学位論文要旨



No 212345
著者(漢字) 荻野,賢司
著者(英字)
著者(カナ) オギノ,ケンジ
標題(和) 高分子ゲルビーズの合成と高速液体クロマトグラフィーへの応用
標題(洋) Synthesis of Polymer Gel Beads and Application to High Performance Liquid Chromatography
報告番号 212345
報告番号 乙12345
学位授与日 1995.05.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12345号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀江,一之
 東京大学 教授 松為,宏幸
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 助教授 相田,卓三
 東京大学 講師 山下,俊
内容要旨

 高分子ゲルビーズは、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)充填剤、イオン交換樹脂や各種固相触媒の支持体として広く用いられている。本論文報告者は、新規ゲルビーズの合成を進めると共に、核磁気共鳴法を用いた膨潤状態のゲルビーズの新しい解析法を探索した。さらに、合成したビーズを溶媒グラジエント法を用いたHPLCの充填剤として利用することで、高分子の組成、立体規則性、幾何異性による分離を行った。以下にその概要を記す。

1.高速液体クロマトグラフィー(HPLC)用充填剤の合成

 高分子ゲルビーズの用途の一つとしてHPLC用の充填剤がある。高分子ゲルはシリカ系のゲルに比べ、特異的な吸着が少なく、化学的に安定であるなどの長所を持つ。カラムの高性能化という観点から新しいゲルの合成及び評価を行った。

1-1水系HPLC用親水性ポリマーゲルの合成と評価

 これまで、水系HPLC用充填剤として、2-ヒドロキシエチルメタクリレートーエチレンジメタクリレート(HEMA-EDMA)共重合体ゲル等が用いられてきている。しかしながら、これらのゲルはメタクリレート骨格を有し、親水性という見地に立つと古くからゲルろ過等で用いられている軟質のテキストランゲルには及ばない。そこで本報告者は、より親水的なモノマー及び架橋剤からHPLCに適した硬質のゲルの合成を行い、その充填剤としての性能評価を行った。アクリルアミド、メチレンビスアクリルアミド等のモノマー架橋剤は水への溶解性が高いため、通常の懸濁重合でゲルビーズを合成することはできない。そのため、HPLC充填剤の合成に適した逆懸濁重合の手法を確立した。合成したアクリルアミドーメチレンビスアクリルアミド共重合体(AA-BA)ゲルは、通常の懸濁重合で合成したHEMA-EDMAゲルよりも高い親水性を持つ充填剤であることがわかった。また、AA-BAゲルの細孔径は、重合条件を変化させることで制御可能であった。ここで得られた親水性ゲルビーズは、順相HPLC用の高極性充填剤としても利用が期待できる。

1-2均一粒径高分子ゲルの合成と評価

 HPLC用の高分子ゲルビーズは、通常、懸濁重合により合成されているが、広い粒径分布を持つため、分級する必要があった。HPLCの高性能化、充填剤作成プロセスの簡略化、省資源の観点から、均一粒径高分子ゲルの合成は意義がある。ここでは、分散重合とシード重合を組み合わせることで粒径分布のほとんどない高分子ゲルビーズを合成する手法を確立した。得られたスチレンージビニルベンゼン(St-DVB)ゲル及びオリゴエチレングリコールジメタクリレートゲルは粒径分布が狭く、分級することなしでHPLC充填剤として用いることができた。St-DVBゲルの細孔径は吸収させる有機相の量により、制御可能で30〜500Aまで変化した。

2.溶媒に膨潤した高分子ゲルビーズの核磁気共鳴(NMR)法による解析

 高分子ゲルビーズは、HPLC充填剤の他に、イオン交換樹脂等の支持体として用いられているが、いずれの場合でも溶媒に膨潤した状態で利用するため、膨潤状態での解析が重要となる。膨濶状態の高分子ゲル中の溶媒が、比較的鋭いNMRシグナルを与えることに着目し、間接的にゲルの評価を行った。

2-1クロロホルムをプローブとした1H-NMRによる高分子ゲルの解祈

 St-DVBゲルビーズ存在下におけるクロロホルムの1H-NMRシグナルは2本に分裂して観察できた。低磁場側をゲル外、高磁場側をゲル内のクロロホルムとそれぞれ帰属した。ゲルの膨潤度、粒径及び細孔径はシグナルの形状に影響を与えた。架橋度が異なり、膨潤度がほぼ等しいゲルではシグナルの形状はほぼ等しく、架橋度に依存したパラメータを与えない。しかしながら、スピンースピン緩和時間は、架橋度が大きくなるに従い小さくなった。ゲルの機能を決定する要因である膨潤度、粒径、細孔径、架橋度といった要素とNMRパラメータとの関連付けができたことから、本方法は、膨潤状態のゲルビーズの解析法と成り得ると考えられる。

