スンクスは、食虫目トガリネズミ科ジネズミ亜科に属する小動物で、発生学的に哺乳類の始祖と考えられている。この動物には動揺病や抗癌剤の投与による嘔吐が観察され、新しいタイプの実験動物として注目を集めている。さらにスンクスは24時間の絶食により容易に脂肪肝を発症し、その原因としてアポ蛋白質(アポ)B-リポ蛋白(VLDL)分泌の減少が示唆され、脂質代謝異常の病態モデルとしての重要性も認識されつつある。 本研究ではVLDLの合成分泌メカニズムを調べる目的で、スンクスの肝臓におけるVLDLの合成分泌、VLDL分泌に重要な役割を果たしているコレステロールエステルの代謝、VLDL分泌に及ぼすコレステロール負荷の影響、について検討を行った。その結果スンクスの絶食性脂肪肝の発症に VLDLのアセンブリーの障害が大きな役割を演じていること、このVLDLのアセンブリーには肝臓内で新たに合成されたコレステロールエステルが重要な役割を果たしていることを示唆する結果が得られたので報告する。 スンクス肝臓におけるVLDLの合成分泌 スンクスでは絶食により脂肪肝が発症し、その際VLDLが著明に低下していることが報告されている。その原因として1)VLDLの血中での異化促進 2)VLDLの分泌機構の障害 3)VLDLの合成・アセンブリーの障害、等の可能性が考えられる。この章では血中VLDLの異化機構、VLDLの分泌速度、肝臓で合成されたアポBの全蛋白質合成に対する割合(アポBの合成率)をラットと比較して検討した。 VLDLの血液中での異化速度は主に毛細血管上に存在するLipoprotein lipase(LPL)によって決定される。そこでスンクスとラットにヘパリンを静注した後のLPL活性を測定した。また摂食状態の影響を見るために摂食、絶食、再摂食状態での変化を検討した。スンクスでは摂食状態の相違による LPLの活性に変化が認められず、その値は正常ラットと同レベルであった。従って、この動物で認められる血液中VLDLの低下は、異化促進によるものではないことが明らかになった。 Triton-WR1339はLPLによるVLDLの異化を阻害し、絶食状態ではTriton-WR1339処理後のTGの蓄積値がVLDLの分泌量と近似されろ。この実験ではTriton-WR1339の血清脂質に及ぼす影響について検討した。Triton-WR1339処理により、スンクスでは総コレステロール(TC)、燐脂質(PL)は約2倍に、VLDLの主要成分であるトリグリセリド(TG)は10-40倍に増加した。ラットではスンクスに比べTGの増加はより顕著であった。VLDL量を直接測定する目的で超遠心分離にてVLDL画分を得、TG量を測定したところスンクスではTG量がラットに比べ低く、とりわけ絶食状態では殆ど分泌されないことが明らかになった。更に絶食状態での肝臓からのTG分泌速度を算出したところ、スンクスのTG分泌速度はラットの僅が13.8%であることが判明した。 VLDLの必須構築成分であるアポB100の合成量を求める目的で、スンクスと ラットの肝臓を用いて再灌流法にて検討した。アポB100の合成は灌流液に加えた 〔35S〕L-methionine の取り込みで推定した。即ち、特異的抗アポB抗体を用いた免疫沈降法により、アポB100の合成率を算出した。絶食スンクスのアポB100合成率は同一条件のラットの12.5%でありVLDL分泌速度と良く一致した。 以上の結果よりスンクスではVLDLの分泌低下が認められるが、分泌過程には異常がなくアポBの合成からVLDLへのアセンブリーの過程に異常があるものと推定された。 スンクス肝臓におけるコレステロールエステルの代謝 VLDLのアセンブリーにはTGと共にコレステロールエステル(Chol-E)も重要な意義を持っている。スンクスの肝臓ではTGの合成は盛んに行われているので、コレステロール生合成の律速酵素である3-Hydroxy-3-methylglutaryl-CoA reductase(HMG-CoA reductase)とコレステロールをエステル化するAcyl-CoA cholesterol acyltransferase(ACAT)についてラットと比較検討した。また、摂食状態による影響を見る目的で摂食、絶食、再摂食状態でこれらの酵素活性の変動を検討した。 スンクスではラットに比べ高いHMG-CoA reductase活性が認められた。HMG-CoA reductaseの拮抗阻害剤であるシンバスタチン、プラバスタチンによる阻害効果を測定したところ、阻害剤に対する反応性はスンクス、ラットで差が認められず、これらの酵素は両者で類似した構造を有することが示唆された。 