学位論文要旨



No 212336
著者(漢字) 森,和典
著者(英字)
著者(カナ) モリ,カズノリ
標題(和) タイヤ姿勢角の動的補償制御による車両の操縦性・安定性に関する研究
標題(洋)
報告番号 212336
報告番号 乙12336
学位授与日 1995.05.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12336号
研究科 工学系研究科
専攻 情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三浦,宏文
 東京大学 教授 酒井,宏
 東京大学 教授 吉本,堅一
 東京大学 助教授 下山,勲
 東京大学 助教授 藤岡,健彦
内容要旨

 自動車の安全性への要求が高まる中で予防安全性の向上のため車両運動性能分野の研究は重要度を増している。現在、タイヤに働く前後、左右、上下の3軸方向の力を能動的に制御して運動性能の向上をめざす様々なシャシ制御システムの研究開発が進められており、すでに実用化されたものも多い。ここでタイヤに作用する力のうち車両の操縦性・安定性に直接大きな影響を及ぼす横向力制御に着目すると、ステア角を能動的に制御する方法(4WS)はよく知られているが、ステア角に加えてキャンバ角をも補助的に協調制御すれば、タイヤカをより有効に利用できて幅広い運動走行領域における操縦性・安定性の向上が一層図れるものと期待される。

 横向力制御の研究では、タイヤのステア角制御を適用した車両の操縦性・安定性に関する研究は数多くなされているが、サスペンション特性が4WS制御に及ぼす影響やステア角とキャンバ角の制御がタイヤ非線形領域における車両運動性能に及ぼす影響などについて解析した例は少なく、特に、理論解析と同時に実験を行って、サスペンション特性も考慮した4WSの動的補償制御法が車両の操縦性・安定性に及ぼす影響を明らかにしたものや、動的補償によるタイヤ姿勢角制御がタイヤ非線形領域での操舵応答安定性向上の効果について解析したものは見当たらない。

 そこで、本論文ではこれらの点をふまえて、まずサスペンション特性を考慮した後輪ステア角の動的補償制御が車両の操縦性・安定性に及ぼす影響を解析および実験により明らかにする。つぎに、前後輪タイヤのステア角とキャンバ角の両方を協調させて動的補償制御をする方法を提案し、このタイヤ姿勢角制御を適用する車両は、制動駆動力を伴う場合も含めた広範な走行領域において操舵応答安定性の向上が図れることを解析計算により検証する。さらに、タイヤ非線形特性領域における車両運動について、タイヤ姿勢角制御を適用した場合の簡易な理論解析方法を体系的に示す。

 当該論文は4WSを含むタイヤ姿勢角制御についてこれまでの研究成果をまとめたものであり、7章からなる。各章の内容は以下の通りである。

 第1章では、研究の背景と意義について述べる。

 第2章では、ステア角やキャンバ角などのタイヤ姿勢角特性が車両運動性能に及ぼす影響を解析するための基礎方程式を定式化する。定式化に際しては、ロール軸が常に固定としたロール運動を仮定して、車両の運動方程式を導出する。次に解析計算に使用するタイヤのコーナリング特性式について述べる。

 第3章では、後輪ステア角の操舵角フィードフォワード動的補償制御が車両の操縦性・安定性に及ぼす影響を明らかにする。運転者の意図した通りに車両が忠実に動くための適正な車両運動特性を走行実験等により調べた結果をもとに、望ましい車両特性を実現するための4WS制御則についてサスペンション特性をも考慮して理論的に導出する。さらに実用的な制御関数の検討を行ない、その効果をシミュレーション計算と実車走行実験により確認したのでその内容を述べる。

 第4章では、操舵角フィードフォワード比例とヨーレイトフィードバックによる動的補償制御を適用した4WS車について、タイヤ非線形領域における操舵応答安定性を解析する。横加速度を伴う旋回状態での4WS車の運動を検討するため、左右輪荷重移動に起因するタイヤ非線形特性およびサスペンション特性を考慮した運動方程式について定常円旋回からの摂動を考えることにより近似的に線形化して簡易的な理論解析を試みる。その結果、タイヤ、懸架系特性および4WS制御則が旋回時の操舵応答安定性に及ぼす影響を把握するのが容易に可能になった。この解析法により、懸架系特性を考慮して導出したヨーレイトフィードバック式4WS制御則は、車両の自律安定性だけでなくタイヤ非線形領域における操舵応答安定性の改善にも有効であることを検証する。

 第5章では、前後輪タイヤのステア角とキャンバ角の両方を協調させて能動制御する方法を提案し、このタイヤ姿勢角の動的補償制御は車両の操縦性・安定性向上を図れることを理論解析とシミュレーション計算により明らかにする。特に横加速度を伴う旋回運動時において、ステア角制御のみの4WSよりも操舵応答安定性に対する効果が顕著であることを示す。

 第6章では、タイヤ姿勢角制御を適用した車両の制動駆動を伴う旋回運動時における制御効果を理論解析とシミュレーション計算により明らかにする。理論解析では、準定常的な取り扱いにより簡略化された非線形運動方程式を導き、円旋回運動時の操舵応答安定性に及ぼす前後向力や横向力の影響を調べる。また前後加速度や横加速度の大きさに応じてタイヤ姿勢角を制御する方法を検討し、適正な制御則を用いれば操縦性・安定性の向上とともに通常走行領域での姿勢角制御量の低減が図れることを示す。

