学位論文要旨



No 212341
著者(漢字) 齋藤,旬
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,ジュン
標題(和) ダイレクトオーバーライト光磁気ディスクに関する研究
標題(洋)
報告番号 212341
報告番号 乙12341
学位授与日 1995.05.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12341号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,良一
 東京大学 教授 藤原,毅夫
 東京大学 教授 三浦,登
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 山本,良一
内容要旨

 本格的なマルチメディア時代を間近に控えて、対応する社会インフラストラクチャーである、入出力機器、コンピューター、情報通信機器、そして情報ストレージ機器が整備されつつある。この内、情報ストレージ機器、所謂マルチメディアストレージとしては、現在CD-ROMがまず使われ始めているが、これはリードオンリーメモリー(Read Only Memory)であり、21世紀に向けてマルチメディア技術が整うにつれ、書換可能型である光磁気ディスクメモリーが、マルチメディアストレージの本流技術になると予想される。マルチメディアストレージには2つの要件がある。容量の拡張性(expandability)とデータアクセス性(accessibility)、この2点が要件である。この2要件によって、マルチメディア時代の大量高速データの頻繁な出し入れが、自由に行えるようになる。光磁気ディスクメモリーは、ディスクとドライブが交換可能(interexchangable)であり、ディスクを幾らでも増やしていける事からexpandabilityが良好である。更に、ディスクメモリーである為accessibilityが良好である。しかしながら、従来の光磁気ディスクメモリーは、「旧データの上に新データを重ね書きすると、旧データが消えながら新データが記録される。」 所謂ダイレクトオーバーライト動作が不可能であったため、記録前消去動作が必要であり、データ記録がスムーズに行えないという欠点があった。我々は、希土類金属-遷移金属アモルファス合金薄膜の交換結合多層膜を持つ光磁気ディスクが、記録動作と消去動作の二つの動作温度を持つ様に設計し、このディスクにフォーカシング、トラッキングされたレーザー光の強度を変調させ、ディスク上レーザースポット点に温度変調を起こし、ダイレクトオーバーライト動作を実現した。光記録の最大の特徴である記録再生用ヘッドのディスク非接触性を失わず、ディスクとドライブのinterchangabilityを損なわず、即ち容量拡張性に富んだダイレクトオーバーライト可能な高密度大容量高速な光磁気ディスクストレージを実現した。なお、再生原理は従来からの光磁気ディスクメモリーと同じく、光磁気効果を利用しており、ドライブ側の変更点は記録再生動作ともに極めて少ない。この様なダイレクトオーバーライト動作可能な光磁気ディスクを、ダイレクトオーバーライト光磁気ディスクと呼ぶ。

 図1は、本方式のダイレクトオーバーライト動作の模式図である。ディスクの多層膜の基本構成はメモリー層と記録層である。記録層の磁気モーメントは記録動作前に、一方向に初期化される。その時メモリー層の磁化方向は変化しない様に、メモリー層記録層間の交換結合力は設定されている。メモリー層上の旧データはまだ変化しない。ディスクが回転して光ヘッドが目的セクターにアクセスすると、記録用レーザーパワーが照射される。そのレーザーパワーは記録されるデータに従って、PHとPLの高低二つのレベルで変調されている。

図1 ダイレクトオーバーライト動作の模式図

 PHのレーザーパワーが照射される箇所は、記録動作温度以上にあたためられ、記録層の磁化方向が記録用磁界によって反転し、反転磁区(記録マーク)を形成する。その後の降温途上で、メモリー層に記録マークが交換結合力によりコピーされる。一方、PLのレーザーパワーが照射される箇所は、消去動作温度以上、記録動作温度未満にあたためられる。記録層の磁化方向は初期化方向のままで変化しない。その後の降温途上でメモリー層は、初期化されたままの記録層に交換結合していく。この様に旧データが消去され、新データがPHとPLに対応してダイレクトオーバーライトされる。

 実際の高密度記録を行うには、図2に示した熱干渉問題を解決する必要がある。所望のデジタル情報どおりに単純にレーザーパワーをオンオフして、記録マークを形成したのでは、熱が次第に蓄積しマーク形状が涙滴型になりマークエッジ位置がずれてしまう。更に隣接するマーク形成に対しても熱が拡散していき、マークエッジ位置がシフトしてしまう。我々は、レーザーの発光消光タイミングをこのシフト分だけ予めシフトさせる発光補償記録方式を考案し、0.54m/bitという線記録密度がダイレクトオーバーライト記録で可能であることを示した。更に我々は、図3に示した様にレーザーの発光波形を改良し、常に一定の熱干渉量がマーク形成に関与するようにし、マーク形状を整えマークエッジ位置のズレが均一になる記録補正方式を、ダイレクトオーバーライト光磁気ディスクメモリに適用した。0.56m/bitという線記録密度を達成し、130mm直径の両面ディスクに2 gigabyteの記憶容量を持つ、ダイレクトオーバーライト光磁気ディスクストレージを機能試作し実用化した。

図2 高密度記録に於ける熱干渉問題図3 熱干渉問題を解決する記録レーザー発光波形の改良例
審査要旨

 本論文は,「ダイレクトオーバーライト光磁気ディスクに関する研究」と題し,旧データの上に新データを重ねて書くと旧データが自動的に消去され新データが記録されるという,いわゆるダイレクトオーバーライト動作を,光磁気ディスクメモリにおいて可能にする方法に関する研究をまとめたものである.

