合成経路の調節機構を解析するために,シチジンデアミナーゼ欠損株を作成し,UMP生合成酵素系の発現は,シチジン誘導体では抑制されず,ウラシル系物質によってのみ抑制されることを明瞭に示した。また,これまで不明であったUTPからCTPの合成反応を触媒するCTP合成酵素の調節機構についても検討し,この酵素は,シチジン系物質により合成が抑制され,CTPにより活性が阻害されることを明らかにし,これらの結果を総合して枯草菌におけるピリミジン生合成経路の調節機構の大要を明らかにした。

 第3章では,枯草菌におけるUMPの生合成経路の制御機構を解除して,ウリジン発酵生産菌を育種するために,2-チオウラシルおよび6-アザウラシルなどのアナログ耐性株の取得を繰り返しおこなって,複数の変異を蓄積することにより,16%のグルコースを含む培地において46mg/mlのウリジンを蓄積するNo.508株を分離した。しかし,この株はウリジンの他に若干のウラシルを副生した。その原因として,No.508株には,ウリジンをウラシルに分解するウリジンホスホリラーゼが存在することを見つけ,この株から本酵素活性の欠損株を誘導し,55mg/mlのウリジンを蓄積するNo.556株を得た。

 第4章ではウリジンの蓄積機構を解明するために,UMPの代謝に関与する諸酵素活性の変動を調べ,No.556株では,(1)カルバミルリン酸合成酵素のUMPKよる阻害が解除されている,(2)UMP生合成系酵素群の発現のウラシル誘導体による抑制が解除されている,(3)ウリジンからウラシルの生成反応を触媒するウリジンホスホリラーゼが欠失していることを確認した。

 第5章では,No.556株におけるウリヂン発酵のための培養条件を検討し,窒素源,炭素源,pH,通気条件などを最適化した。特に,窒素源としては,コーンスティープリカーと(コーングルテンミールまたはカザミノ酸)の組み合わせが,ウリヂンの蓄積に特に有効であることを発見した。

 第6章では,ウリヂン生産を促進するカザミノ酸中の有効成分を追求し,ホモセリンあるいは(メチオニン+スレオニン)がカザミノ酸と同じ効果を示すことを発見した。

 さらにその理由を検討し,No.556株では,第4章で明らかにした各変異のほかに,アスパラギン酸--セミアルデヒドからホモセリンの生成反応を触媒するホモセリン脱水素酵素が欠損し,この欠損がアスパラギン酸プールの増大を通じてウリジン蓄積の増加に寄与していることを明らかにした。すなわち,(1)No.556株からホモセリン脱水素酵素活性の回復した復帰変異株を誘導すると,ウリジン蓄槓が35mg/ml前後にまで減少する,(2)復帰変異株におけるウリジン生産の減少は,ホモセリンの前駆体であると同時に,UMPの合成素材でもあるアスパラギン酸を培地に添加することにより部分的に解除される,(3)ホモセリン脱水素酵素欠損変異株では,復帰変異株の場合と異なり,培養液中に有意の量のアスパラギン酸が検出されるなどの事実を見出した。

 第7章は本論文の内容の総括である。

 以上,本論文は枯草菌に計画的な変異処理を繰り返すことによって,ウリジン生産菌を育種し,ウリジンの発酵生産法を確立するとともに,枯草菌におけるピリミジン合成系の制御機構と変異株におけるウリヂン蓄積の機構を解明したものであり,学術上ならびに応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。

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