学位論文要旨



No 212342
著者(漢字) 榊,泰輔
著者(英字)
著者(カナ) サカキ,タイスケ
標題(和) 仮想インピーダンスを介する人間機械系の研究
標題(洋)
報告番号 212342
報告番号 乙12342
学位授与日 1995.05.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12342号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 舘,すすむ
 東京大学 教授 森下,巖
 東京大学 教授 有本,卓
 東京大学 教授 藤村,貞夫
 東京大学 教授 中野,馨
内容要旨

 テレオペレーションのように,人間が直接ロボットを操作して対象に作業を行なうシステムは,古くから研究されてきた.ロボットを介してオペレータが対象と接触するこのようなシステムには,テレオペレーションの他に,人力増幅器あるいはダイレクト・ティーチなど様々なシステムがあり,これまで種々の機械構成や制御系が提案されてきた.(Fig.1)しかしながら,従来の技術では,以上述べたような人間機械系の制御系の設計法や特性の解析が個々のシステムの構成に依存するものがほとんどで.一般的な人間機械系としての観点から制御系の設計指針や特性解析を検討する研究がなかった.すなわち,バイラテラル制御系,人力増幅器,ダイレクト・ティーチの各システムは別々のものと考えられ,ハードウエア構成,制御系の構成,機能が異なるこれらの個々のシステムにおいて,制御系の設計や特性の解析が行なわれてきた.そこで本研究では,ロボットを介してオペレータが対象と接触しながら作業を行うシステムとして,仮想インピーダンスを介して対象とのインタラクションをおこなう人間機械系を提案する.これは,仮想インピーダンスを実現するシステムとして上記の各人間機械系を一般化したもので,個々のシステム構成に依存することなく設計や解析を可能にするものである.

 提案する人間機械系の基本的な構成および制御系の動作を示す.Fig.1に提案する人間機械系の概念図を示す.これは,インピーダンス制御によってある仮想インピーダンスに動特性を調整された2つのマニピュレータによって構成される.各マニピュレータは,オペレータの操作力と運動および対象からの反力と運動に対してそれぞれ仮想インピーダンスに調整される,この人間機械系の制御系をFig.2に示す.ここで,操作感覚の増幅を実現するため,この人間機械系に物理的相似則を適用する.スケールの異なる環境間での遠隔操作において,臨場感を考慮して操作感覚の増幅の効果を得るには,物理的な相似性を考慮することが有効である.操作感覚の増幅とは,オペレータが操作する対象の動特性を見かけ上変化させることである.力と運動を別々に増幅する従来の幾何学的な方法では,対象の動特性を増幅するようなことを直接扱うことができなかった.このシステムでは,増幅された動特性を有する対象をあたかも直接操作しているような効果を得られる.

Fig.1 一般的な人間機械系の概念

 次に,提案した人間機械系の特性を解析する.まず,人間機械系の応答性を多自由度系で定義し,伝達関数行列を導出する.これより,Fig.3に示すように,

 1)人間機械系を通じてオペレータが対象を操作するとき,a)マスタに実現した仮想インピーダンス,および,b)動特性を増幅した対象がマスタ側に提示され,これらa)とb)を合わせた動特性を操作するのと同等な効果を得る.

 2)マスタ・スレーブに実現する仮想インピーダンスをできるだけ小さくすると,増幅した対象の動特性をオペレータが直接操作するような効果が得られ,操作感覚の臨場性を高めることができる.

図表Fig.2 提案する人間機械系の制御系 / Fig.3 操作感の増幅の効果

 次に,対象を含む制御系を表す多自由度の接触系を1自由度系へ等価変換し接触安定性を解析する.解析結果より,接触安定性を低下させる原因のひとつがサーボ系の位相遅れであることがわかる.そこで,目標インピーダンスに対応して分母のみで構成する従来の動特性モデルに,新たに分子項を加え,接触作業時の全体の制御系の応答性・安定性を考慮してその分子項を設計する,新しい制御アルゴリズムを提案する.これは実現が簡単で実用的な手法である.

 以上,本研究では,ロボットを介して対象と接触しながらオペレータが作業を行うシステムのうち,仮想インピーダンスを介して対象とのインタラクションをおこなう人間機械系について研究を行った.このシステムは,以下に示すような従来にない効果を持つ.

 ・提案した人間機械系は,オペレータと対象に対して各々仮想インピーダンスを実現するように動特性を調整し,パイラテラル制御系,人力増幅器,ダイレクト・ティーチシステムなどの人間機械系を,仮想インピーダンスを実現するシステムとして一般化したものである.

 ・ロボットや力センサなどの磯構構成・構成台数の違い,運動や力といった物理情報の増幅による操作感覚の変更の有無,教示・実行の形式の違いなど,これらの条件に依存せずシステムを見通しよく設計することができる.

 ・応答性や接触安定性などの特性解析および特性向上の手法を,システム構成に依存せず容易に適用することができる.

