家畜は種々の飼養環境下において、それぞれ種特有の生理的、行動的な信号を発していると考えられる。その信号を正確に捕らえ、信号の持つ意味を正しく解釈することができれば家畜を管理する上でこれほど有益なものはない。そのような生体情報の中でも体温は、心拍数や呼吸数などとともに最も基本的な生理的指標といえる。さらに、体温は非侵襲的な連続測定が可能であるから実際の家畜管理技術としての応用が大いに期待できる。例えば、乳牛の疾病の早期発見、発情の発見、分娩時期の予測などのための有効な指標となり得ると考えられる。しかし、恒温動物である乳牛の体温の変動幅は健康な状態ではたかだか1℃内外であるから、その微少な変動を解析して必要な情報を得るためには、体温変動の要因やその特徴を詳細に調べる必要がある。そこで、本研究では、乳牛を対象に、まず、体温を連続的に近い短い間隔で測定して、それをコンピュータ解析する方法を確立し、ついで今まであまり知られていなかった体温変動の要因分析を行い、乳牛の管理技術として体温測定を有効利用するために留意すべき点を明らかにしようとした。 まず、無拘束の乳牛に小型データロガーを取り付けて膣温を連続的に近い間隔で測定する方法について検討した。その結果、小型データロガーは牛の体温変動を捕らえるのに適当かつ信頼できる機器であることが明らかとなった。また、連続的に近い間隔で測定した体温を時系列解析するには、移動平均法を応用して体温変動を低周波成分と高周波成分に分離する方法が有効であった。さらに、このように分離した体温変動をスペクトル分析したところ、乳牛の体温変動には概日リズム、給飼間隔に一致した周期的な変動および4時間前後の周期をもつ超日リズムのあることがわかった(第2章)。この体温の概日リズムおよび給飼間隔に一致した周期変動は、多くの恒温動物においてみられる現象であり、その原因についての研究も多い。しかし、乳牛の4時間前後の周期をもつ超日リズムについては、報告が少なく、その原因についてはほとんど知られていない。 そこで、つぎに牛の行動に着目して、行動と超日リズムの関係について検討した。この場合、体温は環境温度の変化に影響されると考えられたので、供試牛を環境温度23℃の恒温環境下に置き、さらに超日リズムが体温変動の高周波成分に含まれるため、行動との関係について体温変動の高周波成分と比較することにした。その結果、(1)体温は起立開始後低下し、横臥開始後上昇する、(2)給飼により牛が採食すると体温は上昇する、(3)飲水後約20分は体温が下降し、その回復には約50分を要することがわかった。さらに、起立と横臥が3〜4時間周期で交互に繰り返されることから、体温変動の超日リズムは、起立・横臥行動が主たる原因で起こり、それに給飼後の採食や飲水の影響も加わるため、その変動はより複雑になるものと考えられた。また、反芻行動は牛の体温変動にあまり影響を及ぼさないことも明らかとなった(第3章)。 つぎに、環境温度の変化が体温変動にどのような影響を及ぼすかについて検討するため、1日の環境温度を12時間毎に13℃と33℃に切り換えた。その結果、23℃恒温環境下に比べて、概日リズムがより明瞭になり、環境温度の急変が体温変動に影響を及ぼすことが確められた。また、給飼後の採食では、環境温度13℃に比べ33℃の高温環境では体温の上昇が著しかった。とくに、泌乳牛における体温上昇が乾乳牛のそれよりも顕著であったが、これは泌乳牛の熱発生量が乾乳牛のそれよりも高いためと考えられた。起立・横臥行動に伴う体温変化は、環境温度13℃の方が環境温度33℃に比べ、また乾乳牛の方が泌乳牛に比べ変動が大きかった(第4章)。 続いて、起立や横臥行動に伴う体温変化の原因をより明確にするために、妊娠中の若雌牛を通常の牛舎環境下に繋留して、起立、横臥、採食、反芻および飲水などの諸行動ならびに体温および熱発生量を5日間連続記録し、それらの相互関係を検討した。その結果、起立および横臥開始直後の熱発生量は12〜13分程度の短時間の増加の後、一定となることがわかった。起立および横臥開始後の15分間における熱発生量の変化はそれぞれ2.l4kJ/kg0.75hおよび-0.29kJ/kg0.75hであり、体温変化とは一致しなかった。