心臓や脳での虚血性障害の中には、虚血が解消され血液供袷が再開されるのに伴ってさらに障害が拡大する現象、いわゆる虚血再潅流障害も報告されている。これらの病態では最終的に心筋細胞あるいは神経細胞が死に至るのであるが、その細胞死では細胞内Ca2+濃度が異常に上昇する現象(カルシウムオーバーロード)が観察されている。従って、このような現象を抑制する物質は虚血性障害の治療薬となることが期待される。 本論文はこのような背景に基づき、カルシウムオーバーロードによる細胞障害を抑制すると報告されているflunarizineに着目し、同様な作用を示すことにより細胞死を抑制する物質を微生物二次代謝産物中から探索した結果、新規化合物rumbrin及びthiazohalostatin見い出し、その単離と構造決定を行いさらにその生物活性を明らかにしたものであり、4章よりなる。 第1章は、細胞内へのCa2+異常流入(カルシウムオーバーロード)による細胞死を抑制する物質の探索について述べている。マウス3T3細胞にカルシウムイオノフォアA23187でCa2+を異常流入させ、それによる細胞死を測定する系を構築した。本系を用いて細胞保護作用を示す物質の系統的探索を行った結果、糸状菌の一株及び放線菌の一株が培養液中に細胞保護作用物質を生産している事を見い出し、それぞれをrumbrin及びthiazohalostatinと命名した。 第2章は、rumbrinの生産菌、単離・精製、構造決定及び生合成に関するものである。Rumbrin生産菌をカビの一種であるAuxarthron umbrinum n13と同定した。この株の培養液より溶媒抽出、種々のクロマトグラフィー及び結晶化を行いrumbrinを単離・精製した。Rumbrinは分子量358、分子式C20H20NO3Clの化合物であり、その構造はNMRスペクトルの詳細な解析によって図のように決定した。さらにrumbrinの生合成単位をも明らかにした。 第3章は、thiazohalostatinの生産菌、単離・精製及び構造決定に関するものである。Thiazohalo-statin生産菌を放線菌Actinomadura madurae HQ24と同定した。この株の培養液より溶媒抽出、種々のクロマトグラフィーによりthiazohalostatinを単離・精製した。Thiazohalostatinは分子量495、分子式C20H25N2O4SCl3の化合物であり、その構造はNMRスペクトルの詳細な解析によって図のように決定した。 第4章では、rumbrin及びthiazohalostatinの生物活性について論じている。Rumbrinは細胞やカルシウムイオノフォアの種類によらず強い細胞保護作用を示したが、thiazohalostatinの作用は細胞やカルシウムイオノフォアの種類に依存していた。また、A23187によるA10細胞へのCa2+の流入をrumbrinは強く抑制したが、thiazohalostatinの作用は弱いものであった。さらに、rumbrinはラジカル発生剤による赤血球膜障害と脂質過酸化を強く抑制したが、thiazohalostatinの作用は鉄イオン濃度に依存していた。 以上本論文は、カルシウムオーバーロードによる細胞死を抑制する二種の新規化合物rumbrin及びthiazohalostatinの生産菌同定、単離・精製、構造決定を行い、その生物活性を明らかにしたものであって、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査員一同は、申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判断した。 |