学位論文要旨



No 212322
著者(漢字) 藤原,多見夫
著者(英字)
著者(カナ) フジワラ,タミオ
標題(和) 土壌改良による粘質土開発ブドウ園の収量・品質の向上に関する研究
標題(洋)
報告番号 212322
報告番号 乙12322
学位授与日 1995.05.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12322号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 茅野,充男
 東京大学 教授 崎山,亮三
 東京大学 教授 松本,聰
 東京大学 教授 森,敏
 東京大学 助教授 林,浩昭
内容要旨

 昭和48年に広島県三次市で造成されたブドウ園は、機械化を前提とした労働生産性の高い近代的な営農の基盤をめざし、平均園場勾配3〜4°、1区画1haを目標とした大型園場である。そのため、32tブルドーザーやスクレーパーなど大型の機械が導入され、ha当たり扱い土量は昭和30年代の5,000m3に比べて4〜6倍も多い。その結果、瘠薄で土壌構造の未発達な心土が開園地の表土になり、「草も生えない」、「降ればぬかるみ、乾けばたたき」で代表される未熟土壌の特性が強く顕在化していた。中国地方の中山間地域に造成されたこのような開発果樹園では、ち密で排水不良などが予想されていたので、リッパードーザーによる耕起、栽植列暗渠、灌水施設など栽培阻害要因の排除に配意されていた。それにもかかわらず既成園にない多くの問題が生じ、目標収量の達成が遅れ経営内容を悪くしていた。この原因として、栽培技術にも改善の余地はあるが、あまりにも不良な土壌環境を改善する技術が確立されていないため、健全な樹体が作れないことがあげられる。そこで、瘠薄な心土出現や粘質で排水不良な土壌に対応した土壌改良の基準を作るとともに、土壌と樹体の変化に対応した適切な栽培管理法を提言し、その実用性を明らかにした。

1.樹皮堆肥による粘質土壌の物理性改良方法

 粘質土壌の物理性改善には多量の資材が必要なこと、樹冠の拡大に合わせて逐次改良範囲を広げればよいこと、水の溜り場になりやすいタコツボ方式は適さないことを考慮して条溝状に樹皮堆肥を施用して土壌を改良する方針を選んだ。樹皮堆肥混和の土壌改良作業は、(1)幅50cm、深さ50cmの条溝をミニバックホーにより掘削、(2)掘りあげた土壌の上に樹皮堆肥施用、(3)ロータリー耕を4回駆けて混和、(4)バック耕耘で圧密をかけないようにして埋め戻しの4行程で行ない、1年に50cmずつ改良範囲を樹幹の両側へ広げ、4年間で樹幹から1.5m〜3.5mの範囲を改良した。改良に着手する最初の位置は大切で、樹に障害が出なければ樹幹に近いほど効果の発現が早いことを現地の根群調査で確認できた。なお、現地では、掘削した条溝へ樹皮堆肥を投入し、掘りあげた土壌を埋め戻す簡易な方法を当初行なっていたが、埋め戻し部分は不良土壌の撹乱だけなので、透水性改善は期待できなかった。

 上記のような土壌の物理性改善では、土壌に混和される樹皮堆肥の割合が重要なので、土壌1m3当たりの施用量を基準にし0〜600kgの範囲で試験した。溝幅50cm、溝深50cm、a当たり条溝の延長20mの場合は土壌改良の容積が1年にa当たり5m3になり、土壌1m3当たり100kg混和はa当たり500kg施用に相当する。

2.樹皮堆肥混和による土壌環境の変化

 土壌改良後5ヶ月目の円錘貫入抵抗値は小さく、混和量0〜200kgの間の差はほとんどなかった。しかし、17ヵ月経過後は表層が硬くなり200kg区を除いて測定できなかった。気相率や透水性の変化から、土壌の物理性を改善する樹皮堆肥施用量の下限は土壌1m3当たり100kgで、その効果は透水係数の増大、固相率の低下、気相率の上昇として現われた。この効果は、2〜3年て一度減退し、その後再び改良効果が発現する遷移を示した。易効性有効水分(pF1.5とpF3.0の水分率の差)、難効性有効水分(pF3.0とpF4.2の水分率の差)はともに土壌撹乱で減少したが、易効性有効水分は樹皮堆肥の混和量を増すにしたがって増加する傾向がみられ、全有効水分(pF1.5とpF4.2の水分率の差)は200kg以上の混和量の場合に増加した。土壌の緩衝能は樹皮堆肥200kgの混和で明らかに高まり、稲わらマルチを7年継続したマルチ直下の土壌に近い変化を示した。

 土壌改良効果に遷移がみられるのを土壌の微細構造から解析した。改良後8ヵ月では、ち密な土塊の間隙に樹皮堆肥と粗孔隙が存在し、掘削・混和・埋め戻しのままに近かった。改良後20ヵ月では土壌の一部はフレーク状に崩壊し、原土壌と樹皮堆肥の細片で構成される集合体がみられた。改良後30ヵ月になると、樹皮堆肥と土壌のなじみがみられ、連通した孔隙が認められた。

