No | 212344 | |
著者(漢字) | 森,司 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | モリ,ツカサ | |
標題(和) | イチゴ培養細胞によるアントシアニン生産に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on Production of Anthocyanins by Strawberry Cultured Cells | |
報告番号 | 212344 | |
報告番号 | 乙12344 | |
学位授与日 | 1995.05.18 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 第12344号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 植物天然色素の一つであるアントシアニンは主に花弁の橙、赤や青色を鮮やかに発色させる配糖体の一種として知られている。このアントシアニンの研究は古く1835年にL.C.Marquartがヤグルマギクの青色花の色素成分単離と結晶化を目指したことに始まり、その詳細な研究は現在も進行中である。また、In Vitroで植物を培養し増殖させる技術も1965年にLinsmaicr,Skoogにより作られたLS培地や1968年にGamborgらのB5培地の普及により植物細胞培養技術は著しい発達を遂げ、様々な植物細胞の二次代謝産物をフラスコやジァーファメンターで生産ができるようになってきている。そのような中で近年、食品添加物への合成着色料の使用禁止と使用染料の表示義務化により天然色素、とりわけアントシアニンはその需要をますます伸ばしている。そのため最近では細胞培養技術を用いたアントシアニンの生産が注目されており、その基礎研究が盛んに行われてきている。実際例として,wild carrot,Strobilanthes dy eriana,Vitis hybrida,Hibiscus sabdariffa,sweet potato,carrotなど、培養細胞からのアントシアニンの生産に関する多数の報告がある。 しかしながら、イチゴ培養細胞を用いた研究に関しては、Micropropagationによる無菌苗の大量培養が主体であり、培養細胞を用いたアントシアニンの生産に関しては、Mong et al.(1989)の未成熟な実を用いた色素生産に関する報告がある。しかし、その色素構造や色素生産のための条件検討については全く行われていない。そのため、本研究においては栽培品種や加工食品の点からも大変重要でありながらも培養細胞による物質生産に関してはほとんど研究が行われていないイチゴ(四季なり)に焦点を絞り、培養細胞によるイチゴ・アントシアニンの構造解析とその安定生産条件、その他、アントシアニンの大量生産を行うに当っての基礎的培養条件の検討を行った。 材料として、温室栽培したイチゴ(四季なり)の成長点、茎、葉を無菌的に取り出し2、4-dichlorophenoxy-acctic acid(2、4-D)とbenzyladenine(BA)を添加したLS培地に置床し、800Lux下で約一か月間培養し、カルス化の状況を調べた。その結果、2、4-Dを0.5mg/L以上添加することにより良質の軟白カルスが得られた。また、部位差によるカルス化形成能の差はほとんど無かった。 この軟白カルスを8000Luxに移し約一か月間培養し、光照射によるカルス表面へのアントシアニン誘導の有無を調べた。その結果、光を照射することにより、軟白カルスであればそのほとんど全てにアントシアニンの誘導が可能であった。また、その誘導においてカルスの由来における特別な差は見られなかった。 次に大量にアントシアニンを生産するために、カルスから液体培養を行うための前培養条件の検討を行った。その結果、約2gのカルスを800Lux下において約一週間の間隔で3回以上培養することによりアントシアニン生産能を有する培養細胞が得られた(図1)。 これによりイチゴ(四季成)の成長点、葉、茎より得られたカルスを用いて2、4-D(1mg/L).BA(0.1mg/L)を添加したLS培地で光強度8000Lux下で振とう培養することによりアントシアニンの生産を行い、さらにこの分析を行った。 細胞は0.1%TFAメタノールに一晩浸し(4℃)色素を抽出後、アンバーライトXAD-7に吸着、35%アセトニトリルにより溶出しエバポレーターで濃縮した。 