学位論文要旨



No 212352
著者(漢字) 金木,正夫
著者(英字)
著者(カナ) カネキ,マサオ
標題(和) 活性型ビタミンDによるヒト末梢血単球の増殖におけるMacrophage Colony-Stimulating Factorの役割
標題(洋)
報告番号 212352
報告番号 乙12352
学位授与日 1995.05.31
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12352号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒川,清
 東京大学 教授 新井,賢一
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 助教授 谷,憲三朗
 東京大学 講師 松本,俊夫
内容要旨 緒言

 活性型ビタミンD(1,25(OH)2D3)は、主要なCa代謝調節ホルモンの一つであるが、同時に、破骨細胞の形成ばかりでなく、monocyte/macrophage系細胞の分化・増殖に重要な役割を果たしていることが知られている。一方、Macrophage-colonystimulating factor(M-CSF)はmonocyte/macrophageへの分化誘導および増殖を引き起こす因子として同定された糖蛋白であるが、破骨細胞の形成に必須の因子であることが示されている。さらに、1,25(OH)2D3とM-CSFはともに活性化されたマクロファージにより産生されることが知られている。しかしながら、1,25(OH)2D3とM-CSFの相互作用については未だほとんど研究されていなかった。

 ヒトの単球やマクロファージが、M-CSFや1,25(OH)2D3などの刺激の下でin vitroにおいて、あるいはサルコイドーシスや慢性炎症の局所などin vivoにおいて、増殖することが明らかにされている。しかし、単球系細胞の増殖の機序については十分に明らかにされておらず、とくに、1,25(OH)2D3による単球の増殖の機序については研究されていない。そこで、1,25(OH)2D3による単球増殖におけるM-CSFの役割について研究した。

方法

 ヒト末梢血単球の単離と培養:ヒト末梢血単球は、健康成人ボランティアよりヘパリン採血し、Ficoll-Paque密度勾配遠心により得た単核球を一時間培養し、接着している細胞のみを回収した。こうして得た細胞の純度をWright-Giemsa染色、non-specificesterase染色により判定したところ、95%以上が単球であった。ヒト末梢血単球を105cells/mlの濃度で96-well tissue plastic platesにまき、10%牛胎児血清および種々の薬剤の存在下で6日間培養した後、naphthol blue black染色を行い核の数を測定した。6日間の培養においては、多核の細胞はほとんど全く観察されず、核の数を測定することにより、細胞数を評価した。

 培養上清中のM-CSFの測定:ヒト末梢血単球、あるいは、ヒト単球系白血病細胞株であるTHP-1細胞、HL-60細胞を5×105cells/mlの濃度で培養し、培養上清中のM-CSF濃度をEnzyme-linked immunosorbent assay(ELISA)により測定した。ELISA法の最低検出感度は0.1ng/mlであった。THP-1細胞、HL-60細胞はそれぞれ5%、10%牛胎児血清存在下で培養した。

結果

 まず、1,25(OH)2D3のヒト末梢血単球の生存および増殖に対する作用を検討した。1,25(OH)2D3は6日間培養後の核の数を用量依存的に増加させた。すなわち、1,25(OH)2D3による増殖効果は10-10Mから認められ、10-8Mで最大の効果を示した。因みに、6日間の培養においては多核の細胞はほとんど見られなかった。

 1,25(OH)2D3による単球数の増加においけるサイトカインの関与を調べるため、抗hM-CSF抗体、抗human Granulocyte-Macrophage-colony stimulating factor(hGM-CSF)抗体、抗human Interleikin-1(hIL-1)抗体を1,25(OH)2D3(10-8M)と同時添加し、その影響を検討した。1,25(OH)2D3(10-8M)はヒト末梢血単球の核の数を2.5倍に増加させたが、この増加は抗hM-CSF抗体(3.3mg/ml)によりほぼ完全に抑制された。しかし、抗hGM-CSF抗体(10mg/ml)、抗hIL-1抗体(10mg/ml)、rabbit lgG(3.3mg/ml)は1,25(OH)2D3によるヒト末梢血単球の核の数の増加に影響を与えなかった。なお、抗hM-CSF抗体(3.3mg/ml)は対照群においては核の数に影響しなかった。

 次に、GM-CSF、IL-3による単球の増殖に対する抗hM-CSF抗体の影響を検討した。rhGM-CSF(10ng/ml)およびrhIL-3(10ng/ml)は1,25(OH)2D3(10-8M)やrhM-CSF(10ng/ml)とほぼ同程度にヒト末梢血単球の増殖を促した。しかし、抗hM-CSF抗体(3.3mg/ml)は1,25(OH)2D3(10-8M)やM-CSF(10ng/ml)による単球の増殖ほぼ完全に抑制したのに対し、rhGM-CSF(10ng/ml)やrhIL-3(10ng/ml)によるヒト末梢血単球の核数の増加は抑制しなかった。

