学位論文要旨



No 212320
著者(漢字) 服部,浩之
著者(英字)
著者(カナ) ハットリ,ヒロユキ
標題(和) 土壌微生物活性に及ぼす重金属の影響
標題(洋)
報告番号 212320
報告番号 乙12320
学位授与日 1995.05.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12320号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 茅野,充男
 東京大学 教授 山崎,素直
 東京大学 教授 松本,聰
 東京大学 教授 森,敏
 東京大学 助教授 小柳津,広志
内容要旨

 近年、環境問題が深刻化しているが、土壌も重金属等の有害物質による汚染が進んでいる。特に、日本では、鉱山が多くその下流にある水田地帯が広範囲にわたって、重金属で汚染されてきた歴史がある。現在、鉱山の廃鉱や各種排出規制の徹底に伴い、鉱山や精錬所を発生源とする土壌汚染の可能性は非常に少なくなったが、その反面、重金属の汚染源は多様化し、汚染はより広範囲に拡散している。いったん土壌に負荷された重金属は半永久的に土壌中に留まることから、今後も土壌中の重金属含量は増加することが予想される。中でも、農耕地の土壌の重金属の汚染源として注目されるのは、汚泥の土壌還元に伴って土壌に持ち込まれる重金属である。汚泥の土壌還元量は、その処理処分問題も絡んで、今後も増加することが予想される。

 土壌中での重金属に関する研究は、土壌-植物系での挙動を中心になされ、土壌中の物質循環に重要な役割を果たしている土壌微生物とその活性への重金属の影響に関する研究は少ない。重金属汚染から土壌の機能を保全していくためにも、植物の生育への影響と同時に土壌微生物活性への重金属の影響も明らかにする必要がある。

 本研究は、土壌の微生物活性に及ぼす重金属の影響を、その阻害機構や土壌の許容量なども含めて明らかにすることを目的として行った。特に、今後、土壌の重金属汚染源として重要になると思われる汚泥の緑農地還元に焦点をあて、汚泥中の重金属の土壌微生物活性への影響を明らかにすることを最終的な目的とした。

(1)土壌中での汚泥の分解

 土壌中での汚泥の分解性は汚泥の種類によって異なる。汚泥中の重金属の土壌微生物活性への影響を調べるにあたり、まず、汚泥の成分組成と分解性との関係、さらに、土壌中の微生物数、酵素活性と分解性との関係を調べ、土壌中での汚泥の分解性を支配している要因を明らかにすることを試みた。その結果、汚泥間で有機態炭素の分解性が異なるのは、特に汚泥中の無機物量が異なるためと考えられ、無機物が有機物の分解を抑制していることが示唆された。また、分解性の大きい汚泥を添加したときほど、土壌中の細菌数が多く、プロテアーゼ活性が高くなる傾向にあった。したがって、汚泥の成分組成の違い、特に無機物量の違いが土壌の細菌数、プロテアーゼ活性に反映され分解性に差が生じると考えられた。汚泥中の重金属量と分解性との関係はみられなかった。

 また、汚泥を連用し重金属が蓄積した土壌で、汚泥の分解が影響を受けるかどうかを調べたが、新たに添加した汚泥は、汚泥連用土でも対照土と同じ分解性を示した。以上の結果からは、汚泥に含まれる重金属が汚泥の分解自体に及ぼす影響は明らかでなかった。

(2)各種重金属が土壌微生物活性に及ぼす影響

 カドミウム(Cd)、クロム(Cr)、銅(Cu)、ニッケル(Ni)、鉛(Pb)、亜鉛(Zn)を砂質土と淡色黒ボク土に添加し土壌からのCO2発生量(微生物活性の指標)及び土壌微生物相に及ぼす影響を調べた。

 その結果、すべての重金属がCO2発生量を低下させたが、その影響は金属により、また土壌により異なった。土壌間では、砂質土で影響が大きく、金属間では、Pb<Cr=Zn<Ni=Cu<Cdの順に影響が大きかった。また、CO2発生量への影響が大きいときほど土壌中の糸状菌数は増加した。

 土壌中の重金属の形態を比較すると、全金属とも水溶性の量が、砂質土で淡色黒ボク土よりも多く、さらに、CO2発生量を大きく低下させた金属ほど水溶性の形態のものが多い傾向にあった。また、土壌細菌のコロニー形成に対する毒性を調べ、コロニー数を1/10にするときの濃度(ED90値)を比較すると、CO2発生量を大きく低下させた金属ほど、細菌に対する毒性が強い傾向がみられた。土壌中の水溶性金属量を細菌のコロニー形成に対するED90値で割って、その値とCO2発生量との関係を見ると、この値が大きいほどCO2発生量が減少する傾向にあった。以上の結果から、重金属による微生物活性の阻害度は、土壌中の水溶性金属量と土壌細菌に対するその金属固有の毒性によって決まると考えられた。