審査要旨

 本論文は「仮想インピーダンスを介する人間機械系の研究」と題し,7章からなる。人間がロボットを直接操作して対象に作業するシステムとしては,マスタスレーブマニピュレータのバイラテラル制御,エグゾスケルトン型人力増幅機,ダイレクトティーチなどの様々な形態があり多くの研究がなされてきている。しかしながら,人間機械系としての制御系の設計法や特性の解析は個々のシステムの構成に依存するものがほとんどであり,一般的な人間機械系としての観点から制御系の設計指針や特性解析を検討することは従来あまり例がなかった。本研究はロボットの動特性を介してオペレータが,外界の対象と間接的に接触しながら作業を行なうこれらのシステムを,ロボットと対象及びロボットとオペレータとの間に仮想インピーダンス,すなわち目標値としてシステムに設定する仮想的な慣性・粘性・剛性からなる2次の動特性を考えることにより統一的に捉らえる試みであり,そのようなシステムの応答性,接触安定性を解析し,この考え方を医療・リハビリテーション機器に応用し実際のシステムを構成してその効果を実証したものである。

 第1章は序論で人間機械系に関する在来の研究を揚げ,本研究の視点を説明し,その目的と立場と意義を明らかにしている。

 第2章は「仮想インピーダンスを介する人間機械系の構成」と題し,バイラテラル制御系,人力増幅機,ダイレクトティーチシステムを仮想インピーダンスという観点から統合した人間機械系の基本的な構成を提案している。オペレータと対象とに対してそれぞれある仮想インピーダンスを実現するようにロボットの動特性を調整することが提案している人間機械系の特徴であること,また相似則を用いて力や長さなどを拡大したり縮小したりすることにより操作感覚を変更する機能を持つことなどを述べている。

 第3章は「仮想インピーダンスを介する人間機械系の応答性・接触安定性」と題し,本研究で提案した人間機械系の特性を応答性と接触安定性の観点から解析し,応答性と接触安定性を向上させる手法を提案し,基礎実験を行なっている。すなわち.人間機械系の応答性を多自由度系で定義し,伝達関数を導出して解析するとともに,接触安定性をサーボ系の位相遅れから解析し,多自由度系を1自由度系へ等価変換し,作業座標系の各軸における一巡伝達関数を用いて安定条件を明確にしている。また,応答性と接触安定性を向上する方法として,目標インピーダンスに対応して分母のみで構成する従来の動特性モデルに,新たに分子項を加え,接触作業時の全体の制御系の応答性と接触安定性を考慮してその分子項を設計する方法を提案し,1軸のリニアスライダおよび3自由度のマニピュレータを用いた実験で手法の有効性を検証している。

 第4章は「仮想インピーダンスを介する人間機械系の展開」と題し,第2章で提案した一般的なシステムをバイラテラル制御系,人力増幅機,ダイレクトティーチシステムに適用し構成例を示すとともに,展開した各システムの制御系を導出し,第3章で検討した応答性・接触安定性の解析をそれぞれに対してあてはめている。

 第5章は「展開した各種の人間機械系についての実験」と題し,提案した方法に基づいて実際のハードウェアを用いてバイラテラル制御系,人力増幅機およびダイレクトティーチシステムを構成し,第3章の方法により接触安定性が向上することを実験的に確かめている。

 第6章は「仮想インピーダンスを介する人間機械系の応用」と題し,本研究で提案している手法を適用して指用CPMと下肢用リハビリテーション装置という2種の医療・リハビリテーション機器を開発している。CPM(Continuous Passive Motion)とは,肢体の関節の手術前後から時間連動的に滑らかに関節を動かし続ける治療方法であり,従来のギブスで固定する方法にくらべ,損傷関節組織の治癒と再生,拘縮の予防,疼痛の防止の確保などの効果が高いとして近年注目を集めているが,現在のCPM装置は回転軸の不一致により関節への負担がかかる,肢体からの抵抗に柔軟に対応できない,動作が単純であるなどの欠点を有していた。3自由度を有し,平面内での指のあらゆる動きに対応可能なCPM装置を構成し,力センサを用いたインピーダンス制御を行ない,ダイレクトティーチにより医師・療法士が目的とする運動を直接教示し得るシステムを開発している。

 下肢用リハビリテーション装置は,受傷や障害により動きにくくなった下肢の関節可動域を広げることを目的として,ある一定の曲げ角度において力を加え続ける装置であり,微妙な力加減を行ないながら関節と筋肉に負荷をかけて行く必要があるが,従来は人間が行なうのに匹敵するような装置はなかった。本研究において開発した装置は3自由度を有し正中矢状面内での膝および股のあらゆる動きにズレなく対応でき,不要な負荷を発生させることがなく,それを力センサを用いたインピーダンス制御することにより仮想インピーダンスが実現され,医師・療法士が目的とする運動を直接教示し得るという特徴を有するものである。両者において本研究での特性解析の結果が有効に用いられていることが示されている。

 第7章は「結論」であり,本研究の成果がまとめられている。

 以上これを要するに,本論文は人間機械系を仮想インピーダンスの観点から統一的に捉らえる考え方により,システムの応答性や接触安定性を解析するとともに.この考え方を医療・リハビリテーション機器に応用し実際のシステムを構成してインピーダンス制御を用いた人間機械系の効果を実証した研究であり,計測工学及びロボット工学に貢献するところが大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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