2-213C-NMRによる高分子ゲルと低分子の相互作用の解析

 St-DVBゲルビーズ存在下における溶媒の13C-NMRシグナルは、2本に分裂して観察できた。高磁場側のブロードなシグナルをゲルの影響を受けた溶媒のものと、低磁場側の鋭いシグナルをゲルの影響を受けていないフリーな溶媒のものとそれぞれ帰属した。また、ゲル中の溶媒の運動性について、緩和時間を測定することで評価した。ゲルに対して良溶媒であるベンゼンの場合、運動性は架橋度が大きくなるに従い減少した。特にスピンースピン緩和時間(T2)の減少が顕著で、架橋度の増加にともない低周波数成分の増加が観察できた。本解析法は、ゲルの構造と機能の関連を議論する上で、運動性に関する情報を与えることが期待できる。

2-3ベンゼンの凝固点降下を利用した高分子ゲルビーズの解析

 St-DVBゲルビーズ存在下においてベンゼンの一部は凝固点以下でも凍らず、その不凍ベンゼンを1H-NMRで検出が可能であった。架橋度が等しく細孔径が異なるゲルを用いた場合、同一温度での不凍ベンゼンの量は、細孔径が小さいゲルほど大きくなった。細孔径分布とNMRシグナルの温度依存性から、細孔径と凝固点降下の関係を求めると、ゲルの種類によらず単一の関数で記述できた。また、同一の細孔径分布を持つゲルにおいては、架橋度が大きくなるに従い、不凍ベンゼン量は増加した。ポリマー鎖による運動の拘束が、不凍ベンゼンの形成に重要な役割を果たしていることが明らかとなった。本解析により、膨潤状態の細孔径及びその分布に対する情報が得られるともに、細孔内に閉じこめられた分子の運動性に関する知見が得られることが期待できる。

3.高速液体クロマトグラフィーによる高分子の分子間不均一性の解析

 一般に高分子のHPLCによる分析は、分子の大きさに基づくSECモードで行われている。しかしながら、高分子には分子量分布の他に、共重合体の組成分布等の分子間不均一性が存在する。これらを解析するために、1.で作製したゲルを充填したカラムを用い、溶媒グラジエント法により高分子の吸着HPLCを行った。

3-1共重合体の組成分別

 分離の機構を解明するために、組成の異なるスチレンーメタクリル酸メチル共重合体を試料とし、種々のカラム及び溶離液の組み合わせを用いてHPLC測定を行った。低極性の溶離液と高極性のカラム及び高極性の溶離液と低極性のカラムの組み合わせの場合に、試料の分離はよかった。それぞれ順相及び逆相HPLCに対応し、順相及び逆相の条件では、試料は吸着機構により溶出し、分子量の影響は小さかった。このことから、吸着HPLCにより、共重合体の組成分布の解析が分子量の影響を受けることなく可能であることが示唆された。

 モノマー間の極性の差が小さいスチレンーメタクリル酸プチル共重合体のHPLCによる分離を行った。順相系の場合、試料と充填剤が水素結合できるような系で試料の分別可能で、この場合、試料はスチレン含量が多いものから溶出した。また、逆相系では、スチレンカラムを用いた場合に、試料はスチレン含量の少ないものから溶出し、分別可能であった。オクタデシルメタクリレートカラムでは、各試料の吸着は強いが選択性は低く試料の分別を行うことができなかった。このことから、スチレンゲルと試料のベンゼン環の電子相互作用が試料の分別に強く関与していることが示唆された。このようにモノマー間の極性差が小さい場合においても、水素結合や電子相互作用と言った特異的な相互作用を利用することで共重合体の組成分離が可能であることがわかった。

3-2ポリメタクリル酸メチル(PMMA)の立体規則性による分離

 PMMAのようなビニルポリマーには、分子量分布の他に、立体規則性の分子間不均一性が存在する。この不均一性を解析するためには、立体規則性により、試料の分別を行うことが不可欠である。順相及び逆相のいずれの系でも立体規則性による分別が可能であった。ただし、it及びst-PMMA間でステレオコンプレックスを形成するような溶媒系では分離は行うことができなかった。

3-3ポリブタジエン(PBD)の異性構造による分別

 PBDはシス-1,4、トランス-1,4、1,2構造からなる共重合体と考えることができる。PBDは、吸着に関与する官能基を持たないため、吸着HPLCによる解析が困難であることが予測された。実際、逆相の系では吸着が起こらず、溶解度の差で溶出時間が異なったが、完全には分離することができなかった。アクリロニトリル(AN)カラムを用いる順相の系では吸着は起こるが、試料間での差が小さく分離しなかった。アクリルアミド(AA)カラムを用いた場合は、1,2含量の高いものから溶出し、さらにシス、トランスの順に溶出し、試料を分別することができた。AAカラムはANカラムに比較して高極性であり、高い選択性が生まれたものと考えられる。

4.まとめ

 1)親水的な(高極性)ゲルビーズを逆懸濁重合により合成することができた。水系HPLC及び順相HPLC充填剤への応用が期待できる。また、ここで確立した均一粒径高分子ビーズの合成法は、カラムの高性能化ばかりではなく、生産性、省資源の見地から見ても意義がある。