(3)土壌微生物活性及び植物生育からみた土壌の重金属許容量

 土壌微生物活性及び植物の生育からみた土壌の重金属許容量を明らかにするため、5種類の土壌(川砂、砂質土、沖積土、淡色黒ボク土、黒ボク土)にCdとZnを添加し、土壌中の濃度と微生物活性及び小麦の生育との関係を調べた。

 微生物活性は、どの土壌でも水溶性Cd量が1mg kg-1乾土以上になるとその対数値に比例して減少した。また、これに対応して土壌中の放線菌数が減少し、糸状菌数が増加した。水溶性Znと微生物活性との関係は、土壌によって異なったが、活性が低下しはじめるときの水溶性Zn濃度は、川砂以外の土壌では、おおよそ1〜10mg kg-1乾土であった。

 小麦の生育は、土壌によっては水溶性Cdが0.1mg kg-1乾土でも大きく阻害され、さらにすべての土壌で少なくとも1mg kg-1乾土では阻害がみられ、微生物活性に比べて明らかにCdに対して感受性が強かった。一方、Znでは、すべての土壌で水溶性Znが1〜10mg kg-1乾土以上で生育量が減少し、微生物活性が低下しはじめる濃度とほぼ同じであった。

 微生物活性と小麦の生育で、あるいはCdとZnで土壌中の重金属許容量が異なるのは、細菌と植物の重金属吸収特性の違いや、CdとZnの体内許容量の違いなどに基づくものと考えられた。

(4)カドミウムの有機物分解阻害機構

 土壌中での各種有機物の分解に及ぼすCdの影響を調べ、その結果から、CdがCO2発生量を低下させる機構として次の3点が考えられた。

 まず、第一に、グルコース、セルロースの分解に及ぼすCdの影響を調べた結果、CO2発生量は、Cd濃度が高い土壌ほどわずかながら減少したが、ATP量、糸状菌数はCd濃度が高い土壌で多い傾向にあった。このことから、Cd添加土壌でCO2発生量が減少するのは、土壌中のバイオマス、特に糸状菌に取り込まれる炭素量が増加するためと考えられた。

 第二に、各種有機物の分解に及ぼすCdの影響を比較した結果、汚泥、稲ワラなどCdを吸着しやすい有機物の分解が大きく阻害された。このことから、Cdが有機物に吸着することによって、その有機物を土壌微生物による攻撃からブロックし、分解を抑えていることが考えられた。実際にCdを吸着させた汚泥や稲ワラの土壌中や水溶液中での分解性は大きく低下した。

 第三に、Cdの添加による微生物相の変化が考えられた。(3)で、土壌中の水溶性Cd及びZn濃度が高くなるほど放線菌数が減少し、糸状菌数が増加したが、細菌、放線菌、糸状菌による汚泥の分解性を比較した結果、放線菌の汚泥分解能が高いことが認められ、重金属添加土壌での放線菌の減少が有機物の分解性の低下に結びつくことが示唆された。

(5)汚泥由来の重金属が土壌微生物活性に影響を及ぼす可能性

 汚泥及び汚泥連用土壌中の重金属の形態、さらに、汚泥、汚泥添加土壌からZnとCuが溶出する条件を調べ、汚泥中の重金属が土壌微生物活性に影響を及ぼす可能性を検討した。

 6種類の汚泥中の重金属の形態を逐次抽出法で調べた結果、水溶性の量はCuが比較的多かった。汚泥を連用した土壌中のCuは、ピロリン酸ナトリウムで抽出される画分が増加し、他の画分はほとんど増加しなかった。したがって、汚泥中の水溶性のCuも土壌に施用されると、土壌成分、特に有機物に吸着されることが示唆された。

 また、各種汚泥、及び汚泥添加土壌から種々の濃度の酸で溶出されるZn、Cuの溶出量を調べた結果、汚泥の種類、土壌の種類によらず、Znは抽出液のpHが約5.5が以下、Cuは約4以下で溶出量が増加した。これは、汚泥施用後約10年経過した土壌でも変わらなかった。

 以上の結果から、汚泥中の重金属が土壌微生物活性に影響を及ぼす可能性として、第一に、水溶性のCuが多い汚泥を施用した場合、水溶性Cuが土壌有機物に吸着しその分解を抑えること、第二に汚泥を施用した土壌がpH5.5以下の酸性になった場合、汚泥中のZnが可溶化し、土壌微生物に影響を及ぼすことが考えられた。