つぎに動物を、摂食、絶食、再摂食の3群に分け肝臓コレステロール代謝の変化を調べた。屠殺後直ちに肝臓を摘出し、常法に従いミクロゾーム画分を得、酵素活性を測定した。 スンクスでは全ての条件下でラットに比べ、有意に肝臓HMG-CoA reductase活性が高値を示した。また摂食状態による変動もラットとは異なるが、その差が何によるのか現在のところ不明である。 ラット肝臓ミクロゾームは高いACAT活性を示し、絶食状態では更に上昇した。これに対してスンクスでは殆どACAT活性が認められず、摂食状態によっても変動しなかった。これらミクロゾーム画分を用いACATの反応基質である遊離コレステロール含量を測定したところ両者で全く差が認められず、スンクスでのACAT活性の低値が、基質の欠乏によるものではなく、酵素自体の活性が低いことに起因することが明らかになった。 このACAT活性の低下を反映してスンクスでは肝臓組織中のChol-E値が全ての摂食条件下でラットの1/3程度の値であった。更に肝臓総コレステロールに対するChol-Eの比もラットに比べ低く、特に絶食状態では約半分のレベルであった。即ちACAT活性の欠乏により肝臓Chol-E含量の低下が惹起されることが示唆された。 以上の結果より、スンクスの肝臓ではコレステロールの生合成は亢進しているものの、ACAT活性が低いためにChol-Eの産生が低下していると考えられた。 コレステロール負荷スンクスにおけるVLDLの分泌速度 VLDLの中殼部に存在する脂質はChol-EやTGなどの非極性脂質である。従ってVLDLの分泌はこれら脂質の合成に依存していると考えられる。前章ではスンクス肝臓のACAT活性が著明に低下し、肝臓内のChol-Eも低下していることを示した。そこでスンクスを高コレステロール食で飼育し、肝臓のChol-E量を増加させる条件下でのVLDLの分泌量の変化を調べた。 コレステロール負荷の実験に先立ち、小腸でのコレステロール吸収に重要な役割を果たす小腸粘膜のACAT活性について検討を行なった。肝臓の場合と異なりスンクス腸管には高いACAT活性が認められた。 齧歯類では、コレステロール負荷により、腸管及び肝臓のACAT活性が著しく増加し、食餌由来のコレステロールが多量に吸収される。本実験ではスンクスにおけるこの効果を調べる目的で、2週間のコレステロール負荷食の影響を調べた。この期間中体重の変化は認められなかった。コレステロール負荷では小腸のACAT活性が誘導されないものの、依然高いACAT活性が認められ、コレステロール吸収能は保たれているものと考えられた。一方、肝臓のACAT活性はコレステロール食でも誘導されず、むしろ有意に低下した。 肝臓組織中の脂質含量についてはChol-EとTGが有意に増加しておりコレステロール負荷の効果が得られた。この条件下で肝臓からの脂質の分泌速度を測定したところ、Triton-WR1339処理による血清脂質の変化はほとんど認められず、したがって肝臓からの脂質分泌量にも変化が認められなかった。一般にコレステロールを負荷した動物ではVLDL粒子中のコレステロール及びChol-Eの割合が増加するが、スンクスではVLDL中の脂質組成は全く変化しなかった。 以上の結果より、スンクスではコレステロール負荷により、肝臓でのChol-E量が増加するにもかかわらず、VLDLの分泌が増加しないことが明らかになった。即ちVLDLの分泌には肝臓でのChol-Eの含量ではなく 、新たに合成されたChol-Eの量が重要な役割を果たしていると考えられた。 スンクスでのVLDL分泌とACATの役割総括 1、スンクスでは肝臓からのVLDLの分泌量が極めて低く、ラットの13.8%であった。さらに肝臓で合成されたアポBの全蛋白質合成に対する割合もラットの12.5%と低値を示し、アポBの合成もしくはVLDLへのアセンブリーに異常があるものと考えられた。 2、スンクスの肝臓ではACAT活性が殆ど検出されず、このため肝臓でのChol-Eの形成障害が認められた。 3、コレステロール食を投与し、肝臓のChol-Eを増加させてもVLDLの分泌は上昇せず、肝臓内のACAT活性も低値のままであった。 4、即ちVLDLの分泌には肝臓内のChol-Eの含量よりも、肝臓で新たに合成されたChol-Eが重要であり、この際ACAT活性が重要な役割を果たしていると考えられた。 以上の結果は現在開発途上にあるACAT阻害剤がこのようなメカニズムで血清VLDLの分泌を抑制すると共に、副作用として脂肪肝を引き起こす可能性を示唆するものである。 |