 第7章では、本研究の成果を総括するとともに今後の課題について述べる。

 なお、第3章の内容は日産自動車(株)における共同研究の成果をまとめたものである。

審査要旨

 本論文は「タイヤ姿勢角の動的補償制御による車両の操縦性・安定性に関する研究」と題し、四輪操舵(4WS)を含むタイヤ姿勢角制御についての研究成果をまとめたもので、7章からなっている。

 第1章「緒論」では、本研究の目的と意義が述べられている。自動車の安全性への要求が高まる中で、予防安全性向上のために、車両運動性能に関する研究の重要性は益々大きくなっている。タイヤに働く前後、左右、上下の3軸方向の力を能動的に制御して、車両の運動性能を向上させることが可能であることは多くの研究で示されている。例えばタイヤのステア角制御を適用した車両の操縦性・安定性に関する研究は数多くなされている。しかし、サスペンション諸特性が4WS制御に及ぼす影響やステア角とキャンバ角の制御がタイヤ非線形領域における車両運動性能に及ぼす影響などについて解析した研究は少なく、この分野に関して理論解析と同時に実験を行った本研究の意義が大きいことを述べている。

 第2章「車両運動の記述」では、ステア角やキャンバ角などのタイヤ姿勢角特性が車両運動性能に及ぼす影響を解析するための基礎式を定式化している。定式化においては、ロール軸が常に固定したロール運動を仮定して、運動方程式を導出している。解析計算に使用するタイヤのコーナリング特性式も示されている。ここで導かれた基礎式は、数値シミュレーションにはそのまま用いられるが、理論解析においては目的に応じて適宣簡略化を行っている。

 第3章「ステアリング操舵角フィードフォワード動的補償による後輪操舵制御」では、後輪ステア角の操舵角フィードフォワード動的補償制御について解析している。まず予備的な考察として、前輪または後輪のステア角制御特性の違いがヨーレイト、横加速度特性に及ぼす影響、およびドライバーの意図した通りに車両が忠実に働くための適正な運動特性を走行実験等により調べた結果をもとに、後輪操舵制御による車両目標特性を示す。次に、この望ましい車両特性を実現するため重心位置における動的横すべり角を常に零とするような操舵角フィードフォワード動的補償の4WS制御をサスペンション特性も考慮して理論的に導出している。

 さらに実用化に向けて、アクチュエータの応答遅れを考慮に入れ、また、コントローラ設計を容易にするため低次数化を図った後輪操舵制御伝達関数を誘導する。制御則の効果は、計算と実車走行実験により確認されている。

 第4章「ステアリング操舵角フィードフォワード比例とヨーレイトフィードバック動的補償とを組み合わせた後輪操舵制御」では、タイヤ非線形領域における操舵応答安定性を解析している。横加速度を伴う旋回状態での4WS車の運動を検討するため、左右輪荷重移動に起因するタイヤ非線形特性およびサスペンション特性を考慮した運動方程式について定常円旋回から摂動を考えることにより線形化して理論解析を試みる。その結果、タイヤ懸架系特性および4WS制御則が旋回時の操舵応答安定性に及ぼす影響を把握するのに成功している。この解析法により、懸架系特性を考慮して導出したヨーレイトフィードバック式4WS制御則は、車両の自律安定性だけでなくタイヤ非線形領域における操舵応答安定性の改善にも有効であることが検証されている。

 第5章「前後輪タイヤの姿勢角制御による車両の操縦性・安定性(駆動や制動を伴わない場合)」では、前後輪タイヤのステア角とキャンバ角の両方を強調させて能動制御する車両の操縦性・安定性について理論解析を行なっている。タイヤ特性を線形とした場合、ステアリング操舵角に対するヨーレイト特性を適切な1次遅れ系とし、ヨー運動中心を所期位置にできるタイヤ姿勢角制御則を得ている。この制御則により前後輪操舵に加えて対地キャンバ角も動的補償制御すると、前後輪操舵のみの制御よりも幅広い運動走行領域で車両の操縦性・安定性が向上することを明確にした。特に、大きな横加速度を伴う旋回運動時の操舵応答性の改善に効果的であることが示されている。

 第6章「前後輪タイヤの姿勢角制御による車両の操縦性・安定性(駆動や制動を伴う場合)」では、制動駆動を伴う旋回運動時における制御効果を理論解析とシミュレーション計算により明らかにしている。理論解析では、準定常的な取り扱いにより簡略化された非線形運動方程式を導き、円旋回運動時の操舵応答安定性に及ぼす前後向力や横向力の影響を調べている。また前後加速度や横加速度の大きさに応じてタイヤ姿勢角を制御する方法を検討し、適正な制御則を用いれば操縦性・安定性の向上とともに通常走行領域での姿勢角制御量の低減が図れることを示している。

 第7章「結論」では、本研究の成果を総括するとともに、今後の課題について述べている。

 以上を要するに、本研究は、タイヤ姿勢角を動的に補償制御することにより、自動車の操縦性、安定性を向上させる方策を提案し、実車によってその効果を示したもので、自動車工学上有効なものであり、機械工学、車両工学に寄与するところ少なくない。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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