 以上のように、本研究によって、重金属の土壌微生物活性阻害機構や土壌の重金属許容量等の一端が明らかになり、汚泥中の重金属が微生物活性に影響を及ぼす可能性も示唆された。最後に、これらの結果に基づいて、汚泥施用土壌の重金属の管理基準について考察し、微生物活性や植物生育に影響を及ぼさないような基準として次の4点を提案した。

 (1)汚泥中の水溶性のCu量は乾物当たり10mg kg-1以下とする。

 (2)汚泥施用土壌のpHを5.5以下にならないようにする。

 (3)汚泥施用土壌中のZn含量は、土壌の5倍量の1M HClで抽出される量として、200mg kg-1を超えないようにする。

 (4)汚泥施用土壌中のCd含量は、土壌の5倍量の1M HClで抽出される量として、0.5mg kg-1を超えないようにする。

審査要旨

 本研究は今後重要な問題になると懸念される下水汚泥の緑農地還元に伴う土壌の重金属汚染に関連して,汚泥中重金属の土壌微生物に対する影響を明らかにしたもので,5章よりなる。

 第1章では土壌での汚泥の分解を支配している要因を検討している。汚泥の分解は汚泥に含有される重金属以外の無機物によって抑制されることが明らかにされた。これは汚泥の無機物量の違いが土壌の歯株数やプロテアーゼ活性に影響することと関連しているためと推定している。また,汚泥連用効果に関しては新たに添加された汚泥の分解には連用に伴う促進効果あるいは逆に連用に伴う重金属蓄積による抑制などは認められないことが示された。

 第2章では6種類の重金属(Cd,Cr,Cu,Ni,Pb,Zn)を2種類の土壌(砂質土と淡色黒ボク土)に添加し,土壌からのCO2発生量および土壌微生物相の違いを調べた。その結果,土壌微生物活性に対する各種重金属の毒性は金属の電気陰性度とある程度関連し,Cd>Cu=Ni>Zn=Cr>Pbの順となること,砂質土では淡色黒ボク土より低濃度で抑制のあらわれることが明らかになった。また,CO2発生の抑制と微生物活性の阻害度は土壌中の水溶性重金属の濃度に支配されることならびにCO2発生の抑制と土壌中の糸状菌数の増加および細菌の減少は関連していることが判明した。

 第3章では微生物活性に対する毒性の強いCdお上び汚泥中の濃度の高いZnについて,微生物活性および植物の生育からみた土壌の許容量を明らかにするため,5種類の土壌(川砂,砂質土,沖積土,淡色黒ボク土,黒ボク土)に種々の濃度のCdとZnを添加して小麦な栽培し,CO2発生量および小麦の生育に及ばす土壌の添加重金属量および水溶性重金属量の影響を調べた。微生物活性はどの土壌でも水溶性Cdが1mg kg-1乾土以上になるとその対数値に比例して減少した。また,水溶性Znが1〜10mg kg-1乾土以上になると,微生物活性が低下した。小麦の生育は,どの土壌でも水溶性Cdが1mg kg-1乾土以下で大きく阻害され,微生物活性に比べて明らかにCdに対して感受性が強いことが判明した。一方,Znでは,すべての土壌で水溶性Znが1〜10mg kg-1乾土以上で小麦生育量が減少し、微生物活性が低下しはじめる濃度とほぼ同じであることを明らかにした。

 第4章ではCdのCO2発生抑制機構を検討した。その結果,有機物にCdを結合させて添加した場合,有機物の分解抑制が大きいことが示され,Cdは有機物に結合することによって有機物の微生物による分解を受けにくくすることを明かにした。また,Cd添加により糸状菌への炭素量の取り込みが増大すること,さらに土壌中の水溶性Cdにより特に汚泥分解活性の高い放線菌が減少することもCO2発生抑制の原因となっていることを明らかにした。

 第5章では汚泥中の重金属の形態,汚泥連用土壌中の重金属の形態を逐次抽出法および酸溶出法により調べた。その結果汚泥中の水溶性重金属の割合はCuが最も高いが汚泥を連用すると土壌中ではCuがピロリン酸ナトリウム可溶性,即ち有機物吸着態Cuとなることが示された。このことから水溶性Cu含量の高い汚泥を施用した場合,水溶性Cuが土壌有機物に吸着し,その分解を抑制するようになると推定された。一方,酸抽出実験の結果,汚泥な施用した土壌がpH5.5以下の酸性になった場合,特に汚泥中のZnが可溶化し,土壌微生物に影響を及ぼすようになることも明らかにされた。

 以上,本論文は重金属の土壌微生物活性阻害機構や土壌の重金属許容量および汚泥中の重金属が微生物活性に影響な及ぼす機構を明らかにしたものである。得られた結果に基づき汚泥施用土壌の重金属の管理基準,即ち,微生物活性や植物生育に影響を及ぼさないようた基準を提言したものであり,学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,博士(農学)を授与するに価するものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50942