その後、C-18ガラスカラムに吸着させ、溶出液(メタノール:詐酸:水=5:15:80)で分離、さらにBPLC(C-18)により、溶出液(詐酸:アセトニトリル:水=20:25:55)の35%溶液で精製を行った。次にこのアントシアニンをFAB-MS,NMRにより分子量とその構造を決定した。その結果、光誘導で生産されるアントシアニンは約8種類あり、主なアントシアニンは全体の約7割を占めるPconidin-3-glucosideと約2割のCyanidin-3-glucosideであった(図2)。これらのアントシアニン成分はいずれの部位からのカルスにおいても同一であったが、その組成は天然のものとは異なり、Pelargonidinは存在していなかった。 このことにより、培養細胞が生産するアントシアニン量をPeonidin-3-gluco sideのE値に基ずいて計算し、各組織由来のカルスが生産するアントシアニンと培地に移植する細胞接種量の関係を継時的にモニタリングした。その他、アントシアニン生産に及ぼすオーキシンの種類、炭素源、窒素源、また各条件下におけるアントシアニン組成についても検討し、様々な培地条件におけるアントシアニン生産の最適化を試みた。その結果、葉由来のカルスを用い、2gFWt/100mLの細胞接種量で2週間培養(8000Lux)を行うことにより最大アントシアニン生産量が得られた(図3)。一方、培地としては2、4-D(1mg/L)とBA(0.1mg/L)を添加し。窒素源として硫酸アンモニュウムと硝酸カリュウムをそれぞれ2mM.28mMにし、ショ糖を5%添加することによりアントシアニン生産量は著しく向上した。また、Cyanidin-3-glucosideとPeonidin-3-glucosideの生産比率も窒素源に影響された。総窒素含量30mMにおいてはアンモニア態窒素の比率が増加するに従いPeonidin-3-glucosideの含量が増加し、そしてアンモニア態窒素と硝酸態窒素の比率が30:0の場合は0:30の時の約2倍(含量の81%)に達した。また同様に、添加する2、4-Dを高めるほどPeonidin-3-glucosideの含量が低下し、BAを高めるほどCyanidin-3-glucosideの含量が増加した。 そのため、培地に添加するホルモンや窒素源を変化させることにより、アントシアニン組成を制御しながら大量生産を行うことの可能性が示唆された。 次に、リボフラビンがアントシアニン誘導を促進することはKennethらにより1958年に報告されているため、アントシアニンの生産におけるリボフラビンの影響を調べた。その結果、培地にリボフラビンを4〜8mg/L添加することにより最大アントシアニン生産量の誘導期間を今までの半分である一週間で行うことができた。さらにその生産量を上げるためにショ糖添加量を5〜10%に増加させることにより、アントシアニン生産量の向上と生産期日の短縮化を行えた。その他、アントシアニン生産に及ぼすコンディショニングファクターの影響について検討した。培養細胞でのアントシアニン生産を行う場合、培地への細胞接種量によりアントシアニン生産量は大きな影響を受けるが細胞増殖量には顕著な影響が見られないことが判明していたため、主にアントシアニンの誘導に影響を与える物質が細胞の増殖に応じて培地に放出されていることが予想された。そのため、800Lux下で行った前培養ろ液を培地に添加し、さらに細胞接種量を0.5gにしてアントシアニン生産量を調べた。次にろ液の凍結乾燥を行い、乾燥粉末0.1〜0.5gを培地に添加、細胞増殖量とアントシアニン生産量の検討を行った。 その結果、前培養ろ液を培地に添加することにより、培養初期においてアントシアニン生産量の低い細胞接種量でも飛躍的にアントシアニン生産量を増加させることができた。また、その効果に関しても、アンドシアニン生産量はろ液の量に依存して増加し、さらに、その活性は約一週間目の培養ろ液で最大であった。また、この培養ろ液を10分間煮沸してもこれらの効果には影響がなかったため、この物質は耐熱性であることが示された。次に、ろ液を凍結乾燥し培地に添加した実験においても、添加量に応じてアントシアニンの生産量が増加した(図4)。このことからも培養液中にアントシアニンを誘導する耐熱性の物質が細胞の増殖により放出されていることが示唆された。 | |