 土壌改良後の経過年数が土壌微生物相に影響しているのは明らかで、改良歴が古く、堆肥の腐熟化が進むほど糸条菌は顕著に減少した。反面、細菌数は改良後2年目で高い他は差がなく、改良歴が古いほどB/F値が高いのは糸状菌の減少が主要因と考えられた。

3.土壌改良効果を低減する要因と緩和方法

 大型の開発果樹園では、土壌改良用のミニバックホーをはじめ、防除機械のスピードスプレヤー(S.S.)や収穫物の運搬車などの導入は不可欠で、作業時の踏圧を受ける機会が多く、折角の改良効果を低減させる場合がある。基本的には、作業機械の通路と根の管理域を分離すべきであるが、土壌改良部分への機械の侵入は避けがたい。そこで、物理性の改善を目標に土壌改良した園で踏圧の影響を調査し、改良効果を長期に持続させる要件を検討した。先ず、土壌の圧縮による透水性の変化を明らかにするため500kg荷重可能な圧縮試験装置を試作し、土壌の種類、樹皮堆肥混和量、土壌水分を変えた試料に圧縮圧力0.2〜6.0kgをかけ定水位飽和透水係数測定用の供試体を調整した。圧縮圧力が大きくなるにつれて透水性は低下し、細粒質土壌・無堆肥・多水分の条件でその傾向が著しかった。樹皮堆肥の混和は圧縮による透水性低下の緩和に役立ち、細粒質の土壌でその効果が顕著であった。土壌改良直後に重量や走行方式が異なる種々の機械を2回走行させ、機械踏圧が土壌の硬さに及ぼす影響を円錐貫入抵抗により調査した。円錐貫入抵抗の大きさは機械重量の順に大きく、表層に硬盤を形成する傾向も同様であった。しかし、走行方式の異なるホイル式(S.S.)とクローラ式(ミニバックホー)を比較すると、重量が軽くてもホイル式の影響が大きかった。走行回数が増せば土壌の硬化は進むが、軽量機械の草刈機では表層(5〜10cm)で大きく、20cmより下層へは影響しなかった。しかし、重量機械のS.S.は、1回の走行で10〜15cmの層に硬度のピークが現われ、深層への影響も大きかった。

 土壌1m3当たり100kgの樹皮堆肥の混和や、1m2当たり1.8kgの敷草は機械踏圧の影響を緩和する効果が大きく、特に、硬盤が形成されやすい10cmの表層でその効果が大きかった。

4.土壌改良効果のブドウ樹への反映

 掘削した条溝の樹幹側の断面にみられる根の量は、2年目では散見程度であったが、年々急増したので、逐次改良で範囲を拡大する場合の改良部への根の伸長は加速的に増加したと推察される。4年間で樹幹から1.5m〜3.5mの範囲を改良し、改良開始から5年目に根の分布と量を調査したところ、根量よりも根系に大きな変化がみられた。掘削後に樹皮堆肥を施用せず埋め戻した場合は樹幹の近傍に多くの根があり、土壌1m3に200kgの樹皮堆肥を混和した場合は樹幹から4mの間、深さも含めて均等に分布していた。

 改良歴の異なる条溝に伸入している根が、どのようにブドウ樹の生育に関わっているかを明らかにする目的で、臭素(Br)を用いる根活力分布検診法を試みた。改良歴2年の条溝で改良方法の違いを比較すると、樹皮堆肥200kg混和≧深耕無堆肥>無改良で、深耕、樹皮堆肥混和によって根の活力分布は明らかに高まった。また、樹皮堆肥200kg混和区で改良歴の違いをみると、改良歴3年の範囲では古い条溝ほど根活力分布が高かった。この結果は、土壌の物理性改善効果の遷移と関連し、逐次改良場面での施肥が均一では対応できないことを示唆している。そこで、施肥効果の不均一性を実証するため、ハウス栽培の樹皮堆肥100kg混和区を、樹幹から1.5m(未改良部)と1.5m〜3.0m(改良部)に二分し、15N硫安により施肥窒素の利用率を比較すると明らかに改良部で施肥効果が大きかった。地下部のこうした影響を受けて地上部への効果の反映は、3年目から樹冠拡大、房数増加によって収量増加に現われた。しかし、果実品質に対する効果は樹勢が強くなりすぎたこともあって必ずしもプラスでなかったので、次に述べるような局所改良・局所施肥を試みた。

5.収量・品質を高く維持する土壌管理、施肥管理

 根の活力分布に関する試験の結果から、表層の断根を伴う中耕は不合理と考えられたので、土壌改良が一巡した開発果樹園で中耕の方法を検討した。慣行の10cm深の中耕にくらべて3〜5cmの浅い中耕や吹気耕併用は、果実の糖含量や果色値を高める効果があり、処理を継続して4年目の根量には3〜5倍の差がみられた。

