青色より短波長域における発光素子の作製を目的として、2.6eV以上のバンドギャップ・エネルギ(Eg)を持つ謂ゆるワイドギャップ半導体の研究が活発化している。本論文は、紫外から可視にわたる広い波長域における発光材料としてInGaAlN四元混晶系に着目し、従来最も詳しく研究されてきたGaNを中心とした六方晶系窒化物半導体の有機金属気相エビタキシシャル(MOVPE)成長の研究を行った結果をまとめたものである。 この材料系の特徴は、(1)材料系を構成する三つの二元化合物が何れも直接遷移型のバンド構造を持つこと、(2)Egが2から6eVという広いエネルギ範囲をカバーすること、(3)格子定数をEgとは独立に変化できることの三点である。特に、この材料系では、従来、六方晶系窒化物半導体では困難であった格子整合成長を、いくつかの基板結晶に対して行うことが可能である。本研究で提案した格子整合基板の一例としては、ZnO(0001)基板を挙げることができる。加えて、GaN近傍の限られた組成域のみとは言え、結晶のp型化が報告されていることを考え合わせると、六方晶系窒化物半導体は短波長発光材料として重要な特徴を兼ね備えている。しかしながら、この材料系では、成長温度における高N2解離圧に起因して様々な問題が生じる。本研究では、この材料系に本質的な問題点を解決し、高品質膜成長技術の確立に資することを目的として、以下のような観点から検討を進めた。 まず、この材料系では大型の単結晶基板の成長が難しく、ヘテロエピタキシャル成長が避けられないことから、成長基板の選択が重要な課題である。次に、ヘテロエピタキシャル成長に本質的な三次元成長を抑制する方法として、二段階成長法がGaN結晶の高品質化に有効であることが知られているが、従来、表面モホロジや膜特性に及ぼす成長条件の効果について十分な言及がされていなかった。このことから、GaN高品質化の条件を明確化することが重要であるものと考えた。また、これまで、GaNの膜特性は高解離圧に起因するN空孔の生成によって制限されているものと考えられてきたが、従来のGaN成長では、低温単結晶成長ができなかったばかりではなく、膜特性と成長温度の関係を整理した報告は、直接成長、二段階成長を問わずほとんどなかった。一般に化合物半導体のエピタキシャル成長では、熱解離が問題とならない温度範囲で、成長温度の高温化が成長層の結晶性や純度の向上に重要である。従って、単結晶成長温度の低温化の検討を進めるとともに、熱解離による膜特性の劣化が起こらない成長温度領域を特定することが、この材料系の成否を見極める上で極めて重要な課題である。最後に、InGaAlN混晶系のポテンシャルを具現化するためには、従来単結晶成長の報告がなかったInを含む窒化物半導体の単結晶成長条件を把握することが必要である。 本論文は7章からなり、各章の内容は以下のように要約できる。 第1章は、序論であり、従来のワイドギャップ半導体の研究状況を概観し、本研究の課題や目的を述べるとともに、本論文の構成を説明した。 第2章では、GaNのMOVPE成長で観測される様々な成長条件依存性を、直接成長について整理した。まず、2-3節では、サファイア上GaN成長において、格子不整合が基板面方位に依存して変化する現象に着目し、GaN膜特性のサファイア基板面方位依存性を整理した。次に、2-4節では、従来のサファイア(0001)基板に比べ、格子不整合が大幅に低減される6H-SiC(0001)基板上へのGaN成長について述べた。また、2-5節では、電子サイクロトロン共鳴(ECR)プラズマを用いて行ったGaN低温単結晶成長について述べるとともに、2-3節では、サファイア上直接成長におけるGaN膜特性の成長温度依存性を整理し、膜特性の向上に成長温度の高温化が重要であることを示した。 第3章では、サファイア(0001)上二段階成長による高品質GaNの成長条件を把握することを目的として、直接成長及び二段階成長で観察される様々な成長条件依存性を比較した。まず、3-2節では、直接成長GaNの表面モホロジと成長条件の関係を整理し、直接成長で平坦な連続膜を得ることが困難な理由を実験的に明らかにした。次に、3-3節では、低温成長AIN層上で鏡面成長が起こる条件を整理し、3-2節で得られた直接成長に関する知見が、低温成長バッファ層上で鏡面成長を得るための重要な指針を与えることを示した。