 2)ゲルビーズ存在下における溶媒の核磁気共鳴測定を行った。ゲルの機能を決定する要因である膨潤度、粒径、細孔径、架橋度等の要素とNMRパラメータとの関連づけが可能となった。膨潤状態のゲルビーズの解析法としての応用が期待できる。

 3)高分子ゲルビーズをHPLC充填剤として用い、溶媒グラジエント法により、共重合体の組成分離、PMMAの立体規則性による分離、PBDの異性構造による分離を行った。ここで得られた知見をもとに、これまで行われていない分子間不均一性の解析が可能となると考えられる。

審査要旨

 高速液体クロマトグラフィー(HPLC)は、種々の分野で汎用的な分析手段として用いられている。高分子ゲルビーズはシリカゲルと並んで、HPLC用の充填剤として広く利用されている。高分子系の充填剤は化学的な多様性を持つことから、用途に合わせて様々な種類の充填剤が作成されてきた。さらなるHPLCの発展のためには、新規充填剤の開発及びその解析法の開発が重要となっている。また、種々の必要性に応じて新しい測定手法の確立もまた急務となっている。

 本論文は、HPLCの高性能化、高効率化を目的として、新規充填剤としての新しい高分子ゲルビーズの合成を行い、溶媒で膨潤したゲルビーズの新しい解析法として核磁気共鳴法(NMR)を探索したものである。また、高分子試料の分析を目的とし、溶媒グラジエント法HPLCに、ここで合成した高分子ビーズを応用し、新しい分析手法を提出している。

 第1部は、序文であり、本論文の背景と目的および構成について述べている。

 第2部では、高極性のゲルビーズ合成法としての逆懸濁重合法について記している。種々の合成したビーズの中でアクリルアミドーメチレンビスアクリルアミド共重合体ゲルビーズの親水性が最も高くかつ細孔径の制御が可能であることを明らかにしている。また、HPLCの高性能化のために、粒径分布のほとんどないゲルビーズの合成法について記述している。ここでは、スチレンの分散重合とシード重合を組み合わせることで単分散のゲルビーズを合成し、分級することなしでHPLC用充填剤として利用している。検討しているゲルは汎用的に用いられているスチレンージビニルベンゼンゲル及び水系のゲル浸透クロマトグラフィーの充填剤として使用可能なオリゴエチレングリコールジメタクリレートゲルである。スチレンゲルについては細孔径の制御が可能であるとしている。

 第3部では、膨潤状態における高分子ゲルビーズのNMRによる解析について述べている。スチレンージビニルベンゼン共重合体ゲルビーズ存在下でのクロロホルムの1H-NMRスペクトルはゲル外、ゲル内のクロロホルムに対応する2本のシグナルに分裂することを明らかにしている。分裂したシグナルの化学シフト、形状、強度比、線幅、緩和時間等のNMRパラメータとゲルビーズの特性である、粒径、膨潤度、架橋度、細孔径との関連について述べており、ゲルビーズの新しい解析法を提案している。また、ゲルビーズ存在下で溶媒の13C核の緩和時間を測定することで、架橋度と溶媒分子の運動性について詳細に検討している。また、スチレンゲル存在下においてベンゼンの1H-NMRを測定し、ベンゼンの一部が凝固点以下でも凍らず、NMRで検出可能であることを明らかとしている。不凍ベンゼンの量とゲルの細孔径、架橋度との関連について検討しており、架橋度が一定の場合、細孔径に対して不凍ベンゼン量は一義的に決定し、膨潤ゲルの細孔径分布を解析する手法として有用であることを示している。また、架橋度が大きいほど不凍ベンゼンの量は多くなり、分子運動性とベンゼンの相転移の関連を議論している。

 第4部は、合成したゲルビーズの溶媒グラジエント法HPLC用の充填剤としての応用についてまとめたものである。高分子のHPLCによる解析は、これまでは、ゲル浸透クロマトグラフィーによる分子量およびその分布の測定に限られていた。ここでは、溶媒グラジエント法を用いてスチレンーメタクリル酸メチル共重合体およびスチレンーメタクリル酸ブチル共重合体の組成分別を試みて、高極性のゲルと低極性の溶離液の組み合わせ、または低極性のゲルと高極性の溶離液の組み合わせの場合に、試料は吸着機構で溶出し、組成分別が行われていることを明らかにしている。モノマー間の極性の差が小さい後者の共重合体の場合、水素結合や電子相互作用といった特異的な相互作用が分離に必要であることが明らかとなっている。また、ポリメタクリル酸メチルの立体規則性による分離や、ポリブタジエンの異性構造による分離にも、本方法が有効であるとしている。

 第5部はまとめであり、本論文の結論と将来の課題について述べている。

 本論文の新規高分子ゲルビーズ及び合成手法は、HPLCの高性能化、高効率化に寄与するものである。また、ここで検討された膨潤時のゲルビーズの分析法は、架橋高分子の新しい解析法として期待できるものである。さらに、溶媒グラジエント法を用いた高分子のHPLCは、高分子の新しい解析法として有用であり、高分子化学、高分子工業の発展に寄与するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53918