学位論文要旨



No 212349
著者(漢字) アントニー.S.ディミトロフ
著者(英字) Antony S.Dimitrov
著者(カナ) アントニー.S.ディミトロフ
標題(和) 薄いぬれ膜中の2次元結晶化
標題(洋) Two-Dimensional Crystallization in Thin Wetting Films
報告番号 212349
報告番号 乙12349
学位授与日 1995.05.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第12349号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永山,国昭
 東京大学 教授 菅原,正
 東京大学 教授 川戸,佳
 東京大学 助教授 楠見,明弘
 東京大学 助教授 陶山,明
内容要旨

 分子やコロイド粒子は3次元結晶を作る。ではこれらの粒子を2次元的環境、例えば液体薄膜中に入れた場合、薄い結晶そして極限的には2次元結晶を作るだろうか。3次元結晶を作らない粒子、例えばボリスチレンラテックス粒子でも条件が整えば液体ぬれ膜中で2次元結晶を作ることが見出された。この2次元結晶の研究はすでにある程度の歴史があり、ぬれ膜の厚さ、コロイド粒子間相互作用、粒子と基板面との相互作用が結晶化の重要な因子であることが示唆されている。例えばフェリチン蛋白質溶液を異なる溶液で水銀面上に展開すると展開する量に応じて六方格子、正方格子、非晶体の蛋白質2次元結晶を作る。これらは分子間相互作用、水銀面吸着、ぬれ膜の厚さ、乾燥化の時間等に関係する複雑な過程と考えられている。本研究はこうした考えを実験で定量的に実証し、その結晶化機構の詳細を調べるために行われた。以下各章について略述する。

 2章は固体、液体基板上のぬれ膜の厚さを測る光干渉法の記述である。薄膜の厚さは薄膜に接続するメニスカスの断面形状を決定することによって求められる。メニスカスの断面形状は干渉法で各点の厚さを見積もり、その結果をメニスカス表面形状を決めるラプラス方程式の解と比べることによって定める。測定パラメーターとしては断面形状から導かれる接触角、接触線までの半径、そして毛管圧を用いる。この膜厚計測法は本研究全般の基礎となる基本技術である。

 3章は0.1mから1m程度のラテックス粒子の水銀面上、ガラス面上、マイカ面上での2次元集積化、結晶化(アレイ化)のと実験とその解析である。薄膜の厚さを制御しながら実験が行われた。たとえば水銀の場合電位が外部から加えられた。特に2次元結晶(アレイ)の核生成に焦点をあて、その生成過程を制御された薄膜の厚さとの関係で調べた。その結果単粒子結晶化膜の核生成は厚さがコロイド粒子と同程度かそれ以下の時に起こることを実験的に確認した。この結果は表面張力由来の横毛管力(粒子が液面から顔を出している状態でのみ働く)が粒子集積化の力の原因であることを示唆していると結論した。

 4章はこの粒子2次元集積化原理を用いた単粒子膜の大量連続作製技術の開発に関するものである。2次元集積は次のメカニズムによって起る。まず膜の核生成が横毛管力で起こり、その核に水が染み込み蒸発する。すると蒸発した水を補う形でまわりから水が流れ込みそれと共に粒子が運ばれ粒子の集積が起る。この集積法を工業化に向く形に次のように変形した。(1)基板を水平から垂直にして浸漬する。(2)液体薄膜は浸漬した時に基板にできる自然なぬれ膜を利用する。(3)浸漬した基板の水表面の接触部で粒子の集積が自動的に起る。(4)基板を引き上げることで集積による2次元アレイ成長の速度を制御する。こうして作られる2次元アレイ膜の密度と制御パラメーター(蒸発速度、引き上げ速度、懸濁液濃度)の間には密接な関係があり、アレイ膜の厚さ(層数)、表面密度を簡単に制御できることが理論的、実験的に示された。2次元アレイ成長の過程で一様な厚さのアレイ膜が出来ず、縞状パターンが形成される不安定生長がしばしば観測されたがこれはアレイ成長を顕微鏡で拡大しモニターしながら引上げ速度を微調することで妨げることがわかった。得られた粒子アレイは光学的にすぐれた美しい回析光、干渉光を与える。

