学位論文要旨



No 212335
著者(漢字) 小川,隆申
著者(英字)
著者(カナ) オガワ,タカノブ
標題(和) 列車トンネル突入時のトンネル内圧縮波形成過程に関する研究
標題(洋)
報告番号 212335
報告番号 乙12335
学位授与日 1995.05.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12335号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 助教授 荒川,忠一
内容要旨

 近年、世界的に列車の高速化が図られており、列車の速度は速いもので営業運転で時速300km近く、試験的には時速500kmにもおよんでいる。このような高速で走行する列車がトンネルに突入すると、列車前面で圧力が上昇することによってトンネル内に圧縮波が形成され、トンネル出口に向かってほぼ音速で伝播する。そして、この圧縮波がトンネル出口を通過すると、パルス状の圧力波となって周囲に広がってゆく。このパルス波は「トンネル出口微気圧波」、あるいは単に「微気圧波」と呼ばれ、場合によってはトンネル出口周辺住民にとって騒音になる。微気圧波は列車のトンネル突入速度の三乗で強くなる(三乗則)ことが知られており、列車の高速化のためには微気圧波を軽減することが必要とされている。

 微気圧波の強さは列車トンネル突入時に形成される圧縮波波面の波面勾配に比例することが既往の研究から明らかになっている。そのため、微気圧波軽減のためには圧縮波波面を緩やかにすればよいことがわかっている。しかし、列車トンネル突入時の流れ場は、列車とトンネルが相対的に移動するという移動境界問題による困難さから実験的、解析的研究が難しく、依然明らかになっていないことが多い。

 そこで、本論文では列車トンネル突入時の流れ場、特にトンネル入口での圧縮波形成過程を解明することを目的とし、以下に述べる内容の研究を行った。まず、領域分割法と解強制置換法を用いることによって移動境界を有する流れ場を数値的に解く手法を開発した。そして、その手法によって列車がトンネルに突入してからトンネル出口で微気圧波が発生するまでの二次元の流れ場を解き、開発した数値解析手法の有効性を示すとともに、計算結果からトンネル内圧縮波の時空間的なスケールや数値解析に必要な空間解像度、そして、微気圧波の基本的な特性などを明らかにした。

 次に、列車トンネル突入時の軸対称流れを解き、計算結果を実験結果と比較することによって数値計算結果が信頼できることを検証した。また、列車トンネル突入速度などの流れ場のパラメータを様々に変化させ、それに応じて圧縮波波面勾配がどの様に変化するかを数値計算によって調べた。その結果、ある速度までは微気圧波の強さは速度の三乗に比例するが、それより大きい速度になると微気圧波は速度の三乗則により予測される値よりも大きくなることなどが明らかになった。

 さらに、数値計算法を三次元に拡張し、実際の列車がトンネルに突入する時の三次元粘性流れを数値的に解いた。計算結果はトンネル入口近傍で実測結果とよく一致しており、流れ場を十分な精度で捉えていることが検証された。計算結果から、実測では明らかにすることができなかったトンネル内での圧縮波の形成過程や車体にかかる空気力の時間的な変化などが明らかになった。また、列車がトンネル内の中央を走行する場合の流れ場の数値計算を行い、トンネル内の片側を走行する場合の結果と比較したところ、圧縮波波面勾配の最大値は中央を走行する場合の方が小さくなり、列車、トンネルの形状、列車突入速度など流れ場の条件が等しくても、流れの状況が変化すれば圧縮波波面勾配が変化しうることを示した。

 数値計算ではある条件下での流れ場の詳細を知ることはできるが、現象の法則性を明確にするには数多くの条件について計算を行わなければならない。そこで、列車トンネル突入時の流れ場を一次元的な流れ場としてモデル化することによって圧縮波波面勾配の支配的パラメータを導出した。その結果、圧縮波波面勾配はトンネル突入前の列車まわりの定常流れにおける、想定するトンネルの壁面の位置でその壁面に垂直な方向の速度成分の断面内の積分値(vwall)に比例することを明らかにし、その結果を実験結果と比較することによって実証した。また、列車がトンネル内の中央を走行する場合に片側走行する場合よりも圧縮波波面勾配が小さくなるのは、中央走行する場合にvwallの最大値が小さくなるためであることを明らかにした。そして、これらの結果から圧縮波波面勾配の簡単な予測方法と圧縮波波面を緩やかにするための列車形状、およびトンネル断面形状設計指針を提案した。

審査要旨

 本論文は、列車トンネル突入時にトンネル内に形成される圧縮波の形成過程について研究を行った結果をまとめたものである。近年、世界的に列車の高速化が図られており、列車の速度は速いもので営業運転で時速300km近く、試験的には時速500kmにもおよんでいる。このような高速で走行する列車がトンネルに突入すると、列車前面で圧力が上昇することによってトンネル内に圧縮波が形成され、この圧縮波はトンネル出口に向かってほぼ音速で伝播する。そして、圧縮波がトンネル出口を通過すると、パルス状の圧力波となって周囲に広がってゆく。このパルス波は「トンネル出口微気圧波」、あるいは単に「微気圧波」と呼ばれ、場合によってはトンネル出口周辺住民にとって騒音になる。微気圧波は列車のトンネル突入速度の三乗に比例して強くなる(三乗則)ことが知られており、列車の高速化のためには微気圧波を軽減することが必要とされている。微気圧波の強さは列車トンネル突入時に形成される圧縮波波面の波面勾配に比例することが既往の研究から明らかになっている。そのため、微気圧波軽減のためには圧縮波波面を緩やかにすればよいことがわかっている。しかし、列車トンネル突入時の流れ場は、列車とトンネルが相対的に移動するという移動境界問題による困難さから実験的、解析的研究が難しく、依然明らかになっていないことが多い。そのため本論文では、列車トンネル突入時の流れ場、特にトンネル入口での圧縮波形成過程を解明することを目的として、以下に述べる内容の研究が行われている。

