本研究では、筆者がこれまで行ってきた地面効果に関する研究をまとめ、論文の前半では、地面効果が2次元翼に作用する定常および非定常空気力に及ぼす影響を明らかにした。後半においては、地面効果内フラッタに対する制御系の設計手法を提示し、その有効性を、数値計算に基づく数値風洞実験によって検証した。用いた空気力の数値計算法は微小撹乱速度ポテンシャル方程式に基づく差分法、および、揚力面理論に基づく方法である。また、制御系の設計手法としてはループ整形を用いたH〓制御理論(LSDP、Loop Shaping Design Procedure)を用いた。その主たる結果を本論文の各章毎にまとめて記述する。 第1章は序論で、本論文を書くに至った動機とその背景を記述し、本論文の全体の構成を説明した。 第2章と第3章では、本研究で用いる空気力の数値計算法のコード検証を行いつつ、本研究の目的の一つ、地面効果内空気力特性の調査を行った。 第2章では、非圧縮に近い領域での地面効果内における空気力の定常特性に関して調査した。まず本研究で用いる空気力の数値計算法である、差分法と、鏡像翼を用いた揚力面理論に基づく方法に関する説明を地面効果の取り扱い方法を重点に記述した。その後、平板翼が迎角を持って平らな壁面上で静止している場合について両者の計算結果を比較し、両手法のコード検証を行った。さらに、その中の主たる計算コードである差分法についてはムービングベルトを用いて地面効果を模擬した風洞実験および汎用Navier-Stokes差分法コードとの圧力分布の比較を行った。この比較の目的は、翼が厚みを持つ場合の差分法の計算能力を検証することと、粘性の影響を調べることにあった。第2章での計算および実験結果を通じて、翼の定常空気力に関しては、地面効果は、翼が微小迎角で高度を低くする場合や、高度一定で迎角を大きくする場合、圧力の増加として現われることが確認できた。また、翼の厚みに関しては、地面近傍では地面と翼の間の空間におけるventuri効果により揚力が減少することが確認できた。粘性に関しては、1/4弦長以上の高度ではその影響は小さいことが判明した。 第3章では、地面効果内における空気力の非定常特性に注目して調査した。まず、第2章において説明した差分法を用いて、2次元平板翼が接近してくる波状壁面上で静止しているという移動波状壁面問題を考察した。計算では、波状壁面による撹乱振動数、波面の波長、翼高度をパラメータとして、それぞれのパラメータが翼に及ぼす空力的な影響を調査した。その結果、各パラメータの影響は揚力面理論での定式化を利用して定性的に説明できるという新しい知見を得た。 次に、地面は平板であるが、翼が運動する場合の非定常空気力を調査した。始めに、翼がステップ状に運勤した場合の空気力のインディシャル応答を計算するWagner問題を取り扱った。Wagner関数はインディシャル応答における定常値への近づき方を表わしており、地面の存在により定常の空気力への収束が早まることがわかった。この傾向は地面が近づくに連れ顕著であった。また、定常値自体を調べることにより、地面が近づくと圧力中心が後退することが確認できた。次に得られたWagner関数を1次の時間遅れでモデル化し、インディシャル応答の近似モデルを作成するとともに、このモデルのラプラス変換により翼の調和振動空気力を計算し、いわゆるTheodorsen関数に相当する関数を求めた。得られた関数を調べることから地面の存在は調和振動空気力の非定常特性の大きさや時間遅れを大きくすることがわかった。 第4章では、弾性翼の空力弾性特性を2次元モデルで検討するために、バネ支持された翼型モデルを考えた。はじめに翼の運動を支配する運動方程式、および境界条件について説明し、差分法のメッシュ作成において改良を加えた。揚力面理論に基づく方法には核関数に運動の影響を含む変更を導入した。第3章で扱った波状壁面問題において、翼が弾性支持された場合を両手法により計算し、差分法の、翼の運動を含むシミュレーションの妥当性を確認した。 