 通常の光磁気ディスクメモリは記録前消去動作を必要とするため,記録時データ転送レートが再生時データ転送レイトの半分以下と遅くなってしまう.そのため動画のリアルタイム記録などに必要な高速データ転送ができない.従来,ダイレクトオーバーライト光磁気ディスクメモリとしては,磁界変調方式があるが,高速データ転送レイトとディスクの耐久性を両立させることが難しい.また,書き換え可能な相変化型光メモリでは,ダイレクトオーバーライト動作が可能であるが,マークエッジ記録による高速高密度記録が困難である.

 上記を背景として,論文提出者はレーザ強度変調方式によるダイレクトオーバーライト光磁気ディスクメモリを発明した.本論文では,この発明の内容と,その改良,実用化に至る開発について報告している.

 論文は8章からなっている.

 第1章は序論であり,本研究の背景と目的,および論文の構成について述べている.

 第2章は「交換結合光磁気ディスクへの光変調によるダイレクトオーバーライト」と題し,発明された光磁気ディスクメモリ用ダイレクトオーバーライト技術の原理を説明している.さらに,このダイレクトオーバーライト現象を実験実証している.

 第3章は「支持技術と対抗技術の紹介 中間層,初期化層の付加と他のダイレクトオーバーライト技術との比較」と題し,まず,1987年から1990年にかけて為された,ダイレクトオーバーライト光磁気ディスク分野における研究開発をレヴュウしている.二つの重要研究開発があり,一つは中間層の発明であり,もう一つはスイッチ層と初期化層の発明であると述べている.更に,本ダイレクトオーバーライト技術を,他のダイレクトオーバーライト技術,すなわち,相変化型光ディスクメモリにおけるダイレクトオーバーライト,光磁気ディスクメモリにおける磁界変調によるダイレクトオーバーライトと,得失比較検討をしている.本ダイレクトオーバーライト方式は,他の手法に比べて,優位性を持つと報告している.

 第4章は「ダイレクトオーバーライト記録パワーマージンの拡大」と題し,ダイレクトオーバーライト光磁気ディスクにメタルコートを付加することによって,ダイレクトオーバーライト記録条件に,広いレーザーパワーマージンを持たせることができると記している.

 第5章は「ガドリニウム・鉄・コバルト再生層の付加によるダイレクトオーバーライト光磁気ディスクのC/N改善」と題し,ガドリニウム・鉄・コバルト(GdFeCo)再生エンハンス層を持つダイレクトオーバーライト光磁気ディスクは,高密度記録のための高い再生信号品質,高いC/Nを可能にすると述べている.

 第6章は「ダイレクトオーバーライト光磁気ディスクへの高密度記録 その1」と題し,CdFeCo再生層を持つダイレクトオーバーライト光磁気ディスクに,第一世代の記録線密度の倍である0.54m/bitの密度で記録されたデータの再生ウインドウマージンとして,クロック周期の21%を達成したと記している.0.54m/bitの記録を行うに際しては,記録用レーザーパルスの立ち上がり立ち下がりのタイミングをシフトさせる記録補償を用いている.

 第7章は「ダイレクトオーバーライト光磁気ディスクへの高密度記録 その2」と題し,GdFeCo再生層を持つダイレクトオーバーライト光磁気ディスク上に,0.56m/bitの記録密度で記録されたデータの再生ウインドマージンとして.クロック周期の55%を達成したと述べている.0.56m/bitのこの記録を行うに際しては.記録マークの前後エッジを形成する際の熱干渉によるエッジシフト量が,記録データパターンに依存せず一定になるように,熱干渉を均一化する技術を用いている.論文提出者は更に,ダイレクトオーバーライト光磁気ディスクの熱特性を調べるための三つの実験手法と熱拡散シミュレーションモデルを提唱している.これにより,ダイレクトオーバーライト光磁気ディスクが高密度記録に適した熱特性を持つと報告している.

 第8章は「総括」と題し,本論文全体の結果を総括し,ダイレクトオーバーライト機構を実現する上で,重要なアイデアは,「交換結合力によるコピー現象」,「光強度変調による温度変調」,「記録層の磁化方向の初期化手段」であると述べている.

 以上を要約すると,本研究の内容は.レーザー強度変調方式によるダイレクトオーバーライト動作可能な光磁気ディスクメモリを.希土類金属-遷移金属合金磁性薄膜の交換結合多層膜を利用して発明したことであり,更に性能を改良し,該ダイレクトオーバーライト光磁気ディスク上に高密度記録再生を実施し実用性を実証したことである.本研究で得られた交換結合多層膜設計法,測定方法,論理解析手法.及び,ダイレクトオーバーライト光磁気ディスクへの高密度記録手法,解析手法は,次世代マルチメディアストレージ用光磁気ディスクメモリの高性能化・高機能化に向けた材料及びデバイスの探索において重要な指針を与えるものであり,物理工学への貢献が大きい.よって本論文は,博士(工学)の学位論文として合格と認められる.

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