学位論文要旨



No 212343
著者(漢字) 山田,勝利
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,カツトシ
標題(和) 炭素繊維/アルミニウム合金複合材料の引張、圧縮強さに関する研究
標題(洋)
報告番号 212343
報告番号 乙12343
学位授与日 1995.05.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12343号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 石田,洋一
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 助教授 香川,豊
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨

 金属基複合材料(FRM)は、その耐高温、高比強度の優れた特徴にもかかわらず、実用的に大量生産される段階にはなかなか至らず、極く一部の極限環境用として限られた特殊用途に使用されている現状である。しかも尚、FRMのような高温、高応力の技術的に厳しい環境で中長期的に使用可能な材料を開発することは、長年に亘り要請されている本質的な課題である。

 FRMにはなお多くの技術課題が残されており、厳しい環境下における疲労現象やクリープ現象までを考慮して中長期的に材料強度を安定的に確保する観点から、強化繊維/マトリックスの界面状態を考慮した力学的特性に関する研究が特に重要である。

 本研究は、このようなFRMの力学的特性向上を図る目的で、直径10m以下程度の細径の長繊維を用いたFRMの強さに関する基礎的な検討として、炭素繊維(CF)/アルミニウム(Al)合金FRMに焦点を絞り、引張強さ及び圧縮強さを同時に高めることを狙いとして界面状態を含めた実験的研究を行った。特に強度の支配因子の役割り、メカニズムを明らかにする事を目的として界面剪断強さを測定し、破壊の様相を観察して、圧縮強さに関する検討に力点をおいた。

 第2章では本研究の実験方法の概要について述べた。供試FRMの製造方法、材質評価方法、曲げ試験片および圧縮試験片の破壊後の観察方法(接写写真およびSEM)、TEMおよびHRTEM観察方法、Auger電子分光分析による界面近傍破壊位置の調査方法、曲げ試験時のAE測定方法、界面析出物分析のためのX線回折方法、界面強さ測定方法(打ち抜き法)について記述した。

 強化繊維として直径約7mで既に一定の評価が定まっていると考えられるPAN系の高弾性炭素繊維および高強度炭素繊維を、マトリックスとして比較的軟質のAl合金を用いて、加圧含浸法によりFRMを製造した。

 第3章では、先ず製造温度や含浸圧力などの製造条件が強度に及ぼす影響を検討して最適製造条件を求め、さらにFRMの引張強さ、圧縮強さに及ぼすAlマトリックス中の合金元素の影響を述べた。強度に影響を与える重要な元素はMgとSiであり、特に引張強さを高める成分系としてAl-7.8%Mg合金を、また圧縮強さを高める成分系としてAl-7.1%Si-0.36%Mg合金を選定した。

 なお、引張強さと曲げ強さとは非常に良い相関関係があり、曲げ試験(板厚の比較的薄い試験片)は引張試験に比較して必要な試験片の量も少なく試験そのものも安定した試験が可能であることを示し、以下の研究は曲げ試験を主体として実施し、曲げ強さをもって引張強さの代替としての意味を持たせた。

 第4章では、FRMの曲げ強さ(引張強さ)に及ぼす繊維・マトリックス界面状態の影響を検討した。PAN系高弾性糸を用いた場合、Al-7.8%Mg合金FRMは一本の繊維の破断が隣接する繊維に伝播する際に、界面の反応生成物(Al4C3)が少なく界面が剥離し易いため、伝播を抑制する。このため、応力の再配分が行われて高い荷重に耐える。一方、Al-7.1%Si-0.36%Mg合金FRMは、界面の反応生成物(Al4C3)がある程度存在して界面結合が強いため、繊維を脆く破壊させる。このため、一本の繊維の破断が直ちに容易に他の繊維の破断を引き起こし最終破断に至る、ことを示した。

