これまでの研究において、マグロ類を空冷により凍結すると、一般に、身割れは生じないが、塩化カルシウム(以下CaCl2)ブライン凍結の場合、多発することが確認された。そこで、凍結中の身割れの防止について考えられるいくつかの予備実験を行った結果、凍結中に冷却を一時中断して凍結を継続すれば、身割れがある程度防止できることがわかった。そして、これから、CaCl2ブライン凍結の場合、凍結中に身割れが生じるのは、冷却速度が急速なため、凍結による体積変化(膨張)が阻止され、内圧が上昇するからであり、冷却を一時中断すると身割れが減少するのは、冷却中に阻止された体積変化(膨張)が、冷却の中断によって容易となるため、内圧が下降し破壊が防止できるとの推論に達した。 そこで、これらの凍結中に生じる現象の確認と身割れの防止技術の有効性を実証するため、マグロ類の内圧測定用大形圧力センサを自作し、凍結中のマグロ類を始め、カツオおよびハム・ソーセージ等の凍結時の内圧を連続測定した。その結果、内圧を測定したすべての被凍結品は、凍結の開始後に内圧の発生することが確認された。そして、被凍結品の種類や形状および発生する内圧の大きさ等により、凍結時に身割れの生じることが明らかとなる一方、凍結中、時的に冷却を中断(「均温処理」)すれば、被凍結品の内圧は下がり、身割れの防止に有効なことが実証された。 さらに、このような凍結における魚体の破壊とその防止の機構を理論的に検討するため、マグロ類の材料定数を測定し、氷柱モデルの実験により、マグロ類の凍結時に生じる破壊の再現確認を行った上で、冷却速度が急速なCaCl2ブライン凍結の場合、凍結中の魚体に破壊が生じる可能性のあることを計算により明らかにした。以下に本論文の内容の要約を示す。 (1)マグロ類の凍結に低温のブラインを使用すると、凍結中に身割れが多発することから、マグロ類のCaCl2ブライン凍結における魚種・形状(体重・肥満度・成魚/未成魚等)・処理形態(ラウンド/セミドレス/AC法等)・予冷処理等による身割れの発生状況・発生箇所および身割れの防止法に関する予備実験を実施した結果、内圧が測定できない場合でも、身割れの発生要因とその防止法として、「均温処理」の有効性等が大略推定できたが、凍結時に生じると思われる内圧の測定が、本研究の遂行に不可欠なことがわかった。 (2)自作した圧力センサが、セミドレスのマグロ類の連続内圧測定およびその記録に有効であることを見出した。その結果、マグロ類のCaCl2ブライン凍結は、空冷凍結に比べて内圧の上昇が急で、「均温処理」をしなければ、ほとんどの場合、腹腔内中央部の体長方向に身割れの生じることが実験により明らかとなった。しかし、「均温処理」を行えば、内圧が急速に低下(放散)し、これから、身割れの防止が可能なことを見出した。 (3)自作した圧力センサが、外圧をかけたラウンドのマグロ類の内圧の連続測定およびその記録に有効であることを見出した。その結果、ラウンドのマグロ類は、「均温処理」をしなければ、魚体の側線部に亀裂を生じることが確認された。また、「均温処理」中、魚体に外圧をかけるかまたは内圧の上昇前に、気中で「均温処理」を1回行えば、身割れの防止ができることを確認した。 (4)自作した圧力センサが、ラウンドのカツオの内圧の連続測定およびその記録に有効であることを見出した。その結果、エタノールブライン凍結は、CaCl2ブライン浸漬または散布凍結と同様、凍結中に内圧が生じるが、小形でラウンドの氷蔵カツオの場合は、相当な圧力までほとんど身割れが生じないことを確認した。しかし、小形のものでも、傷のあるものや凍結時に「拘束」されたものは、身割れが生じることを実験から明らかにした。そして、「均温処理」を施せば、内圧が急速に低下(放散)し、身割れの防止が可能なことを見出した。 (5)自作した圧力センサが、市販包装形態のハム・ソーセージの内圧の連続測定および記録に有効であることを見出した。その結果、ハム・ソーセージは、内圧の発生によって亀裂が生じるが、隆起は生じないことを実験により確認した。また、半径の大きいハムは、半径の小さいものより内圧は低いが亀裂が生じやすく、半径の小さいハムは、半径の大きいものより内圧は高いが亀裂は生じ難い。他方、含有水分と凍結前の比重量の小さいソーセージは、半径の大きいハムより内圧が低く、亀裂も生じ難いことを見出した。 (6)マグロ類のヤング率およびポアソン比を「非凍結」、「部分凍結」および「凍結」の各温度条件において測定した結果、マグロ類の力学特性は、相変化が起こる温度を境として、力学特性が急激に変化することが明らかとなった。また、マグロ類の力学特性は、魚体の組織構造により異方性を示すが、それらは、試験温度により大幅に変化することがわかった。しかし、マグロ類の力学特性の測定は、素材が均一な金属材料等と異なり、魚の組織構造や物性等の固体差を含む測定法自体にも問題のあることが明らかとなった。 (7)マグロ肉のいわゆる線膨張係数および凍結による体膨張率を、前者は、凍結状態から非凍結状態までの間を等速昇温法により、後者は、非凍結状態から凍結状態まで、冷却法により連続測定をした結果、マグロ類の熱膨張係数は、均一で固体の状態を示している工業材料と異なり、筋肉組織の方向に影響を受けると共に、相変化が起こる温度帯で、試験温度により著しく変化する熱物性を示すことが明らかとなった。 (8)マグロ類の凍結時に生じる亀裂や隆起を氷柱モデルの凍結実験により再現確認し、凍結時の魚の破壊の発生機構について検討した結果、マグロ類と氷柱は、組織構造や物性が相違するが、それらの凍結時の破壊は、いずれも、凍結中に「拘束」を受ける場合に生じ、魚体の全面が、初めに凍った氷殻によって完全に「閉鎖」されても、「急速凍結」の場合には破壊が生じるが、「緩慢凍結」の場合には生じないことが明らかとなった。 (9)魚体を円柱とみなし、冷却速度の異なった「-45℃のCaCl2ブライン凍結」、「-45℃のセミエアブラスト凍結」および「-45℃の静止空気凍結」の場合における魚体凍結部の面圧と応力分布を、凍結時の魚体の外面温度・線膨張係数・ヤング率・ポアソン比および凍結による体膨張率等の測定値により計算した結果、マグロ類の凍結時に生じる身割れは、冷却速度が比較的急速な「-45℃のCaCl2ブライン凍結」のように、凍結部外面の円周応力が正(引張り)に転じ、かつ、そのものが大きな値の場合に生じる可能性のあることが明らかとなった。 |