また、3-3節では、GaNの膜特性に関して、二段階成長条件の最適化を行い、2-2節で述べたGaN成長温度の上昇に伴う膜特性の向上が、二段階成長にも共通の傾向であることを示した。 第4章では、GaNの成長過程を熱力学的に解析し、GaN成長に及ぼす熱解離の効果を議論した。直接成長及び二段階成長で見られる高成長温度化に伴うGaN膜特性の向上は、高成長温度化に伴うN2解離圧の上昇が、膜特性に影響を及ぼさないことを意味している。第4章では、成長雰囲気におけるGaNの熱力学的安定性を評価することにより、GaNが持つ高N2解離圧がGaN成長に及ぼす効果について考察した。 第5章では、本研究で始めて得られたInN及びIn系多元混晶の単結晶成長について述べた。 最後に、第6章では、本研究で得られた結果を総括した。本研究で得られた知見は、以下のようにまとめることができる。 (1)窒化物半導体成長に適した基板の探索 サファイア(010)及び(20)基板上では、従来のサファイア(0001)基板上に比べ大幅に格子不整合が低減されたGaNのエピタキシが起こる。特に、サファイア(010)上に成長したGaNは、平坦な表面モホロジと低電子濃度かつ高移動度を示すことが特徴である。しかしながら、サファイア(010)上でも膜特性の向上は不十分であるほか、サファイア(20)及び6H-SiC(0001)上GaNは、サファイア(0001)上GaNと全く同等の膜特性しか示さず、格子不整合低減効果は認められなかった。 一方、ZnO(0001)基板上に格子整合条件で成長したInGaNは、サファイア(0001)基板上に比べ、XRC幅を20%程度低減できる。実験に用いたZnO基板は、結晶性が不十分である上、表面処理方法も最適化されていないことを考えれば、ZnO基板の結晶性の向上及び表面処理方法の改善により、一層の結晶性の向上が期待される。 (2)高品質GaNの二段階成長条件 サファイア(0001)上GaN直接成長において平坦な連続膜を成長できない理由は、連続膜成長条件とGaN(0001)面安定化条件が両立しないことにある。鏡面状の表面モホロジを持つGaNの成長は、低温成長バッファ層上で、(0001)面安定化条件を選んで成長を行うことにより達成できる。また、二段階成長GaNの結晶性、発光特性及び電気特性に関する最適成長温度として1050℃という温度を決定した。 (3)GaN成長に及ぼす高解離圧の効果 まず、ECRプラズマ励起を用いたGaN低温成長を検討し、従来の成長法に比べ数百℃低温でGaNの単結晶成長が可能であることを示した。しかし、実験の範囲内で、低成長温度化による膜特性の向上は認められなかった。 一方、従来のエピタキシャル成長温度領域では、直接成長及び二段階成長ともに、GaN膜特性は高成長温度化により向上する。また、未分解のまま成長界面に到達したNH3がGaN成長に本質的であるという立場からGaNの成長条件を解析すると、成長雰囲気中のNH3が、GaNが持つ数〜数百atmという高解離圧を抑制する能力を持つ得ることを示すことができる。 (4)InN及びIn系多元混晶の単結晶成長条件の把握 成長温度とV/III比の最適化によりInN単結晶を成長できること、成長温度に応じてTEGaとTMInの供給量を制御することによりInGaN単結晶の組成制御が可能であること、InGaN結晶品質の向上に高成長温度化と格子整合成長が有効であること、InGaN単結晶成長条件を用いてInGaAlN結晶を成長できることを示した。 本研究における最も重要な結果は、成長温度の高温化に伴うGaN膜特性の向上である。この結果は、GaNのエピタキシャル成長温度において、顕著な熱解離が起きていないことを示している。実際、GaNの高解離圧が成長雰囲気中のNH3によって十分抑制され得るという解析結果は、現状のGaN膜特性が、熱解離に起因した、この材料に本質的な限界にあるものではないことを強く示唆している。 二段階成長法によってGaNの品質が大きく向上したとは言え、数分というXRC幅から判断して、GaNの結晶中には未だ多数の構造欠陥が含まれているものと考えざるを得ない。このように大きなXRC幅は、GaNとサファイアの間の格子不整合の緩和が不十分であることを示唆しており、GaNの膜特性はこうした結晶の不完全性によって制限されている可能性が高い。以上のことから、格子不整合の一層の緩和あるいは低減が、今後のGaN結晶高品質化の鍵となるものと考える。 |