学位論文要旨



No 212325
著者(漢字) 山岸,裕司
著者(英字)
著者(カナ) ヤマギシ,ユウジ
標題(和) カルシウムオーバーロードによる細胞死を抑制する新規細胞保護作用物質rumbrin及びthiazohalostatinに関する研究
標題(洋)
報告番号 212325
報告番号 乙12325
学位授与日 1995.05.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12325号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 森,謙治
 東京大学 教授 野口,忠
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 助教授 早川,洋一
内容要旨

 心臓や脳は常に大量のエネルギーを消費しているため、何らかの障害が起こって動脈血が供給されなくなると、たちまちその機能はもちろん心筋や脳神経細胞の生命維持も危うくなる。このような血液供給の不足による病的状態は、臨床的に虚血性障害と呼ばれる。虚血性障害の中には虚血が解消され血液供給が再開されるのに伴ってさらに障害が拡大する現象、いわゆる虚血再灌流障害も報告されている。これらの病態では最終的に心筋細胞あるいは神経細胞が死に至るのであるが、その細胞死にはCa2+濃度が深くかかわっていると考えられている。すなわち虚血状態あるいは再灌流後の周辺細胞においては、細胞内Ca2+濃度が異常に上昇する現象(カルシウムオーバーロード)が観察されている。Flunarizineはカルシウム拮抗剤の範疇に入る薬剤で、虚血心筋の細胞障害を予防することが報告されているが、この作用は心筋細胞内へのCa2+異常流入(カルシウムオーバーロード)による細胞障害を抑制することによると考えられている。著者はカルシウムイオノフォアA23187によって引き起こされる細胞死をflunarizineがin vitroの実験系で抑制するとの報告に着目し、flunarizineのように細胞死を抑制する物質を微生物二次代謝産物中に見い出すことを目的として本研究を実施した。

 著者は、マウス3T3 Swiss albino細胞にA23187でCa2+を異常流入させ、それによる細胞死を測定するアッセイ系を構築した。Flunarizine、nicardipine、vitamin Eなどのカルシウム拮抗作用あるいは抗酸化作用を持つ薬剤の一部が、このアッセイ系における細胞死を抑制した。そこで、この様な活性を持つ新規化合物を見いだす目的で、細胞保護作用物質を探索するスクリーニング系を確立し放線菌培養液及び糸状菌培養液から系統的探索を行った結果、約3000株の被験菌から糸状菌の一株及び放線菌の一株が培養液中に細胞保護作用を示す物質を生産している事を見い出し、それぞれをrumbrin及びthiazohalostatinと命名した。

1.Rumbrin

 Rumbrin生産菌は形態学的及び生理学的性状からカビの一種であるAuxarthron umbrinum n13と同定した。この株の培養液より酢酸エチルによる抽出、シリカゲルクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー及び結晶化を行いrumbrinの純品を暗赤色針状結晶として得た。

 

 Rumbrinは融点が170〜171℃、マススペクトルより分子量358、元素分析と高分解能マススペクトル分析より分子式C20H20NO3Clが確認された。その構造は、NMRスペクトルの詳細な解析によって(IZ,3E,5E,7E)-6-(8-(3-chloro-1H-pyrrol-2-yl)-1-methyl-1,3,5,7-octatetraenyl)-4-methoxy-3-methyl-2H-pyran-2-oneと決定した。また、数種類の異なる13C標識体にて標識したrumbrinを調製し、その13C-NMRを測定することによりrumbrinの生合成単位を明らかにした。

2.Thiazohalostatin

 Thiazohalostatin生産菌は形態学的及び生理学的性状から、放線菌Actinomadura madurae HQ24と同定した。この株の培養液より酢酸エチルによる抽出、シリカゲルクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィーを行い、thiazohalostatinの純品を得た。Thiazohalostatinは水に不溶の白色粉末で、融点は67〜69℃(分解点)、マススペクトルより分子量495、元素分析と高分解能マススペクトル分析より分子式C20H25N2O4SCl3が確認された。その構造は、NMRスペクトルの詳細な解析によって2-(6,8-dioxo-1,3,5-trimethyl-8-(2,3,4-trichloropyrrol-5-yl)-1-octyl)-4-methyl-2-thiazoline-4-carboxylic acidと決定した。

 