第5章以降では地面が平板の場合について、フラッタ安定化問題の手法を提示するため、具体例を用いて地面効果が空力弾性特性に及ぼす影響を調査し、制御系の設計問題を検討した。 第5章では、第2章において説明した揚力面理論に基づく空力計算方法を空気力として用いて空力モデルを作成し、翼の構造パラメータとして具体的数値例を用いて空力弾性モデルを作成した。揚力面理論に基づく空力計算法を用いたのは主として計算コストを低くするためである。また、翼の構造パラメータとしては、制御の観点から見て厳しいケースを採用し、このモデルを用いて地面効果が空力弾性的に系に及ぼす影響を調査した。このフラッタモデルを用いた場合、地面が近づくに連れ、フラッタ速度は低下し、フラッタ振動数は増大し、フラッタ現象が激化することが明らかになった。これはフラッタそのものが地面効果のため同じ構造特性を有する系についてより起きやすくなり、一旦フラッタが起きると、不安定化した根はその不安定性をすばやく増していくということを意味する。これらの現象は地面が存在することにより空力特性が変化したために発生した。もちろん、地面の存在が必ずフラッタ特性を悪化させるとはいえない。地面が近づくことによる定常空気力の圧力中心の後退はフラッタにとって有利に作用すると考えられる。しかし定常空気力の大きさ自体が変化し、非定常特性も変化するため、フラッタ特性がどのように変わるかを予測することは簡単ではない。本研究では一つのモデルに関してであるが、地面効果がフラッタ特性の大幅な悪化を招くことが実証できた。フラッタは一旦発生すると構造破壊をもたらしかねない危険な現象であるため、機体設計上は細心の注意が必要である。地面効果はこのフラッタ特性を悪化させる可能性があり、設計上きわめて重要な意味を持つことを指摘できた意義は大きいと考えられる。 第6章では、地面効果内の空力弾性問題をフラッタのロバスト安定化問題として取り扱った。地面効果内では空気力変動によるプラントの不確かさが大きいことを考慮し、制御理論としてはロバストなH〓制御理論に基づくLSDP(Loop Shaping Design Procedure)手法を用いた。そしてフラッタを翼の後縁の操舵面を能動的に動かすことにより安定化するため、第5章で得た空力弾性モデルをノミナルプラントとして制御器を設計した。制御器の有効性を示すために、第4章で得た差分法シミュレータにさらに制御ルーチンを付加した一種の数値風洞を作成し、制御シミュレーションを行った。H〓制御器のロバスト性は、1)空気力コードの違いによるプラントの数学モデルの違い、2)ノミナルプラントと異なる高度で飛行した場合の制御性能、3)波状壁面による外乱に対する制振性能の3点について、すべて数値風洞シミュレータにより検証できた。とくに2)に関してはLQG(Linear Quadratic Gaussian)制御との比較により本論文で提示した設計手法が優れたロバスト性を有することが実証できた。また、連続系で設計した制御器を離散化し、ディジタル計算機を用いた制御にできるだけ近い状況をシミュレートすることにも成功した。 第7章はまとめで、本研究の成果をまとめて記述した。 まとめると、本研究では、地面効果を受ける2次元翼の空力弾性問題を差分法および揚力面理論に基づく空力計算法を用いて解析し、定常空気力、非定常空気力の地面効果の影響を調査した。次に、フラッタ特性を翼後縁の翼素を能動制御することによって改善することを考え、具体的な数値例を用いて飛行高度の変化、波面の影響などの撹乱を受けにくいロバストな制御系をH〓制御理論によって求め、その有効性を差分法シミュレータによって確認した。本研究によって地面効果内空気力特性が明らかになり、また、地面効果を利用する飛行機の空力弾性特性の解析法が確立され、その制御システム設計法が提示されるとともに、その有効性が示された。 |