 第5章では、FRMの曲げ強さ、圧縮強さおよび界面状態に及ぼす繊維の影響を述べた。高弾性糸を用いたFRMでは、上記のようなAl合金成分の影響を受けやすいこと、また高強度糸を用いたFRMでは、繊維表面の化学反応性が高いため反応生成物(Al4C3)が多くなり、Al合金成分の影響を比較的受けずに常に強い界面強さが得られ、このため引張強さが低く、圧縮強さが非常に高い水準となる、ことを述べた。この根拠として、Auger電子分析、TEM観察、破面の状態観察など、種々の研究を行っている。

 第6章では、FRMの界面強さの測定方法を検討し、上記のFRMについて界面強さを測定した。打ち抜き法により、多数の繊維とマトリックスとの界面強さの平均値を安定して求めることが出来た。

 第7章では、FRMの界面強さの測定結果を踏まえて、上記のFRMについて界面強さと曲げ強さ、圧縮強さの関係を示し、またAl合金マトリックスのかたさ測定により引張特性を推定した結果および各々の破面の検討結果を踏まえて、特に圧縮強さを支配するモデルと要因を定量的に示した。界面強さが低い場合には、圧縮応力の下ではまず繊維とマトリックスの界面が剥離し、繊維が座屈すること、また界面強さが高くなるに従って、繊維の座屈と繊維の剪断破壊とが混在するように変化すること、さらにある程度以上の界面強さになると圧縮強さは繊維の剪断破壊によって支配され、通常は非常に高い値であることを示した。さらに、FRMの熱処理後の変化を検討して、Al4C3濃度が僅かに増加して界面強さが少し高くなり、上記の界面強さと曲げ強さ、圧縮強さの関係に沿って曲げ強さ、圧縮強さが変化することを示した。

 第8章は、全体の総括である。

 結局、本研究の成果としては、直径10m以下程度の細径長繊維を用い、Al合金のような比較的軟質で塑性変形が容易な金属をマトリックスとする複合材料に関する力学的特性、特に繊維方向に対する引張強さ、圧縮強さを共に高い水準にするために必要な界面状態を、間接的ながら原理的に明らかにしたものである。

 即ち、FRMの繊維方向の引張強さを高くするためには、炭素繊維の場合には界面状態は結合力を比較的低くする必要があるが、この理由は、引張時の繊維近傍の反応生成物による一種の切り欠き効果による繊維の破断とこれが原因となった破壊の伝播の容易性にある。従って、界面強さを高くすることは、本質的に引張強さを高める上で有害とは認められず、上記の切り欠き効果を防止あるいは抑制する界面状態を生成させることが肝要である。

 また、圧縮強さを高くするためには、界面強さ(特に繊維と直角方向の引張応力の下で繊維とマトリックスとの剥離を抑制する強さ)はある程度以上の水準であることが必須である。界面強さがこの一定以上の高さである場合にさらに圧縮強さを高めるためには、繊維の剪断強さを高めることが必要である。この界面強さを高める方法としては、特に炭素繊維の場合には、界面強さの向上が引張強さの低下と結びつき易いことから、引張破壊の伝播を抑制しながら且つ界面強さを高めることが必要となる。

 以上のように、本研究は基礎的な検討ではあるが、FRMの繊維と界面状態の有るべき姿を示唆する重要な結果が得られた。

審査要旨

 繊維強化金属基複合材料(FRM)は、高比強度に優れているにもかかわらず、極限環境用として限られた特殊用途に使用されているのが現状である。本研究では、このようなFRMの力学的特性向上を図る目的で、直径10m以下程度の細径の長繊維を用いたFRMの強さに関する基礎的な検討として、炭素繊維(CF)/アルミニウム(Al)合金FRMに焦点を絞り、引張強さ、および圧縮強さを同時に高めることを狙いとして界面状態制御を含めた実験的研究を行った。