 さらに、1,25(OH)2D3による単球の増殖におけるM-CSFの役割を抗c-fms/M-CSF受容体抗体(以下、抗c-fms抗体)を用いてさらに検討した。抗c-fms抗体は、rhM-CSF(102ng/ml)によるヒト末梢血単球の核の数の増加を0.3mg/mlから3.0mg/mlまで用量依存的に抑制し、同様に、1,25(OH)2D3(10-8M)によるヒト末梢血単球の核の数の増加についても0.3mg/mlから3.0mg/mlまで用量依存的に抑制した。

 以上の結果より、1,25(OH)2D3によるヒト末梢血単球の核の数の増加にはM-CSFが必要であることが示された。そこで次に、1,25(OH)2D3のヒト末梢血単球からのM-CSF分泌に対する影響を検討した。48時間後の培養上清中のM-CSFは、対照群の培養上清においても検出されたが、1,25(OH)2D3で処理した単球においては培養上清中のM-CSF濃度が対照に比べ約3倍に増加していた。

 さらに、1,25(OH)2D3によるM-CSF分泌促進について、THP-1細胞、HL-60細胞を5x105cells/mlの濃度で48時間培養し、培養上清中のM-CSF濃度をELISAにより測定した。THP-1細胞、HL-60細胞はともに、対照群の培養上清においても、また、1,25(OH)2D3(10-8M)を添加した細胞の培養上清においてもM-CSFは検出感度(0.1ng/ml)以下であった。しかし、細胞を12-O-tetradecanoylphorbol-13-acetate(TPA)(100ng/ml)で処理すると、THP-1細胞、HL-60細胞のいづれにおいても培養上清中にM-CSFが検出された。しかも、培養上清中のM-CSF濃度はTPA(100ng/ml)と1,25(OH)2D3(10-8M)の同時添加により、THP-1細胞、HL-60細胞において、それぞれ約3倍、約2倍に増加した。

 種々のビタミンD誘導体のM-CSF分泌に対する作用を、TPA(100 ng/ml)で処理したTHP-1細胞において検討した。1,25(OH)2D3、1(OH)D3、25(OH)D3、24R,25(OH)2D3は用量依存的にM-CSF分泌を亢進させたが、CholecalciferolはM-CSF分泌に影響を認めなかった。M-CSF分泌促進効果は1,25(OH)2D3が最も強く、1,25(OH)2D3>>1(OH)D3>25(OH)D324R,25(OH)2D3の順であった。

 さらに、Northern blot解析では、TPA(100ng/mnl)処理によりM-CSFのmRNAがTHP-1細胞、HL-60細胞のいづれにおいても検出され、TPA(100ng/mnl)と1,25(OH)2D3(10-8M)の同時処理により、M-CSFのmRNAレベルは、THP-1細胞では約4倍に、HL-60細胞においても、約3倍に増加した。

 1,25(OH)2D3による単球の増殖に単球自身が産生しているM-CSFが関与しているのかを確かめるために、M-CSFのantisenseを用いて核の数に対する影響を検討した。antisenseを3.3mg/mlの濃度で加えると1,25(OH)2D3による単球の増殖は有意に抑えられたが、sense、nonsenseは影響を及ぼさなかった。

考察

 1,25(OH)2D3によるヒト末梢血単球の増殖にはM-CSFが必要であり、抗hM-CSF抗体は1,25(OH)2D3とrhM-CSFによる単球の増殖を特異的に抑制していた。同時に、1,25(OH)2D3は、単球系細胞によるM-CSF産生を促進した。サルコイドーシス、結核、妊娠中の女性などでは1,25(OH)2D3の血中濃度が高まっているのが知られているが、in vitroで観察された1,25(OH)2D3による単球の増殖やM-CSF産生亢進は10-10Mから認められ、血中濃度の点では、in vivoでも生じうる現象と考えられた。また、TPA処理したTHP-1細胞におけるビタミンD誘導体のM-CSF分泌促進作用は、その用量依存曲線がそれぞれのビタミンD受容体への親和性に並行しており、M-CSF分泌促進作用はビタミンD受容体を介した作用である可能性が示唆された。

 以上より、1,25(OH)2D3による単球増殖はM-CSF依存的であり、1,25(OH)2D3はM-CSF産生亢進を介して単球の増殖を惹き起している可能性が示された。