 条溝改良を4年間継続した1樹の根域はおよそ50m2で、樹冠面積100m2の二分の一を改良したことになる。この領域の中に4m2の局所改良域を設定し根活力分布を高く維持して、施肥効果を的確・鋭敏にすることを試みた。その結果、局所管理は収量に対する効果が明らかでなかったが1粒重、果色値、糖含量は向上した。

審査要旨

 中国地方の中山間地帯に造成された大型開発ブドウ園はもともと粘質土壌地帯にあり、造成に伴って瘠薄で土壌構造の未発達な心土が表土になる部分も生じているところである。そのため、造成時に栽植列暗渠や堆肥投入などの通常の土壌改良はなされているが、目標収量の達成が遅れ経営内容が悪い。これは、このような不良土壌を改善するに十分な技術が未だ確立されていないため、健全な樹体が作れないことに原因がある。本研究はこのような瘠薄な心土出現や粘質で排水不良な土壌に対応した土壌改良の技術を確立するとともに、土壌と樹体の経年変化に適応した栽培管理技術の確立を目指したもので、4章よりなる。

 第1章では現地で安定して大量に入手できる樹皮を堆肥化し、合理的施用方法による粘質土壌の物理性の改良を図った。樹皮の堆肥化試験を実施し、樹皮堆肥の腐熟に必要な添加窒素は、樹皮1,000g当たり尿素と乾燥鶏糞で5kgずつとすることで十分なことを明らかにした。土壌改良作業は、掘削(幅50cm、深さ50cmの条溝)、樹皮堆肥施用、混和、埋め戻しの4行程で、1年に50cmずつ改良範囲を樹幹の両側へ広げ4年間で改良を終えるようにした。土壌1m3当たり0〜600kgの樹皮堆肥施用量試験を実施し、改良効果をあげるには、土壌1m3当たりの樹皮堆肥混和量として、100kgが必要最小量であること、また、この改良方式では1アール当たり1年に改良を要する土壌は5m3なので、必要な堆肥の量は年間500kg/aとなることを明らかにした。

 第2章では樹皮堆肥による土壌改良効果の持続性に関して、改良効果の過程と改良資材としての樹皮堆肥の特性を明らかにするとともに、踏圧の影響を回避し、改良効果を長期に持続させる要件を示した。土壌固相率の低下や透水性の上昇に現われた土壌改良効果は、改良後2〜3年で一度減退し、その後再び発現する遷移を示した。この原因として、樹皮堆肥が物理的混和の状態から土壌になじむ過程での構造の発達が関係していることを土壌の微細構造の調査から示した。土壌改良後の経過年数が土壌微生物相に影響しており、改良歴が古いほどB/F値が高くなるのは細菌の増加よりむしろ糸状菌の減少が主要因であることを示した。土壌1m3当たり100kgの樹皮堆肥の混和と1m3当たり1.8kgの敷草の施用は機械踏圧の影響を緩和し、硬盤の形成を抑制する効果があり、特に硬盤が形成されやすい表層土壌(0〜10cm)で、その効果の大きいことを明らかにした。

 第3章では土壌改良によるブドウ樹の収量・品質の向上に関する研究を行った。臭素を用いた根活力分布検診法により土壌改良効果のブドウ樹への影響を検討し、土壌改良による根の変化は根量よりも根の分布状態に現われ、根が広く深く均一に分布するようになるとともに、根活力の分布も広範になり、肥料施用効果が高まることを明らかにした。また改良歴3年の範囲では古い条溝ほど根活力が高まり分布が広範になることから、改良効果はその年のうちにはあまりブドウ樹に現われないで年数を経るに従って効果の現われることが示された。その理由としては根活力分布が年数を経るに従って高まり広がるためであることが示唆された。土壌改良の地上部への効果は3年目から発現し、樹冠を拡大し、房数を増加し、結果として収量増加をもたらした。しかし、果実品質に対しては、糖度を低下させるなど、必ずしもプラスの効果をもたらさなかった。

 第4章では健全な樹体の維持と果実品質の向上を図るため、第3章の根活力分布検診の知見から、中耕の意義を見直すとともに局所改良・局所施肥を検討した。断根を伴う表層10cm深の通常の中耕に較べ、3〜5cmの浅い中耕は根量を増加し、果実の糖含量や果色値を高めることが認められた。条溝改良を4年間継続した1樹の根域はおよそ50m2で、樹冠面積100m2の二分の一を改良したことになる。この領域の中に4m2の局所改良部分を設定し、その領域に局所施肥を行い、根活力分布を高く維持することによって、1粒重、果色値、糖含量の向上に成功した。

 以上、本研究は開発果樹園土壌の物理性改善には尿素と鶏糞と混合して発酵腐熟した樹皮堆肥を土壌1m3当たり100〜200kg混和することが有効で、その効果を評価するためには3年間の経過が必要なことを明らかにしたものである。この技術はその後造成された開発果樹園や再開発園に適用され効果が認められており学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、博士(農学)を授与するに価するものと認めた。

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