 両化合物は、マウス3T3 Swiss albino細胞にA23187を作用させた時の細胞死を、それぞれ1.3g/ml、2.5g/mlで抑制した。さらに、マウス血管平滑筋細胞株であるA10細胞において、A23187あるいは、より特異性の高いカルシウムイオノフォアであるとされるionomycinを作用させた時の細胞死もrumbrinは抑制したが、thiazohalostatinの作用は弱かった。また、A23187によるA10細胞へのCa2+の流入に対する影響を調べたところ、rumbrinはコントロールの71%、thiazohalostatinは28%抑制した。さらに、rumbrin及びthiazohalostatinはラジカル発生剤による赤血球膜障害と脂質過酸化を強く抑制したが、thiazohalostatinの作用は鉄イオン濃度に依存していた。また、両化合物の急性毒性はそれぞれ200mg/kg及び100mg/kg(マウス腹腔内投与)以上であった。

 以上の結果から、カルシウムオーバーロードによる細胞死を抑制する二種の新規化合物rumbrin及びthiazohalostatinは、共に新規な骨格を持つ物質であり、いずれも細胞保護作用だけでなく強い抗酸化作用も示すことから、新しいタイプの虚血性疾患治療剤を開発する上でのリード化合物として有用であると考えられた。

審査要旨

 心臓や脳での虚血性障害の中には、虚血が解消され血液供袷が再開されるのに伴ってさらに障害が拡大する現象、いわゆる虚血再潅流障害も報告されている。これらの病態では最終的に心筋細胞あるいは神経細胞が死に至るのであるが、その細胞死では細胞内Ca2+濃度が異常に上昇する現象(カルシウムオーバーロード)が観察されている。従って、このような現象を抑制する物質は虚血性障害の治療薬となることが期待される。

 本論文はこのような背景に基づき、カルシウムオーバーロードによる細胞障害を抑制すると報告されているflunarizineに着目し、同様な作用を示すことにより細胞死を抑制する物質を微生物二次代謝産物中から探索した結果、新規化合物rumbrin及びthiazohalostatin見い出し、その単離と構造決定を行いさらにその生物活性を明らかにしたものであり、4章よりなる。

 第1章は、細胞内へのCa2+異常流入(カルシウムオーバーロード)による細胞死を抑制する物質の探索について述べている。マウス3T3細胞にカルシウムイオノフォアA23187でCa2+を異常流入させ、それによる細胞死を測定する系を構築した。本系を用いて細胞保護作用を示す物質の系統的探索を行った結果、糸状菌の一株及び放線菌の一株が培養液中に細胞保護作用物質を生産している事を見い出し、それぞれをrumbrin及びthiazohalostatinと命名した。

 第2章は、rumbrinの生産菌、単離・精製、構造決定及び生合成に関するものである。Rumbrin生産菌をカビの一種であるAuxarthron umbrinum n13と同定した。この株の培養液より溶媒抽出、種々のクロマトグラフィー及び結晶化を行いrumbrinを単離・精製した。Rumbrinは分子量358、分子式C20H20NO3Clの化合物であり、その構造はNMRスペクトルの詳細な解析によって図のように決定した。さらにrumbrinの生合成単位をも明らかにした。

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 第3章は、thiazohalostatinの生産菌、単離・精製及び構造決定に関するものである。Thiazohalo-statin生産菌を放線菌Actinomadura madurae HQ24と同定した。この株の培養液より溶媒抽出、種々のクロマトグラフィーによりthiazohalostatinを単離・精製した。Thiazohalostatinは分子量495、分子式C20H25N2O4SCl3の化合物であり、その構造はNMRスペクトルの詳細な解析によって図のように決定した。

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 第4章では、rumbrin及びthiazohalostatinの生物活性について論じている。Rumbrinは細胞やカルシウムイオノフォアの種類によらず強い細胞保護作用を示したが、thiazohalostatinの作用は細胞やカルシウムイオノフォアの種類に依存していた。また、A23187によるA10細胞へのCa2+の流入をrumbrinは強く抑制したが、thiazohalostatinの作用は弱いものであった。さらに、rumbrinはラジカル発生剤による赤血球膜障害と脂質過酸化を強く抑制したが、thiazohalostatinの作用は鉄イオン濃度に依存していた。

 以上本論文は、カルシウムオーバーロードによる細胞死を抑制する二種の新規化合物rumbrin及びthiazohalostatinの生産菌同定、単離・精製、構造決定を行い、その生物活性を明らかにしたものであって、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査員一同は、申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判断した。

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