No | 212346 | |
著者(漢字) | 山中,康裕 | |
著者(英字) | Yamanaka,Yasuhiro | |
著者(カナ) | ヤマナカ,ヤスヒロ | |
標題(和) | 海洋生物化学大循環モデルの構築 | |
標題(洋) | Development of Ocean Biogeochemical General Circulation Model | |
報告番号 | 212346 | |
報告番号 | 乙12346 | |
学位授与日 | 1995.05.22 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 第12346号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 海洋生物化学大循環モデルは、海洋大循環モデルに簡単な生物化学過程を組み込んだものであり、海洋中の様々な物質・同位体分布が計算できる。そのことにより、 ・モデルの計算結果が栄養塩・溶存酸素などの数多くの観測と直接比較出来る(海洋学的視点)。 ・海洋炭素循環を通じて大気中二酸化炭素濃度が求められる(気候学視点)。 ・堆積物中の物質・同位体分布と流れ場・生物生産について関係付けられる(古海洋・古気候学的視点)。 ということなどが可能となる。この種の研究は、Bacastow&Maier-Reimer(1990)によって始められた。 モデルは、移流拡散過程に加えて大気・海洋間のガス交換、炭酸-ホウ酸-水系の化学平衡、粒子状有機物(particulate orgauic carbon,POC)・準難分解性溶存有機炭素(semi-refractory dissolved organic carbon,S-DOC)・難分解性溶存有機炭素(refractory dissolved organic car-bon,R-DOC)・炭酸カルシウム(CaCO3,calcite)の生成・溶解およびそれらに対する同位体分別効果などの諸過程を扱っている(図1)。予報変数は、大気中二酸化炭素濃度・海洋中の全炭酸・アルカリ度・リン酸・酸素・S-DOC-R-DOCおよびそれらの13C・14C同位体である。各実験は、一様な濃度の初期条件から流れについて10000年・トレーサについて3000年の時間積分を行ない、定常状態を得ている。 本研究の前半ではPOCのみを扱い、後半ではPOCに加えてS-DOCとR-DOCを扱い、それら結果の基づきそれぞれの役割について考察を行なった。標準実験における各種トレーサの濃度分布を図2に示す。 表層・深層間の濃度差は、輸出生産量とともに鉛直平均溶解深度によって決まる。実際の海洋におけるPOCに対するcalciteの沈降比(rain ratio)は、両者の鉛直平均深度の違いを考慮すると、一般的に考えられている値(0.25)に比べてより小さい値(0.06〜0.08)程度であることが分かった。POCの鉛直フラックス分布を変えたケーススタディより、セジメントトラップによって観測された鉛直フラックス分布を用いた場合のみリン酸などのトレーサ分布を再現出来ることが分かった。 高温度触媒酸化法(high temperature catalytic oxidation method)を用いた最近の数少ない観測によって得られたDOCの濃度および14Cの分布をモデルで再現した(図3)。表層赤道太平洋には、東西方向に伸びる2つのDOC濃度極大帯が存在することが分かった。ケーススタディによって、S-DOCのPOCに対する生成率及び分解時間が(3.0,0.5yr)〜(2.0,1yr)のとき、観測された表層南北分布が再現することが分かった。このS-DOCは表層400m以浅のみに存在し、その鉛直・水平輸送は表層における炭素および栄養塩循環に重要な役割を果たす。しかし、400m以深ではR-DOCのみが存在し、その生成・分解は行なわれていたとしても表層における生産量0.3GtC/yrの10%を大きく下回る。全海洋の総輸出生産は、POCによるものが約9GtC/yr、DOCによるものが約6GtC/yrとなった。しかし400m以深のほとんどの鉛直輸送はPOCによるものである(図4)。 本研究で用いた生物過程はごく簡単なものではあるが、生産効率・溶存深度・rain ratioなどの依存性を検討することにより、観測から得られたリン酸・溶存酸素などの全球的な濃度分布が再現された。また、DOCのモデルを構築し、観測事実の説明を行なうことにより、その振舞いを明らかにした。 | |