審査要旨

 活性型ビタミンD(1,25(OH)2D3)は、主要なCa代謝調節ホルモンの一つであるが、同時に、破骨細胞の形成ばかりでなく、monocyte/macrophage系細胞の分化・増殖に重要な役割を果たしていることが知られている。一方、Macrophage-colony stimulating factor(M-CSF)はmonocyte/macrophageへの分化誘導および増殖を引き起こす因子として同定された糖蛋白であるが、破骨細胞の形成に必須の因子であることが示されている。さらに、1,25(OH)2D3とM-CSFはともに活性化されたマクロファージにより産生されることが知られている。しかしながら,1,25(OH)2D3とM-CSFの相互作用については未だほとんど研究されていなかった。

 ヒトの単球やマクロファージが、M-CSFや1,25(OH)2D3などの刺激の下でin vitroにおいて、あるいはサルコイドーシスや慢性炎症の局所などにおいて、増殖することが明らかにされている。しかし、単球系細胞の増殖の機序については十分に明らかにされておらず、とくに、1,25(OH)2D3による単球の増殖の機序については研究されていなかった。申請者は、1,25(OH)2D3による単球増殖におけるM-CSFの役割について研究し、下記の結果を得ている。

 (1)1,25(OH)2D3(10-8M)はヒト末梢血単球の6日間培養後の核の数を2.5倍に増加させたが、この増加は抗hM-CSF抗体(3.3mg/ml)によりほぼ完全に抑制された。しかし、抗hGM-CSF抗体(10mg/ml)、抗hIL-1抗体(10mg/ml)、rabbit IgG(3.3mg/ml)は1,25(OH)2D3によるヒト末梢血単球の核の数の増加に影響を与えなかった。なお、抗hM-CSF抗体(3.3mg/ml)は対照群においては核の数に影響しなかった。

 (2)抗hM-CSF抗体(3.3mg/ml)は1,25(OH)2D3(10-8M)やM-CSF(10ng/ml)による単球の増殖ほぼ完全に抑制したのに対し、rhGM-CSF(10ng/ml)やrhIL-3(10ng/ml)によるヒト末梢血単球の核数の増加は抑制しなかった。

 (3)抗c-fms/M-CSF受容体抗体は、rhM-CSF(10ng/ml)によるヒト末梢血単球の核の数の増加を0.3mg/mlから3.0mg/mlまで用量依存的に抑制し、同様に、1,25(OH)2D3(10-8M)によるヒト末梢血単球の核の数の増加についても0.3mg/mlから3.0mg/mlまで用量依存的に抑制した。

 (4)1,25(OH)2D3(10-8M)はヒト末梢血単球において48時間後の培養上清中のM-CSF濃度を対照に比べ約3倍に増加させた。

 (5)TPA処理したTHP-1細胞、TPA処理したHL-60細胞において、1,25(OH)2D3(10-8M)は、蛋白レベル、mRNAレベルのいづれにおいてもM-CSFを、それぞれ、約3倍、約2倍に増加させた。、TPA処理したTHP-1細胞での1,25(OH)2D3によるM-CSF分泌促進については、用量依存的であり、かつ、種々のビタミンD誘導体のM-CSF分泌促進効果は、1,25(OH)2D3>>1(OH)D3>25(OH)D324R,25(OH)2D3の順であった。一方、CholecalciferolはM-CSF分泌に影響を認めなかった。

 (6)最後に申請者は、1,25(OH)2D3による単球の増殖に単球自身が産生しているM-CSFが関与しているのかを確かめるために、M-CSFのantisenseを用いて核の数に対する影響を検討した。M-CSFのantisense(3.3mg/ml)は1,25(OH)2D3による単球の増殖を有意に抑えたが、sense、nonsenseは影響を及ぼさなかった。

 以上、本論文は、1,25(OH)2D3によるヒト末梢血単球の増殖にはM-CSFが必要であること、そして、1,25(OH)2D3は、単球系細胞によるM-CSF産生を促進することを明らかにした。1,25(OH)2D3による単球増殖はM-CSF依存的であり、1,25(OH)2D3はM-CSF産生亢進を介して単球の増殖を惹き起している可能性が示された。

 本研究は、1,25(OH)2D3濃度が高まっていることが知られているサルコイドーシス、結核、慢性炎症の局所などでのマクロファージの増殖の機序の解明に重要な貢献をなすものである。また、同時に1,25(OH)2D3による単球の増殖の機序、ならびに、活性型ビタミンDとM-CSFの間の相互作用ならびにcross talkの存在の可能性について新たな問題提起を投げかけたものといえる。

 よって、学位の授与に値するものと考えられる。

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