 第1章では従来の知見と本研究の目的を述べた。

 第2章では実験方法の概要をまとめた。供試材の製造方法、材質評価方法、曲げ、および圧縮試験片の破壊後の観察方法、透過電子顕微鏡観察方法、Auger電子分光分析による界面近傍破壊位置での計測方法、曲げ試験時のAE測定方法、X線回折方法(界面析出物分析)、界面強さ測定方法について示した。強化繊維として直径約7mのPAN系の高弾性炭素繊維、および高強度炭素繊維を、マトリックスとして比較的軟質のAl合金を用い、加圧含浸法によりFRMを製造した。

 第3章では、まず最適製造条件を求め、次にFRMの引張強さ、圧縮強さにおよぼすAl合金中の合金元素の影響をまとめた。強度に影響を与える重要な元素はMgとSiであり、特に引張強さを高める成分系としてAl-7.8%Mg合金を、また圧縮強さを高める成分系としてAl-7.1%Si-0.36%Mg合金を選定した。なお、引張強さと曲げ強さとは非常に良い相関関係があることを確認して、必要な試験片の量が少なく安定した試験が可能な曲げ試験を主体として試験を実施し、曲げ強さに引張強さの代替としての意味を持たせた。

 第4章では、FRMの曲げ強さにおよぼす界面状態の影響を検討した。PAN系高弾性繊維を用いた場合、Al-7.8%Mg合金FRMは界面の反応生成物(Al4C3)が少なく界面が剥離しやすいため、一本の繊維の破断から隣接する繊維への破壊の伝播を抑制する。このため、応力の再配分が行われて高い荷重に耐える。一方、Al-7.1%Si-0.36%Mg合金FRMは、界向のAl4C3量がある程度高く界面結合が強いため、繊維を脆く破壊させる。このため、一本の繊維の破断が直ちに容易に他の繊維の破断を引き起こし最終破断に至ることを示した。

 第5章では、FRMの曲げ強さ、圧縮強さ、および界面状態におよぼす繊維の影響を示した。高弾性繊維を用いたFRMでは、Al合金成分の影響を受けやすく、また高強度繊維を用いたFRMでは、繊維の化学反応性が高くAl4C3が多いため、Al合金成分にかかわらず常に強い界面強さが得られ、引張強さが低く圧縮強さが非常に高い水準となることを示した。

 第6章では、FRMの界面強さの測定方法を検討し、打ち抜き法により多数の繊維とマトリックスとの界面強さの平均値を求めた。

 第7章では、FRMの界面強さと曲げ強さ、圧縮強さの関係を示し、特に圧縮強さを支配するモデルと要因を定量的に示した。界面強さが低い場合には、界面が剥離して細径の繊維が座屈する。また界面強さが高くなるに従って、繊維の座屈と繊維の剪断破壊とが混在するように変化する。さらに界面強さが高くなると圧縮強さは繊維の剪断破壊によって支配され、非常に高い値を示す。また、FRMの熱処理後の変化を検討することにより、Al4C3量が僅かに増加して界面強さが上昇し、曲げ強さ、圧縮強さが変化することを示した。

 第8章は、全体の総括である。

 結局、本研究は細径の長繊維を用い、比較的軟質な金属をマトリックスとする複合材料に関する力学的特性、特に繊維方向に対する引張強さ、圧縮強さを共に高い水準にするために必要な界面状態を原理的に明らかにしたものである。すなわち、FRMの繊維方向の引張強さを高くするためには、界面の結合力を比較的低くする必要がある。これは引張時の繊維近傍のAl4C3の切り欠き効果による繊維の破断と破壊の伝播を避けるためである。このように本質的には切り欠き効果を防止、あるいは抑制する界面状態を生成させることが肝要である。また圧縮強さを高くするためには、界面強さはある程度の高いことが必須である。特に炭素繊維の場合には、引張破壊の伝播を抑制しながらかつ界面強さを高めることが重要である。

 以上、本論文は複合材料開発の基礎的指針を与えるものであり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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