 論文は全七章から構成されている。第一章「序論」では、研究の背景、過去の研究、および本論文で行われた研究の概要が述べられている。

 次に第二章「数値計算法」では、基礎方程式、差分法による離散化の方法、そして、列車トンネル突入時の流れ場という移動境界問題を数値的に取り扱うために用いた領域分割法と解強制置換法についての説明がなされている。特に、領域分割法と解強制置換法については具体的な解法の手順からその利点に至るまでが詳細に述べられている。

 第三章「列車トンネル突入時の流れ場の二次元非粘性計算」では、列車がトンネルに突入してからトンネル出口で微気圧波が発生するまでの二次元の流れ場がシミュレートされている。計算結果から、開発した数値解析手法の有効性が示されるとともに、トンネル内圧縮波の時空間的なスケールや数値解析に必要な空間解像度、そして、微気圧波の基本的な特性などが明らかにされた。

 第四章は「計算結果の検証、および圧縮波波面勾配に関するパラメトリックスタディ」である。この章では、まず、時間刻み幅やクーラン数を変化させることにより、解の格子依存性や必要とされる最小時間刻み幅が検証されている。そして、列車トンネル突入時の軸対称流れを数値的に解き、計算結果を実験結果と比較することによって数値計算結果の信頼性が検証されている。その上で、列車トンネル突入速度などの流れ場のパラメータを様々に変化させ、それに応じて圧縮波波面勾配がどの様に変化するかが数値計算によって調べられている。その結果から、ある速度までは微気圧波の強さは速度の三乗に比例するが、それより大きい速度になると微気圧波は速度の三乗則により予測される値よりも大きくなることなどが明らかにされた。

 第五章「「のぞみ」型車両トンネル突入時の流れ場の三次元粘性計算」では、実際の列車がトンネルに突入する時の三次元粘性流れ場が数値的にシミュレートされている。計算結果は実測結果とよく一致しており、流れ場を十分な精度で捉えていることが示されている。計算結果から、実測では明らかにすることができなかったトンネル内での圧縮波の形成過程や車体にかかる空気力の時間的な変化などが明らかにされた。また、列車がトンネル内の中央を走行する場合の流れ場の数値計算を行い、トンネル内の片側を走行する場合と比較した結果、圧縮波波面勾配の最大値は中央を走行する場合の方が小さくなることが明らかになり、列車、トンネルの形状、列車突入速度など流れ場の条件が等しくても流れの状況が変化すれば圧縮波波面勾配が変化しうることが示されている。

 第六章は「列車トンネル突入時の圧力変動に関する準一次元流モデル」である。数値計算ではある条件下での流れ場の詳細を知ることはできるが、現象の法則性を明確にするには数多くの条件について計算を行わなければならない。そのため、本章では列車トンネル突入時の流れ場を一次元的な流れ場としてモデル化することによって、圧縮波波面勾配の支配的パラメータが導出されている。その結果、圧縮波波面勾配はトンネル突入前の列車まわりの定常流れにおける、想定するトンネル壁面の位置でその壁面に垂直な方向の速度成分の断面内の積分値(Vwall)に比例することが明らかされている。そして、実験結果との比較によってその妥当性が実証されている。また、前章において明らかにされた列車がトンネル内の中央を走行する場合に片側走行する場合よりも圧縮波波面勾配が小さくなるという現象が、中央走行する場合にVwallの最大値が小さくなるためであることが明らかにされている。そして、これらの結果から圧縮波波面勾配の簡単な予測方法と圧縮波波面を緩やかにするための列車形状、およびトンネル断面形状設計指針が提案されている。

 最後に第七章「結論」において、本論文の成果がまとめられている。

 以上を要するに、本論文の著者は、領域分割法と解強制置換法を用いることによって移動境界を含む流れ場を数値的に解く手法を開発し、その手法を用いた列車トンネル突入時の流れ場の数値的シミュレーションによって、従来の研究では明らかにすることができなかった列車トンネル突入時の過渡的な流れ場を詳細に明らかにしている。またそればかりでなく、列車トンネル突入時の流れ場を一次元流れとしてモデル化することにより、トンネル出口騒音軽減のために重要となる圧縮波波面勾配の支配的パラメータを明らかにし、実験などと比較することによってその妥当性を検証している。そして、その結果から圧縮波波面勾配の簡便な予測方法やトンネル出口騒音軽減のための列車、ならびにトンネル断面形状の設計指針を確立している。これらの点において、著者の研究は工学上寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50943