ここ数年、Tタウリ型星の周りに多数発見されているガス・ダスト円盤は、惑星系の母体である原始惑星系円盤であると考えられる。このガス・ダスト円盤に関する情報は、赤外線天文衛星IRASによる中間・遠赤外や、ミリ波の観測などからかなり得られており、半径30-100AU(AU:天文単位,1.5×1013cm)、質量〜0.01(:太陽質量,2.0×1033g)程度と、サイズ・質量ともに現在の太陽系と同程度であることがわかってきている。本研究では、これまで太陽系形成論で考えられてきた原始惑星系円盤の進化という観点から、多様なIRASスペクトルを分類することを試みた。その結果、多くのスペクトルが原始惑星系円盤内でのダスト粒子の沈澱の進行程度の違いによって解釈がつき、整合的に分類できることを明らかにした。 第1章では、まず、これまでの原始惑星系円盤に関する研究を簡単にreviewしている。中心星の光度より大きな光度を持つ円盤("活動的円盤、active disk")は、いわゆるアクリーション・ディスクであると考えられており、中心星と円盤の境界層起源と思われるUVの放射超過なども観測されている。円盤内には発達した乱流が存在し、その乱流粘性によりアクリーションが生じていると考えられている。したがって、このような乱流的な円盤内では、惑星系形成の最初のプロセスであるダスト粒子の赤道面への沈澱は、まだ始まっていないと考えられる。惑星形成が閲始している可能性がある円盤は、固有熱源を持たず中心星の放射によってのみ加熱されている、いわゆる"受動的円盤(passive disk)"であると考えられる。ところで、これまでの研究では、円盤内でのアクリーションの有無を中心星に近い領域の活動度をを用いて判定していたが、本研究では、惑星形成領域である0.1AUr100AUにおけるIRASスペクトルから直接判定することを試みた。 第二章では、円盤の熱輻射スペクトルを理論計算により求めた。従来の受動的円盤の理論的モデルでは扱いの不十分であった円盤の表面形状をより精密に扱い、またダスト粒子の沈降をも考慮した理論計算を行なった。中心星からの放射を吸収するのはガスではなくガスの中に含まれるダスト粒子であるため、ダスト粒子の沈降が進むと中心星からの放射を吸収する面は、必ずしもガス円盤の表面とは一致しない。このことを厳密に考慮し、ダスト粒子の沈澱の進行程度ごとに円盤の熱輻射スペクトルを求めた。 ここで、中心星の表面温度や光度などのパラメータはIRASフラックスとは独立な観測から決められているため、本研究のモデル計算から求まる理論的スペクトルはその形(フラックスの波長依存性)だけでなくフラックスの強度の絶対値に関しても観測と比較可能となる。 第三章では,上記第二章で求めた理論スペクトルを、IRASによる中間・遠赤外線における測光観測と比較した。その結果まず、IRASの全ての波長で本研究の受動的円盤の理論スペクトルを上回るフラックスを出している円盤が多数存在することがわかった。これらの円盤では、惑星形成領域(0.1AU<r<100AU)において今なおディスクアクリーションが生じていると考えられる。また一方、ダスト粒子の沈澱が起こっている/いないとしたときの受動的円盤からの理論フラックスと、観測が十分な精度で非常によく一致する例が数多く見つかった。さらに、受動的円盤の理論モデルから予想されるフラックスの値に、特に短波長側で、達しない円盤も多数存在することが分かった。これらの円盤は、内側領域で光学的に薄くなっていると考えられ、円盤の消散または巨視的天体である微惑星の生成、あるいはダスト粒子の微惑星による捕獲などがおこっていて、もはやこの内側領域ではダスト粒子がほとんど存在しないことを示唆している。この内側の光学的に薄い領域の大きさは1AUもしくはそれより大きく、ちょうど惑星ができる領域に対応している。 第四章ではデータの存在するTaurus-Auriga cloud complex領域の全Tタウリ型星について、本研究の受動的円盤の理論スペクトルと観測を比較した結果とそこから導かれることについてまとめている。 理論スペクトルと観測の比較から、ほとんどの星で、その周囲の円盤は、 図表 といった進化段階のいづれかに分類できることが分かった。また、輝線は星と中心星の間の境界層から出ていると考えられているが、ディスクアクリーションがあると思われているCTTS(W()10Å;古典的Tタウリ型星)のなかにも、今回の分類ではpassiveであるものがかなり存在することがわかった。これは、星表面近くの円盤の状態とIRASフラックスに敏感な惑星形成領域での円盤の状態は必ずしも一致しないことを示しており、CTTS即acitveという安易な判断を忌ましめる警鐘である。 本研究で明らかになった各Classの頻度やそれぞれの中心星の年齢から、議論を一歩進めると受動的円盤の進化の順序やそのタイムスケールなどがわかるはずである。しかし、Class I,II,IVの円盤をもつTタウリ型星の間では、中心星の年齢のばらつきにはほとんど差がない。Class IIIもは弱いが年齢は他のClassと変わらない。さらに、activeな円盤の年齢、輝線強度もpassiveなものとほとんど変わらない。つまり、円盤の進化段階と中心星の属性とのあいだにはほとんど相関がないことがわかった。これは、「円盤の進化は中心星の進化とは無関係に独立に起こる」ことを示しているのかも知れない。あるいはまた、「円盤の進化段階は不可逆的な流れではなく、FU Ori現象などで見られるとおり間欠的に繰り返すもの」であるかも知れない。また「理論的に見積もられたTタウリ型中心星の年齢が正しくない」などの可能性も大いにある。 本研究の特筆すべき点はまず、円盤の惑星形成領域の温度分布から直接、受動的円盤の存在や、円盤内のダスト粒子の沈澱の進行を明らかにした点にある。このような受動的円盤をさらに詳しく観測することにより、現実の惑星形成のプロセスがより明らかになると思われるが、本研究の結果はそのときの基礎となるサンプル選びの基準を与えることになる。 また、最近のTタウリ型星の研究は観測主導で進み、地上からの観測が容易なパラメータのみによって分類されてきたが、それらは専ら、中心星本体や中心星の表面へのアクリーションと関係が深い量であった。一方、本研究は、そのような従来の天文学的観点に惑星科学の観点を総合することにより、IRASの観測結果の解析から惑星形成領域の構造を探るという新しい見方を提示したと言える。 |