 第5章は水溶液の水銀上でのぬれ展開とその際作られる液体薄膜の厚さの研究である。現象全体は水溶液の展開、蒸発、薄膜形成の個別現象を含む複雑な過程である。この過程を解析するために各々の素過程のモデルを構築し、数量的記述を行った。特にぬれ膜の厚さは壁面でのぬれが作るメニスカスとぬれ膜の分離圧との力のバランスで定まる。仕込みの水溶液容積、壁面のぬれ接触角に対するぬれ膜の厚さが計算された。この結果広い実験条件の範囲でぬれ膜の厚さは10〜20nmの範囲に入ることが分かった。これを用いてすでに発表されている蛋白質結晶化膜(フェリチン分子、直径約12nm)の実験結果を解釈した。実験と計算の結果は良い一致を示し、かつ蒸発速度等のパラメータが決定された。モデルは更にフェリチン2次元結晶多形の実験に適用され、結晶形態と溶液量との関係が、残余蛋白質の密度で良く説明されることを明らかにした。

 第6章は水銀表面へのフェリチンの吸着の研究である。吸着量を水銀の表面張力の変化から求めるため、水溶液中の水銀滴の形状と表面張力との関係を与えろ理論解析が提示された。また水銀滴形状の計測法を提示した。実験としてフェリチンおよびグルコース、グリセロールの水銀面への吸着速度,吸着量が求められた。グルコースやグリセロールは水銀面上でのフェリチン結晶化膜作成に必須であることがすでに分かっていた。フェリチンはこれらの低分子なしでは水銀面上で変性してしまう。グルコースやグリセロールの役割は強い吸着により変性を防ぐ一種のinterfaceを作ると考えられていたが、フェリチンとの競合吸着実験の結果はそれを支持した。

審査要旨

 本論文は固体または液体基板上にできるサブミクロンの厚さのぬれ膜中での2次元結品化過程の研究である。高分子のコロイド粒子、たとえばラテックス粒子や蛋白質を用いてこの2次元結晶化の過程がぬれ膜の膜厚と密接に関係することを見出した。そしてその結果を大規模な連続的粒子結晶化膜作りに応用し、結晶作りの制御パラメータを抽出して結晶過程を定量的に記述した。本論文は6章より構成されている。以下各章の要約を行う。

 1章は全体の導入部で以下の問題提起を行っている。分子やコロイド粒子は3次元結晶を作る。ではこれらの粒子を2次元的環境、例えば液体薄膜中に入れた場合、薄い結晶そして極限的には2次元結晶を作るだろうかと。その結果3次元結晶を作らない粒子、例えばポリスチレンラテックス粒子でも条件が整えば液体ぬれ膜中で2次元結晶を作ることが見出された。この2次元結晶の研究はすでにある程度の歴史があり、ぬれ膜の厚さ、コロイド粒子間相互作用、粒子と基板面との相互作用が結晶化の重要な因子であることが示唆されている。例えばフェリチン蛋白質溶液を異なる溶液で水銀面上に展開すると展開する量に応じて六方格子、正方格子、非晶体の蛋白質2次元結晶を作る。これらは分子間相互作用、水銀面吸着、ぬれ膜の厚さ、乾燥化の時間等に関係する複雑な過程と考えられている。本研究はこうした考えを実験で定量的に実証し、その結晶化機構の詳細を調べるために行われた。

 2章は固体、液体基板上のぬれ膜の厚さを測る光干渉法の記述である。薄膜の厚さは薄膜に接続するメニスカスの断面形状を決定することによって求められる。メニスカスの断面形状は干渉法で各点の厚さを見積もり、その結果をメニスカス表面形状を決めるラブラス方程式の解と比べることによって定めている。測定パラメーターとしては断面形状から導かれる接触角、接触線までの半径、そして毛管圧を用いる。この膜厚計測法は本研究全般の基礎となる基本技術であり、特にぬれ膜の厚さと結晶化の現象を結びつける上で重要である。

 3章は0.1mから1m程度のラテックス粒子の水銀面上、ガラス面上、マイカ面上での2次元集積化、結晶化(アレイ化)の実験とその解析である。薄膜の厚さを制御しながら実験が行われている。たとえば水銀の場合電位が外部から加えられた。特に2次元結晶(アレイ)の核生成に焦点をあて、その生成過程を制御された薄膜の厚さとの関係で調べた。その結果単粒子結晶化膜の核生成は厚さがコロイド粒子と同程度かそれ以下の時に起こることを実験的に確認した。この結果より表面張力由来の横毛管力(粒子が液面から顔を出している状態でのみ働く)が粒子集積化の力の原因であると結論している。