審査要旨 | 植物培養細胞を用いる二次代謝産物の生産はバイオテクノロジーの分野で将来発展するものと期待されている。植物培養細胞の生産する二次代謝産物としては種々のアルカロイドが検討の対象になっているが、アントシアニン色素の生産も培養細胞の利用の一つとして研究の対象になっている。本論文はこのような培養細胞を用いてアントシアニンを生産する方法の可能性を研究したもので、"Studies on Production of Anthocyanines by Strawberry Cultured Cells"(イチゴ培養細胞によるアントシアニン生産に関する研究)と題し、全7章および緒言、結論から成っている。 先ず、緒言でアントシアニン生産に関する既往の研究の紹介および本研究の目的、論文の構成について述べた。 第1章では、イチゴ細胞の固体培地上での増殖およびアントシアニンの生成について主としてホルモンの条件を検討した。イチゴカルスは2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)を0.5mg/Lまたはそれ以上、ベンジルアデニン(BA)を2mg/L以下で光を余り照射しない(約800lux)条件で生成した。アントシアニンは光を3000luxに強めるとカルスの表面に生成したが、この条件では細胞の増殖は起こらなかった。したがって、細胞増殖の条件とアントシアニン生産の条件を使い分ける必要のあることがわかった。 第2章では、懸濁細胞培養系でアントシアニンを生産することを検討した。固体培地から移した細胞を少なくとも3回(1週間の間隔)培地の交換が必要ねことがわかった。液体培地への初期細胞量がアントシアニンの生成に重要な因子であることがわかった。また、8種類のアントシアニンが存在したが、主たる生産物はペオニジン-3-グルコシドとシアニジン-3-グルコシドであることがわかった。 第3章では、懸濁培養系でアントシアニンの生産性を増加させる条件について検討した。アントシアニンの生産および組成がホルモン、培地組成、糖質の種類、濃度、窒素濃度およびアンモニウムと硝酸イオンの比などの因子で変化することを示した。全アントシアニン量はアンモニウム2mM、硝酸28mM、しょ糖5%を含む修正 Linsmaier and Skoog(LS)培地を用いた場合に最大となり、培地中濃度として150mg/Lが得られた。 第4章では、光レセプターとして知られるリボフラビンを培地に加えてアントシアニン合成と細胞増殖に及ぼす効果を調べた。リボフラビンはアントシアニン生成量を大きく増大させ、また合成に要する時間も短縮するが、細胞増殖を阻害するので全生産量は上がらなかった。 第5章では、アントシアニン生産に対するConditioning factorの効果について検討した。Conditioning factorは細胞増殖を刺戟することは知られていたが、アントシアニン生産を刺戟することが明らかになったのはこの研究によるのが初めてである。ここでいうConditioning factorとは細胞が増殖と共に生産する物質で、まだ特定されていないものを指している。アントシアニン生成培地にConditioning factorを含む培地を添加するとアントシアニン生成量は増大した。新鮮なLS培地に、凍結保存したConditioning培地を加えても生産は増大した。アントシアニン量の増大のみならず、アントシアニン組成にも影響のあることが認められた。これらの結果は、アントシアニン合成法の効率化に役立つのみならず、植物培養細胞の生理の研究に寄与することが大であり、本研究の成果として評価できる。 第6章では、アントシアニン生産のプロセス設計について検討した。500Lのスケールで1ヵ月毎に培養を繰返すとき年産約900gのアントシアニンを生産できる。ただし、畑栽培のイチゴよりアントシアニンを抽出する場合に比べて、コスト的にはまだ割高であることが示された。しかしながら、培養細胞の利点は多いので今後の展開は期待できよう。 第7章では、本論文の結論を述べている。 以上、本論文はイチゴからのアントシアニン生産に培養細胞を利用することを提案し、培養条件の影響を詳しく検討し、これからConditioning factorという生産促進因子の存在を見出したもので植物培養細胞を利用するバイオテクノロジーの展開に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/53917 |