学位論文要旨



No 212353
著者(漢字) 鷲崎,一成
著者(英字)
著者(カナ) ワシザキ,カズシゲ
標題(和) [3H]アラキドン酸静脈内持続注入法による脳へのアラキドン酸取り込み過程の研究
標題(洋)
報告番号 212353
報告番号 乙12353
学位授与日 1995.05.31
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12353号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 教授 桐野,高明
 東京大学 教授 熊田,衛
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 芳賀,達也
内容要旨

 中枢神経系における脂質代謝は、生体膜代謝やホスホリバーゼによる生理活性物質の産生などと密接に関連していることが近年明らかとなってきた。一方、放射性標識物質を血管内投与し、その脳代謝を解析する研究分野が進歩し、臨床応用も可能となっている。そこで、脳内リン脂質およびその前駆体への脂肪酸の取り込み過程を解明する端緒として、脳内活性物質として重要な不飽和脂肪酸のひとつであるアラキドン酸のトレーサー(〔3H〕アラキドン酸)につき、一定の血漿中比活性を維持するよう計画した静脈内持続注入法を用い、ベントバルビタール麻酔下ラットでその初期代謝を解析した。

 実験方法としては、ラットの大腿静脈経由でトレーサーを持続注入する一方、大腿動脈からサンプリングを行ない、血漿中比活性が一定に保たれていることを確認するとともに、注入開始1、2、5、10分後に、動物をマイクロウェーブ照射で処理して脳代謝を停止させた。その後、脳を摘出しホモジェネートとして、薄層クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィーを用いて生化学的分析を行なうことにより、脳内前駆体である非エステル化アラキドン酸およびアラキドノイルCoAプールにおけるトレーサーの比活性、加えて、脳内リン脂質および中性脂質プールにおけるトレーサー放射能を測定した。

 その結果、まず、脳内リン脂質への[3H]アラキドン酸の取り込みは、時間とともに直線的に増加した。また、そのアシル化は迅速であり、注入開始後1分で、脳内トレーサーの約90%がすでにリン脂質分画内に存在していた。

 一方、脳内前駆体の非エステル化アラキドン酸およびアラキドノイルCoAプールにおける比活性は、注入開始後2分で速やかに定常状態に近づいたが、血漿中比活性に対する相対的比活性は非常に低く、2-10分の間ほぼ一定で、5%未満にとどまった。この相対的比活性の値を用いて、脳内各リン脂質分画内でのアラキドン酸の半減期を算出したところ、0.73-25.9時間と、従来の見積りに比し非常に短かった。

 これらの実験結果から、以下のように考察した。

 脳内前駆体である、非エステル化アラキドン酸およびアラキドノイルCoAプールは、血漿中非エステル化アラキドン酸と、迅速に定常状態に達する。

 一方、脳内リン脂質前駆体プールにおけるトレーサーの相対的比活性が低い理由としては、まず、他の供給源からの非放射性アラキドン酸による希釈を受けている可能性がある。具体的には、リン脂質代謝により放出される脳内アラキドン酸の再利用、血漿中エステル化アラキドン酸からの供給経路などが考えられるが、前者の再利用機構に関しては、脳内蛋白生合成経路において、同様の希釈現象が報告されていることが興味深い。

 つぎに、脳内代謝過程にコンパートメント化が存在する可能性が挙げられる。すなわち、血漿由来のアラキドン酸は、脳内アラキドン酸プールのうちのあるサブフラクションとのみ平衡関係にあるのかもしれない。

 本研究では、短時間の虚血などにより劇的に変化する脳内非エステル化脂肪酸を解析するにあたり、厳密な実験条件のもとに、一定の生理的条件下で、非常に短時間での経時的分析を行なうことに成功した。これにより、従来正確に見積もられていなかった、脳内リン脂質各分画におけるアラキドン酸の取り込み率および代謝回転に関して、まったく新しい定量的評価ができたことになる。

 したがって、本研究は、in vivoにおける脳脂質代謝解析の基礎となるとともに、トレーサー動態モデルの基礎ともなる意義を有している。

審査要旨

 本研究は、脳内リン脂質およびその前駆体への脂肪酸の取り込み過程を解明する端緒として、脳内活性物質として重要な不飽和脂肪酸のひとつであるアラキドン酸のトレーサー([3H]アラキドン酸)につき、一定の血漿中比活性を維持するよう計画した静脈内持続注入法を用いて、ベントバルビタール麻酔下ラットでその初期代謝を解析したものである。

 実験方法としては,ラットの大腿静脈経由でトレーサーを持続注入する一方、大腿動脈からサンプリングを行ない、血漿中比活性が一定に保たれていることを確認するとともに、注入開始1、2、5、10分後に、動物をマイクロウェーブ照射で処理して脳代謝を停止させ、その後、脳を摘出しホモジェネートとして、薄層クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィーを用いて生化学的分析を行なうことにより、脳内前駆体である非エステル化アラキドン酸およびアラキドノイルCoAプールにおけるトレーサーの比活性、加えて、脳内リン脂質および中性脂質プールにおけるトレーサー放射能を測定したものである。

 その結果、まず、脳内リン脂質への[3H]アラキドン酸の取り込みが、時間とともに直線的に増加し、かつ、そのアシル化が迅速であり、注入開始後1分で、脳内トレーサーの約90%がすでにリン脂質分画内に存在していることが明らかとなった。

 一方、脳内前駆体の非エステル化アラキドン酸およびアラキドノイルCoAプールにおける比活性は、注入開始後2分で速やかに定常状態に近づいたが、血漿中比活性に対する相対的比活性は非常に低く、2-10分の間ほぼ一定で、5%未満であることがわかった。この相対的比活性の値を用いて、脳内各リン脂質分画内でのアラキドン酸の半減期を算出したところ、0.73-25.9時間と、従来の見積もりに比し非常に短いことが示された。

 これらの実験結果から、以下のような考察がなされた。

 脳内前駆体である、非エステル化アラキドン酸およびアラキドノイルCoAプールは、血漿中非エステル化アラキドン酸と、迅速に定常状態に達する。

 一方、脳内リン脂質前駆体プールにおけるトレーサーの相対的比活性が低い理由としては、まず、他の供給源からの非放射性アラキドン酸による希釈を受けている可能性がある。具体的には、リン脂質代謝により放出される脳内アラキドン酸の再利用、血漿中エステル化アラキドン酸からの供給経路などが考えられるが、前者の再利用機構に関しては、脳内蛋白生合成経路において、同様の希釈現象が報告されていることが興味深い。

 つぎに、脳内代謝過程にコンパートメント化が存在する可能性が挙げられる。すなわち、血漿由来のアラキドン酸が、脳内アラキドン酸プールのうちのあるサブフラクションとのみ平衡関係にある可能性も示唆された。

 以上、本論文は、短時間の虚血などにより劇的に変化する脳内非エステル化脂肪酸を解析するにあたり、厳密な実験条件のもとに、一定の生理的条件下で、非常に短時間での経時的分析を行なったものである。これにより、従来正確に見積もられていなかった、脳内リン脂質各分画におけるアラキドン酸の取り込み率および代謝回転に関して、まったく新しい定量的評価を行なったことになる。

 したがって、本研究は、in vivolにおける脳脂質代謝解析の基礎となるとともに、トレーサー動態モデルの基礎ともなる重要な意義を有しており、学位の授与に値するものと考えられる。

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