 4章はこの粒子2次元集積化原理を用いた単粒子膜の大量連続作製技術の開発に関するものである。2次元集積は本論文以前に提案された次のメカニズムによって起る。まず膜の核生成が横毛管力で起こり、その核に水が染み込み蒸発する。すると蒸発した水を補う形でまわりから水が流れ込みそれと共に粒子が運ばれ粒子の集積が起る。本研究はこの集積法を工業化に向く形に次のように変形した。(1)基板を水平から垂直にして浸漬する。(2)液体薄膜は浸漬した時に基板にできる自然なぬれ膜を利用する。(3)浸漬した基板の水表面の接触部で粒子の集積が自動的に起る。(4)基板を引き上げることで集積による2次元アレイ成長の速度を制御する。こうして作られる2次元アレイ膜の密度と制御パラメーター(蒸発速度、引き上げ速度、懸濁液濃度)の間には密接な関係があり、アレイ膜の厚さ(層数)、表面密度を簡単に制御できることが理論的、実験的に示された。一方2次元アレイ成長の過程で一様な厚さのアレイ膜が出来ず、縞状パターンが形成される不安定生長がしばしば観測される。この問題はアレイ成長を顕微鏡で拡大しモニターしながら引上げ速度を制御することで防げることがわかった。得られた粒子アレイは光学的にすぐれた美しい回折光、干渉光を与えたと報告している。

 第5章は水溶液の水銀上でのぬれ展開とその際作られる液体薄膜の厚さの研究である。現象全体は水溶液の展開、蒸発、薄膜形成等の諸現象を含む複雑な過程である。この過程を解析するために各々の素過程のモデルを構築し、数量的記述を行った。特にぬれ膜の厚さは壁面でのぬれが作ろメニスカスとぬれ膜の分離圧との力のバランスで定まる。仕込みの水溶液容積、壁面のぬれ接触角に対するぬれ膜の厚さが計算された。この結果広い実験条件の範囲でぬれ膜の厚さは10〜20nmの範囲に入ることが分かった。これを用いてすでに発表されている蛋白質結晶化膜(フェリチン分子、直径約12nm)の実験結果を解釈した。実験と計算の結果は良い一致を示し、かつ蒸発速度等のパラメータが決定された。モデルは更にフェリチン2次元結晶多形の実験に適用され、結晶形態と溶液量との関係が、残余蛋白質の密度で良く説明されることを明らかにした。

 第6章は水銀表面へのフェリチンの吸着の研究である。吸着量を水銀の表面張力の変化から求めるため、水溶液中の水銀滴の形状と表面張力との関係を与える理論解析が提示された。また水銀滴形状の計測法を提示した。実験としてフェリチンおよびグルコース、グリセロールの水銀面への吸着速度、吸着量が求められた。グルコースやグリセロールは水銀面上でのフェリチン結晶化膜作成に必須であることがすでに分かっていたがその原因をつきとめた。フェリチンはこれらの低分子なしでは水銀面上で変性してしまう。グルコースやグリセロールの役割は強い吸着により変性を防ぐ一種のinterfaceを作ると考えられ、フェリチンとの競合吸着実験の結果はそれを支持した。

 以上のように本研究では過去の粒子2次元結晶の研究の上に次の知見をつけ加えた。

 i)厳密な膜厚の計測によりすでに提案されていた結晶化メカニズムに対し定量的証明を与えた。

 ii)その知見に立って制御可能な大量連続生産法を考え出し、制御パラメーターを抽出した。

 iii)蛋白質の水銀面上の結晶化に関し、新しい結晶メカニズムの理論的提案を行い、過去の実験の結果をうまく説明した。

 iv)水銀面上で必須なグルコース、グリセロールの溶液添加について競合吸着の実験からその役割を明確にし2次元結晶作りの指針を与えた。

 これらの新しい知見は2次元結晶化の一般化、精密化に重要な貢献をなすと思われる。従って本論文が博士(学術)の学位に値するという点について、審査委員会全委員の意見の一致を見た。

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