それゆえ、起立および横臥行動に伴う体温変化は放熱量の変化に依存しており、その放熱量の変化は体熱を放散する有効体表面積が起立位と横臥位で相違することに起因するものと考えられた。また、給飼後の採食に伴う体温上昇は、熱発生量の増加によることが確められたが、反芻開始後の熱発生量の増加は、持続時間が短いこともあり体温変化との関係ははっきりしなかった。さらに、飲水は熱発生量の若干の低下と体熱の直接的な奪取効果により体温を一時的に低下させるものと考えられた(第5章)。 以上の研究で明らかとなった乳牛の体温変動要因に基づき、16℃および26℃の恒温環境、さらに環境温度を制御していない通常の牛舎に繋留された若雌牛における成績について体温変動現象の数式化を試みた。体温変動式の作成にあたっては、体温の変動をトレンド、体温リズム、行動に伴う体温変化に分け、それぞれを数式化することより始めた。トレンドとは日周リズムより長期にわたる直線的または曲線的な体温変化であり、これには長期的な高温環境条件が牛の体温におよぼす影響などが含まれる。体温リズムは、概日リズムや給飼間隔によって生ずる周期的な体温変動を表現するものであり、その数式化として余弦関数を用いた。行動に伴う体温変化としては、給飼後の採食、起立、横臥および飲水の各行動について、行動開始後の時間経過に伴う体温変化を直線および曲線の回帰式で表した。最後にそれぞれの数式を合成した体温変動式からもとの体温測定値を回帰したところ、決定係数の平均は0.544となった。恒温動物の体温制御は、血液温や皮膚温などの体温と密接に関連した信号を入力情報とするフィードバック機構の上に成り立っているため、外的要因のみから数式化するにはある程度の限界があるように思われた(第6章)。 つぎに、このような体温の連続測定技術および体温変動解析法を、乳牛の発情発見に応用する際の留意点について検討した。放し飼いの6頭の若雌牛のうち3頭に小型データロガーを装着し、膣温を2分間隔で51日間連続的に測定した結果、発情前日の体温低下と発情当日の体温上昇が牛の発情発見の良い指標となることがわかった。体温測定を1日1回しか行わない場合は、朝8時の検温が最も有効であると思われたが、単発的な体温測定値は行動の影響を考慮しておらず、発情を見逃す恐れがあるので、体温を連続的に測定して、移動平均処理する方法が有効と考えられた。とくに、朝に出現する日最低体温は、いわゆる基礎体温としての利用価値が高く、発情発見には最も適当と考えられた。発情前後の日最低体温の変化を要約するとつぎのようであった。(1)発情日の2〜3日前から低下を始め、発情前日が最低となった。低下の幅は0.1〜0.8℃であった。(2)発情当日はその前日と比べ0.3〜0.6℃上昇した。(3)発情日が2日間にまたがるとき、2日目の日最低体温も高かった。(4)発情終了後は直ちに発情前のレベルまでもどった(第7章)。 最後に分娩を予測するために体温を利用する際の留意点と連続的な体温測定の有効性について検討した。乳牛の体温は分娩の1〜2日前から低下することが確認された。もし、1日1回の検温で分娩を予測するには、午後の検温が有効であることが示された。さらに、1日2回の検温では98%の分娩を予測できたが、分娩の時間までを予測するのは難かしかった。そこで、連続的な体温測定値を利用して分娩までの時間を予測するつぎのような方法を考案した。(1)分娩3〜7日前の体温測定値からトレンドと体温リズムからなる体温変動式を求め、外挿法により分娩までの体温を予測した。(2)予測値から実測値を引き、予測偏差値を求めた。(3)予測偏差値は体温リズムの影響が除かれているため、体温低下の開始時刻を正確に知ることができた。(4)予測偏差値の低下開始から0.5℃低下するまでの時間を独立変数、0.5℃低下してから分娩までの時間を従属変数とする直線回帰式を求めた。この回帰式を利用して分娩時間を予測したところ、±4時間以内に62%が、±8時間以内に94%が分娩し、分娩時刻の予測精度がかなり改善されることが明らかとなった(第8章)。 以上のように、テレメトリーやデータロガーのような測定機器を活用して体温を連続的に測定し、そのデータ解析を行うことは乳牛の健康管理、発情発見などにきわめて有効であり、今後、乳牛の管理技術の中に積極的に取り入れる必要があると考えられた。 |