審査要旨 | 地球温暖化や氷期・間氷期など気候変動の理解には、二酸化炭素などの温室効果気体を含む物質の海洋における循環を明らかにする必要がある。海洋循環の物理過程だけでなく、化学、生物学過程を含む学際的な課題であることから、海洋生物化学大循環モデルは世界的にも未だに2、3が提出されているにすぎない。本論文は海洋生物化学大循環モデルの開発に取り組んだもので、4章で構成されており、第1章は論文全体の問題設定と緒言、第2章「海洋生物化学大循環モデルを用いた海洋における炭素循環にはたす粒子状有機炭素の鉛直フラックスの役割の研究」、第3章「海洋生物化学大循環モデルを用いた海洋における炭素循環にはたす溶存有機炭素の役割の研究」、そして第4章で結論を記述している。 本研究では、海面における風の応力、温度、塩分に気候値を与えて現実に近い海水の循環と温度、塩分の分布を表現するモデルをつくり、溶存酸素、栄養塩、そして炭素循環を支配する生物、物理、化学過程をモデルに組み入れてこれらの全球分布を調べ、観測値と比べることによりモデルを検証している。取り扱う過程は、移流拡散、大気と海洋間のガス交換、炭酸-ホウ酸-水系の化学平衡、粒子状有機物・難溶解性溶存有機炭素・準難溶解性有機炭素の生成溶解、同位体分別効果などであり、モデルの予報変数は大気中の二酸化炭素濃度、海洋中の全炭酸、アルカリ度、リン酸、酸素、溶存有機炭素、炭素同位体比(C13,Cl4)である。 論文提出者も開発に参加した東京大学気候システム研究センターの海洋大循環モデルを用いた。全球を扱い水平分解能4度、鉛直17層である。風はHellerman and Resenstein(1983),海面での温度・塩分はLevitus(1982)の気候値を与え、1万年間分を積分して定常状態を作った。ただし、北大西洋の深層水の形成を表現するために、北緯60度付近の温度は冬季気候値を設定した。海面を通した酸素、二酸化炭素の交換、生物活動による粒子状有機炭素と炭酸カルシウムの生成をリン酸と太陽放射の関数として与えて3千年間の積分を行った。粒子状有機炭素の分布やアルカリ度、炭素同位体比等は観測値やそれらのパラメータ化表現を用いた。これらの化学物質分布を支配するパラメータの中で、著者の独創性は粒子状有機炭素に対する炭酸カルシウムの沈降比である。従来は2ボックスモデルによる考察で0.25が採用されていたが、再鉱物化深度が粒子状有機炭素で540m、炭酸カルシウムで3500mであることを考慮に入れると、沈降比は0.04と小さいことを示し、最近のセジメントトラップ実験もこれに近いことを指摘した。沈降比を0.045とした数値計算の結果は、流線関数、温度、塩分、C14、リン酸、溶存酸素、全炭酸、アルカリ度、C13の大西洋、太平洋の分布が観測値に近い分布が得られた。全海洋における全炭酸とアルカリ度の相関は観測値(GEOSECS)に近いが、沈降比が0.25や0.12と大きいと観測と大きく外れることから、沈降比0.045が妥当であることを示した。リン酸の分布は粒子状有機炭素の生成と消費によって決まり、最近のセジメントトラップ実験の結果を組み入れると観測と一致することを示した。 従来のBascastow and Maier-Reimer(1990)の数値モデルではリン酸の極大層が観測値より深く、Bacastow and Meier-Reimer(1991)等では溶存有機炭素を組み入れると改善されることを示していた。このことを確かめるために、難分解性溶存有機炭素と準難分解性溶存有機炭素をモデルに組み入れた実験を行い第3章に記述している。最近の観測は表層赤道太平洋に東西に延びる2つの極大帯があることを示しているが、この分布はモデルでも再現された。また、溶存有機炭素や溶存無機炭素中のC14比の観測値も表現されることを示した。さらに、溶存有機炭素のフラックスが大きいのは表層400mまでで、それ以深での化学トレーサーの分布は粒子状有機炭素によることを明らかにした。 以上のように、最近の観測結果のモデルへの組み入れにより、いくつかの生物学、化学的に重要な基礎過程を解明し、最先端の海洋生物化学大循環モデルを構築した。一方、深層水形成を含む海洋大循環の直接的な検証は困難であり化学トレーサーの分布が利用されているが、開発されたモデルに再現されたこれらの分布が観測と一致したことは大循環過程の理解の確かさを実証したもので、大きな功績である。なお、本論文第2章、第3章は 田近英一氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって数値モデルへの組み入れ、数値実験ならびに結果の解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)を授与できると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/50666 |